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贈り物4

 びゅーびゅーと耳の横を勢いよく風が通り過ぎていく。
 そんな強風に負けてなるものかとばかりに、周囲から歓声が上がった。

「・・・・・・」

 鼓膜が破れんばかりの歓声の中、オーガストは無感情な瞳でその歓声が向けられている場所を見下ろす。
 オーガストが現在居るのは闘技場と呼ばれている屋外の建物で、中央に舞台となる一辺が百メートルほどの石で出来た四角形の頑丈そうな舞台が設置されている。
 その舞台を取り囲み見下ろすように観客席が設けられており、階段状の観客席から中央の舞台を観客達が熱心に見下ろしつつ、思い思いに怒号混じりの歓声を送っている。
 そして現在行われている闘技は、二人の戦士の殺し合い。
 少し前まで五人の戦士と三匹の獣の戦いだったのだが、五人の戦士の前に三匹の獣が呆気なく殺されてしまったので、観客が不満を持ってしまった。
 剣士達はあっさり勝ってしまうとそうなる事を知っていたので、いい戦いを演出しようとしていたようだが、予想以上に獣たちが弱かったのだ。結果として始められたのが、残った戦士五人による死闘。

(あの獣達はかなり弱っていたな。演出にしても些か杜撰。観客も大量の血を見なければ満足しないとは、随分と野蛮なものだ)

 それから死闘が進み、舞台に残ったのは二人の戦士。観客達はどちらか片方を応援する者と双方を応援する者とに分かれているが、観客はもう血を見たので、かなり満足している模様。あとは締めとなる見世物を求めるのみ。

(業が深い。血が見たいならば自ら流せばいいというのに。まぁ、そう遠くない内にこの世界は消滅するのだが)

 オーガストは舞台から周囲に目を向ける。周囲の観客は様々な服装をしてはいるが、どれも洗練された雰囲気とは程遠い。労働階級の者達なのだろう。
 舞台で戦っている戦士の首には粗末な首輪が取り付けられているので、戦闘奴隷といったところか。
 戦士の技量は、そこそこ。一般的な兵士と同程度だろうが、オーガストはこの世界における一般的な兵士の技量を知らないので、何となくの判断でしかない。
 手に持つ武器は、手入れだけはされている量産品。片方は剣と盾で、もう片方は大きな戦斧。
 石の舞台の上に転がる戦士の中には槍やこん棒の他に弓の戦士も居たので、狭くて平坦な舞台の上では少々可哀想であった。
 そろそろ決着がつきそうな舞台上に視線を戻すと、オーガストはそれにしてもと思う。

(これまで様々な世界を見てきたが、ここまで原始的な世界も珍しい。それに、ここには魔法は存在していないようだな。僕は問題なく使えるが、この世界の住民には無理な様だし。ここまで来て、急に脆い世界がでてきたものだな)

 今まで訪れた世界を思い出したオーガストは、目の前の原始的な娯楽に場違い感を覚える。世界を調べてみても、未だに何の変哲もない普通の槍と弓が戦場の主役のようだ。
 決着がついた舞台上から視線を切ると、オーガストは沸き立つ観客の中でひっそりと姿を消す。
 それから久しぶりに自らの手で世界を消滅させると、オーガストは虚無の中で漂いながら思案する。

(始まりの神はまだ特定は出来ないが、範囲は絞れてきた。まぁ、こちらは急がない方が楽しめるだろう。・・・元の世界は大分改変が進んでいるな。めいが頑張っているようだ。おかげであの世界はかなり変わってきている。成長する者もだが、安全圏の変更に役割の変更。様々な地点で入れ替えや挿げ替えも進んでいるようだし、次に戻った時にはもう少し面白くなっているかもしれないな。あの辺りの世界は手を出さずに残しているから、周辺の世界からの干渉も引き続きあるようだが、それもそろそろ締め出せる頃合いか)

 僅かに楽しげにしながら、オーガストは虚無を漂う。もう少しの間、虚無はそこに在る事だろう。





「ふぅ。相変わらずここは広いな」

 新しく出来た市場の一つを見て回ると、休憩の為に設置されている小さな広場で腰を下ろして息を吐く。
 現在は自室の在る拠点が建っている街の北西部に新しく造られた市場に足を向けていた。
 ここに来るのもこれで三度目だ。一度目は出来て間もない頃にプラタと共に様子を見に。
 二度目は一人で来たが、その時にはあまり複雑ではないのに道に迷ってしまった。まぁ、あれも今に思えばいい経験になったろう。
 そして三度目が今日。今回も一人だが、道には迷っていない。事前にしっかりと見取り図を頭に叩き込んだからな。
 新しい市場はまだ他に三ヵ所あるが、まずはここの市場だ。それに以前訪れた大通りの市場もゆっくりと見てみたいし。
 この市場巡りが終わった頃には国造りもある程度完成している事だろう。それに外に出る用意も済んでいると思う。
 プラタとの話し合いで、もう少しこの国で過ごす事になった。この国だけでも見て回りたい場所が山とあるので、むしろそれは良かったのかもしれない。
 そう思いつつ、広場の片隅に設置されている長椅子に腰掛けながら空に視線を向ける。
 視線の先の空は青く、何処までも澄みきっている。今日は絶好の散歩日和だろう。色々と見て回っているが、今のところのんびりと店を見て回れていた。
 そうしていると、やや冷たい風が身体を通り抜けていき、少し暖かくなっていた身体に気持ちがいい。暫くそうして風に当たりながら休憩した後、膝に手をつきゆっくりと立ち上がる。

「すぅ・・・はぁ」

 ゆっくりと息を吸って吐くと、通りに戻る。
 以前の大通りに比べれば通りを歩く人の密度は大した事はないが、それでも結構多い。昼になって更に増えたかもしれない。
 通りに店を出している露店の店先を覗きながらそう思う。
 市場は出来たが、現在はまだ何処も露店ばかり。というのも、店舗としての建物は既に完成していて、ずらりと通りの左右に並んでいるのだが、まだ誰が何処に店を構えるのかが全て決まっていないらしい。
 これは店を借りる商人が居ないという訳ではなく、逆に多すぎて困っているところ。それでいて要望もしっかりと伝えてきているので、被っているところは抽選にしているのだとか。
 新しく出来た市場全てで同じようにしているらしく、店舗を貸し出すのは四ヵ所の市場で同時に行うと聞いた。
 そして店舗の抽選はほとんど終わっているようで、あとは抽選に外れた商人たちが、引き続き残っている店舗から店を出す場所を選ぶだけ。
 それにやや難航しているらしいが、市場を本当の意味で開くのはもう少し先なので、その混乱でさえも計画通りではあるらしい。
 まあ何にせよ、店舗に店が入ると、ここで床に腰を下ろして店を構えている者の数は減り、大通りもより歩きやすくなる事だろう。
 通りから露店奥の店舗がちらと見えたが、広い店内には棚が並んでいた。
 店舗の造り自体は何処も同じなのだが、中身は店によって異なる。既に入る店舗が決まっている店では、本格的に市場が開く前に準備を終わらせようと一生懸命に動いている。
 店舗の中は沢山の棚が並んでいたり、露店と同様に床に敷き布を敷いて商品を並べているだけの場所も確認出来た。
 怪しいといえば怪しいのだろうが、店舗内の内装は各自自由らしいので、それでも問題はない。
 通りを歩きながら、店の様子とその奥の様子を眺めながら歩いていく。大通りに居た時はそんな余裕はなかったが、ここでならそれぐらい周囲を眺める余裕がある。
 店先には相変わらず食料などの消耗品や生活雑貨。武器や防具も売られていたが、どれも人間向けではないので必要ない。
 探してやっと魔法道具を出している店を見つけたが、そこまで複雑な魔法道具は売っていなかった。それでも人間界の魔法道具よりは質が良いし、種類も豊富だ。
 何か発想のきっかけになればと思い、店先を覗いてみたが、大して勉強にはならなかった。あれならば、プラタの魔法道具で勉強した方がいい。発想力もその方が鍛えられそうだ。
 あとは、数は少ないが書籍を取り扱っている店を見つけた。近寄って確認してみるも、内容は魔法道具についてだったので、必要なかった。書かれている内容を軽く見させてもらったが、あまり専門的ではなかったし。
 じっとしていれば薄っすらと冷えてくるような冷たい風が吹く中、通りをあっちを見てこっちを見てと歩いていく。おかげで身体が冷える事はなかった。
 そうして市場内を見て回り、日が暮れかけた辺りで拠点への帰路につく。その頃になれば店の数も減っているし、商品の内容も変わっていた。商売相手が夜行性の種族になるからだろう。
 商人の顔ぶれも幾つか入れ替わっており、ここの夜は賑やかなのかもしれない。
 そんな市場を背に進み、日が完全に暮れてしまう前に拠点に帰り着くべく足早に通りを進んでいく。
 しかし、市場に長々と居すぎたせいで、日が暮れても拠点には辿り着けない。後少しなので急いではいるが、大通りは相変わらずの混雑ぶりなので、ここで時間を多く使ってしまった。
 急いで戻らなければと思うも、拠点に近づいてもまだ足が遅い。結局到着した頃には日が暮れてそこそこ経ってしまっていた。
 遅くなってしまったと思いつつ建物内に入ると、扉を開けた先でプラタが待機しているのを確認したと同時に、プラタが頭を下げて出迎えてくれる。

「御帰りなさいませ。ご主人様」
「ただいま」

 帰る時間は特に決めていなかったが、それでも遅い時間だという自覚が在るので、プラタに挨拶を返しながら申し訳なく思えてくる。

「帰りが遅くなってごめんね」
「市場は楽しかったでしょうか?」
「え? あ、うん。楽しかったよ。最初の頃よりも活気づいてきたから、ますま市場っぽくなってきたし」
「それはよう御座いました。ご主人様に楽しんで頂けたのであれば、市場を造った意味もあるというものです」
「それは大袈裟だよ」

 時間を決めていなかったとはいえ、遅くなった事に文句を言われるよりはずっといいが、それでも相変わらずプラタは大袈裟な反応をするな。
 それに内心で苦笑する。
 まあそれはそれとして、次は何処の市場に向かおうかな? 今日行った市場で店舗を構えた店が開くにはもう数日かかるだろうから、今の内に別の市場を見てみたいな。今なら他の市場も露店のみだろうし。それは今だけの光景だろうから、見て回るのもいい思い出になりそうだ。

「晩御飯は如何なさいますか?」
「ああ、そういえばお腹空いたな。案内してくれる」
「御任せ下さい」

 晩御飯を意識した事でお腹が空いた。昼食を食べた後は歩きっぱなしだったからな。
 プラタの後に続いて拠点内を進んでいく。今日の晩御飯は何だろうか? 楽しみだ。
 食堂は各階に複数用意されているので、プラタの案内で一階の食堂の一つに到着する。誰も居ない広いだけの寂しい部屋に入ると、プラタが奥の方へと案内して、椅子を勧める。
 その椅子に座ると、すぐさま扉が開いて、シトリーが配膳用の手押し車に料理を載せて運んできた。
 持ってきた料理をシトリーがボクの前に並べていく。随分と手慣れたものだ。
 今日の料理は、大きめに切られた野菜と肉の入った汁物に、ふかふかの白いパン。それに小麦粉を砂糖と一緒に練って焼いたお菓子。
 飲み物は、柑橘系の果物の果汁を少し絞って混ぜた水。ほんのり爽やかな味わいは、口の中を洗い流すのに丁度いい。
 それらを並べ終えると、シトリーは手押し車を部屋の隅に残して食堂から出ていく。ボクとプラタ以外誰も居ないのだから、シトリーも食堂に留まればいいのにと毎回思うが、シトリーも忙しいのだろう。
 それに、飲食が出来ないプラタならまだしも、同じ飲食不要でも食事が出来るシトリーであれば、他人の食事を見ているだけというのは嫌なのかもしれないな。
 個人的には自分の分の食事を持ってきてもいいのにと思うのだが、プラタのようにその辺りはシトリーの中にも線引きが在るのだろう。であれば、無理には誘えない。前に一度誘ったが断われたからな。
 まぁ、そんな事を考えていてもしょうがないので、早速食事を摂ることにする。折角汁物に湯気が立っているのだから、温かい内に食してしまおう。
 そういう訳で、ますは汁物を少し啜ってから、中の具材を食べる。ゴロゴロとした大きな野菜は食べ応えがあって美味しい。
 野菜と一緒に入っている肉も大きい。というか、一口大というにはやや大きいので、一つずつ口に含んでゆっくりと噛み締めていく。

「むぐむぐむぐ、ん。この肉は味が濃くて美味しいね」
「御気に召したのでしたら何よりです」

 大きく切られているので、食べ応えがあってそれだけでも満足なのだが、それに加えてこの肉はとても味が濃い。噛む度に中の肉汁があふれ出てきて、口の中を濃厚な旨みで満たしていく。
 その肉を何度も何度も噛んで少しずつ胃へと送り、ようやく全てを飲み込む。長く噛んでいたので飲み込むのは少々名残惜しくはあったが、十分噛んだから大丈夫だろう。それでもまだ小さな塊になっただけのような気もするが。
 若干、食道を飲み込んだ肉が通っていく感覚がしたが、問題なく飲み込めた。その後に水を一口含み、口内の濃い味を洗い流す。
 そうした後に出し汁を飲もうとお椀を手に取り、縁に口を付けて少しずつお椀を傾けていく。
 口の中に少し出し汁が入ると、瞬間口内に肉の旨みと、それを引き立たせる野菜の仄かな甘さが広がる。

「ふぅ。この出し汁も美味しいな。肉と野菜の旨みが出ているよ」
「調理した者の話では、野菜を丸のまま数時間煮込み、その後に肉の塊や骨などを入れて更に数時間煮込んだのだとか」
「そうなんだ! 随分と手間が掛かっているんだね」
「他にも色々と入れたようですが、その辺りは煮込んだ後に取り出したらしいです。野菜や肉は食べやすいように切って具材にしたようですが」
「へぇー」
「因みにですが、その肉はそれぐらい煮込まねば食べられないぐらいに硬い肉なのですが、ご主人様は実際に食して御存じのように、その分味が濃くて美味しい種類の肉です」
「へぇー。肉にも色々と種類が在るのは知っていたけれど、そんな肉も在るんだね」
「はい。昔はあまりの硬さにくず肉として見向きもされなかった肉ですが、調理法が確立された今では、それなりに高価な肉となっております」

 プラタの話を聞きながらパンを割き、汁物に割いたパンを浸してからそれを口に運ぶ。
 出し汁をたっぷりと吸い込んだパンは、口の中で直ぐに解れて消える。しかし、出し汁の旨みと共に、パンの甘さと豊潤さも残っていた。
 それでも肉の旨みの方が勝っているので、このパンと汁物の組み合わせは少々合っていない。もう少し味が強いパンか、いっそ逆に味が薄ければ、肉の美味しさを引き立てられるのだろうが。
 それが少々残念ではあるが、それでも美味しいからいいだろう。食べ合わせなんて面倒なので、個人的には美味しく食べられればそれでいい。別にパンはパンとして食べてもいいのだし。
 それでもプラタはボクの微かな変化に気がついたのか、心配そうに問い掛けてくる。

「御口に合いませんでしたか?」

 それに振り返って頭を振る。

「いや、十分に美味しいよ」
「左様ですか? 何やら不満げだったように御見受けしましたが」
「・・・ああ、それはね――」

 プラタの言葉に一瞬思案した後、別段隠すほどのモノでもないかと判断して、それを伝える。それと共に、気にしていない旨もしっかりと添えておく。でなければ、プラタが何をするかは分からないからな。このパンでも十分美味しいのだし。
 このパンは単品では、ほんのり甘くてふかふかして美味しい。果実なんかの甘い物と一緒に食べれば、より美味しいかもしれないな。
 そんな事を思いながらも食事を進め、プラタと軽く会話をしながらの食事を終える。今日も大変美味しく、もう自分で作った料理には戻れそうもないな。
 そういえば、市場にもちらほらと調理済みの食べ物を提供している店を目にした。まだ数こそ多くはないが、それでもそう遠くない内に増えていく事だろう。そうなったら、そちらで買って食べてみてもいい。各市場の中にも広場が造られているらしいので、今日のように休憩がてらそこで食しても面白いだろうな。
 食べて直ぐなので少し休憩しながらそんな事を思う。食べて直ぐに食べ物の事を考えるのもどうかとは思うが、そんな考えが浮かんだのだからしょうがない。
 食べ終わった食器は、先ほどやって来たシトリーが手早く配膳用の手押し車に載せて持っていってしまった。何度も経験して慣れたからか、あまりにも手早く回収して持っていったので、会話をする暇もなかったな。
 それから休憩をしながらプラタと会話をしていく。その流れで明日の予定についても話し合い、明日は別の市場を視察することが決まる。
 ただ条件として、最低でも初日は案内役を付けるという事が決まった。しかし、明日はプラタは何かしら用事があるようなので、案内役はシトリーが務めるという。
 どうやらシトリーは既に市場の構造を頭に入れているらしく、案内する分には問題ないのだとか。
 それが決まった後、プラタはシトリーを食堂に呼ぶ。食堂にやってきたシトリーにその事を伝えると、シトリーは快諾してくれた。

「明日はよろしくね、ジュライ様?」

 可愛らしい笑みを浮かべてそう告げるシトリーに、「こちらこそよろしくね」 と返す。
 明日は別の市場かと思うと、わくわくしてくるな。
 それから簡単な打ち合わせをする。といっても、こういう店が在れば見たいとかのこちらの要望とその確認だ。難しい話でもないので、それは直ぐに終わる。
 そうして打ち合わせを終えると、シトリーは元気よく帰っていった。
 シトリーが食堂を出ると、ボク達も食休みを終えて食堂を出る。
 食堂を出た時にはそれなりの時間になっていたので、プラタの案内で転移用の小部屋に移動して魔法道具を使って地下へと戻る。
 地下三階に設置してある転移装置の前に転移すると、そのまま地下二階にある自室へ移動していく。
 階段を使って歩いて自室に移動したので、腹ごなしのいい運動になった。
 お腹の中がこなれたところで、軽く入浴して疲れを取ると、その後は寝台の上で横になって目を閉じる。魔法開発や魔法道具の作製・研究もあるが、今日はもう寝よう。明日は初めての市場に行くのだから、早々に眠りについておく。
 それから程なくして、ボクの意識は奥底に沈んでいった。





 カラカラと乾燥した空気の中、オーガストは足下へと目線を向ける。

「植物、な訳ないか」

 足下に生えている骨を足で軽く小突くと、バラバラに崩れてしまう。

「ふむ。この下に誰か居たのか?」

 地面から助けを求めるように延びていた手を構成していたその骨を足先で突きつつ、オーガストはふむと小さく呟いて周囲に目を向ける。
 周辺には乾ききったむき出しの大地と、そこら中に大きくひびの入っている土ぐらいで、あとは何も無い。僅かに魔力の気配が漂ってはいるが、日常的に魔力が使われていないのだろう、あまり強くは感じない。
 それを感じ取って、ここも外れかとオーガストは小さく息を吐く。
 今まで幾つもの世界を訪ねたオーガストだが、最近はこういった質の悪い世界に行き着く事が増えてきていた。

(始まりの神へと近づいているはずだが、実はそうでもないのか? それとも世界の消滅が早まった分、管理や創造が杜撰になっている?)

 創造は一部敢えて適当なモノが創造されているようだが、現在オーガストが居る世界はそういった世界ではなく、そこそこの歴史ある世界。
 新たに創造された世界については、大半をオーガストは把握していた。その中には現在居る世界がなかったとはいえ、管理については別の話。
 オーガストは現在居る世界の管理者を探し出すと、さてどうしようかと顎を擦る。
 暫くそうして考えた後、オーガストは別にいいかと肩を竦めた。

(もう少しで狭間の住民がやってくるし、今更ここを改造したところで意味が無いからな)

 そう結論づけると、少し世界を歩いてみる。

(これから先もこういった世界が増えていくのだろうな。魔法が全てではないが、それに変わる何かもここには無い。力のない世界など憐れなだけだ)

 たとえ狭間の住民が何もしなくとも滅びゆくだろう世界を見て歩き、オーガストは何も無い世界に呆れたように小さく息を吐く。最近少しずつ世界が強くなっていただけに、ここにきての何も無い無力な世界というのは、ある意味新鮮そうで、やはりくだらなかった。

(しかし、始まりの神の芯の部分がいまいち掴みきれないな。場所の特定はそれなりに進んでいるが、それでも抵抗されているから確実なモノではない。その分愉しめるからいいのだが、分かる強さは大したことがない。このまま追ってもいいものなのか。それともさっさと殲滅してしまうべきだろうか? その判断を下すには、もう少し調べてからでいいだろう)





 市場というのは、急成長するモノらしい。
 いや、この場合はプラタ達の努力の成果というやつだろう。
 昨日市場を見た時には、露店ばかりで店舗は準備中。場所を変えてもやはり同じようなモノかと思っていたのだが、今日来てみれば露店の数が一気に減り、代わりに通りの左右に並ぶ店舗が賑やかになっていた。

「確か四ヵ所の店舗は同時に始めるという話だったから、ここでこれという事は、別の場所でも同じように露店から店舗に切り替わったという事かな?」
「そうだよー」

 ボクの呟きに、隣からシトリーが楽しげに応える。
 昨日に引き続き、今日もしシトリーが市場の案内をしてくれるらしい。プラタは相変わらず忙しいとかで、出発前に「残念です」 と悔しそうに謝られたが、別に特別な事をする訳ではなく、市場を見て回るだけなんだけれども。
 因みに隣のシトリーだが、変装して認識を変えている。それだけではなく、服装を変えて見た目も変えているので、正しく変装といった感じだ。
 今日のシトリーは、いつもの黒を基調としたプラタと似たような服装ではなく、青と白の明るい服装。どことなく男性的な装いなので、シトリーの愛らしい容姿と相まって、中性的な少年のように見える。
 それを狙ってなのか、身長がいつもよりも低い。声も気持ち高めで、どっからどう見ても子どもだろう。
 ここには人間に似た種族も多数居るので、そんなシトリーが居ても違和感は全くない。というか、シトリーが本気を出せばどんな姿にも擬態出来るので、意外と元となっているプラタの姿が気に入っているのかもしれないな。
 にこりと笑ったシトリーはボクの手を掴んで、たたっと少し走り前に出る。

「さ、行こうか、ジュライ様!」
「そうだね」

 まだ市場の入り口付近に居たボクは、シトリーに手を引かれるままに通りを進む。前日までと違って露店の数が減ったので、急に通りが広くなったような気がする。
 手を引きながらまずは何処から見ようかと尋ねてくるシトリーに、ボクは少し考えて行き先をシトリーに任せてみた。魔法道具や本なんかが見たいが、どうしてもというほどでもない。それに、魔法道具に関しては以前少し見たけれど、微妙だったからあまり期待は出来ないんだよな。
 それでも本の方は若干気になるが、しかしここに本屋さんが在るのかどうかは微妙なところ。在るにしても場所が判らないので、結局は適当にぶらついて見つけられたらいいなぐらいの心持だ。
 まぁ、それを言ったら魔法道具もなので、やはり場所が判らないので明確な目的地というものは無い。今回の最大の目的は市場の視察という名の見学な訳だし、気になった方向へと散策するぐらいでちょうどいい。
 そういう訳でシトリーに任せてみた訳だが、シトリーは「分かったー!」 と元気よく返事をすると、近くの店舗を目指す。
 通りの両脇に建つ店自体は、どれも四角い造りで同じ外観をしている。店と店の間に人一人が横になれば通れる程度の隙間が在りはするが、そこには物が置かれているので、ほとんどくっ付いているようなモノだ。
 ただ造りは同じでも、飾り付けまで同じという訳ではないので、各店そこで個性を出している。
 今シトリーに手を引かれて向かっているのは、その中の一つ。
 地味なはずの外観が明るい色で派手に彩られていて、賑やかな市場の中でも一際目を惹く。
 看板は出ているが、読めない文字だ。字体は見た事が在るが、習った覚えはない。という事は、一般的に使われている文字ではないのだろう。
 まあそれも店に入ったら判るかと思い、シトリーに手を引かれるがままに入店する。
 店内は思ったよりも広く、幅が十メートルほどだろうか。奥行きはもう少しあるようで十五メートルぐらい。
 そんな店内には大量の服が置いてあった。それもふりふりをふんだんに使用した、可愛らしい女性ものの服だ。
 何処もかしこも明るい色合いの可愛らしい服。シトリーは服が欲しかったのだろうかと思うも、何となく居心地が悪くて落ち着かない場所だ。

「ジュライ様、何か服を選んで?」
「シトリーに似合う服?」
「うん!」

 確かにシトリーは可愛らしい容姿をしている。プラタと似た顔立ちのはずだが、プラタの場合は可愛らしいというよりも知的というかなんというか・・・そうだな、美人といった感じだ。最近は表情も出てきて可愛らしい一面も覗かせるが、それでもやはり知的な感じ。ボク以外が相手だと以前からのプラタとあまり変わらないし。
 シトリーの場合は表情豊かでよく笑うので、全体的に幼い印象。その分可愛らしい服装が似合いそうではあるが。

「いいけれど・・・ボクはあまりそっち方面の才能はないよ?」

 似合っているかどうかは正直よく分からない。主観であれば判断出来るが、それが世間的にとなれば話は別だ。自分の私服も、一般的には多分ダサいのだろうしな。
 そんなボクに服を選んでほしいなど、冒険心でも芽生えたのだろうか?

「ジュライ様が気に入った服なら何でもいいよー」
「そう?」
「うん!」
「なら、分かったよ。一応選んでみる」
「やった!」

 ボク基準でいいというのであれば、一応選んでみてもいいだろう。シトリーも喜んでくれているみたいだし、期待を裏切らない程度には頑張りたいところだ。

しおり