修練と国名
寒い季節が過ぎていく。寒さというのは終わる間際がもっとも冷えるような、そんな気がする。
そうして寒い季節が終わり、温かい季節に移っていく。
少し前まで白くなっていた畑には春の息吹が感じられるようになり、新たな季節の訪れを実感する。今はそんな季節なのだが、地下に在る自室に籠っているボクには関係のない話だった。
「地下に籠ってからどれぐらい経過しただろうか? やはり長く地下に居ると時間の感覚が無くなっていくな」
こういう時に太陽という存在の偉大さを実感する。ああして毎日昇っては沈んでを繰り返して明るさを変える事で、人に時間という感覚を与えているのだから。
それに気温も変わっているだろう。この地下は魔法道具でも使用しない限りはほとんど温度の変化が無いので、今が寒いのか温かいのかも分からない。
雨が降っているのか、晴れているのか。風が強いのか、湿度はどうか。外に居れば自ずと五感で感じられる様々な情報だが、ここではそれが全てない。まぁ、部屋と違うのなんてお風呂場ぐらいだしな。
なので、今がいつかなんて分からない。寝た日数とか数えてないし、第一修練に集中していたらあっという間に時間が過ぎているから、正確な日数なんてわざわざ確かめなければ分からない。
「まあいいか。それよりも、結構長い事修練に集中していたけれど、あれからどれぐらい成長したんだろう? ・・・少しぐらいは成長しているよな?」
ずっと一人で修練しているので、不安に思ってしまう。それでも長い事修練した訳だし、多少の成長はあったはず。
あんまりその事を考えてもしょうがないので、別のことを考えるとしよう。せっかくの休憩なのだから、もっと気楽に考えられる話題はないものか。
「うーん・・・そうだな。そういえば、セフィラ達はもうここには慣れたかな?」
人間界が消滅してから季節が一つ過ぎた。ここに連れてきたセフィラ達とオクト達も、ここに来てそれだけ経過したという訳だ。
それだけの時間を過ごせば、多少は慣れたものだろう。その間ちゃんと勉強もしていただろうし。もしかしたらもう働いているかもしれない。
「・・・・・・いや、もしかしたらセフィラ辺りはボクみたいに引き籠って機械弄りでもしているかもしれない。この地に連れてくる時に持っていた荷物は一緒に持ってきているから、その中に簡易的な道具が一式ぐらい揃っていてもおかしくないし」
ジーニアス魔法学園で一緒だった時を思い出し、あり得ると思う。あの時は兄さんの身体を借りていたボクだったが、過ごした記憶ぐらいは一応持っている。もっとも、大分朧気だが。まぁ、記憶なんてそんなモノだろう。
可能性としては、そうあっても不思議ではないだろう。だってセフィラだからな。可能であれば、ボクもこうして魔法の修練ばかりしているし。魔法道具や魔法の開発なんかもしているが、これも魔法の修練の範疇だと思う。
その代り、ティファレトさん達が勉強して稼いでいそうだが・・・その情景が容易に浮かんでしまうな。
オクト達三人は勉強も真面目にしっかりとして、既にここに馴染んでいそうだ。あの三人は社交性も高そうだし。
そして人間界だが、あの後少しして一度だけプラタから報告を受けた。その報告によると、完全に人間界を占拠した魔物達は、元人間界を含めた平原全土でも暮らし始めたのだとか。更には数も増やしているようで、遠くない内に数は戻りそうだという話だった。
ただ、数は戻っても質は落ちる。しかしそれは短期的な見方で、それももう少し長期的にみれば質は逆に向上しそうだという予想をプラタがしていた。
現在は森と平原で暮らすだけで、更に外には出ていないよう。おそらく傷を癒しているのだろうという見解だったが、次に侵略するにしてもどちら側に向かうのかは不明。
「仮にこちら側だとしたら、まずは荒野か。そうなると、異形種やそこに住んでいる生き物が障害になるが・・・あの程度では障害というほどでもないか」
この迷宮都市が在った場所まで来る道中で遭遇した者達を思い浮かべて、無理そうだと結論を出す。
もしも攻めてくるのが人間であれば、おそらく途中で息切れを起こすだろう。数に頼ったところで異形種の数には勝てないし、あの地に住まう他の生き物は、人間にとっては荷が重い相手が多かった。しかし何よりも問題なのが距離で、荒野は大した物が無い場所なので食糧などの補給が大変になるだろう。
そういった部分を含めれば、結構広い荒野を抜ける事は人間には不可能。開発しながら進めばいけるだろうが、それには途方もない時間が必要になってくる。そうなっては襲撃を受ける方が先だ。
だが魔物であれば話は別。魔物は魔力があれば飲食不要だし、疲れ知らず。森や平原に住んでいる魔物の多くは強さが人間よりは上程度ではあるが、それでも数がいるので、各個撃破でもされれば防げない。それに、中には強い魔物も居たからな。救出時に幾らか間引いたとはいえ、直に同格以上の魔物が誕生するだろう。
なので結論を述べれば、魔物であれば荒野を踏破可能という事だ。改めて考えてみると、魔物というのは厄介な存在だな。
それはフェンやセルパンそれにシトリーを見ていれば分かる。タシもではあるが、魔物というのは結構なんでもありなので、油断は出来ない。つまりは防備を固めるか警戒を強める必要がありそうだという事か。
もっとも、プラタが随時監視しているので、動き出したら直ぐに分かるだろうが。
こちらから手を出すつもりはないので、今は傍観しておくとしよう。・・・まぁ、こちらから手を出したとしても、数を減らす事しか出来ないだろうが。
「うーん・・・数だけでも減らしておくべきなのだろうか?」
死の支配者に備えて色々と忙しいとはいえ、それぐらいの余裕はあるだろう。だがそうなるとプラタに負担を掛ける事になるだろうから、やはり却下だな。ここから攻撃出来る存在など限られてくるのが問題か。
最悪なのは死の支配者と挟撃される形になる事だが、流石にそれは事前に気づくだろうからないだろう。死の支配者側の侵攻速度は依然としてゆっくりで、未だに魔族の国を完全に落とせていない。それでももう、侵攻前の三割も領土は無いが。
それでもこの国は魔族の国から離れた場所に在るので、魔族の国が落ちない限りはこちらにはこないだろう。
「・・・・・・なんか話がずれてしまったな」
セフィラ達の現状について考えていたのが、気づけばこの国の周辺環境について考えていた。せっかく休憩してのんびりしようと思っていたのに、何だか殺伐としたような気持ちになってしまったな。
「まあいいか。そろそろ休憩を終えるかな」
立ち上がり伸びをする。
現在居るのは第二訓練部屋。タシを創造した地下一階の訓練部屋だが、ここに来たのは単なる気分転換だ。少し前まで第一訓練部屋で修練をしていた。
「まずは魔法の修練だけれど、魔力効率についてはここに来てから大分改善できたから、次は少し上を目指してみようかな」
そう思い、魔力を同じ系統に変換しては掛け合わせていく。魔力をそのまま足していくのではなく、一度魔法として完成する寸前まで構築した魔力を重ねる。
違う系統同士を混ぜ合わせるのであれば、ここまで面倒も無いし、途中に別系統を挿む時も同様だ。しかし、同系統だけで混ぜ合わせると、どうしてもほとんど容量が増すだけになってしまうので、しっかりと昇華させる為に混ぜ合わせるには、一度形を創ってからかけ合わせていくしか方法は無い。同系統でも混ぜる数が少なければここまでする必要はないのだが、今回は十重二十重とひたすらに同じ系統をかけ合わせていくので、抑えるのに苦労する。念の為に間に無属性も差し込んでいるとはいえ、気を抜くと直ぐに暴発か混ざって同化してしまう可能性が非常に高い。
なので集中力がかなり必要だし、余裕も多少はなくてはやってられない。しかし、これが成功すればさらに上の魔法が扱えるようになるかもしれないのだ、そう思えば俄然やる気が出てくる。
それにプラタに確認したが、今ボクがやろうとしている先にある魔法は、誰も創った事がない魔法らしい。
「やっぱり最初は風系統が無難だったかな?」
目の前の透明な魔法に眼を向けながら、余裕をみせて呟いてみる。誰が居る訳でもないが、気分的な問題だ。
魔法の高みを目指すという事で、最初は基礎魔法を掛け合わせてみる事にしたのだが、普通であれば火・水・風・土の基礎である四大属性の中でも比較的安全な系統である風系統で試すのだが、今回は水系統で挑戦している。
「いや、このぐらいまで圧縮してしまうと風でも危険か。なら、どれでも同じだろう」
実際はどれでも同じという訳ではないのだが、それでもどれでも危険なのには変わりないので、間違っている訳ではない。
手元の魔法に集中しながらも、そんな事を冷静に分析してみる。現状の成果は上々なれど、目標にはまだまだ遠い。それでも当初よりも大分近づいてきたのは確かだろう。
「あとはこれをどう混ぜて安定させるかが問題だな。無属性魔法で緩衝材にしても成果としては二流だろうし」
出来れば緩衝材などなくとも、同系統の魔法を同化させずに混ぜて昇華させたいところ。そうすれば新たな魔法が誕生するが、緩衝材の無属性魔法ありでは、以前完成させた多段の属性魔法でしかない。あれはあれでよかったが、目指している魔法の昇華とは少し違うからな。
一度系統を固定してから、それを混ぜる。それに時間が掛かるうえに、混ざりにくいので更に時間が掛かる。
一つ、二つ、三つ・・・と重ねていく内に疲れてきたし、現段階では確実に実戦には向かない。というか、こういった静かで落ち着ける場所以外では構築すら難しい。まあ、まだ始めて日が浅いからそれもしょうがないか。
そんな事を考えながら魔法を構築していくが、次第にそんな余裕さえなくなってくる。
余計な事を考えると形を維持出来なくなりそうなほどに複雑で繊細な状態に閉口しながらも、そろそろ安全に構築していく限界だなと判断して、今度は魔法を慎重に慎重に解いていく。これで魔法の構造の理解がより深められるので、安全性も考えれば丁度いい方法だった。
それでも構築する時よりも時間が掛からないので、そちらは直ぐに完了する。
終わった後は身体中汗びっしょりで気持ちが悪い。それに、ただこれだけで一日掛かってしまうというのも、上手いこと進展していかない理由でもあった。
◆
修練を終えて自室に戻ると、そのままお風呂に入り汗を流す。
その後は寝台に座って魔法道具の改良に力を注ぐ。魔法の修練自体はゆっくりではあるが、確実に進んでいるだろう。しかし、やはり歩みの遅さが気に掛かる。焦ったところで意味はないのだが、それでもどうしても焦ってしまうな。
「この辺りをもう少し効率化したいところだけれど、そうなるとこっちに余計な負担がかかってしまうか・・・」
魔法道具を改良しながらも、いまいち集中しきれない。死の支配者の侵攻に魔物の脅威。それらから国を護れるぐらいに強くならなければならないという想い。それはジャニュ姉さんの救出時に強く思ったものだ。弱ければ全てを奪われる。それは当然の摂理なのかもしれないが、責任ある立場の場合は、それでも抗って無駄に散らなければならない。それが何だか許容出来なかった。
だからこそ、こうして鍛錬に集中しているのだが、まだプラタやシトリーにも追い付いていない。それどころかフェンやセルパンの方が強いだろう。兄さんの力も借りたとはいえ、自分で創造した魔物にすら負けるとは、何とも情けないものだな。
そうしてそんな事ばかりが頭の中を巡るせいで、いまいち集中しきれていない。悪循環だが、それでも僅かながらも進めているのだからまだいい方だろう。
「・・・・・・はぁ。駄目だな、少し落ち着こう」
一度大きく息を吸った後、ゆっくりと息を吐く。集中しなければ上手くいくものも上手くいかない。考えなければならない事は山とあるだろう。覚悟だってまだまだしっかりと固まってはいない。それでも今やるべき事は悩む事ではないと思う。
数度深呼吸をした後、頭を切り替える。今は全ての考えを横に措こう。やるべきは高みへの階段を上る事。そうだ、いろんなことを考えたが、結局のところボクがやるべきは強くなる事だけ。国の事など全てプラタ達に丸投げしているのだし、護るにも責任を果たすにも、結局ボクの役割は強者たる事。
誰にも負けぬ力を得る事。その答えは全て身の内にあるはずなのだ。何故だかそれは理解出来ている。
「うーーん・・・そうか。今やるべきは内との対話、なのかな? 自分が何を出来て何が出来ないのか。それを理解しなければならない」
まあそれが難しいのだが、それでも結局のところそうなるだろう。ボクは別に自分が強いとは思わない。だって周囲がそれ以上に強いのだから。しかしそれでも諦めはしない。ボクは自分の可能性を信じている。少なくともこの身体は、あの規格外で真なる化け物である兄さんが創ったものだ。そんなに脆いはずがないだろう。
「そう。そのはずだ。まだ可能性を秘めているはずなのだ!」
目を瞑り、静寂が支配する部屋の中で意識を内へと集中させていく。
「・・・・・・・・・」
意識を集中させると、直ぐそこには渦があった。いや、そう感じたといった方が正しいか。暗い暗い意識の中で、そこだけ妙に重かった。それでいて周囲を内に呑み込むような力強さを感じる。
その根源たる中心にその渦はあった。とても小さい球体の渦だ。意識の中、感覚だけの世界でそう感じる。
それが何かは分からない。しかし、触れてはならないような気がする。だが同時に、触れたいような気もしていた。
周囲の全てを引きつける力。求めていた圧倒的な何か。
「・・・・・・」
そう。それを求めていた。その圧倒的な何かを。これは多分、危険なものではないだろう。最初からここに眠っていたものだと思う。何となくそう感じた。だから、思いきって手を伸ばしてみる。
「・・・・・・」
それに触れた瞬間、自分の中身が全て吸い出されるような感覚が襲う。力もごっそりと奪われたような虚脱感。しかしそれも直ぐに、別方向から何かが中へと流れてくるような感覚に襲われる。それは何というか、冷水の様にひんやりとしている感覚。
そのひんやりとした何かが身体の中に入ってくる感覚に、目が覚める思いと共に手足に血が通っていくような、そんなはっきりとした感覚を覚える。
何が何だか分からず驚いている内に終わったようで、気がつけば周囲には何も無くなっていた。あの力強い渦のような何かも感じられない。
「・・・今のは一体?」
目を開けると、先程感じた何かについて考察してみる。
指を動かしてみるが、いつも通りの感覚で、何か特別変わった感じは何もしない。それは足もだ。ただ、頭の中が妙にすっきりしたような感じはしているので、やはり何か掴んだのだろう。
「無駄に考えすぎるなという事だろうか?」
もしかしたら、悩みがああいう風な形で意識の中に浮かんだのかもしれない。それに触れた事で、頭の中の何かが噛み合ったのかも? いや、やはり自分でもよく分からないが。
まあ何にせよ、頭がすっきりしたのであればいい事だろう。たまには瞑想をするのもいいのかもしれないな。
そう思うと、頭がすっきりしたので再度魔法道具の改良に戻る事にした。今ならなんだか集中出来そうな気がする。
「・・・・・・んー?」
集中出来そうな気がすると思って集中しながら、魔法道具に手を加えていく。そうすると、色々と頭の中を回っていたものが無くなったからか、確かに集中出来た。それはもう、もの凄く集中出来たのだが、どういう訳か力の調節が上手くいかなくなってしまった。
一旦魔法道具を分解すると、腕を組んで思案する。原因について考えるが、そんなモノはひとつしか思い当たらない。
「さっきのやつ、だよな? やっぱり」
先程までと今との間に行った事など、それぐらいしか思い当たらない。なので、そう結論付ける。だが、あれが何かは分からない。
とりあえず、力の調節が上手くいかなくなったという事は、身体に何かしらの異変が生じた可能性が高いだろう。そう思い、身体の調子を確かめてみるが、これといって変わった様子はなかった。
それを不思議に思いつつ、ではどういう事だと暫く考え、力の調節が上手くいかなくなったという事は、もしかしたら急激に力が増したのか、それとも魔力の通り道が何かしらの損傷でもしてしまったかと考え、まずは体内の様子を確認する。
「こちらも何ともない。という事は、力が増したのか?」
そう考えるも、何となくそれも違うのではないかと思う。仮に内包する魔力量が激増したのであれば、流石に違和感ぐらいは感じるだろう。
それでも試さない訳にはいかないので、とりあえず簡単な魔法を発現させてみる。やはり調節が難しいが、何とか魔法は発現出来た。
「・・・やはりおかしい」
発現した魔法は、威力としてはむしろやや落ちてしまっていた。調節が上手くいかなかったという部分を抜きにしても、やはり弱体化している。
それを疑問に思いつつ、もう一度試してみる。しかし、結果は同じ。どうした事かと今度は魔力について調べていく。
量についてはやはりあまり変わっていない。細かく言えば、前回調べた時よりも魔力量は増えてはいるようだが、そんなに影響するほどではないだろう。
では質の方が変化したのかと思ったが、調べた感じ変わっていないような気がした。しかし、何となくもう少し詳しく調べてみるべきだと思い、更に詳しく調べていく。すると。
「ん? どうも少し魔力の質が変化しているな」
より詳しく調べてみると、魔力の質が変化している事に気がつく。それは調べながら魔力を体外に放出してみた時にやっと気がついた。
体内に在る場合は魔力に大して変化はないのだが、体外に魔力を放出して観察してみると、僅かではあるが周囲の魔力を取り込んでいるようなのだ。
「むぅ。これはどういう事だ?」
突然の変化に疑問を抱くも、同時に先程の不調の原因も仮説だか思い至り、それについて検証してみる。
そうしてより詳しく調べた結果、やっと答えを得られた。
「つまり先程の魔法は、精製段階で魔力同士が少し吸収しあっていたという事か」
体内に在る状態であれば、魔力は普通の魔力と変わりなく、周囲の魔力を吸収しない。しかしどういう訳か、体外に放出したり、魔力を精製などして性質を変化させた場合に限り、魔力吸収を起こすようになる。
魔力調節が難しくなったのは、これが影響しているようだ。以前までと同程度の規模の魔法を操ろうと思えば、大目に魔力を消費しなければならなくなった。
「む、むぅ。これでは常に無駄に魔力を使用しているのと同義ではないか」
つまりは弱体化である。面白い性質だとは思うが、このままでは役に立たない。
「しょうがない。まずはこの魔力に慣れる事と、この性質についてもっと学ぶ事を最優先事項にするとしよう」
魔力の吸収。それを自在に扱えるようになれば、弱体化ではなく強化に変わると思う。それぐらい面白いし、可能性を秘めているように感じる。ただ上手く扱えなければ、このまま無用に魔力を消耗し続ける事になりそうだ。
とにかく、これからの予定を全て組み換え、この魔力の習熟に重きを置いて調べていく事にした。
◆
「あむ。むぐむぐ」
とある世界で、オーガストは果物を食べていた。それは黄と赤の二色が混ざる楕円の実が幾つも付いた房で、その実を一つずつ房から離しては口に含む。実の大きさは親指ほどで、噛むとパリッと口の中で音を立てて皮が弾ける。
そのまま皮ごと食べると、苦味から甘みへと味が変わっていく。
「ふむ。手軽に食べられるのはいいな」
道端に在った岩の上に腰掛けて果物を食べながら、オーガストは周囲に目を向ける。
微風が草や頬を撫でる穏やかな光景が視界一杯に広がり、道の続く先に大きな街が目に入る。距離は離れているのに、その大きさは見事なものだ。
しかし、そんな光景だというのに、誰の姿も確認出来ない。
道を歩く者は勿論の事、その大きな街も人が息づいているような感じは一切ない。この世界には静寂しか存在していないかのような気にもなってくる。
「・・・さて、これは一体誰の仕業なのやら」
手に持っていた果物を全て食べ終えたオーガストは、岩から降りて伸びをする。その後に周囲を再度見回し、小さく息を吐き出した。
「何だか少し、面倒な事になりそうだ」
疲れたような声音でそう呟いたオーガストだが、しかしその口元は楽しそうに歪められていた。
◆
自身の変化した魔力特性を調べ始めて何日が経過しただろうか。十日は・・・多分経過していないと思う。
この自身の魔力特性を調べてモノにする為に、全ての時間に於いて調査を優先させた。眠くなったり空腹を覚えた時は少し中断したが、そういった生理現象以外では、全てを優先させて調べていた。
その結果、まだ完全とはいえないが、それでもある程度は解明出来たと思う。
例えばまずこの魔力だが、他の魔力を吸収することが出来る。容量としては、魔力吸収する魔力とほぼ同程度。つまりは、用意した魔力の容量を百とした場合、この魔力が吸収可能な量は同じ百までという事になる。
そして吸収した魔力だが、これが何と、少しコツはいるがそのまま使用可能となっていた。つまりは、吸収した段階で支配権はこちら側に移り、性質というより波長も自動で調整されてしまうのだ。細かなところまで言えば、吸収した魔力は若干量が減るのだが、それでも魔法の威力が倍近くになるのだから、脅威な事には変わりないだろう。
ただ困るのは、魔法として精製している段階から既にこの現象が起こってしまう事か。せめて魔法が完成してからであればいいのだが、魔力の精製中に魔力量が上下してしまうので、魔力を扱うのも苦労する。
もっとも、この特性を少し抑える事が出来るようになってきたので、このまま研究していけば、思い通りに抑える事も出来るだろう。いつかは相手の魔法にぶつけたりした時に特性を開放して、相手の魔力を吸収するとか出来れば強いと思うのだが、それはまだ遠そうだな。
他にも、体内を魔力が巡っている間は特性は顔を出さないが、意図的に外に出したり手を加えた場合は性質が変化してしまうという事か。
これは魔力操作が上手く出来ずに魔力が外に漏れてしまっても、その部分は普通の魔力と変わらないという事。何故そうなるのかはまだ判っていないが、この自然に漏れ出た魔力に手を加えても普通の魔力でしかないのは確認済みだ。
本当に不可思議な性質の魔力だが、しっかりと自分の意思で操れるのであれば、これはとても強力な武器となるだろう。何せ魔力を吸収してしまえるのだ、仮に吸収した魔力を使えなかったとしても、相手の力を削れるだけでもかなり有利になるだろう。
「理想としては、任意の対象から魔力吸収出来る事か」
それが出来れば、魔法を魔法で迎撃した場合、相手の魔力を吸収したうえで自身の魔法の威力を倍近くまで強化出来るのだから、これは負けなしではなかろうか。少なくとも、相手に魔力量が少し劣っているぐらいでは負ける事はないだろうな。
「それに相手から魔力を吸収できるだけでも強力だし、魔法同士というのであれば、相手の防御崩しにも一役買ってくれる」
単純に相手から魔力を吸収出来れば、吸収された相手は魔力量が急激に下がる事になる。それだけでもかなりの虚脱感があるだろうし、魔力を限界近くまで奪う事が出来れば、そのまま問答無用で相手を気絶させる事が可能となる。そして全ての魔力を奪った場合は、容易く相手を死に至らしめる事が出来るという訳だ。
「まるで毒だな」
力を奪い弛緩させたり気絶させて無力化させるだけではなく、それどころか死に至らしめて終わらせる事も出来るのだから、その認識で間違ってはいないだろう。魔力を奪うので防御も難しい。
結界なんかも魔力を奪って壊す事が可能だし、もしかしたらこの魔力を完全に手中に収める事が出来れば、死の支配者とも戦えるかもしれない。と思わせてくれるぐらいには強力だろう。
しかし、そんな強力な魔力ではあるのだが、やはりというかなんというか、それでも兄さんには通用しないだろうと自然と思えてしまうのだから、あの人はやはり格が違い過ぎるという事なのかもしれない。
「うーん・・・これを魔法にしなくても魔力吸収が起きるように出来ないものか」
自然と外に漏れた魔力には魔力を吸収する性質が備わっていない様に、ただ魔力を外に放出するだけでは結果は同じだった。
それでも無属性魔法だと一応はその性質が残っている様ではあったが、それもかなり微妙な強さしか残っていなかった。多分普通に魔法を創造した時の一割も吸収する力はないだろう。
その程度であれば、せいぜいが補助程度。中々上手くいかないものだ。そのままでも吸収出来るようであれば、相手に魔力を纏わりつかせて魔力を奪い取りながら戦えたというのに。
まあなんにせよ、これからも継続して研究していかなければならないな。まだ上手く性質を抑えきれないので、やや弱体化してしまっているのは変わらないのだから。
今でも全てに優先させて研究してはいるが、最近は思うように進展していない。
せめて魔法の精製段階では抑えられるぐらいにはしたいが難しいものだ。現在はこの性質が勝手に発現してしまっている状態だからな。常時この状態じゃないのはありがたいが、違うという事は抑える事が可能だという事だと認識している。
元々他の用事は全てプラタ達に丸投げしていたので、予定は修練以外にはないから当分は集中出来るが、それはそれで申し訳ない気持ちになってしまう。その為にも早くこの力を制御下に置いて役に立てるようにならないといけないな。