リグドと、小屋と少年と
翌朝
リグドはカララの自室にいた。
「はぁ……昨夜のお肉も美味しかったですけど、朝ご飯もとっても美味しかったです~」
ベッドで半身を起こしているカララは、ベッドテーブルの上の、食べ終えたばかりの食事の容器を見つめながら目を輝かせながら手を合わせていた。
「昨夜は済まなかったな。食事を持ってくるのがすっかり遅くなっちまって」
バツの悪そうなリグド
昨夜、クレアやエンキ達が肉料理をあまりにも喜んで食べていたため、カララの部屋に食事を持って行くのをすっかり忘れていたリグド。
階段の端から顔をのぞかせ涙目になっているカララに気が付けなかったら……
リグドはさらにバツが悪そうに頭をかいていく。
リグドがやってきて以降、カララは自室で食事をとっていた。
お茶を入れたりすることがあるものの、それは自室内にある簡易魔石コンロを使って行っており、あまり部屋から出ない……正確には、エンキ達のいる1階に降りようとしていなかった。
……やっぱ、まだエンキ達と顔を合わせたくないんだろうな……
リグドがやってくるまでの間、エンキ達にこき使われていたカララ。
一応、リグドが仲介してきちんと謝罪をさせたものの、その時のカララは
『もういいのですよ。心を入れ替えてくださったのでしたら』
そう言いながらも、かなり複雑な笑顔を浮かべていた。
「……これから飯は運んでやるからよ。それと何かしてほしいことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「あ、あの……」
「ん?」
「……あ、いえ……その、色々気を遣ってくださってありがとうございます」
ベッドの上で、にっこり微笑み、一礼するカララ。
「うん? あぁ、気にするなって。じゃ」
リグドはそう言うと部屋を後にした。
その後ろ姿を見つめながら、カララは、はぁ、と、小さくため息をついた。
……も、もう一回……お姫様抱っこしてほしいです……っていうのは、やっぱりよろしくないですよね……
そんな事を考えているカララ。
その顔は耳まで真っ赤になっていた。
◇◇
「お? どうしたクレア」
カララの部屋を出ると、クレアが待ち構えていた。
「……いえ、何でもないっす」
クレアはそう言うと、少しうつむいた。
「ん?」
そんなクレアの仕草に違和感を覚えたリグド。
そんなクレアと、今自分が出て来たばかりのカララの部屋を交互に見つめていく。
……ひょっとしてクレアのやつ、ヤキモチやいてんのか?
そこに思い当たったリグドは
「ったく、しょうがねぇな」
そう言うと、いきなりクレアをお姫様抱っこしていた。
「え? あ、あの、リグドさん!?」
いきなりの事に、慌てるクレア。
「話は部屋で聞こうか、ヤキモチ焼きの可愛いかみさん」
「え? あ、あの……」
真っ赤になったまま慌て続けているクレア。
構わず、自室に入っていくリグド。
その時、カララの部屋の扉が少しだけ開いていた。
……やっぱり、お願いしてみてもよかった……かな
扉の閉じたリグドの部屋を見つめながら、カララは少し残念そうな表情を浮かべていた。
◇◇
2時間後
酒場にヴァレスがやってきた。
「ヴァレスさん、お疲れさまっす!」
それを超ご機嫌モードのクレアが出迎えた。
そのあまりのご機嫌ぶりに、ヴァレスは思わず気圧されていた。
「荷物があるんなら持つっすよ、さ、現場はこっちっす!」
クレアは、ヴァレスの鞄を奪うようにして手にとると、先に立って歩いていく。
リグドに抱いてもらい、すっかり機嫌の直ったクレア。
その瞳がハート型になっていたのは言うまでもない。
そのご機嫌ぶりから、だいたいの事情を察したヴァレス。
「……リグドよ、えらい奥さんがご機嫌なようじゃが、朝っぱらから仲良しじゃのう」
ウリウリと、リグドの脇をつついていく。
「あぁ……まぁ、ちょっとな」
リグドは、苦笑を返すのがやっとだった。
3人が酒場の裏に移動すると、そこにはエンキ達が待っていた。
「ここにこいつらが住むための小屋をつくりたいんだ。作業にはこいつらを好きに使ってくれ」
「ほう、いいのか? ワシは少々人使いが荒いぞ?」
「かまわねぇ。その代わり、代金の方に還元してくれよな」
「はっはっは、役にたてばそうしてやってもいいが、足手まといになったら逆に上乗せしてやるからの」
笑いながら言い返すヴァレス。
それを受けてリグドはエンキ達へ視線を向けた。
「聞いたなお前ら、もし工事代金上乗せされたら、お前達の借金に加算するからな」
「うげ!?」
「な、なんでだよぉ」
一斉に文句をいい始めるエンキ達。
その一同をヴァレスが一瞥する。
「……うるさいのぅ。無駄口をたたいとると、早速金貨10枚ほど上乗せするぞ!」
ヴァレスの言葉を受け、エンキ達は渋々といった様子で口を閉じていく。
その様子に、満足そうに頷くヴァレス。
「よし、早速作業を開始するぞい、お前らついてこい」
そう言うと、ヴァレスは鞄を開け道具を取り出しはじめた。
エンキ達も、それに従っていく。
こうしてヴァレスによるエンキ達が住む小屋の建築作業が始まった。
エンキ達は早速木材などの運搬作業に従事させられていった。
「さて、小屋が出来るまで、エンキ達はヴァレスの手伝いに従事してもらうとして、俺たちは狩りに行くか」
「うっす」
リグドの言葉に、気合い満々の様子で答えるクレア。
「あの峰の向こうに、大型魔獣の気配があったっす」
「ほう、ならそこらを重点的に当たって見るか」
2人はそんな会話を交わしながら街道へ向かった。
「俺も連れてってくれないか?」
リグド達を1人の少年が呼び止めた。
「ん?誰だお前ぇは?」
「ジュレス。ヴァレスじっちゃんの孫だ」
背に弓を構えているジュレスは、リグドに歩み寄った。
「なぁ、俺も狩りに……」
「こりゃジュレス!」
ジュレスに気付いたヴァレスが、すごい剣幕で駆け寄ってきた。
「お前、あれほど家にいろと言ったのに、何勝手に出てきておる。しかも狩りの準備までしおってからに!」
「じっちゃん、俺、もう子供じゃない。いい加減冒険者になるのを認めてくれよ」
「だめじゃだめじゃ!大工仕事も半人前のお前に、冒険者など務まるもんか」
「冒険者と大工仕事は関係ないだろ!」
言い合いを繰り広げながらも、ガタイのいいヴァレスが、線の細いジュレスを抱え上げていき、そのままその場を立ち去っていった。
「……なんつうか、孫の相手も大変そうだな」
ヴァレスの後ろ姿を見送りながら苦笑するリグド。
「ま、俺たちが孫の相手をしようと思ったら、先に子供を作らなきゃならねぇわけだが……」
ガシッ
「リグドさん、自分今からでもOKっす、さ、部屋に戻るっす」
「え、あ、おい、クレア!?」
リグドの『子供を作らなきゃ』の一言に過剰反応したクレア。
リグドの腕を掴み、グイグイと引っ張っていく。
その瞳が再びハート型になり、尻尾が千切れそうなほどの勢いで左右に振られていたのは言うまでもない。