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贈り物7

 購入したその食べ物は、シトリーの説明通りに一口大の球状の揚げ物であった。数は聞いていたよりは少し多いが、それでも十在るかどうかといったところ。
 その食べ物の一つには爪楊枝が刺してあったので、それを使って食べるのだろう。
 片方をシトリーに渡すと、近くに落ち着いて食べられるような場所も見当たらないので、そのまま歩きながら食べる事にした。
 昼食は昨日同様に広場で食べる予定なので、広場を目指して移動しながら、早速購入した食べ物を一つ食べてみる事にする。
 爪楊枝を指で挟んで持ち上げると、そのまま刺さっている球状の揚げ物を口に運ぶ。一口大なので食べやすい。
 口に入れると、まだ熱を持っていたので一瞬熱さを感じたが、そこまで熱々という訳ではなかったようで、幸い火傷はしなかった。
 温かいそれを噛んでみると、サクッとした軽い食感と共に野菜の甘味が溢れて口に拡がる。話通りに強い味ではないが、それでも十分甘味を感じられる程度にはしっかりと甘い。
 野菜は完全にすり潰されているようで、舌触りは滑らか。食感はサクッとした衣の軽い感触だけで、それを除けばまるで飲み物のようだ。
 確かにこれならば多少食べた程度では腹にはたまらないだろう。それにしてもこれは何の野菜なのだろうか? 食べた事ない味だな。
 隣では美味しそうな顔をしながら、シトリーが次々とその球状の食べ物を口に放り込んでいる。見れば一回で二三個一気に食べているようで、もう残りは二つ。
 ボクが三個目を食べ始めたぐらいには、シトリーの手元にはゴミと化した爪楊枝と何も入ってはいない紙の容器だけ。しかしそれも、シトリーは当然のように食べてしまった。
 その光景に一瞬驚いたが、直ぐにシトリーは本来なんでも溶かして食べてしまうスライムだったなと思い出して、少々の苦笑いを浮かべただけに留める。
 紙の容器まで食べ終えたシトリーは、その様子を見ていたこちらに視線を向けた。

「どうかしたのー?」

 可愛らしく小首を傾げたシトリーに、「何でもないよ」 と返した後に、四個目を口に入れる。その後に残りの入った紙の容器をシトリーに差し出す。

「食べる? 残りはあげるよ」
「いいのー!?」

 パッと顔を輝かせるシトリー。それにボクが頷くと、シトリーは嬉しそうに紙の容器を受け取って食べ始める。
 美味しそうに食べていくシトリーを見て、あげてよかったなと思う。いくらあっさりしていて量が少ないとはいえ、元々そこまで食べる方ではないので、広場で食べる予定の昼食だけで十分満足出来る。なので、シトリーの幸せそうな表情が見られただけでそれ以上の価値が在っただろう。
 まぁ、もしもまた食べたければ帰りにでも買いに行けばいい訳だし。値段もそこまで高くはなかった。あの紙の容器ひとつで金貨一枚だったからな。
 量や値段、大きさなどを考えれば食べ歩きやおやつ用が目的なのだろう。ならばこうして、歩きながら食べるのは正解か。紙の容器までシトリーが食べてくれるので、ゴミも出ないし。
 そんな事を考えている内に、シトリーの手には何も無くなる。紙の容器まで食べ終わったらしい。
 広場まではもう少し距離は在るが、それもすぐだ。

「今日はお弁当を食べ終えたらどうするのー?」
「そうだね・・・特に行きたい店もないし、ちょっと先の店を覗いてみようか」
「そうしようー!」

 ここの市場の広場は、市場中央に在るという訳ではなく、僅かにずれている。それでも広場が市場の終点という訳ではなく、その先も市場は続いている。
 昨日は昼食の後に来た道を戻ったが、そろそろ先に行ってみてもいいだろう。実は時間の関係もあってまだ先へは行った事がないんだよな。楽しみだ。
 そうこうしている内に広場に到着する。ここまで買い食いした以外寄り道はほとんどしていないが、既に昼がやや過ぎでいる。やはり拠点から普通に歩いて来るには少々遠い場所に在るな。
 それでも少し先に行くぐらいの時間はある。昨日は服屋に二軒行って、帰りに同じ服屋一軒と魔法道具屋一軒に寄ったが、それでも帰宅は日が暮れて少ししたぐらいだった。帰りは少々急いだとはいえ、それであれば、このまま広場の先をちょっと覗いて帰るぐらいの時間的余裕はあるだろう。
 まあその前に昼食にしたいので、どこかゆったりと座れる場所を探す必要はあるが。とはいえ、現在は若干ではあるが昼過ぎなので、広場に居る人達は昼頃よりは減っている。昼頃の多さを想定して造られている広場なので、それであれば直ぐに空いている場所を見つけられるだろう。

「あそこはどーう?」

 そう思っていると、シトリーが視線の先を指差す。その指の先を追ってみると、誰も座っていない長椅子が置いてあった。

「いいんじゃない? 周囲に誰も居ないし、ゆっくり座って食事が出来ると思うよ」
「じゃあ、あそこにしよう!」

 先程の買い食いの効果か、シトリーは機嫌よく小走りにその長椅子へ駆けていくが、ほぼ直線だしあまり離れていないので視界から消えるというほどでもなく、直ぐに長椅子に到着する。
 シトリーが丁寧に長椅子の上を軽く払って腰掛けた辺りで、ボクも長椅子前に到着した。
 事前にシトリーが表面を払ってくれた長椅子に腰掛ける。そうする事で少し低くなった目線で周囲を見回す。
 相変わらず広場はその名の通りに広く、また皆の憩いの場としてしっかりと機能しているようだ。
 芝生や椅子の上などに思い思いに腰掛け談笑する人達。中にはボク達同様に今から昼食を食べる者も居るようだ。どうやらあちらは屋台で買ってきた食べ物をここで食べるようだな。そういう楽しみ方も今度してみたい。
 芝生の上を駆け回る子ども達に、それを微笑ましそうに見守る親達。
 そういった人達の様子を軽く見回した後、最後に隣から待ちきれないといった感じの表情でこちらを見ているシトリーに視線を向けた。

「それじゃあ、お弁当を開けようか」
「わーい!」

 背嚢から取り出したお弁当を渡した後、ボクの合図を聞いたシトリーは笑みを浮かべて弁当箱を包んでいる風呂敷の結び目を解いて広げる。
 弁当箱は昨日と同じ物。大きくはないが、小さいというほどでもない。弁当箱の色合いは爽やかなもので、手触りもすべすべしていて気持ちがいい。
 ふたを開けると、中には地味な色合いの焼いた肉が色鮮やかな葉野菜の上に敷き詰められていた。
 区切りの一つには今日も艶々とした白いご飯が詰まっている。
 既に食べ始めているシトリーを横目に、箸を手にして弁当箱へと手を伸ばす。
 まずは肉からかなと思い、茶色っぽい地味な色合いのそれをつまんで口に運ぶ。
 口に入れただけで少ししょっぱい味が舌を刺激する。それに構わず肉を噛んでみると、塩味の効いた濃い味が口の中に拡がって、無性に白米が食べたくなった。
 その衝動を我慢して、それから何度か口を動かし肉を咀嚼していく。
 咀嚼する度にどんどん溢れてくる塩辛い濃厚な味も、回数を重ねるごとに次第に薄くなってきた。そろそろ頃合いかと思い、ご飯を一口掬う。
 掬ったご飯を口に入れ、もぐもぐと続けて口を動かしていく。そうすると次第にご飯の甘味が増してきた。ご飯の上品で優しい甘味が、口の中に残っていた濃い味と混ざり合い、丁度いい美味しさに変わる。
 更に幾度かしっかりと咀嚼した後、口の中のものを飲み込んだ。

「ふぅ。やっぱり美味しいな」

 小さく頷いた後に、次の肉を口に入れる。
 濃い味付けのその肉を堪能しながら咀嚼していると、隣で食事をしていたシトリーの弁当箱が空になった。
 シトリーは体内で対象を溶かすだけなので、相変わらず食事を摂るのが早い。普通に食べている様に見えて、咀嚼はあまり多く行わないからな。それは本来必要のない工程だからしょうがないが。
 口いっぱいに頬張った後に何回か咀嚼して、そのまま一気に飲み込むからな。ボクがそれをやったら確実に喉を痛めそうだが、シトリーの見た目は擬態だから問題ない。
 そうして一気に飲み込んだ食べ物は、シトリーが体内で直ぐに溶かしてしまう。なので、どれだけ食べても問題はない。
 以前、興味本位でシトリーにどれぐらい食べられるのか訊いてみたのだが、本人も限界は判らないそうだ。何がとは言わないが、何百何千と喰らっても何も変わらなかったらしい。満腹どころかお腹にたまった感覚も無かったとか。
 いや、本当に恐ろしいものだが、幸いなのがそもそもシトリーにはそれほど食事が必要ないという事だろう。食事をするのは、いざという時に備えて栄養というか魔力を蓄える為だそうだ。
 こういったボクが摂る食事でも微量ではあるがそれは可能らしく、シトリー自体食事をする事に満足感を覚えているようなので、暴走とかはしないだろう。
 ボクは少し急ぎ気味に食事を続ける。流石のシトリーでも弁当箱までは口にしない。出来ない訳ではないが、これはまた使用するからな。
 隣で食事を終えたシトリーが周囲をキョロキョロと見回しては、ボクの方で視線を止めるという事を何度も繰り返している。
 頑張って食べてはいるが、まだ半分ぐらいは残っているな。今日のお弁当は肉料理だったからか、昨日よりも食べ終わるのが早かったな。
 別にシトリーは好き嫌いがある訳ではないが、どちらかといえば肉食を好んでいる。そのせいか、野菜を中心とした料理と肉を中心とした料理では、明らかに食べる速度が異なってきている。
 それにしても、正直隣でそうやって動かれると気になってしょうがない。なのでボクは少し考えると、残ったお弁当をシトリーに渡す事にした。
 ボクは小食なので、間食の影響もあるからか半分ぐらいでも十分満足出来ている。

「シトリー。食べかけで悪いけれど、残りを食べる?」
「いいのー!?」
「うん。どうぞ」
「やったー! ジュライ様大好き!!」

 嬉しそうに笑ったシトリーはボクから弁当箱を受け取ると、かき込むようにして中身を口の中に入れていく。
 そうしてものの数秒で弁当箱は空になったが、まだ残っていたご飯粒などの細かな残りもシトリーは残さず食べ取っていった。
 ほどなくして綺麗になった弁当箱をシトリーが渡してくる。

「ごちそうさま。ありがとうジュライ様!」
「美味しかった?」
「うん!」

 元気よく頷いたシトリーに軽く笑いかけながら、弁当箱を受け取り背嚢の中に仕舞う。それから少し休憩を挿んだ後、ボク達は長椅子から立ち上がった。
 いつもであれば拠点まで少し距離があるので、昼食を終えた後は来た道を戻って拠点に帰るのだが、今日は広場を抜けた更に先を目指して進んでいく。
 広場は広いが道はしっかりと整備されているので、進む分には楽なものだ。市場の通りほど往来は多くはないし。
 広場の中央を走る通りに出た後、そこを真っすぐ進む。そうして少しの間進むと、広場の反対側に出た。
 反対側といっても広場の造りは同じで、石畳の頑丈そうで幅の広い大きな通りと、その両端にずらりと一階建てのしっかりとした造りの店舗が並んでいる。
 当然だがそこを通る人達も似たようなものなので、来た方の市場と変わったところは大してない。
 並ぶ店の種類が少し違うらしいが、そもそも向こう側にどんな店が出店しているのかそこまで詳しい訳ではないので、出店している店の種類が違うと言われても分からないものな。
 ただなんとなく、こちら側はあまりおいしそうな匂いがしないな、ぐらいの感想しか持ち合わせていない。一応シトリーに聞いたが、こちら側はあまり食べ物屋さんは出店していないのだとか。とはいえ全く無い訳ではないし、野菜や肉などの食材は普通に売っている。
 つまり何が言いたいかといえば、わざわざこちら側に来たというのに面白みがなかった。まあ思いつき出し、ただの好奇心でしかないが。
 それでも折角こちらに来たのだから、もう少し見てみるか。今更戻ったところで、拠点に帰り着くのは夜だし。
 隣を歩くシトリーと会話をしながら市場を見て回る。細かなところはよく分からないが、何となく職人街とでも言えばいいのか、そんな感じがする。
 確認出来た範囲だが、金物を取り扱っていたり、人形を取り扱っていたり、刃物を専門に取り扱っていたり、文具を取り扱っていたりと、中々に地味だ。だが、生活の中で必要になってくるモノを取り扱っている店が多い気がした。
 そんな店の合間に忘れ去られたようにひっそりと食堂が在ったりして、店が並んでいるだけだというのに生活感がある気がする。まだここは出来て間もないはずなんだが。
 内心で首を傾げつつも、真新しい建物や道が妙にゆったりとした雰囲気に馴染んでいる気がして、居心地がいい。向こう側は何処となく浮ついた印象だったので、余計にそう思ったのかもしれない。
 そうして市場を見て回り、程よいところで踵を返す。入って直ぐではいまいちよく分からなかったが、確かに向こう側とは違うようだ。どちらが良い悪いという話ではないが、個人的な好みはではこちらの方が好きだな。
 そんな感想を抱きながら進み、広場を越えて拠点に近い方の市場に到着する。その頃には日が大分傾いていたが、急いで帰れば市場を出る頃まではギリギリ夕方といったところだろう。
 今日の営業を終えて店じまいをしている店も結構在るが、まだ閉店する様子のない店も割とある。大体六対四ぐらいだろうか。この時間に通ると、また印象が変わってくる。
 夜になる頃にはもっと今日の営業を終えて店を閉めるところが増えるだろうが、それでも逆に夜から営業している店も在るらしい。夜間営業に関しては規制している訳ではないので問題ないのだとか。夜行性の種族も居るらしいし。
 そういった話をシトリーから聞きながら、急ぎ足で市場を抜ける。そうして大体日が暮れた辺りで市場を抜けられた。
 そこからも急ぎ足で拠点に戻っていく。
 街の中央に鎮座する拠点へと続く大通り。そこは相変わらず賑やかで、すれ違う余裕があまり無いほど。こんなのが他にも三ヵ所もあるのだから驚きだ。
 とりあえずそこを通るのは避けたいので、シトリーに話を伝えてから道を逸れて進んでいく。
 少し大回りで住宅街を進んで、大通りの市場を迂回する形で拠点の門前に到着した。
 相変わらず大きなそれを見上げた後、すっかり暗くなった夜空に目を向ける。そこには一面星が瞬いていたので、遅くなり過ぎたようだ。
 もはや深夜とも言えそうな時間だが、拠点に入ると直ぐにプラタが迎えてくれる。

「おかえりなさいませ。ご主人様」

 恭しく頭を下げて迎えてくれるプラタ。隣にシトリーも居るのだが、プラタはそちらに視線も向けない。
 シトリーも別段それを気にした様子もなく、むしろ当然だろうと言わんばかりにさっさと拠点の奥へと消えていく。長い直線が続く廊下なので、まだ背中は見えているが。
 まあそれはそれとして、プラタに言葉を返すと、そのまま少し会話をする。主に今日あった出来事について互いに話すだけだが。
 その話を少しした後、プラタの案内で食堂へと移動を始める。その道中でも先程の話の続きをしていく。
 そうして移動していると、食堂へはあっという間に到着した。
 相変わらず誰も居ない食堂の奥の席へと移動すると、先導したプラタが椅子を引いてくれる。
 それに腰掛けて少し待つと、先程廊下の奥へと消えたシトリーが料理を持って食堂に入ってきた。
 食堂に入ってきたシトリーは、押していた配膳用の手押し車に載せている料理をボクの前に並べてくれる。もう見慣れた光景だが、それでも何故だか妙に不思議な感じを覚える。
 まあ気のせいだろうと思いつつ料理が並ぶのを待つと、程なくして眼前に料理が綺麗に並べられた。
 料理を並べ終えたシトリーは手押し車を部屋の隅に置き、そのまま部屋を出ていく。
 本日の料理は、パンと焼いた肉と卵を炒めた物に具沢山の汁物と、まるで朝食の様な献立であった。
 それでも美味しければいいかと思い、早速箸を持って料理に手をつけていく。
 焼いた肉と卵を炒めた物を箸で摘まんでパンに挟み、そのまま一緒に食べる。卵にはあまり味がつけられていないようだが、その分肉の味が濃く、やや塩辛い。
 パンも小麦本来の芳醇な香りが口の中を抜けていくだけなので、あまり味付けはされていないようだ。つまりはこれが正しい食べ方なのだろう。
 味の濃い肉と一緒にパンと卵を食べたので味は少し薄まり、やや味が濃い程度。それも噛んでいる内に僅かに甘い脂が舌を包み込んでくれる。この肉単品でも美味しいのだろうが、パンと一緒に食べるのもまた美味。
 もぐもぐと一生懸命に口を動かして口の中を空にすると、もう一品の具沢山の汁物を啜る。
 こちらは温かさもあってかホッとする優しい味わいで、口の中に広がった肉の脂を綺麗に洗い流してくれる。

「ふぅ」

 汁物を飲むと、小さく息を吐く。さて、次は中に入っているゴロゴロとした大きな具材を食べてみよう。
 箸と椀を手に持って、まずは汁物の中に入っている具材を確認してみる。箸で摘まんで持ち上げてみると、一口大よりはやや大きめに切られた野菜が顔を出す。
 その野菜を口へと運んだ後、汁物の中を箸で軽くかき混ぜてみる。そうすると、様々な種類の野菜が顔を覗かせては、乳白色の汁の中へと沈んでいった。
 野菜の色は緑とか白とかであまり派手ではないが、それでも汁がやや暗めの乳白色のおかげで具材の色が映え、料理だというのに静かな美しさを感じさせる。
 その大きな野菜は見た目だけではなく味でも楽しませてくれるようで、肉の脂とはまた違った種類の甘味を舌に伝えてくる。
 それだけではなく、食感も楽しい。葉物野菜特有のシャキシャキとした小気味良い食感だけではなく、根菜類のゴロっとした噛み応えも素晴らしい。中には柔らかい物もあったが、食感に変化があってそれはそれで良かった。
 そうして暫し汁物を堪能したら、次は再度肉と卵を挟んだパンを食べる。汁物の具材とパンを交互に食べた後、最後に出し汁を飲んで口の中を洗い流した。

「はぁ。美味しかった」
「御気に召したのであれば、よかったです」
「ああ、今日も満足だよ」
「それはよかったです」

 食事を終えると、直ぐに食堂にシトリーが入ってくる。その手には円柱形の容器が握られている。
 シトリーは近づいてくると、ボクの目の前にその手に持っていた容器を置く。どうやらそれは、温かいお茶の入った湯呑だったようだ。

「ありがとう」

 ボクがそれにお礼を言って手に取ると、シトリーは部屋の隅に置いていた手押し車を押して持ってくる。
 その様子を眺めながら、湯呑から苦味の強いお茶を少しずつ飲む。程よい温かさのそれは、口から胃に入り、じわりと全身を温めていく。
 手押し車を近くまで押してきたシトリーは、眼前の食べ終わって空っぽになった食器を手早く回収していき、まだボクが飲んでいる湯呑を残して、手押し車と共に食堂を出ていった。
 その背を見送り、日中の一緒に市場を見学したシトリーとは別人のようだなと内心で思う。外では人懐っこい感じであったのに、今は淡々として事務的に食器を回収していった。それは毎食ここで食した時の感想だから、変わってはいないのだろう。
 シトリーが食堂を出ていった後、少しずつ飲んでいた湯呑の中身を乾して、それをその場に置く。これも後で回収してくれるらしい。
 それにしても、シトリーはこの時間何をしているのだろうか? それは気になったが、追々分かってくるだろう。多分だが。まぁ、もしも分からなくても不都合はないからね。
 シトリーが持ってきてくれたお茶を飲み干して机に置いたボクは、少しその場で休憩をして、若干食べ過ぎたお腹を擦りながら消化を待つ。
 それも、そろそろこなれたかなと判断して立ち上がると、念のために湯呑はこのままでいいのかプラタに尋ねた。

「はい。その湯呑はそのままでも問題ありません。暫くしたらシトリーが回収しにやって来るでしょうから」

 そう言われたので、ならばいいかと頷く。その後にささっと滑るように前に出たプラタの後を追って食堂を出る。
 廊下を歩きながら窓の外の様子を見てみると、すっかり暗くなっており、星が目一杯瞬いていた。
 もう深夜なので、さっさと小部屋に移動して転移するかと思いながら廊下を進む。そんなボクの気持ちを察したのか、プラタもやや早歩きで廊下を進んでいく。
 いつもより少し早めに転移の小部屋に到着すると、プラタと別れの挨拶を手早く済ませて、転移装置を起動させた。
 あとはお風呂に入って寝るだけだな。そう考えながら、一瞬の意識の漂白と浮遊感を感じて転移する。
 世界に色が戻ると、そこは地下三階の転移装置前。それを確認した後に歩いて自室に戻ると、手早く準備を済ませてお風呂に入る。
 そういえば、明日は休みにしたい事をプラタに伝えるのを忘れていたな。今から連絡しても大丈夫だろうか? 少し不安に思いながらも、湯船に身を浸しながらプラタへと連絡をつけるのだった。





「あと一つですか。あちらももうすぐ準備が終わるでしょうから、これでやっと始められそうですね」
「はい」

 光が一切ないその場所で玉座に腰掛けた女性は、眼下に居る爬虫類を思わせる艶めかしい肌の女性からの報告に、少し疲れたようにそう口にした。
 その後に考えるような仕草を見せた玉座に腰掛けている女性へと、艶やかな肌の女性は報告を続けていく。
 そうして全ての報告を受けた玉座に腰掛けた女性は、「ふむ」 と小さく漏らす。

「そうですか。各地で多少の変化は起きているようですが、やはり一番の変化は我が君の置き土産が起こしている騒動ですね。まぁ、あれは放置でいいのですが、巨人の森の方も大分形になってきましたね。あの門から何を呼び出すつもりなのかは知りませんが、変化としては好ましい部類でしょう」
「では、このまま放置でよろしいのですか?」
「ええ。折角新しい風を取り入れようとしているのです。こちらとしても新たな変化は歓迎すべきモノですからね」
「畏まりました」
「まぁ、それでも監視は継続してください。新たな風とはいえ、害ある風であれば排除しなければなりませんから」
「お任せください」
「ええ。頼みました」

 玉座に腰掛けた女性の言葉に艶めかしい肌の女性は恭しく頭を下げると、そのままその場を辞する。
 そんな女性の後ろ姿を見送った後、玉座に腰掛けた女性は小さく息を吐いた。

「そろそろ世界を動かす時かな?」

 そんな女性へと、何処からともなく新たに声が掛かる。それは女性らしい声色ながらも、全く心の籠っていない無味乾燥とした声。

「あと少し時間は掛かりますがね」
「随分と待たせる」
「しょうがないですよ。それだけ世界の楔というものは強固なモノなのですから」
「ふむ。それならこちらに任せてくれれば直ぐに終わるのだが」
「それも今更でしょう。それに、これは私の役目ですよ」
「・・・そうか。であれば何も言わないさ。そちらはそちらの役割があるように、こちらはこちらで役割を全うするだけさ」
「ええ。そうしてください」

 玉座に腰掛けたまま、何処を見るでもなく答えた女性の言葉に、声を掛けた相手は静かに気配を消していく。
 その様子を捉え、相手が出ていったのを確認したところで、女性は今度は疲れたように息を吐き出す。

「疲れますね。我が君の為にも、もう少し己を鍛えなければなりません」

 物憂げな吐息を零した女性は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。





 プラタに貰った休みを使い修練をした。世界の眼にもっと慣れる修練もだし、魔法や魔法道具に模様魔法など、およそ一日では足りないほど詰め込んで修練をしていく。
 朝食は干し肉を食べ、昼食は抜いた。というか忘れていた。そうして気がつけば夜中。そろそろ修練は切り上げてお風呂にでも入ろうかと思ったところで、ふと思い出す。

「そういえば、三体目の魔物創造をしようと思ってすっかり忘れていたな」

 フェンとセルパンが忙しくなり、いつもどちらかが必ず居た影の中には今は誰も居ない。それが少し寂しくなり、そろそろ三体目の魔物を創造してみようかと考えたところで、すっかり忘れていた。
 あれは自分の実力を測る指標の一つとしても役に立つので、現在のボクには丁度いいからな。折角思い出したところで、お風呂の前にひとつやってみるか。
 現在は地下二階の訓練部屋。これから魔物創造をする事を考えれば、ここでは僅かに不安が残るな。

「よし、ここは結局用意してもらってから一度も使用していない、地下一階の第二訓練部屋で魔物創造をするかな。あそこであれば逃げられる心配も無いからな」

 地下一階の第二訓練部屋は、強固な壁と更に強固な天井と床に囲われた場所で、その外側は魔力を妨害する魔法道具が使用されている。身体が魔力で出来ている魔物は余計に嫌うらしいし、動きも抑制できる。それにあそこへの出入りは転移装置でしか無理だし、その転移装置もボク以外には反応しないように創られている。安全性でいえばあそこの方がここよりも高いだろう。
 そういう訳で一旦自室に戻り、自室近くに設置されている転移装置の在る部屋へと向かう。
 自室近くの部屋に到着すると、そこには地上部分の拠点に設置されている転移装置とは違って、二メートル四方の壁で囲われた個室の様な造りの転移装置が置かれていた。
 一瞬違うかとも思ったが、どう考えてもあれだろう。それを確認したところで、早速転移装置を起動させる事にする。
 まずはその個室の壁に触れてみるが、何も反応は無い。
 少し視線を動かしてみると、開けろと言わんばかりに取り付けられた深い金色をした取っ手。
 他に何かないかとぐるっと回って調べてみるが、他は何も無い。転移装置は透明性のない壁に囲われていて、中の様子は確認出来ない。なので、意を決してその取っ手を掴む。

「・・・・・・何も起きないか」

 僅かに取っ手から魔法の気配は感じるのだが、罠とかそういった類のモノではないらしい。もしかしたら維持系の魔法だったのかも? 組み込まれている魔法の容量が少ないからか、上手く隠されていて詳しくは判らないが。
 それにまあいいかと気を取り直し、取っ手を回して扉のように開閉する造りの壁を開けてみた。

しおり