贈り物6
シトリーに手を引かれながらそんな事を考えていると、目的の魔法道具を取り扱っている店に到着する。そこはプラタやシトリーの服を買った店の向かい側の並びで、広場から少し離れたところであった。
外観は特に飾り付けられてはいないが、上部に看板代わりの旗がはためいている。
その青地に白の縞模様の旗には、黒い字で文字が書かれていた。おそらくは店の名前だろう。あれは確か小人文字とかいうやつだったかな? 人間界を出る少し前ぐらいにちょっとだけ習ったが、その程度なので見覚えはあっても全く読めない。話す事さえほとんど出来ないのだから当然ではあるか。
それは措いておいて、小人文字が使われているという事は、店主は小人なのかな? 旗や文字の大きさは普通の大きさだが、小人と言いつつ別に小さくはないのかも?
入れば判るかなと思いつつ、シトリーの先導で店の中に入る。
店内は中ほどで区切られており、台を越えなければ向こう側へと行けないようになっていた。
台の向こう側には店員の女性が居り、その奥に棚が設けられていて、そこには魔法道具が所狭しと並べられている。
しかし逆にこちら側には何も無く、がらんとしていた。どうやら魔法道具を指定して、女性に代金を渡した後に購入する形らしい。直接手に取って確認が出来ないのは残念ではあるが、置いているだけの魔法道具であれば、視る事さえ出来ればどんな魔法道具か判るので、その辺りは問題ないか。
それに、おそらく店員さんに訊けば答えてくれる事だろう。この店員さんも魔法道具のようだが、接客用の魔法道具みたいだし。流石にこれは売り物ではないだろう。
それにしても、やはり魔法道具というのは高い。ざっと見た限りではあるが、魔法道具に下がっている値札を見るに、どれも銀貨が必要だ。安くても銅貨数枚は必要のようだな。これは銀貨の上である白銀貨が出たら、それが必要になってくるだろう。
それでも人間界よりは安い。そして性能もいい。だが、やはり自分で創った方が性能は段違いにいいな。プラタのとは比べるまでもない。
まぁ、性能の事は今は横に措いておく。ここに見に来た目的は、魔法道具の形や何を組み込んでいるのかと、その組み合わせを参考にする為に来たのだから。
「ふーむ」
店内にはボクとシトリー以外には誰も居ない。やはり高額な品物だからだろうか? それとも魔法道具はそんなに日常的に使用する物でもないのかな?
よく分からないが、静かならそれでいいか。店員である女性は、首だけ動かして黙ってこちらを見ている。それはそれで怖いが、魔法道具なので気にするだけ損だろう。
棚の魔法道具を確認しながら、店員さんである魔法道具も確認しておく。
ここの魔法道具は、生活に役立ちそうなものから日常の補助までを目的に造られているようだ。
魔法を組み込んでいる素体の大部分は別に造られているようなので、製作者はそこまで熟達者という訳ではないのかもしれない。
それか、素体の大部分を別に造って代用する事で値段を下げているのかも。一から創造している場合の方が素材の費用は安くなるが、その分一日で製作できる量が減ってしまうので、結局は技術費などで高くなってしまう。
それに一から創造した場合は、組み込める魔法の容量も格段に増えるので、その辺りで値段が上がる事もある。あとは製作者の技量次第では寿命が短い魔法道具が出来てしまうので、高い割にはすぐ壊れるなんてモノも出来てしまう可能性もあった。
店員さんである魔法道具も大部分は別に造られていて、胴体部分の中に別に創られた部分が組み込まれていた。その部分に組み込まれている魔法は、身体を自然に動かす事を考えて組み込まれている。それと特定の反応をするようにしてあるぐらい。
一応維持系の魔法は組み込まれているが、防衛などは考えていないようで、戦闘には全く向いていない。この国で泥棒などの犯罪は起きないだろうが、それでもこれでいいのだろうか?
まぁ、プラタ達の監視を欺ける者など居ないだろうから、何か起こしたら即座に誰かが飛んでくるだろう。この国の住民はそれを理解しているから変な気は起こさない。
というか、起こす必要がないらしい。現状は以前よりも安全で豊かな生活らしいので、罪を犯して追放されるなんて馬鹿な真似はどうしても避けたいようだ。確かに安全で豊かな環境を失うのは嫌だもんな。
それからも棚に並ぶ魔法道具を一つ一つ丁寧に観察していき、自分の中にある魔法道具の構想に取り入れられそうかどうか検討していく。
そんな事を集中して行っていると、気がつけば夕方になっていた。
その事をシトリーから指摘されて気がつき、慌てて店を出る。しかしずっと観察していたので、そのまま店を出るのは気が引けた。なので、その前に一番安い魔法道具を一つ買う。
値段は銅貨三枚。シトリーに贈った服の三倍の値段。効果は大したことない魔法道具だが、まあ何かの参考にはなるだろう。そう思うことにして、購入した魔法道具を背嚢に仕舞って店を出た。
店を出た後、茜色に染まる世界を服屋目指して足早に移動していく。幸いとそこまで離れている訳ではないので、直ぐに到着出来るだろう。
市場の中を足早に進み、プラタの服の仕立て直しを頼んでいた店に到着したのは、もうすぐ夕方が終わろうかという時間。
薄暗くなった中、店に入る。中の様子は少し前とほとんど変わっていない。
そのまま店内を進み、奥の方に居た店員さんに話し掛ける。服を預けた時と同じ店員さんだったので、直ぐに用件を伝え終わった。
支払いは前払いで済ませていたので、そのまま仕立て直しの済んだ服を受け取ると、一度シトリーで大きさを確認してから店を出る。
丁寧な仕事で丁度いい長さに変わった服を受け取って店を出た後、薄暗い中を市場の出口へ向かって進んでいく。
それも市場を出る前にはすっかり夜になってしまったが、まあそこは問題ない。
夜道をシトリーと一緒に歩き、拠点を目指す。
夜でもこの辺りの通りは街灯のおかげで明るいので、何も困らない。すれ違う相手の表情もはっきり見えるぐらいに明るいので、夜でも大して気にならない。
市場から拠点まで少し距離が在るので駆け足気味に街の中を進み、夜も更けてきた頃に拠点に到着する。
拠点ではいつも通りにプラタが玄関で待っていたので、帰宅の挨拶を済ませた後、その場で買ってきた服を渡す事にした。
「はいプラタ、お土産。いつもありがとうね」
背嚢から紙袋を取り出すと、そう言ってプラタに紙袋ごと服を手渡した。
「これを私に、ですか?」
紙袋を受け取ったプラタは、やや困惑気味に問い返してくる。
「そ。中身は服。気が向いたらでいいから、着てみて欲しいな」
「畏まりました。ありがとうございます」
大事そうに服の入った紙袋を抱え込むと、プラタは丁寧に頭を下げた。
その後に軽く言葉を交わしてから、プラタの案内で食堂に移動していく。その頃にはシトリーは何処かへと行ってしまっていた。料理を取りに行ったのだろうか?
そう思いつつ食堂に移動して待っていると、程なくしてシトリーが配膳用の手押し車と共に食堂に入ってくる。
やはり料理を取りに行っていたのかと思っている内に、シトリーはボクの横に移動してきた。
横にやってきたシトリーは、何を言うでもなく配膳用の手押し車に乗っている料理を手際よくボクの前に並べていく。
奇麗に目の前に並べられていく今日の夕食は、揚げ物を中心とした料理であった。
一口大に切り分けられた様々な素材を短めの串で刺して揚げられており、その上に赤黒い液体が少量掛けられている。
全ての料理が並び終えた後、シトリーにお礼を言ってから早速串を一つ手に取って口に運ぶと、揚げたてなのかサクッという小気味いい音が口の中で鳴る。そのまま噛んでみると、中身は肉だったらしく、肉汁がぶわっと口の中に溢れてきた。
「ん! んいしい!」
もぐもぐと口を動かしながら美味しいと行ってみたが、食べながらでは上手く言葉にならなかった。それでも言いたい事は伝わっただろう。
その言葉を聞きながらシトリーは手押し車を隅の方へと移動させると、これで役目は果たしたとばかりにそのまま食堂を出ていった。
まあそれもいつもの事なので、そのまま食事を続ける。それでも毎度思うが、シトリーも昼食の時の様に一緒に食べていけばいいのにな。
誘っても断られるので、強要したくはないから考えたってしょうがないかと思い直して次の串を手に取る。
夕食はその揚げ物だけではなく、野菜とご飯も用意されているので、それらも一緒に食べていく。
食事を作ってくれている者は、ボクがあまり多くは食べないのを知っているので、品数は多くともどれも少量ずつ。おかげで食べやすく、色々な物を楽しむ事が出来た。
用意されていた温くなってきたお茶を飲みながら、満足げに息を吐く。
一品一品はそれ程の量ではなかったが、用意された料理全てを食べると結構な量であった。それでも食べられたのは、やはり少量ずつであったからだろうか?
そうしてお茶を飲んでいると、シトリーがやってきて手早く食器を回収していく。最後に丁度飲み終わった湯呑も忘れずに回収していった。
回収した食器を載せた手押し車を押して出ていったシトリーを何とはなしに見送り、お腹の辺りを擦って食休みを取る。美味しくて少し食べ過ぎてしまったな。
そう思いながら休憩していると、一歩後ろに控えているプラタの姿が視界に映る。プラタは紙袋を何処かへと収納したようで、今は手ぶらだ。
「・・・・・・ふむ」
「如何なさいましたか?」
思案げに顎を擦ると、プラタが静かに問い掛けてくる。
「いやなに、先程気が向いたらとは言ったが、一度ぐらいはプラタがあの服に着替えた姿を見てみたいなと思ってね」
服を選んで渡した手前、それが似合っているかどうかは気になるところ。それに、いつもの服ではない姿のプラタには興味があった。ずっと同じ服だったからな。
そう思っての気軽な言葉だったのだが、その言葉を受けたシトリーは難しい顔をして思案する。着替えるだけでそこまで考えるほどの事だろうか? 内心でそう思いながら少し待つと、プラタは考えの姿勢を解いて、「では明日にでも」 と言って優雅なお辞儀を見せる。その姿は相変わらず様になっていて、一瞬見惚れるぐらいに美しいものであった。
食休みを終えて廊下に出ると、転移装置を使用する為に小部屋に移動する。
そこから地下三階に転移して、軽い運動がてら地下二階に上がって自室に戻った。
自室に戻った後はお風呂に入ってから、寝床で横になる。
「今日も色々あったな」
今日一日を振り返って一息つく。街は様々な刺激があって飽きないが、精神的に疲れることが多い。
「流石に直ぐ喧騒に慣れる訳もないのだが、それでも出来るだけ早く慣れていかないと、更に外に行くなんて夢のまた夢だ」
やはりまだ騒がしいのには慣れはしないのだが、それでも早く世界を見て回りたいので、あの喧噪にも慣れていかなければならない。
まぁ、外の喧騒がどの程度のモノかは分からないが、それでも何があるか分からない以上、ある程度慣れておくに越した事はないだろう。
しかし、必要な事はそれだけではない。もう一つ、いやもっとも大事なことがあった。それは力。
魔法の訓練は当然として、魔法道具の創造も重要な事だ。他にも武術なんかも鍛えておいた方がいいのかもしれないが、その辺りは今はいいか。今は魔法関連を鍛えて、強さの底上げをしなければならない。
「明日はまた市場に出るとして、明後日は修練に当てようかな。そろそろ集中して鍛えなければ弱いままだ」
別に市場に出ている間怠けていた訳ではないのだが、それでも一日中集中して修練に取り組んでいた訳ではないので、成長はそこまで大きくはない。
また、修練を行ったからといって必ずしも成長する訳ではないが、それでもしないよりは可能性が在るだろう。
実際のところ、喧騒に慣れるよりもそちらの方が重要なのだが、今は行き詰っていたので気分転換としては丁度良かったと思う。まぁ、結局何か閃いたとかはないのだが、ずっと引き籠っているよりはいいと考えただけだ。
それから何日も街に出た訳だし、そろそろ数日ぐらい修練に集中した方がいいかもしれない。でないと感覚が鈍ってしまいそうだ。いくら寝る前に魔法道具を弄ったり、魔法を開発したりしているといっても、常時修練している時ほどの冴えはないと思うんだよな。我が事ながら、期待するだけ酷なのかもしれないが。
そういう訳で、そろそろ修練の日を入れた方がいいだろうと考えた訳だ。明日は市場に行く予定があるから無理だけれども。それに、プラタが贈った服を着てみせてくれるという約束だからな。明日は修練の為に籠る訳にもいかない。
とりあえず寝る前の魔法道具弄りをしながら、どうしたものかと考える。勿論寝ながらではない。
修練をするのはいいのだが、どういった修練にするかはまだ考えていない。目的を持って修練した方が効率がいいだろうから。
それには今自分に足りていないモノを改めて考えて、そのうえで向き不向きも見定めなければならないが・・・まぁ、その辺りは適当にいけばいいか。
世界の眼の修練も更にしないといけないな。魔力を練るのももっと上手くなりたいし、やりたい事は多い。そういえば、クリスタロスさんのところに設置してある罠の方はどうなっているのだろうか? 模様魔法の研究も進めたいところ。
少し考えただけでやりたい事が次々と浮かんでくる。やはり自分を高めたり、研究したりといった事は好きなようだ。外に出るのもいいとは思うが、籠っている時間も好きなんだよな。
こうやって魔法道具を弄っているのも楽しいもの。どういう組み合わせにすればより効率よくいけるかとか、容量を増やす方法なんかを考えるのもいい。使用状況を想定して組み込むと、より効率よく組み込めるからな。
「うーん、やはり目標をはっきりさせる事が大事なのかな? まあそうか。これだってどういう状況で使用するかで、何を組み込むかとか、どういう形状にするかとか、色々考える必要があるからな」
難しいものだと思いながらも、どういう風に創ろうかと思案する。今弄っている魔法道具は、練習用に創り出した物で、これといった目的はないんだよね。
やはりそうなってくると、どう組み込むかを考えてしまう。形状は腕輪辺りが標準といった感じか。装着しやすいからね。次点で指輪だろうか。
なので形状は問題ないのだが、組み込むもので悩んでしまう。まずは攻撃型か防御型。補助型もいいが、補助は選択肢が広すぎて目的もなく創るには少々大変。
楽なのは防御型だが、どんな風に護るかでも選択肢が広がる。まぁ、とりあえず創るのであれば、周囲に結界を張るだけでいいのだが。
しかし、周囲に結界を張るというのも、分かりやすいながらも大変だ。組み込む素体の容量と相談して、結界の強度や持続時間をどの程度までにするのかとか、自動修復はどうするかもだし、結界だけではなく素体の保持についても考えなくてはならない。
「使い捨てか、長く使うかでも変わってくるからな・・・」
使い捨てであれば素体の事など大して考えなくても良いので、素体の保存に関してどころか少々無理に詰め込んでも問題ない。使い捨てなのだから、最低でも一度は使用出来ればそれでいいのだ。
防御型の魔法道具というだけでも、考えることは多岐に渡る。
目的もなく創るだけでも色々と考える必要があるが、目的があればそれに加えてより深く考察する必要が出てくる。個人的な趣味の話になるが、ボクはその深く考察する時間が好きだ。あれでもないこれでもないと無駄でも思案していると、あっという間に時が過ぎていくほど。
「それだけで一日二日は軽く過ぎていくからな。まぁ、この身体になってからは一日ぐらいが限度かもしれないが」
まだ試してはいないが、それでも空腹などを感じるのだから、長時間の集中は難しいやも知れない。ここで籠っていた時だって、半日程度でお腹が空いたからな。
そういう意味では不便な身体になったなと思いはするが、没頭し過ぎなくて済むとも言えるので、判断は難しいところ。
少し考えが横道に逸れてしまったが、魔法道具を弄るのも大分進んでいった。おかげで使い捨てではあるが、それなりのモノが完成した。
「さて、じゃあそろそろ寝るとするかな」
区切りとしてはそろそろいいかと思い、弄っていた魔法道具を分解して消し去る。残しておいたところで使う事はないので、勿体ないとは思うが、置いておいても無意味だろう。むしろ物が増えて大変な事になる。現状でも魔法道具の整理に忙しいのに。
寝る前に何とはなしに魔法道具が転がっている場所に目を向ける。
拠点構築の初期段階から籠って魔法道具を創り続けては、それをその辺に置いていたが、それを丸ごとこの部屋に移した後も魔法道具作製を続けていた為に、部屋の一角は魔法道具だらけになっていた。
最低限の安全性は考慮しているとはいえ、そのまま床に転がしておくのは危ない。なので、現在は定期的に置きっぱなしの魔法道具を分解して片づけている。
折角創ったのに分解するのは勿体ないからと置いたままにしていたが、流石に増えすぎてしまったからな。今の内に手を打っておかなければ、その内部屋中が魔法道具だらけになりかねない。
「まぁ、最終手段として背嚢の中に仕舞いこむという方法もあるが、それをやっては際限がなくなるからな」
兄さんから貰った背嚢は、収納限界が未だに不明なぐらいに大容量だ。もしかしたら上限なんてないのではないかと思うほどに大量に入っていく。というか、おそらくこの背嚢に上限は無いと思うが。
それでも、それに甘えて背嚢の中に収納しまくっていたら、とんでもない量の魔法道具になっていく事だろう。いくら容量が無限大といっても、これでは片付けすら満足に出来なくなりそうだ。
そういう訳で、背嚢に頼りすぎないようにする為にも、不用品は片づけることにしている。実際、練習用に創った魔法道具の多くは不用品だからな。折角創ったから分解するのが勿体ないというだけで残している魔法道具が多いこと。
まぁ、なので数だけは多い。一気にやるだけでも時間が掛かる。中には必要というか、有用な魔法道具も混ざっているから一々調べながら分解するとなると、どうしても時間が掛かってしょうがない。
そういう訳で毎日少しずつ調べては不用品は分解し、必要ならばそのまま置いておくか、背嚢に仕舞っている。おかげで片付けを始めた当初よりは多少は減った。片付けをしている現在でも魔法道具は作製しているからたまに増える事もあるが、それはご愛敬という事で。
もう今日は眠いので片付けをして横になると、目を瞑って意識を沈める。あまり夜更かしをし過ぎるのもよろしくないだろうからな。
◆
翌朝目を覚ました後、色々と準備を済ませると、転移装置の在る地下三階まで下りていく。きっと今日もプラタはずっと転移地点の前で待ってくれているだろうから、早めに行く方がいいだろう。それに、もしかしたらもう着替えているかもしれない。
そう思いながら移動すると、転移装置の前に到着する。この転移装置も少しずつ改良しているが、まだ満足出来ないな。そもそも有効範囲がまだまだ狭く、その辺りの改良が上手くいっていない。
まあ今はそんな事は措いておいて、転移装置を起動させる。
転移時特有の浮遊感と一瞬の意識の漂白を感じた後、いつもの小部屋に到着した。
「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。プラタ・・・おや」
転移して直ぐに掛けられたプラタの挨拶に挨拶を返しながら、声が聞こえた方へと色が戻ってきたばかりの視界を向ける。そうすると、そこには昨日贈った服を身に付けたプラタの姿があった。
色合いは全体的に抑えめではあるが、それでも今まで来ていた服よりは明るめ。それだけで何だか印象が変わった気がする。まあそれでも、シトリーと違って大人っぽいのは変わらないが。やはり落ち着いた雰囲気だからだろうな。その分、落ち着いた色合いがやっぱり似合う。
「下賜して頂いた物を着用してみましたが、如何でしょうか?」
「うん。とっても似合っているよ。やっぱりプラタにはそういった落ち着いた感じが似合っているね。いつもと違う服で新鮮だし、美しさの中に可愛らしさもあって、ずっと見ていたいぐらいだよ」
「・・・過分な御褒めの御言葉ありがとうございます。御気に召して頂けたのでしたら、望外の喜びであります」
深々と頭を下げたプラタに、相変わらずだと小さく苦笑する。それでも、何処となく嬉しそうな感じなのは分かったので何も言わないが。
それにしても、本当によく似合っている。よく似合っているので、ずっと見ていられるのは本当の事だ。眼福というやつだろう。
こうなってくると他の服も着せてみたくなるが、それはまたの機会にとっておくか。
しかし、この服は日ごろの感謝を込めて贈ったものだが、本当に喜んでもらえたのだろうか? 何か無理矢理着せた気もしてきて、今更ながらに申し訳なく思えてくる。だがまぁ、嫌がっている様子ではないので、多分大丈夫だろう。
プラタの新たな装いを十分堪能した後、小部屋を出て食堂に移動していく。
外から入ってくる朝日は柔らかで、まだ朝というにも少し早い時間だと教えてくれる。
それでももうしっかりと目が覚めているので、お腹の方も空いている。今日の朝食が楽しみだな。
食堂に移動すると、いつもの席に案内されて腰掛ける。それから直ぐにシトリーが朝食を食堂に持ってきてくれた。
シトリーによって目の前に並べられた朝食は軽めの料理。どれも温かな食事で優しい味付けだった。
量の方はいつも以上に控えめだったが、これは今日市場に行くから。以前に市場に行く時は朝食を少し減らしてほしいと要望を出していたのだ。
というのも、市場には様々な店が出店しているが、中には食べ物を取り扱っている店も在る。なので、そこで何かを買って食べる時の事を想定して、そう頼んでおいたという訳だ。まあもっとも、未だにそれが役立った事はないのだが。
朝食を食べ終えると、食器を片付けに来たシトリーに昼食用の弁当箱を貰う。それもシトリーの分と合わせて二人分。今回はプラタからではなくシトリーが持ってきてくれたようだ。
弁当箱を背嚢に仕舞った後、少し食休みを挿んでからプラタと一緒に食堂を出る。
そのまま玄関まで移動すると、そこで待っていたシトリーと合流して外に出た。
防壁を出たところでプラタと別れると、シトリーと共に昨日行った市場に向かって移動していく。すっかり市場へはシトリーと行く事が定着していた。
そして市場には昼前には到着した。既に活気にあふれている市場を軽く見回しながら、シトリーと並んで歩く。
「ジュライ様は何処か行きたい場所があるー?」
「うーんそうだな・・・昨日、魔法道具屋は行ったからな」
行きたかった魔法道具屋は行ったから、残りは本屋ぐらいだろうか。しかし、ここに本屋は在るのだろうか? 訊いてみるかな。
「ここに本屋って在るの?」
「本屋は別の市場には在るらしいけれど、ここにはまだ無いようだねー」
「そうか」
「他は何かあるー?」
「うーん。他か・・・」
本屋が無ければ特に行きたい場所も無いな。魔法道具屋は昨日行った一軒だけという話だったし。こうしてあてどなく歩いて市場を見て回るだけでも十分楽しいからな。
「これといって行きたい場所も無いかな」
「そっかー」
考えるように呟いたシトリーを横目に、何か提案出来る事でもあるかなと考えてみるが、やっぱりこれといって思いつくものもないんだよな。うーん。
「うーん・・・ああそれなら、何処か食べ物屋に行きたいな」
折角朝食を少なめにしているのだ、こういう時ぐらい食べ歩きをしてみてもいいだろう。美味しそうな匂いはしているから、探せば食べ物屋ぐらいはあると思うし。
「何か食べたい物はある?」
「人間界の料理以外では拠点で食べた料理ぐらいしか知らないから、何があるか分からないんだよね」
「そっかー。じゃあ、こんなのが食べたいとかは? 甘い物とか、こってりとした物とかさー」
「うーん、そうだね。軽くとはいえ朝食を食べた後だし、この後に昼食を食べる予定だから、あっさりとした量の少ない物がいいかな」
「量の少ないあっさりとした物ね、分かったよー」
顎に指を当てて少し考えたシトリーは、こちらを見上げてから進行方向を指差す。
「もう少し先に食べ物屋の屋台が出ているのだけれど、そこでどうかな? 野菜を潰して一口大に丸めて揚げた物を容器に数個入れて売っているのだけれど。味も野菜の甘味だけで、そこまで強くないよ」
「ほぅ。そんなのがあるのか。じゃあ、そこに行こうか」
「こっちだよー」
シトリーはボクの手を掴むと、そのまま通りを進んでいく。
暫く歩いていくと、油っぽいにおいが薄っすらとしてきた。このにおいの元が目的の屋台なのかな?
期待しながら進むと、通りの中心から外れた場所、両端に並ぶ店舗との中間辺りに屋根付きの小さな屋台が出ていた。
もう少し近づいてみると、四方を三メートルの横長の台に囲まれて、出来るだけ広く影になるようにと張り出した屋根が付いたこぢんまりとした屋台があった。
そんな狭い場所に更に油の入った鍋と加工済みの食材と調理済みの料理が置かれているので、中に店員さんが一人しか居ないというのに動く余裕がないほど。
しかし、その店員さんはそれでも余裕でお客さんを捌いている。というのも、店員さんは手が胴体から四組八本伸びており、顔も四つ付いているのだ。まるで四人が背中合わせにくっ付いて一人になったようで、お客さんに対応している顔を見るに、一つ一つが独立して動いているのが分かる。
種族名は判らないが、初めて見る種族だ。しかし、おかげで狭い屋台で調理しながら同時にお客さんにも対応するというのを一人でやってのけている。
ボク達が屋台に近づくと、店員さんの顔の一つがこちらに気がついて笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ!」
少し厳つい感じの顔ではあるが声は非常に優しげで、気兼ねなく買い物が出来そうな安心感を抱く。確かにこれなら売り子としては優秀だろう。やっぱり見た目はちょっと怖いけれど。
とりあえず自分用とシトリー用にと二人分頼むと、直ぐに商品を用意してくれる。
支払いを済ませて紙の容器に入ったそれを受け取ると、容器越しでもまだ温かかった。