リグドと、肉料理
その夜、酒場に戻ったリグドは、狩ってきた灰色熊のうち8頭を商店街組合に持ち込み、食材として売却した。
あまりたくさん置いておいても消費出来ないため、傷む前に金に変えたのである。
「冒険者組合に持ち込まないんすか?」
「あぁ、本当ならそうしたいとこなんだが、そうなると俺かお前の名前を出さなきゃならねぇだろ?」
「……あ」
リグドの言葉に納得し頷くクレア。
大手傭兵団である、片翼のキメラ傭兵団を引退した2人だが、クレアは傭兵団を辞める際に団長をぶん殴っている。
そのことを恨みに思い、冒険者組合を通じてクレアの事を探している可能性が無いとは言い切れない。
冒険者組合に、大物の魔獣を数多く買い取りしてもらっていれば、各地の冒険者組合で話題になり、片翼のキメラ傭兵団にその噂が入りかねない。
そのため、リグドはやや買い取り値は安くなるものの、冒険者組合を避けて商店街組合へ持ち込んだのである。
「まぁ、エンキ達が灰色熊を自力で狩れるようになるまでの辛抱……といいたいとこなんだが、今日の調子だと当分かかりそうだがな」
「……10年で出来るようになったら、いい方じゃないっすか?」
「はは……違いねぇ」
クレアの言葉に、苦笑するリグド。
「それよりも、日が暮れる前にここに行くぞ」
リグドは、商店街組合で教えてもらった店のメモを見ながら歩き始めた。
「うっす」
その後方、きっちり3歩下がった後をクレアがついていく。
◇◇
しばらく後……
リグドとクレアの姿は、ある建物の中にあった。
『ヴァレス工房』
そう書かれた看板が掲げられているその建物。
「あぁ、あの酒場にたむろしてたエンキ達をぶちのめしたってのは、アンタ達だったのかい」
亜人の男が愉快そうに笑っている。
リグドよりやや年配層なその亜人の男、ヴァレス。
大型の猿人らしく、異常に発達した上半身が目立っている。
「あぁ、まぁな。今は酒場の下働きをさせてるところだ」
「ほう、あのチンピラ共を働かせるとな? まためんどくさいことを考えるもんじゃな。あんな馬鹿共、街から追い出しちまえばよかろうに」
「はは、まぁな……でもよ、チンピラだって、道を間違わなきゃまっとうな冒険者になれてたかもしれねぇ……それにあいつらはまだ若い。1度くらい更生するチャンスをやってもいいんじゃねぇかと思ってな」
ニカッと笑うリグド。
その言葉に、ヴァレスもニカッと笑った。
「ふん、なかなか面白いことを言うヤツだな」
「で、だ。さっきの話なんだが……」
「あぁ、わかった。引き受けよう。酒場の裏にお前さんとこの従業員の住む寮を建てるって話」
「あぁ、助かる。この街一番の大工って噂のあんたに任せとけば安心だろうしな」
「……そう言いながら、お前さん、噂話だけで俺を信じたわけではあるまい?」
リグドにニカッと笑みを返すヴァレス。
その言葉に、リグドはあえて返答せず、ただその顔に笑みを浮かべるばかりであった。
◇◇
その後、翌朝一番に酒場に出向くとの約束を取り付けて、リグドとクレアはヴァレスの店を後にした。
「あの……リグドさん、聞いてもいいっすか?」
「ん? なんだ?」
「ヴァレスさんが言ってたっすけど……『噂話だけで俺を信じたわけではあるまい』って、どういうことっすか?」
「あぁ、あれか。別に大したこっちゃねぇ。
あの店に直接出向いてな、俺は店内の様子を拝見してたってわけだ。
自分の店の管理もまともに出来ないようなヤツにまともな仕事が出来るわけがねぇからな」
「あぁ……それで店に入った時から周囲を気にしてたんすね?」
「まぁ、そうなんだが……」
ここでリグドは思わず苦笑した。
ヴァレスの店に入ったリグドは店内の様子をうかがっていた。
それに気付いたクレアも、リグド同様に店内をうかがっていたのだが……
……あれは建物を見ていたんじゃなくて、襲撃に備えてた感じだったからなぁ
リグドの意図を読み切れていなかったクレア。
その事を思い出し、リグドは思わず苦笑していたのであった。
「あ、あの……自分、もっともっと精進します……だから……」
リグドの様子に、焦った様子のクレア。
「……だから、その……捨てないでください……」
懇願するような目で、リグドを見つめていく。
「馬鹿野郎」
リグドはクレアを抱き寄せた。
「愛するかみさんを捨てる訳がねぇだろう?」
「り、リグドさん……」
リグドの言葉に、笑顔を浮かべるクレア。
そんなクレアを、リグドもまた笑顔で見つめ返していく。
◇◇
「さて、久しぶりにやるか」
酒場に戻ったリグドは、残していた灰色熊をさっそくさばき始めた。
ナタのような大剣を使い、巨大な灰色熊をみるみる解体していく。
その横では、クレアが小刀を使って兎を手際良く解体している。
傭兵団時代に、仕留めた魔獣をその場でさばいて皆の食事にすることなど日常茶飯事だった2人にとって、これくらい出来て当然である。
だが、肉と言えば店で買ってくる物という認識しかないエンキ達は、
「な、なんだあれ……手際が良すぎねぇか……」
「マジ、すげぇ……」
その光景に見入り、感嘆の声をあげていた。
……あの狩りの腕といい、この解体の手際といい……こいつら一体何者なんだ……
2人を見つめながら、エンキはそんな事を考え続けていた。
あらかた肉を解体し終えたリグドは、早速それを焼きはじめた。
酒場の厨房のコンロで肉を焼きながら、その横でフライパンを準備する。
肉の塊からあふれ出している肉汁をすくい、フライパンの中へ入れると、そこに酒や調味料を加えて味を調えていく。
傭兵団時代から、調理を趣味にしていたリグド。
各地に出向く度に、その街の食堂で気に入った料理のレシピを教えてもらっては、それを実際に作って団員達に振る舞うことが少なくなかった。
「リグドさんの肉料理……このソースが絶品っす」
リグドの手際を見つめながら、クレアは尻尾を左右に振り続けていた。
そんなクレアの眼前で、手際よく作業を進めていくリグド。
ほどなくして、焼き上がった肉を均等にスライスし、エンキ達が手にしている皿の上に置いていく。
その上に、先ほど作ったばかりのソースをかけると、
「うわ!? なんだこの匂い!?」
「やべぇ、美味そう!」
その匂いにエンキ達は一斉に歓喜の声をあげていく。
「さぁ、食え。今日はそれなりに頑張ったしな、そのご褒美だ」
リグドの声を合図に、エンキ達は一斉に肉にかぶりついていく。
「うま! マジうま!」
「これ、ホント、ソースがやばいっす」
肉をすごい勢いでがっついていくエンキ達。
「ははは、うまいか? お代わりもあるから、遠慮なく……」
そう言いかけたリグドに、クレアが早速空になった皿を差し出した。
その口の中には、まだ肉が残っており、必死にかみ砕いている最中だった。
「ははは、そんなに慌てなくてもまだあるって」
嬉しそうに笑いながら、リグドは新しい肉をクレアの皿にのせていく。
……ん? まてよ……何か忘れてるような気が……
◇◇
食事をしている皆の様子を、カララは階段の端から見つめていた。
漂ってくる美味しそうな匂いで、そのお腹がなっている。
「り、リグドさん……私のご飯は……」
カララは、懇願するような眼差しでリグドを見つめ続けていた。