リグドとクレアと、エンキ達の狩り
朝食を済ませたリグドは、エンキ達を引き連れて街の門を出ると、森の中へと入っていった。
辺境地であるこのあたりの森の中には、小型の物から大型の物まで多種多様な魔獣が棲息している。
大型の魔獣の多くは肉食であり、人種族や亜人種族を襲う物も少なくない。
そのため、村の周囲は強固な柵で覆われており、肉食魔獣の活動が活発になる夜間は門が閉じられ翌朝まで門を行き来することが出来なくなる。
冒険者組合もそういった魔獣に懸賞金をかけ、その排除に尽力していた。
◇◇
街から少し離れた場所にある大木の袂にリグドが立っていた。
その大木は小高い丘の頂上部にあるため、前方に広がっている森を見下ろすのには絶好の位置となっている。
「へへ、どんなもんでぇ」
リグドの前方に、エンキが意気揚々と戻って来た。
その左手には魔獣が3匹握られていた。
「この調子でガンガン魔獣を狩ってよ、借金だってあっという間に完済してやるよ」
リグドから支給された剣を右手に、ドヤ顔のエンキ。
そんなエンキに、リグドがニカッと笑みを向けた。
「一角兎(ホーンラビット)ならともかく、突進兎(ラッシュラビット)が3匹。
冒険者組合の買い取り値が1匹5銀貨ってとこだな」
一角兎(ホーンラビット)……
額に長くて硬くて鋭い角を持つ小型の魔獣。
草食だが用心深く攻撃的な性格のため、その角で突進し襲いかかっていく。
そのため人種族や亜人種族の被害が多く、1羽あたり50銀貨平均で買い取りされている。
突進兎(ラッシュラビット)……
一角兎の同種族だが、額に角がなく、突進して頭突きで攻撃する。
草食で攻撃的な性格は一角兎と同じだが、角がなく比較的狩りやすいため経験の浅い冒険者達が腕試しに狙うことが多い。
「いぃっ!?」
リグドの言葉に、一瞬言葉に詰まるエンキ。
「こんな小物ばっかじゃ無利息期間をすぐに過ぎちまって、毎月の利息でアップアップになるのが関の山だぞ?」
リグドが、ガハハと楽しそうに笑う。
「ば、馬鹿野郎、これは肩慣らしだよ! す、すぐに大物を狩ってきてやるから待ってやがれ」
先ほどのドヤ顔から、恥ずかしさの混じった怒りの表情に変えたエンキは、慌てて森の中へ戻ろうとした。
「そうだな、せめてあれぐらいの獲物を狩ってきてくれ」
リグドが指さした先、エンキの横の森の中から姿を現したクレアは、肩に巨大な魔獣を担ぎ上げていた。
「ちょっと小振りだったっすけど、灰色熊っす」
眉間のど真ん中に弓が突き刺さっているその灰色熊をリグドの前にドサッと降ろすクレア。
灰色熊……
肉食の凶暴な魔獣だが、中型のため大型の魔獣の餌になることが多い。
そのため、大型魔獣が活動していない昼間活動している。
鋭い爪と腕力を武器に人種族や亜人種族を襲うことが多く、1匹あたり1金貨平均で買い取りされている。
自分の倍近い体格の灰色熊をかついで来たというのに、クレアはまったく汗をかいていなかった。
クレアは、灰色熊を足下に降ろすと、その横に置かれている突進兎を一瞥した。
「……この雑魚、どうしたんす?」
「ん?あぁ……エンキが肩慣らしに狩ってきたんだとよ」
「肩慣らし……」
クレアは、視線をエンキに向けた。
「……肩慣らしなら、せめて一角兎を狩ったらどうっすか?」
「うっせぇ、わかってるよ!」
顔を真っ赤にさせながら、エンキは慌てて森の中へと駆け込んでいった。
リグドは、そんなエンキの背中を見つめていた。
「……なぁ、クレア。傭兵団にジッタっていただろ?」
「あの口だけ番長っすね?」
不快さの混じった口調のクレア。
……そういや、あいつとクレアってば、魔獣狩りの度に張り合ってたっけな。
片翼のキメラ傭兵団の若手団員だったクレアとジッタ。
2人はともにリグドの弟子としてしのぎを削る間柄だった。
「あいつは、お前ぇより入団が1年早かったんだがよ。弱っちくて何にも出来ねぇくせに負けん気だけは人の5倍くらい強くてな、最初の頃はいっつも無茶して大怪我ばっかしてやがってたのさ」
懐かしそうな笑みを浮かべるリグド。
……まぁ、ジッタの万倍は弱っちいやつだが、退屈はしなくて済みそうだな。
「……」
「ん? どうしたクレア?」
「……ジッタは確かに口だけ番長っすけど、エンキと比べるのは可愛そうっす」
「ん? あぁ、そうだな……クレアもジッタのことは認めてたしな」
「認めてはないっす」
リグドの言葉に、ムキになって反論するクレア。
……俺の一番弟子がどっちってので、随分張り合ってたっけな
クレアの様子に、そんな事を思い出したリグドは思わず苦笑した。
その様子を、怪訝そうに見つめていたクレア。
「あの……それよりもリグドさん」
「ん?」
「自分、灰色熊(こいつ)を一発で仕留めたっす」
そう言うと、45度腰を曲げてお辞儀をするクレア。
「あぁ、そうだな。よくやった、また弓の腕をあげたなクレア」
そう言うと、リグドはクレアの頭をガシガシと撫でていく。
粗っぽく撫でられながらも、その尻尾は歓喜を表すように左右に激しく振られていた。
リグドに褒められ、クレアの瞳がハート型になっていたのは言うまでもない。
◇◇
途中、缶詰での昼食を済ませた一行は、夕方近くまで狩りを続けていった。
「……で、成果は、
クレアが灰色熊を10頭、
エンキが突進兎を6匹、
モンショウが突進兎を1匹、
後のヤツはゼロか……」
地面に並べられている獲物を見回しながら、リグドは押し殺したような笑みを浮かべている。
その横には、ドヤ顔のクレアが立っている。
その頭は、リグドに何度もなで回されたせいでくしゃくしゃになっているのだが、クレアはそれを直そうともしていなかった。
2人の前方には、エンキ達が並んでいた。
昼過ぎ頃までは威勢のよかったエンキ達。
だが、灰色熊1頭に10人がかりで歯が立たずに逃げ惑って以降口数がドンドン少なくなっていき、今では顔を上げるものすらいなくなっていた。
自分達なら余裕で魔獣を狩りまくって、あっという間に借金を返せるはず
そう思っていただけに、この結果はエンキ達にとってかなりショックだった。
「ま、最初はこんなもんだろう。日も暮れるし、今日はこれで帰るぞ」
そう言うと、リグドは灰色熊を軽々と抱え上げた。
右腕で5頭、左腕で5頭。
合計10頭を軽々と持ち上げたリグド。
「……なん、だと……」
「……う、嘘だろ」
エンキ達は目を丸くしていた。
エンキ達が3人がかりでやっと1頭持ち上げることが出来た灰色熊。
それを、リグドはたった1人で10頭持ち上げているのである。
「リグドさん、自分も持つっす」
「いいっていいって、かみさんが頑張って狩ってきてくれたんだ。それを持ち帰るのくらいさせてくれって」
そう言うと、リグドは街に向かって歩き始めた。
その足が、一歩ごとに地面にめり込んでいる。
だが、リグドは鼻歌を歌いながら歩いていた。
「ば、化け物か……」
「……す、凄すぎる」
狩りに参加していなかったリグドを蔑んでいたエンキ。
だが、目の前の光景によって、そんな気持ちは消え失せていた。
「おい、兎は持って帰ってくれよ」
「あ、はい」
リグドの言葉に、エンキは慌てて兎を抱えていく。
それをモンショウ達も手伝っていく。
街に向かっているリグドの後方、きっちり三歩下がった位置をクレアが歩いている。
……リグドさん……まじかっけぇっす、すごいっす。その数の灰色熊を軽々なんて、マジリスペクトっす。しかも「かみさんが」って……「かみさんが」って……ワフゥ……
脳内で、リグドを賞賛しまくり、かみさんと呼ばれたことに歓喜しながら、その後を追従しているクレア。
当然のように、その瞳はハート型になり、リグドを見つめ続けていた。
兎を回収し終えたエンキ達を加えた一行は、街へ戻って行った。