贈り物5
そういう訳で、まずはどんな服が在るのか店内を見て回る。
店内を見て回るも、入り口から店内を見た時同様に、ふりふりした可愛らしい服ばかり。それにどれも明るい色をしているので、ずっと見ているには目に優しくない。
店の中を歩きながら、後ろから付いてきているシトリーに問い掛ける。
「こういう可愛らしい服がいいの?」
「そうだよー。プラタも似たような服着ているでしょう?」
「似たような?」
そのシトリーの言葉に、はてと僅かに首を傾げる。ボクはプラタが最初に出会った時から着ているあの黒い服の姿のプラタしか印象にないが、もしかしたら知らない所ではこんな可愛らしくて明るい色の服を着ているのだろうか?
「うん! ふりふりの付いたあの服だよ!」
「ああ、ふりふりね」
続いたシトリーの言葉に納得する。つまりはどちらもふりふりでしょう? と言いたいのか。
しかしプラタの着ているあの服は、縁の方を彩る程度に小さなふりふりが付いているだけで、ここの服のように大量のふりふりでふりふりしている訳ではない。プラタの服は可愛らしいというよりも、どちらかといえば仕事着とでも言えばいいのか、そんな引き締まった感じの装いなんだよな。
とはいえ、シトリーにとってはどちらも等しくふりふりでしかないらしく、分類としては同じところに振り分けられているようだ。
まあしかし、正直その辺りはどうでもいいのであまり掘り下げるつもりはないが。詳しくないし、シトリーであれば可愛らしい服も問題なく似合うと思う。
そういう訳で、シトリーに確認を取ったところで、ざっと見た中から服を選んでいく。
シトリーは可愛らしい容姿で雰囲気もやや幼く見えるので、そちらに合わせた方がいいだろう。そうは思うが、本当にボクが選んでもいいのかどうか。
とりあえず上は、僅かに桃色がかった白色にする。ふりふりは少なめだ。
下は淡い青色でいいか。こちらは適度にふりふりが付いているが、そこまで多くはないので動く分には問題ないだろう。
ついでに黄緑色の靴下も一緒に選んでおこう。これにまで小さなふりふりが付いていたが、履き口周辺に申し訳程度付いているだけなので問題はあるまい。
流石に靴までは選ばないが、一応小さな靴まで取り扱っていた。そちらの数は少なかったが。
選んだ後にそれらをシトリーに渡すと、試着してもらう。店の隅の方に試着室が三つ並んで置かれていた。
試着室の中に消えて少しして、シトリーが着替えて出てくる。
現在のシトリーはいつもよりも少し背が低いので、元々のシトリー基準で選んだ服はやや大きめだ。そのせいで親の服を着た子どもというよりは、上の兄弟の服を着たみたいな感じで少しダボっとした見た目になってしまっている。
それでも一応の感じは判るので問題はない。まぁ、ボクの感覚では大丈夫だと思うが、着用する本人であるシトリーの意見も聞かないとな。
「着てみてどんな感じ?」
「元の大きさに戻れば丁度いいと思うよー?」
「それはよかったけれども、色合いとかそういった趣味というか感性? 的にはどうかなと思ってさ」
「いいと思うよー? 何処かおかしなところがあるの?」
手を広げてその場でゆっくり一回転するシトリー。やはり問題ないとは思うが、ボクの判断でいいのだろうか? まあ本人がいいと言っているのだからいいのだろうが。
「いや、ないけれど・・・」
「じゃあいいんじゃないのー?」
「んーまぁ、そうか」
「そうだよ、きっと」
大きく頷くと、シトリーは試着室に戻って元の服に戻る。
試着室から出てきたシトリーから脱いだ服を受け取ると、ふと思い出して値札を確認してみた。
「むぅ。これが高いのかどうかはいまいち分からないが、それでもいい値段」
確認した値札には、服の上が金貨五枚。下が金貨六枚。靴下は金貨一枚だった。合計で丁度銅貨一枚。
プラタから聞いた話から推察するに、大体一人一日金貨二枚から三枚あれば生きていけそうなので、服が合計で銅貨一枚というのは、一般的な住民のおよそ四日分ぐらいと判断すればいいのだろうか? そう思えば高そうな気もするが、これ服だしな。それに金貨二三枚というのも、贅沢をしなければという感じだったので、おそらく実態には即していないだろう。
そう考えれば、実際はもっと使うだろうと思われるので、先程の予想の倍と考えて二日分ぐらいか。まあ安くはないが、高くはないだろう。この辺りの物価はあまり詳しくないが。
そこまでいけばより細々とした話になってくるから、高過ぎず安過ぎずの適正価格と思う事にしよう。今日はプラタから追加でお小遣いも貰っているので、十分手持ちはある。一応扱いとしては、国主として働いた給料らしいが、ボクは今まで何もやってないのだが、いいのだろうか? 何かしたとしても、それは名前を貸したぐらいなのだが。
しかしまぁ、もう貰ったものだしな。今更返すのも悪い気がする。それに、このお小遣いのおかげでシトリーに服を贈る事が出来る訳だしな。プラタには感謝しなければ。
そんな事を思いながら会計を済ませる。あれ? そうなると、日頃の感謝を込めてプラタにも何か贈った方がいいのだろうか?
ボクが最も迷惑を掛けている、というか助けられているのは間違いなくプラタだろう。であれば、シトリーに贈るように、プラタにも何か贈った方がいい気がしてきた。
しかし、では何を? シトリーと同じように服というのは多分違うと思う。プラタは服には興味がないと思うし。かといって飲食物はもっと違うだろう。プラタは飲食出来ない訳だし。
では他に何をと考えるも、答えは出ない。そもそもプラタの趣味って何だろう? 興味あるモノというのも分からないな。
プラタに贈るのであればなんだろうかと考えながら、会計を済ませた服をシトリーに渡す。
「ありがとー! ジュライ様♪」
それを嬉しげに受け取ったシトリーは、そのまま店員さんの許まで移動して何かを軽く話す。その後に試着室の中へと入っていった。
少しして試着室からシトリーが出てくる。
出てきたシトリーは、先程までの少年のような服ではなく、今し方購入した可愛らしい服に着替えていた。それに合わせて背丈もいつもの背丈に戻しているようで、少し前に試着した時のようなダボっとした感じは無く、ちゃんと服の大きさが身体に合っている。
「どーお?」
両手を広げて服を見せながら問い掛けてくるシトリー。その姿を改めて確認して、ボクは頷いた。
「うん。似合ってるよ。可愛らしくて、シトリーにピッタリだ!」
「本当? ありがとー!」
シトリーはにこりと笑みを浮かべる。
それに笑みを返した後、新しい服に着替えたままのシトリーと店を出た。元々着ていた服はと思ったものの、あれは擬態の一部なのだろう。なので、そもそも普通の服とは違う。要はあれも身体の一部という事。多分だが。
しかし、やはりいくら考えてもプラタが喜びそうなものが思い浮かばない。プラタと言えば・・・魔法道具? いや、たとえそうだとしても、ここら辺の魔法道具をお土産にしたところでプラタは喜ばないだろう。ボクであれば研究材料として活用するが、プラタでは既にこの辺りの魔法道具なんて熟知しているだろう。
「次は何処に行くー?」
「うーん、そうだな」
プラタに贈る物について思案していると、こちらを見上げながらシトリーが尋ねてくる。といっても、ボクは何がどこに在るのか知らないので、引き続きシトリーに任せてもいいだろう。・・・なんだったらシトリーに訊いてみようかな?
「・・・プラタにも何か贈ろうかと思っているんだけれども、何がいいと思う?」
「プラタに? うーんそうだね、ジュライ様が贈る物なら何だって喜ぶと思うけれど、そういう事じゃないんだよねー?」
「うん。プラタの欲しい物が分からなくてね」
「欲しい物ね・・・」
先程の服屋さんから少し離れた場所で、二人して顔を突き合わせながらうんうん唸って考える。これは中々に難題だな。
「そもそもプラタに欲しい物なんてあるのかなー?」
「ないのかな?」
「どうだろう? 欲がない訳ではないけれど、欲しい物となると・・・やっぱりジュライ様からの贈り物なら何でもいいんじゃない?」
「それはそれで困るんだけれども・・・」
「うーん、まあそうだねー」
何でもとなると、選択肢が多すぎて逆に困ってしまう。
「なら、私と同じようにプラタにも服を選んで贈ったらどーお?」
「服ねぇ。確かにプラタがあの服以外を着ているところは見た事ない気がするけれど。それでいいのかな?」
「ジュライ様が贈るのであれば、それで間違いなく喜ぶはずだよ」
「ふーむ。プラタの服か」
プラタの姿を思い浮かべると、そのまま最初から人形が着用していた服以外の服を着ている姿を思い浮かべてみる。
まずは先程の店に売っていた、ふりふりが散りばめられた服だが。
「むむむ」
悪くはないと思うが、それでもやはり似合っていない気がする。プラタとシトリーは似た顔のはずなのだが、やはり印象が違うからか別人のように思えてくるのだろう。なので、先程シトリーに贈ったような可愛らしい服装に身を包んだプラタの姿を思い浮かべると、違和感しかない。
シトリーがプラタに擬態している訳だし、シトリーの大本であるプラタが可愛らしい服を着ても似合わないという事はないのだが、それでもやはり違和感を覚える。なんというか、プラタはシトリーのように可愛らしいというよりも、シャキッとしたような感じが似合う気がしている。
たまに見せてくれる笑みを浮かべたプラタであれば可愛い服でも似合うと思うのだが、あれはたまにボクに見せてくれるだけで、他の人には見せないからな。微笑ですら他の人に向ける事はほとんどない。見せたとしても冷たい微笑みだが。
であれば、やはり可愛い服は却下だな。服を選ぶのであれば、もっとしっかりとした引き締まった感じの服がいいと思う。
そんな服を売っている店は在るのだろうかと思い、市場の地図が頭の中に入っているらしいシトリーに問い掛けてみる。そうすると。
「もっと大人っぽい服であれば、もう少し先に行ったところに店が在ったはずだよ!」
直ぐに通りの奥の方を指差すシトリー。しかし、ここからではよく見えない。
「そうだね・・・じゃあ、そこに案内してくれる?」
「分かったー。任せてよ!」
市場の見取り図が頭に入っているというシトリーに案内を任せる。お土産は帰りにでもいいのかもしれないが、選ぶ時間も必要だし、早くてもいいだろう。何か買うかもしれないと思って、市場に来る時は念の為に背嚢を持ってきているから嵩張る事はないし。
そういう訳で、シトリーの先導で市場を移動していく。
露店が無くなって道幅が広くなったために、かなり余裕をもって通りを進んでいける。昨日までは肩が触れないにしろ真横を通るような近さだったが、今は人一人分とまではいかないが、半人分ぐらいは余裕があるので、余程注意を怠らない限りはぶつかる心配はないだろう。
そうして歩くのに余裕が出来たので、ゆっくり周囲の人達に目を向ける余裕も生まれた。
通りを歩く人達の多くは、体型が人間に近い。大きさは異なるが、他は小さな尻尾や翼や角なんかが生えている程度で、人間とは大きく異なるという者はかなり少ない。
この辺りは基本的にそういった者達が集められて暮らしている区画なのだろう。明らかに見た目が異なる者は大抵別の区画か他の街からの訪問者だ。プラタの話では、一部そういった者達もこの周辺に暮らしてもいるらしいが、それはまだ家が出来ていない為の一時的な居住らしい。という事は、その者達は新しく移住してきた者達という事だろうから、また新しい街が出来るのかもしれない。
しかし、見た限りはそういった者は居ないようだ。視界に映る範囲には、全員人間に近い姿形の者ばかり。違っていても目の数が多かったり少なかったりとか、耳の位置や形が違うとかそのぐらいで、特に気になるほどではない。
シトリーが案内してくれた店は、数分歩いたところに在った。
見た目は特に飾り気がなく、店の入り口の上部に看板が出ているだけ。その看板には魔族の使用している言語で『服屋』 とだけ書かれている。
実に分かりやすくて潔い。手抜きとも言えるかもしれないが、扱う品が良ければそれでいいのだろう。
シトリーと共に店内に入る。
店内はシトリーに贈った服を買った店とは打って変わって、並んでいる服の数が少ない。間取りは同じなので、その分広々としていた。
目に入る服は全体的に抑えめな色合いで、形も洗練された大人っぽい感じ。豪華さは一切ないが、服によっては小さな飾りが袖元や胸元などにあしらわれている。
とりあえずどんな服かと思い、シトリーと共に店内を歩いて商品を確認していく。
並んでいる服は、落ち着いた色合いの細身の服ばかりで、シトリーと違ってプラタになら似合うだろう。シトリーはやはり明るく元気な感じが似合っている。
そうして商品を見ていく。どれも上品で仕立てのいい服ばかりなのだが、一つだけ問題があった。それは、一番小さな服でもプラタにはやや大きいという事。
「ここは手直しもしてくれるのだろうか?」
それでも少し大きい程度なので、袖や襟などを詰め直せば問題ないだろう。幸い、ここにはプラタと似た背丈のシトリーが居るので、その辺りの説明は楽である。
「してくれるんじゃない? 無理ならそういった事をしてくれるところに持っていけばいいだけだし」
「それもそうか」
別にここで全てを賄う必要はない。足りなければ別の場所で補えばいい。当然の結論だが、直ぐにそこまで考えつかなかったな。不甲斐ない。
そうと決まればどれにしようかと、プラタの姿を頭に思い浮かべながら服を見ていく。
どれにしようかと考えながら服を見ていき、店内を一周したところで数点に絞り込む。そこから更に絞り込み、二着を手元に残した。
「さて、どちらにしようか」
二着を手に持って目の前に掲げると、右に左にと視線を往復させながら考える。
右に持っている服は、夜空のような落ち着いた藍色をした飾り気のない細身の服。上下が一揃いで、色合いも形も統一されているので、着てもおかしなところはないだろう。
左手に持っているのは、服の横に細い白線が入った茶色っぽい黒の服。やや丸みのあるその服はゆったりと着れそうで、優雅な感じ。下は明るい黒色で、腰から踝辺りまでを覆う筒状の衣服。こちらも丸みがあって、優しい美しさを感じさせてくれる。
「左のでいいんじゃないのー?」
どちらにしようかと思って見比べていると、隣からシトリーがそう告げる。
「そう?」
「うん。右は無難だけれど、それはジュライ様が選んだとは少し違う気がするからねー」
「うーん」
確かにシトリーの指摘の通り、右手に持っている服は自分の感覚に自信が無いから選んだものなのだが、それでも出来る大人っぽくて悪くないとは思うんだよな。
左手に持つ服は、個人的には大人っぽさの中に柔らかさを感じさせると思うが、正直どうなんだろう?
「まぁ、選ぶのはジュライ様だからね、好きな方にすればいいと思うよ。どちらでもプラタなら喜ぶだろうからさ」
「ううーむ」
隣で楽しそうにしているシトリーの言葉を聞きながら、どうしようかと悩む。やはり一揃えで無難な方がいいのだろうか? それとも自分なりに組み合わせてみたものの方がいいのだろうか・・・うーん。どうしよう?
暫くそうやって悩んだ後、シトリーの言葉もあり、自分を信じてみる事にした。
右手の一揃えの服を元の場所に戻した後、左手に持っていた服を持って会計を済ませる。上下一着ずつで銅貨一枚と金貨六枚。シトリーに贈った服の一・五倍だが、それだけ良いモノなのだろう。プラタには世話になっているし、お金は十分にあるのだから、こういう時に使わないとな。
会計を済ませた後、ボクは店員さんに購入した服の仕立て直しが出来るか尋ねてみた。
そのボクの問いに、店員さんから可能だと返事をもらう。ただし、別途料金が必要らしい。まぁ、それも当然か。
仕立て直しの費用は、二着で金貨一枚。これより下の通貨がまだあまり流通していないのだから安いのだろう。奥の方に張ってある料金表に記載されている仕立て直しの値段の横に括弧書きで書いてある鉄貨一枚~ というのは見なかったことにしよう。その分しっかりとしてくれると思いたい。余談だが、金貨の下の鉄貨と、銀貨の上の白銀貨はそろそろ数が揃うらしい。
まあなんにせよ、所持金的には問題ないので、お金を払った後に服を預けて仕立て直しを頼む事にした。
まだそこまで忙しくないから、遅くとも夕方には仕立て直しが終わると教えられたので、了承の返事をしてからシトリーで採寸した後に店を出る。
どうやらお土産を持ちながら市場を見て回らなくて済んだようだ。まあ背嚢があったので関係ないのだが、それはそれだろう。・・・お土産は服でいいんだよな? ちょっと不安だ。
「さて、次はどうしようか?」
シトリーに問い掛けながら時間を確認する。どうやら服選びに集中し過ぎて、既に昼になっていたようだ。というか、もう昼過ぎか? 微妙な時間だな。
「うーん、ジュライ様は行きたいところはないのー?」
「そうだね。時間も時間だからそろそろ昼食にしようか」
「分かったよー! じゃあ、少し歩くけれど広間に行くー?」
「そうなるね。他に昼食を食べられる場所も無いし」
今日もお弁当持参だ。なので、何処かの食事処を探す必要はない。在るかどうかは知らないが、店舗も構えた訳だし、探せば何処かに在るだろう。
シトリーに訊けば直ぐに分かるだろうが、利用する予定はないので別にいいか。
「うーん、座って食べるだけなら広場以外にも在るよー?」
「そうなの?」
「うん。だけれど、広場ほどゆったりとは食べられないかなー」
「そうか・・・うーん・・・・・・それじゃあ広場の方がいいかな」
「分かったー!」
やはりご飯はゆったりと食べる方がいい。なのでそう伝えると、シトリーは元気よく手を挙げた後にボクの手を掴んで、広場目指して足早に歩き出した。
プラタの服を購入した店に行くのに少し歩いたので広場まで多少近くになったとはいえ、市場中央にある広場まではまだ距離がある。このまま進んだとしたら、余裕で昼が過ぎるだろう。
それでもゆっくり食べる事の方が重要なので、大人しくシトリーについて移動していく。
移動は早足ではあるが、ボクにとってはそこまで速くはないので、置いていかれそうになる事はない。それでも僅かに引っ張られるような感じで進んでいるので、他の人にぶつからないように注意して進む。
そうして暫くシトリーに手を引かれながら進んでいくと広場に到着する。大きさは違うが、広場の造りは中央通りの広場に近いので、様々な種族が寛いでいる。しかしもう昼もそこそこ過ぎているからか、多すぎるという事はないようだ。
シトリーと共に、その広場の一角に設置されている長椅子に揃って腰を下ろすと、背嚢からお弁当を二つ取り出す。
「今日のお昼はなんだろなー♪」
ご機嫌に歌いながら、シトリーはボク同様に用意されていたお弁当を受け取りふたを開ける。
本来シトリーに食事は不要なのだが、それでもプラタと違い食事をする事が出来るので、シトリーはボクと居る時はこちらに合わせて食事をしていた。
それを知っているプラタは、ボクの分だけではなくシトリーにもお弁当を用意してくれていた。
昨日はご飯と肉のみのお弁当だったが、はてさて今回は何が入っているのやら。そう思いながら、シトリーに僅かに遅れて弁当箱のふたを開ける。
ふたを開けると、中からは色とりどりの野菜とご飯、それに申し訳程度に肉が添えられていた。
お弁当箱の大きさは、長さ二十センチメートル、幅十センチメートルの楕円形。深さは十センチメートルほどで、中にはご飯と野菜が混ざらないように小さな衝立で区切られている。
そんなお弁当箱の中に詰められたご飯だが、ボクはまだしもシトリーには少ない量だろう。そう思ったのだが、そうでもないらしい。まぁ、シトリーの場合は空腹だから食事をする訳ではないようなので、量の問題ではないのだろうな。
そう思い、ご機嫌なまま既に食べ始めているシトリーに続いて、ボクもお弁当に手をつける。
野菜の細かな種類はよく分からないが、何種類もの野菜を細かく切って炒めただけで、あとは塩を軽く振っただけの料理だが、それだけでしっかりと野菜の旨みを引き出しているようで十分に美味しい。
一口に野菜と言っても全部同じ味な訳ではない。甘い野菜や苦い野菜だけではなく、酸味が強かったり辛みが凄かったりと様々だ。
味だけではなく食感だって様々で、それらの組み合わせ次第で、同じ野菜炒めでも全くの別物になってしまう。
「この野菜炒め美味しいね! シャキシャキコリコリしていて、強めの苦味の中に感じるほんのりとした甘さ。それでいて時折ピリッとした辛みが味を引き締めてくれる。それだけではなく、中に細かく刻んだ香草が入っているのか、鼻から抜ける香りも清々しい緑の香りだ。なんだか食事しているというよりも、森林の中で休憩している様な安らぎを感じるね?」
お弁当の野菜炒めが美味しくて、ついシトリーに語り掛けてしまう。それを聞いたシトリーは、やや驚いたようにこちらを見ながら、野菜炒めを一口口に入れた。
もごもごと口を動かして野菜炒めを食べるシトリー。
本来ならそのまま身体の中に取り込んで溶かすのだが、場所が広場なので人間型らしく口から食べているようだ。一応もごもごと咀嚼してはいるが、念の為というか雰囲気づくりなだけで意味はないらしい。
溶かして吸収しても味を感じようと思えば可能らしく、こういった味を楽しみながら食べる食事の場では、味もしっかりと確かめながら食べているのだとか。
なので、現在食べている野菜炒めの味も感じているのだろう。食べ方が違うのでボクと同じように感じている訳ではないだろうから、シトリーがどういった感想を抱くのか楽しみでもある。
少しして、シトリーは難しい顔で首を捻った。
「うーん。美味しいとは思うけれど、他の美味しい料理とあまり変わらないような気がするなー」
シトリーは少し申し訳なさそうにそう告げる。しかし、内容は美味しいという感想だ。美味しいのであれば、何も問題はないだろう。味の感じ方は人ぞれぞれなのだから、ボクが美味しいと思った料理を美味しいと感じてくれたならそれで十分だ。
「そうか。でも、美味しかったんでしょう?」
「うん。美味しかったよー」
「なら、よかったよ」
そもそもの話、たとえ咀嚼してるように見えようとも、実際はシトリーは溶かして食べているのだから食感は関係ない。まぁ、個人的には野菜炒めは食感込みの料理だと思うので、それ抜きで美味しいのであれば、十分良い感想だったと思う。
野菜炒めを食べながらそう思ったところで、次はご飯だ。
ご飯はやや黒みがかった色合いながらも赤っぽいといえばいいのか。普段は白いご飯なのでお米の種類でも違うのかと思ったが、よく見ればご飯の中に赤黒い小さな豆が混ざているので、炊いた時にこれの色が出たのかもしれない。
味は白米よりも若干甘い気がする。食べてみるとモチモチとした食感がしたので、やはりお米の種類も違うのだろう。もしも豆を入れただけで普段の粘り気が少ないお米がここまでモチモチとした食感になるのであれば、それに驚きだ。
こちらにも少量の塩が振ってあるのか、甘味の中にややしょっぱさを感じる。
それにしても、このモチモチとした食感は面白いな。噛んでいると感じる仄かな甘みのおかげで少しお菓子のようにも思えてきた。
今回の料理はどちらも食感を楽しむ料理だったな。勿論美味しいのだが、食感がいいと気分が高揚してくる気がする。それにこうやって誰かと一緒に食事をするというのも拠点ではあまり無いからな。
うむうむと小さく頷きながら食事をしていたのだが、気がつけばシトリーはもう食事を終えていた。焦る必要はないのだが、それでも少し焦ってしまう。
そんなボクを尻目に、シトリーはのほほんと持ってきていた水筒からお茶を飲んでいる。
「それにしても、ここは賑やかだなー」
「そうだね」
食事をしながらも、通りを歩く人の流れや広場で遊ぶ者達の様子を観察しているシトリーの言葉に相槌を打つ。
実際、ここは賑やかだ。いや、ここも賑やかか。前回一人で行った別の市場の広場も賑やかだったし、大通りの中央広場はもっと賑やかだった。
共通するのは、何処も笑顔で溢れているところか。楽しそうにはしゃぐ者や、会話に花を咲かせる者。ボク達の様に食事を楽しんでいる者もまだそれなりに居る。ここもちゃんと憩いの場として機能しているようだな。
その事につい笑みが浮かぶ。まぁ、ボクは特に何かしたという訳ではないのだが。これも全てプラタ達のおかげだ。
それでも、みんなが楽しんでいる空間に居られるというのは幸せだと思う。人間界から外に出て、こんな場に居合わせる日が来るとは・・・まぁ、他国に行けばこういう場所も在るのかもしれないが。
しかし、これだけ平和そうに笑っていられる場所もそう多くはないと思う。もっとも、訓練場が併設されている広場も在ったが、あれは見なかった事にしておこう。いつか専用の訓練場でも出来るだろうさ。
そう考えたところで、食事を終える。
お弁当箱をシトリーから回収して二つとも背嚢に仕舞うと、水筒を出して中のお茶を飲む。そうして食休みを挿んだ後、片付けを済ませて市場の見学に戻る事にする。
「何処に行くー?」
椅子から立ち上がる前にシトリーが問い掛けてきた。
「んー、そうだな。まだ夕方までは少し時間があるようだから・・・じゃあ、魔法道具を売っているお店は在る?」
「ここなら近くに一軒在るよー! もう少し時間が経てば取り扱う店も増えるだろうけれど」
「そっか。じゃあ、そこに案内してくれる?」
「任せてー!」
勢いよく立ち上がったシトリーは、そう言って胸を張る。頭の中に市場の見取り図が入っているから頼もしい。
それにしても今更だが、その見取り図には店の種類まで記されているんだな。事前に申請してから店舗が割り振られたとはいえ、驚きだ。迷わないように道が描かれているだけかと思っていたよ。
シトリーに手を引かれて市場内を移動しながら、感心して頷く。その案内板を市場の入り口や道中、広場なんかに設置すれば利便性は高まりそうだな。まあボクが考えつくような事だし、既にプラタが準備していそうだけれども。