其の五
そんなダイトン将軍から視線をはずすと、フランソワーズは正面に向き直り、
「それでは早速ですが、これより新たに選任する副将軍の叙任式をおこないます」
フランソワーズの宣言の後に楽奏隊のラッパ音が続き、その音響に重なるようにして広間の扉が開いた。
銀色の甲冑を身につけ、その上に王家の紋章が入った白いマントをつけた四人の騎士が広間に入ってきたのは直後のことである。
期せずして参列者たちの視線がその四人に注がれたのだが、ほどなくして彼らの表情は不格好に凍てついた。
「な、なんと……!?」
広間内にあらわれた四人の騎士たちをひと目見るなり、ある者は声を失い、ある者は顔をゆがませ、ある者は隣の人間と無言のまま視線を交わしあっている。
態度こそ千差万別であったが、驚きのあまり「二の句がつげない」という点は共通していた。
彼らが驚いたのも無理はなかった。
なにしろ姿を見せた四人の「副将軍」たちは、全員が女性であったのだ。
それも女王と同世代と思われる若い娘たちがである。
一人は濡れたような光沢の黒髪を背中まで伸ばした娘で、名はヒルデガルド。
一人は愛嬌のある丸い目と小麦色の肌が印象的な娘で、名はガブリエラ。
一人は女王をさらに上まわる長身の娘で、名はパトリシア。
一人は短く刈った、赤みをおびたくせ毛が特徴的な娘で、名はペトランセル。
四人はこの年ともに十九歳になる娘たちで、皆フランソワーズの近衛隊の出身であるが、共通しているのはそれだけではない。
四人とも女性ながらに傑出した武才の所有者であり、事実、先の内戦ではフランソワーズによって女王軍の部隊指揮官に抜擢されると、カルマン軍との大小数度にわたる戦いにことごとく勝利し、フランソワーズの覇権確立に多大な貢献をはたした。
全体の作戦を練ったのはむろんフランソワーズであるが、それを部隊指揮官として忠実かつ確実に四人が戦場で実行したからこそ、先の戦いで女王軍は勝利をおさめることができたともいえるし、なにより女王本人がそれを公言している。
ゆえに今回の「副将軍・兼・騎士団長」への大抜擢につながったのだが、だからといって職権を奪われる側が納得するかどうかは別問題であり、案の定、納得するはずもなかった。
ざわめく広間内を颯爽とした歩調で進んできた四人の女騎士たちは、ほどなく階の前まで進みいたると、そこで片膝をついてかしこまった。
ダイトン将軍がまたしても列から一歩踏み出て、玉座の女王に噛みついてきたのは直後のことである。
「へ、陛下! まさかこのような年端もいかぬ娘たちを、こともあろうに光輝ある騎士団長に据えようなどとお考えではありますまいな!?」
「この状況から推察しますと、どうやらそのようですわね」
フランソワーズの返答も人を食っている。
おかげでダイトン将軍は反論すべき言葉を見失い、今にも卒倒しそうな態で「あうあう」とあえぐだけである。
そんなダイトン将軍には目もくれず、フランソワーズは正面に向き直ると表情をあらためて四人の女騎士たちに声を向けた。
「事前の通達通り、そなたたち四人を新設する四騎士団の指揮官に任じます。ヒルデガルドはフェニックス騎士団の、ガブリエラはタイガー騎士団の、パトリシアはドラゴン騎士団の、ペトランセルはタートル騎士団の、それぞれ団長といたします。よろしいわね」
「ははっ。ありがたき幸せにございます」
異口同音にうやうやしく低頭する四人の娘たちを、文武の参列者たちはただただ声もなく呆然と見つめている。
まさかの仰天人事に、胆力に優れたカルマン大公ですら呆気の態で彼女たちを見つめており、そんな彼女たちに配下の騎士団を奪われるダイトン将軍にいたっては、もはや怒りをとおりこして絶望のあまり喪心状態であった。
ともかくも事ここにいたって広間内の参列者たちは、今日、緊急の国議を招集した女王の真意をようやく察したようだった。
すなわち、人事という名目の「懲罰」を断行したということを、である。
事の発端は先月のことである。
国内某地方の寒村で、そこに住む農民たちによる大規模な武装蜂起、いわゆる「一揆」が起きたのだ。
直接の原因は大雨による河川の決壊で、一帯の水田が使い物にならなくなり、代官所に年貢の軽減を訴えたもののまるで相手にされなかったことに憤った農民たちが、なかば自暴自棄になって抗議の一揆を起こしたことにある。
むろん鎮圧のための軍勢が現地に派遣されたのだが、カルマン大公に一揆の鎮圧を命じられた有力将軍の一人のアンドレス将軍は、しょせん農民どもの悪あがきと事態を軽視していたのか。
鎮圧するどころか逆に農民たちからしたたかに反撃をくらい、自らはその際に深手を負わされ、率いた国軍兵にも多数の死傷者をだすまでにいたった。
この一件で蜂起した農民たちはますます勢いづき、当地のみならず周辺の農村にまで騒動は拡大。
その結果、一揆の規模はあれよあれよという間に、当初の千人未満から数万人にまで膨れあがってしまったのである。
さすがにここまで騒動が拡大すると、それまで「よきにはからえ」に徹してほとんど無関心だった女王もそ知らぬ顔はできず、ランマルを含めた周囲の説得もあって、渋々ではあったが代官所を通じて、農民たちが願い出ていた年貢軽減を了承する触れをだした。
これにより蜂起した農民たちも矛を収めて騒動は収束に至ったのだが、一人おさまらないのはフランソワーズである。
なにしろ「自尊心と矜持がドレスを着ている」とまで称される性格だけに、自分自身の失態でというのならともかく、他人の失態で傷つけられてにっこり笑っていられるはずもなかった。
おまけに一連の事件に関して、国民の間ではまるでフランソワーズの女王としての無能さが招いた騒動とまでささやかれる始末。
そして、その種の声には超絶的な聴覚力を発揮する女王の耳に届かないはずもなく、
「よくもよくも、この私の……女王の威厳に泥を塗ってくれたわね。この恨み、晴らさずにおくべきかあぁぁ……!」
と、怨嗟の声をふるわせて激怒。
かくして自分に恥をかかせた二人の当事者――鎮圧命令とその人選にあたったカルマン大公と、自分の腹心という理由からカルマン大公にアンドレス将軍を推挙したダイトン将軍を許すはずもなく、今回の「懲罰人事」につながったというわけである。
個人的な私怨が理由とはいえ、いずれにしても確かなことは、今回の一件は結果としてフランソワーズの権力基盤をさらに強固なものにしたということだ。
宰相の権限は事実上、新設される三人の副宰相に移り、大将軍の軍権もまた同様に四人の新しい騎士団長に剥奪された。
こうなっては、文武それぞれの頂点に立つ二人の重臣は、もはやお飾りの人形も同様である。
彼ら自身はもちろんだが、二人を擁してひそかに女王の治世をひっくり返すことを夢見ていた反女王派の人々にしてみても、まさに悪夢のような展開であろう。
宰相と大将軍の権力剥奪という衝撃の人事で幕を開けた一連の国議は、それでもようやく静けさを取り戻そうとしていた矢先。
一人の衛兵が息せききって広間内に駆けこんできた。
ただならぬ衛兵の態度に、たちまち参列者たちがざわめきだす。
「お、おそれながら女王陛下に、急ぎご報告したいことがございます!」
「なにごとかえ?」
「たった今、北部アダン地方の代官所からの急使が城に到着いたしました。急使の報告によれば今から五日前、同地方においてふたたび農民の蜂起が生じたとのことにございます」
「な、なんと!?」
衛兵の報告に、広間内を満たしていたざわめきがどよめきへと昇華した。
北部アダン地方といえば、先頃農民の蜂起が起きた地域であり、たった今、そのときの稚拙な対応を理由に、二人の重臣が「詰め腹」を切らされたばかりである。参列者たちが驚きにどよめくのも当然であろう。
ランマルは玉座のフランソワーズをちらりと見やった。
どよめく参列者たちとは対照的に、特に表情を変えることもなく落ち着きはらっている。
ややあって、そのフランソワーズが衛兵に質した。