其の六
「それで、連中の今度の要求はなにかえ?」
「はっ。急使の話によりますれば、年貢の大幅な引き下げと、さらには同地方の農村帯における自治を求めているとのことにございます」
(な、なにぃ、自治だってぇ?)
蜂起の理由を知ってランマルはさすがに驚いた。
古今東西、天災などで食糧難におちいったり、年貢が高すぎて困窮したりといった理由を端に蜂起した事例は星の数ほどあれ、農民が自治権を求めて蜂起した話などランマルはこれまで聞いたことがない。
ともかく衛兵の報告に、フランソワーズの口もとに優美なまでの嘲笑が広がった。
「まったく、身のほど知らずの欲深い百姓どもにも困ったものね。ちょっと甘い顔を見せればすぐにつけあがるのだから始末におえないわ。でも、まあいいわ。四将軍の初陣を飾るにはもってこいかもしれないわね」
玉座で誰にともなくつぶやいたフランソワーズは、口を閉じるとまたしても思案の淵に沈んだがそれも長いことではなかった。
にわかに玉座から立ち上がると、片膝をついた姿勢でかしこまる四人の騎士団長たちを見やり、やがてその視線が一点で止まった。
背中まで伸びた、美しい光沢のある黒髪の女騎士の姿が視線の先にあった。
「ヒルデガルド将軍!」
「はい、陛下」
「そなたに命じます。麾下の騎士団を率いて、身のほど知らずの不埒な農民どもを懲らしめてきなさい。現地での作戦などはすべて任せます。よろしいわね?」
「はっ。勅命、つつしんでお受けいたします」
ヒルデガルドは片膝をついたまま低頭するとすばやく立ち上がり、純白のマントをひるがして謁見の間を歩きだした。
広間を出るべく、颯爽と参列者の間を闊歩する彼女の背中にはこのとき、立ち位置の異なる三種類の視線が注がれていた。
ひとつは、ランマルのように鎮圧の成功を心から祈る者たちの視線。
ひとつは、ダイトン将軍のように鎮圧の失敗を心から願う者たちの視線。
そしてもうひとつは、フランソワーズのように鎮圧の成功を「知っている」者の視線が……。
†
それは、衝撃人事を断行したあの国議の日から数えて十五日目のことだった。
その日、部下の侍従官たちと昼食をとった後、自分の執務室であいかわらず山のように積まれた仕事の決裁をしていたランマルは、その最中に女王から呼び出しをうけた。
急ぎ駆けつけ、女王の執務室の扉を開けて中に入ったとき。
その室内では、フランソワーズが胸元が大きく開いたカタルティドレス姿でソファーに腰をおろし、一枚の紙片を手にしてそれを見つめていた。
「お呼びでございましょうか、陛下?」
「まあ、座りなさい、ランマル」
ランマルがソファーに腰を降ろすと、フランソワーズがさっそく話を切りだしてきた。
「先刻、ヒルダから連絡が届いたわ」
ヒルダとは、先頃フェニックス騎士団長となったヒルデガルドの愛称である。
「ヒルデガルド将軍から報告が?」
「そうよ。不平農民どもを鎮圧したとね」
「それはそれは……」
鎮圧成功の一報に、ランマルの中に軽くない驚きが生じた。
勅命をうけ、麾下のフェニックス騎士団を率いて国都を発ってまだ二週間余り。
国都から現地までの距離や移動時間を考えれば、現地に到着してから農民たちの暴動を鎮圧するまで十日ほどしかかかっていないはずだ。
フランソワーズいわく「味をしめた」農民たちが、戦わずして白旗を揚げたとはランマルには思えない。
となれば、ヒルデガルドが自己の武才と知略によって早期に鎮めたわけであり、その手腕にランマルは感嘆するしかなかった。
「さすがはヒルデガルド将軍ですね。いや、見事なものです」
「でも彼女が本当に見事なのは、用兵の手腕に優れているだけではないわよ」
「と、おっしゃいますと?」
「今回ほどの規模ではないにしても、今年に入ってからやたらと農民どもが騒動を起こしていることはお前も知っているわよね?」
「はい、承知しておりますが」
「しかも、そのほとんどが国土の北部帯ばかりで、ということもね」
「御意ですが、それがなにか?」
今ひとつ女王の真意をはかりそこねたランマルは軽く眉をひそめたのだが、すぐにフランソワーズがその疑問を解いた。
「北部帯の農民がやたらと暴動が起こすことに、ヒルダはかねてから不審を感じていたようで、鎮圧任務と平行して彼女なりに現地で調査をしたようよ」
「将軍が調査を?」
「そう。で、その結果、昨今、頻発している農民たちの蜂起の陰には、どうもミノー王国が一枚からんでいる可能性がある。彼女からの報告書にはそう記されてあったわ」
「ミノー王国が?」
フランソワーズが口にした国の名に、ランマルは軽く両目をしばたたいた。
ミノー王国とは、オ・ワーリ王国から見て北に位置する隣国のひとつである。
先の王妃でフランソワーズの義母にあたるマレーヌ王太后は、そのミノー王家の出身であり、オ・ワーリ王国とは親戚関係にある国なのだが、その言葉から想像されるほど良好な関係にある国ではないことをランマルは承知している。
「つまりミノー王国が陰からわが国の農民たちを扇動し、一連の暴動を操っているとおっしゃられるのですか?」
「ヒルダはそう見ているようね。ま、私もだけど」
「…………」
フランソワーズの一語にランマルは沈黙で応えたが、この場合、沈黙は「まさか?」という懐疑の表現ではなく、「またか!」という得心のそれであった。
それというのも北の隣国ミノー王国は、オ・ワーリ王国に対してなにかと「ちょっかい」を仕掛けてくる歴史的な「要注意国」であったからだ。
とくに現国王ドゥーク三世の即位後はその「ちょっかい」の度合いにも拍車がかかり、自身の異母妹たるマレーヌ王女を「両国の関係を深めたい」という理由で先王オーギュスト十四世に「強引」に嫁がせると、その後は義理の兄という立場を利用し、オ・ワーリ王家に対してあれやこれやと「助言」と称する干渉を繰り返してくるなど、国内では「鼻つまみ者」として悪名をはせていた。
ただ義弟であるオーギュスト王は亡くなり、異母妹のマレーヌ王太后も夫の死後に国都を去り、地方にある天領で隠棲。
さらに甥にあたる二人の王子が先の内戦で死去して以降は、その干渉もぴたりとなりをひそめ、ランマル自身、ドゥーク王の存在など今日までとんと忘れていたのだが……。