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それぞれの日常7

 返事をして扉が開くと、配膳用の手押し車に料理を載せて持ってきた責任者が食堂に入ってくる。
 そのままボクの前までやって来ると、目の前に料理を並べていく。
 これには未だに慣れないが、今はそれはいい。並べられていく料理は、肉料理が多いように思える。
 それが何の肉かまでは判らないが、美味しそうな見た目をしている。匂いも刺激的で、今すぐにでも食べてしまいたいぐらい。
 そんな状況なので、お腹が鳴らないように頑張って抑えながら、料理が全て並ぶのを持っていく。

「・・・・・・」

 そうして、いつ終わるのかと思えるぐらいに机の上に並べられていく料理の数々を見詰めながら、こんなには食べられないなと困惑してしまう。一皿一皿はそこまで多くはないのだが、それでも数を重ねれば直ぐにお腹がいっぱいになってしまう。
 少なくとも、ボク一人では全体の半分程も食べきれないだろう。何だったら2皿か3皿ぐらいでお腹いっぱいになるかもしれないな。
 そう思っていると、料理が全て目の前に並び終える。
 単品で見れば大した量には見えないが、それでも全体で見ればかなりの量のように思える。
 残したらどうしようというか、確実に食べきれないなと思いつつ、用意してくれた責任者にも悪いなと考えながら、どうしたものかと思案していく。
 そうしていながら、並べ終えられたのにいつまでも食べないのも不審だし申し訳ないので、早速手近な皿に手を伸ばす。
 食事の作法については以前プラタに尋ねた事があるが、そこまで気にする必要はないと言われた。なんでも、この拠点に集まっているのは少数の集落出身者が多く、作法といっても大前提として、その集落の長に従えというものらしい。
 作法が在ったとしても、精々が序列順に食事をするぐらい。立場が上の者ほど早くに食事にありつけ、尚且つ質のいい食材を優先的に多く食せるという話だった。
 なので、この拠点での長であるボクの好きに食べれば、その姿がここでの正しい作法になるとか。
 それを聞いて責任重大だなと思うも、ボクも食事の作法とか詳しくは知らないので、それでいいかと思う事にした。
 とりあえず、ボクの食べ方がここでの作法になるかもしれないので、無様な姿は見せられない。まぁ、普段通りに食事をすればいいだろう。作法なんて知らない訳だし。
 そういう訳で手近な一皿を掴んだところで、斜め後ろに立つプラタがボクにだけ聞こえるように抑えた声で告げてくる。

「一口ずつで良いので、全ての皿に手をつけてください。そうして頂ければ、あとは残しても問題ありません」
「そうなの?」
「はい。これはご主人様の好みを知りたいが為に用意された品々ですので、全てを口に運んでいただければそれで。ご主人様の好き嫌いはこちらで判断致しますので」
「そうなの?」
「はい。これを今後の参考に致します」
「ふむ。なるほど。分かったよ」
「御願い致します」

 今更感もするが、斜め後ろで小さく頭を下げたプラタにそう返しておく。
 それにしてもボクの好きな物ね。それを知った後に料理の数々を見れば、素材からして色々あるな。見た目も美味しそうなものから珍しいものまで様々だ。
 とりあえず手にした皿に載った料理から食し、それを机の上に戻す。
 それを十数回と繰り返していくと、一通り食べ終える。ただそれだけで、お腹がいっぱいだ。
 これだけで好みがわかったのだろうか? どれも美味しかったので、どれが出てきても問題ないのだが。
 改めて料理に目を向けて見るも、見た目が悪いようなモノは無いし、食感も悪くはない。味付けも少し濃かったり、逆に少し薄かったりはあったものの、そこまで気にするほどではなかった。
 それらを鑑みるに、おそらくある程度は向こう側で選別していたのだろう。それこそ選定段階からプラタが関わっていた可能性が高いと思う。でなければ、ここまで好みに合ったギリギリの範囲で振り幅が設定されていないだろうし。
 まあともかく、満足出来た食事だったな。この残りはどうなるのか気になるが、プラタの事だから無駄にはしないだろう。
 ボクが食べ終えると、責任者が皿を回収して、来た時同様に配膳用の手押し車に載せて持って帰った。
 それを見届けた後、食休みをしながら責任者が戻ってくるのを待つ。

「それで、何か判ったの?」

 ただ待っているだけというのも寂しいので、とりあえずプラタにそう問い掛けてみる。

「はい。ある程度は」
「そう。それは良かったよ」

 ボク的にはあれで判ったとは思えないのだが、プラタにかかればあれで判ったらしい。凄いものだ。
 それからこれからの予定を訊いてみる。
 現在はまだ昼過ぎだが、そう経たずに夕方になるだろう。前回の拠点訪問時に昼食を食べた頃に比べればやや遅い。なので、もしもこれから拠点内を見て回るとなると、帰りは夜だろう。
 そう思っていたのだが、プラタが答えてくれた今後の予定は、責任者ともう少し話した後に自室のある拠点に戻るという内容であった。であれば、前回と同じかやや早く戻れるかもしれないな。
 そうして今後の予定についてプラタから聞いていると、責任者が戻ってくる。
 戻ってきた責任者と共に場所を先程の部屋に変えると、プラタと責任者が再度会話を行う。話の内容は、前回の話し合いをもう少し細かく詰めていくようなもの。
 やはりボクでは無理そうな内容に、本当にプラタに頼んでおいてよかったなと心底思った。
 まぁ、正直あまりにも丸投げが過ぎるとは思うが、別に国主なんてボクが望んだ事ではないからな。
 そんな葛藤とも呼べないようなちんけな思いを抱く。やはりお飾りでも国主なんて地位はボクには重すぎる肩書だ。
 などと思っている内にプラタと責任者の話し合いが終わり、責任者の案内で転移装置の在る小部屋に移動していく。
 そこから転移してフェンが管理している中継地点に到着すると、そのままそこを経由して自室の在る拠点に戻っていく。その頃に丁度夜になるぐらいだったので、到着したのは昨日とほぼ同じぐらいか。
 拠点に戻ってからも昨日と同じで、拠点に戻ってきた後は自室に移動する。
 自室に戻ると、お風呂に入った後に寝台に腰掛けたまま魔法道具を弄っていく。学習したので、もう寝ながら魔法道具を弄る事はしない。
 こうして集中していると気づけば朝になるのは人間界に居た頃から変わらないので、今回は忘れずに腕輪に時間を設定しておく。
 その後に安心して集中して魔法道具を弄っていき、腕輪から電流が流れたところで作業を止める。
 これで作業も大分進んだだろう。少なくとも転移装置は少しだが更に改良出来たので問題ないだろうし、守護の魔法道具も大分良くなってきている。
 それを確認したところで、もう少し弄っていたいという思いを断ち切って、眠る事にした。睡眠は大切だし、なにより睡眠は気持ちがいい。
 他にも色々考えなければならない事は在るが、寝台で横になって目を閉じれば直ぐに意識が沈んでいく。明日は何をするんだろうな。





 祈りというモノがある。それは請い願う事ではあるが、誰に何を祈るかは人それぞれであろう。だが、大抵相手は神である場合が多い。
 オーガストはとある世界で、神へと祈りを捧げる一団を眺めながら、祈るという行為はどの世界でもあるものだなと、妙な感心を覚える。

(まぁ、それに意味はないのだが)

 しかし、祈るという行為自体には冷笑でも向けたい気になってくるが。

(何かに縋りたい気持ち、ね。自力で出来ぬのならば、形振り構わず頼ればいい。それでも無理ならば受け入れればいいというのに。そんな、管理者が自尊心を維持する為だけの行為に逃げるというのは、呆れればいいのか憐れに思えばいいのか)

 神像の前で必死に祈る人々を眺めながら、オーガストは別の視点でこれからどうするのかと管理者の動向に注視する。
 現在この世界は魔族と呼ばれる集団と、それらが操る魔物という存在に苦しめられている。
 元々この世界には人間しか居なかったのだが、ある日突然現れた魔族達に世界は蹂躙されていった。
 徐々に追い詰められている人間達は、現在世界の片隅に辛うじて勢力圏を維持しているだけとなっている。
 神として長年崇められているこの世界の管理者に、人々が頻繁に祈りを捧げる姿を目にするようになって久しい。
 しかし、管理者は何もしない。いや、やってはいるのだが、追い付いていないのが現状か。

(そもそもあの魔族や魔物自体が、異世界からの侵略者だからな)

 世界というのは繋がっている。しかし、それを知っている者は少なく、それを行き来できる者ともなればほぼ居ないと言えるぐらいに希少な存在であった。
 そんな希少な存在の中でも更に希少な存在というのは居るもので、中には世界と世界の間に道を創ってしまうような異質な者が存在する。

(もっとも、そういった存在は後に管理者にされるのだがね)

 管理者というのは、簡単に言えば優れた存在の中でもとびきり優れた存在がなるモノなので、たまに交代劇というのは起きる。
 今回の場合も、このままいけば管理者まで倒されて、魔族の長が管理者になる事だろう。

(現在の管理者では抑えきれなかったようだしな)

 人間の視点で管理者を見れば、何も応えてはくれない存在ではあるが、オーガストの視点で管理者を見れば、必死に火消しをしようと躍起になっていた。
 それでも魔族の侵攻が止まっていない以上、管理者よりも魔族の方が優秀だったという事になる。
 人間は必死に抵抗してはいるが、それももう少しで終わる事だろう。
 こうして別世界の者達が侵攻して来る事は稀にある。オーガストが生まれた世界も攻められていたが、一度目は当時の管理者によって何とか防がれていた。それでも侵入は許していたが。
 二度目は危うかったものの、そこで管理者が変わり、侵攻してきた者達は完全に駆逐される。
 同じ相手とはいえ、そんな事が二度もあっただけでもかなり珍しいのだが、あの世界には更にもう一度侵攻があった。
 その三度目は、前回交代した新たな管理者が相手をおもちゃとして扱った事で駆逐はされなかったし、それどころか少数の侵入は許可された。
 だが、当の侵略者達はその事に気がついていなかったようで、少数の侵入者を使い何とか侵略しようとしていた。もっとも、それも長い間おもちゃとしての役割を全うしたので、後に管理者に処分されたのだが。
 そういう訳で世界を超えての侵略というのは珍しいが、しかしもっと大きな世界で見れば、ままあるような事態。
 オーガストはこれを、始まりの神が管理者を交代させる為に仕組んでいるか、管理者が実力的に管理者として相応しいのか試験をしていると考えている。
 つまりは世界を渡ってやってきた侵略者を辿っていけば、いずれ始まりの神の許に辿り着けるのではないかという事だ。
 今回オーガストがこの世界にやって来たのはそれが目的ではあるが、ついでに古い世界の終焉を見学してみようという暇つぶしも同時に行っていた。
 そして、結果として滑稽な祈りの場に出くわした訳だ。

(もう少し人間側を見学した後は、魔族側の様子も見てみるかな)

 現在の管理者の敗北がほぼ決定した以上、元々住んでいた人間側にはもう勝ち目はない。管理者の方も世界に縛られて逃げるに逃げられないので足掻いてはいるが、もう子どもの嫌がらせ程度しか行えていなかった。

(やはり、滅びゆく側のこの荒涼とした絶望感が漂う雰囲気はいいな。虚無とは違って生きている者が発するこの絶望感は、こういう時でなければ感じられないからな)

 オーガストは、必死ながらも暗い雰囲気を漂わせて祈る人間の集団を眺めながら、無表情ながらも楽しんでいた。
 そうして暫くの間人間を観劇した後、オーガストは移動を開始する。

(次は魔族側だな。こちらは直に狭間の住民が滅ぼすだろうが、理想の時期としては人間を亡ぼして世界を手に入れて喜んでいる時か、その後に落ち着いてきた辺りがいいだろうか。まぁ、こちらから注文を出す様な真似はしないが)

 そんな考えをしながら、オーガストは一瞬で移動して魔族側の拠点に到着する。
 魔族側の拠点では、見た目は人間と然程変わらない者達が忙しなく行き交っていた。どうやらオーガストが移動したのは、前線よりもやや後方に在る指揮所のようだ。
 張り詰めた空気の中ながらも、それでも何処か落ち着いた空気が漂っている。
 武装した者達も見かけるが、それと同じぐらい軽装な者も目に入る。その者達は色々と書類を抱えていたり、装備類を一生懸命運んだりと大忙し。
 そんな中、オーガストはのんびりと拠点内を歩き回る。見た目は大して違わないが服装は異なるので、オーガストは周囲から浮いていた。
 それでもオーガストは誰にも見咎められない。別にオーガストは姿を消している訳ではないが、その代りこの世界の認識を変えていた。要は、オーガストがそこに居ても誰もおかしいとは思わないように認識を改変したのだ。これは魔族側のみではなく、人間側や管理者にも有効に働いている。

(見た目は人間と変わらないが、内包する力はおおよそ倍近くの差があるな。中には突出した力の持ち主も幾人か確認出来る。更にその中には現在の管理者に迫りそうな力を秘めた者も居るな。だが、それらを束ねている存在はそれ以上に強そうだ)

 そう考えながら遠くに目を向けたオーガストは、その視線の先から大きな力を感じ取っている。

(始まりの神に近づいてきたから大分強くなってきているな。お楽しみはゆっくりと愉しみたいから大して情報収集はしていないが、それでもここから感じる力だけで十分愉しめそうな相手だと思える)

 感じる力だけで判断するのであれば、およそオーガストの敵にはなり得ないが、それでも今まで出会ってきた中ではかなりの上位。それこそ一番かもしれないほど。

(この先も、始まりの神に会うまでにどんどんと出会った中での一番は変わっていくだろう。それは愉しみだ。ああ、愉しみだ。本当に)

 怪しい笑いを喉奥でしながら、オーガストは拠点内を見て回る。
 全員がオーガストが居てもおかしくないという認識を持っているとはいえ、それでもオーガストに話し掛ける者は皆無。その辺りの認識を調整するのはお手の物。おかげで気楽に見て回れた。
 指揮所は結構広いらしく、規模としてはちょっとした町ぐらいある。
 住む場所も簡易的な建物以外にも本格的な建物も建ち始めているので、ここをそのまま町として活用していくつもりなのかもしれない。未だに戦いは続いているといっても、勝敗は既に見えている。
 今までの戦いでも、魔族側は大して苦戦はしていない。というよりも、死者どころか負傷者ですら出していないほど。戦闘の大半は魔族が使役している魔物と呼ばれる動物たちが担っているが、それで事足りるほどであった。
 魔物は簡単に言えば強大な力を持った動物だが、その強さは人間の倍近く。魔族とほぼ同等かやや劣る程度の強さを秘めている。
 それが数万匹ほど戦線に投入されているので、正直それだけで過剰戦力であった。
 それでも魔物の方には少しは被害が出ている。人間側も劣っているなりに工夫して戦っていたのだ。
 因みに魔族と魔物の関係は、主従というよりも戦友といった方が適切かもしれない。
 戦場で魔物が前線を張っているのは、魔物は戦術は何とかなっても、戦略を立てるまでの知能を持つ個体が中々居ないから。それと魔族は力は在るものの、それでも得意としているのは後方支援であったから。
 であるからして、必然的に役割というものは決まってくる。なので、それは両者ともに納得しての役割分担であった。
 他にもその役割に分かれた理由として、魔族に比べて魔物は数が多いというのもある。魔物は多産なので、元の世界には魔族の数倍の数が居る。
 魔族は人間と同じで種族としては単一の存在だが、魔物は幾種類か存在していた。それに伴い、魔族も魔物の種族によって派閥が分かれていた。
 そして今回攻めてきたのは、その派閥のひとつ。
 別に元の世界を追われてやってきたという訳ではなく、どちらかといえば争いの多い元の世界に嫌気が差したのかもしれない。
 しかし、人間と魔族は相容れなかった。始まりはまぁ、よくある話。
 世界を超えた際に魔族側が使った扉が禍々しく空間が歪んだようなモノであった為に、人間側が恐怖から警戒したのだ。出現場所が街の近くであったのも不味かった。
 更には最初に出てきたのが、人間に見た目が似ている魔族ではなく、凶暴な見た目で転移先を警戒していた魔物だったのも不運であったろう。
 魔物が出てきたのを確認した人間側は、恐怖に駆られてすぐさま魔物へと攻撃をしてしまった。
 勿論攻撃を受けた魔物側は反撃を行う。
 戦力差は圧倒的なので、次々と扉から出てきた魔物はあっさりと人間側の街を落としてしまった。
 そこからは蹂躙劇の始まりで、あっという間に人間は世界の半分を失う。
 その蹂躙劇の前に魔族は、拙いながらも現地の言葉を覚えて人間と何度か和平交渉を行おうとしたのだが、その悉くが失敗。次に降伏勧告も行ったのだが、人間側はまだ余力が十分にあったので、それも拒絶してしまった。
 それをきっかけに、魔族側も敗ける訳にはいかないので情け容赦なく侵攻を開始した結果が、数ヵ月で世界の半分の占領。両者にはあまりにも戦力差があり過ぎたのだ。
 その頃になって、やっと人間側にも降伏論が出てくるも、その時にはそれは封殺されてしまう。
 更に半分の国土を失って、人間側が魔族へと停戦を申し込む。
 しかし、既に趨勢が決まっているというのに、情勢を鑑みない人間側の条件に納得いかなかった魔族側は、それを拒絶。
 その話し合いの後に更に半分に国土が減ったところで、やっと慌てだした人間側だが、それはあまりにも遅きに失していた。既に魔族側はあまりにも傲慢で愚かな人間との共存を諦めて、遺恨を残さないように人間の殲滅を決定していたのだから。
 それから少し経って現在、人間は最初の領土の一割も満たない地に押し込められ、滅ぼされるのを待っているような状態。
 そして、オーガストは指揮所を覗いて、その最後の侵攻がそろそろ始まろうとしている事を知る。

(さて、狭間の住民達は今どこに居るのか)

 オーガストがそう思い調べてみると、近くの幾つかの世界を攻めている狭間の住民を数人発見する。そしてもう少し調べてみると。

(おや、どうやらこの魔族達が元居た世界は、現在狭間の住民に攻められているようだ。攻めているのは・・・デスか。それなりに強き者達が集っている世界ではあるが、相手が悪いな。既に半壊状態だし)

 それを知ったオーガストは残念に思いつつも、結果としてここに来た魔族と魔物達は多少延命出来た事になるなと考えた。
 まあもっとも、近場の狭間の住民が現在攻めている世界を亡ぼせば、ここも直ぐに消されるだろうから、おおよそ数日程度の猶予しかないと思われるが。

(あの調子では、デスがあの世界を亡ぼすにはもう数時間は必要だろうから、それを考えれば数日の延命。狭間の住民がここへと攻撃を開始するのは、おそらくこの地の管理者が交代した頃合だろう。ふむ。少し早いな。しかし、こちらからは何も言う気は無いからな)

 オーガストの意見であればすぐさま通るだろうが、オーガストにそれをするつもりはない。そこまでして愉しむつもりがないというのもあるが、狭間の住民に世界の破壊を任せているというのが大きい。オーガストは託した以上、無暗にそこに口を出すような性格はしていなかった。

(人間が滅ぼされるのを見届けるまではしておくか。その後は狭間の住民の邪魔にならないように次に行こう。世界を渡った力の根源への道は少しは手繰れたからな)

 後少し、もう少し。と続けて内心で呟いたオーガストは、指揮所から前線へと移動する。
 前線は魔物がずらりと綺麗に整列していた。どうやら攻撃に間に合ったようだ。
 そこに魔族のお偉いさんっぽい豪奢な見た目の人物が前に出てきて、魔物達と後方の魔族達を鼓舞する。それが済んだところで進軍が始まった。
 現在オーガストが居る魔族側の前線基地から人間の護る砦まで、四から五キロメートルといったところか。隊列を組んだ魔物の足の前でも数分と掛からない距離。
 そして、魔族側の最後の侵攻が始まる。

(侵攻というか、駆逐というか。あまりにも一方的だな。人間側の砦は防壁が分厚く高いが、魔物の跳躍力はそれを越える。それどころか、空を飛ぶ者も居るな。防壁を盾に護るなんて機会もない。ああ、下から攻めていた魔物の攻撃であっさりと門が壊れたか。上からだけではなく、下からも雪崩れ込む。更には人間側の攻撃は魔物に軽傷を負わせるのが精々といったところか。そこを集中して攻めれば殺せるだろうが、そんな事はさせてもらえないからな)

 人間側の砦は結構大きかったのだが、それもものの数時間で面白いほど簡単に陥落した。そして生存者は皆無。魔族は人間を根絶やしにするつもりなので、それは当然の結果であった。
 拠点を占領後、魔族軍は休憩がてら一度態勢を整える。その間に偵察を出しておく。
 人間側への侵攻だが、何も一ヵ所からだけではなく、全部で三ヵ所から侵攻している。相手の数も領土も減ったので、三方面からでもかなり余裕があった。
 それに、全ての場所が今まで以上に蹂躙していくだけなので、侵攻速度はかなり速い。
 進軍を再開させた魔族軍と共に進みながら、オーガストは他の場所も確認する。そちらも侵攻速度が速く、早いところでは既に二つ目の砦を落としているようだ。

(残りは、大小合わせて八つか。結構密集して建てているのだな。護っている人数がそんなに多くはないから、無意味だろうが)

 魔族軍との戦力差を考えると、人間側は一ヵ所に全戦力を投入して護ったとしても、おそらく一日と保たないだろう。既にそれだけ差が開いている。
 それでもオーガストは、とりあえず魔族軍について行く。情け容赦なく人間を狩っていく魔族側の行動を楽しみながら。





(さて、そろそろ人間は殲滅される頃だろう。管理者はどうするつもりだろうか)

 オーガストが魔族軍について行って数日。それだけの日数で人間側の砦は次々と落とされ、別方面から攻めていた三軍は合流して、最後の砦を取り囲んでいた。後は隊列を整えたら攻撃を開始するだろう。
 そんな様子を眺めながら、オーガストはそう思う。その眼には慌てている管理者の姿を捉えながら。

(それともう一つ。ここに攻めてきた魔族の長はどうするのか。・・・ああ、それに狭間の住民もそろそろこちらに到着するな。時期としては砦陥落後か。魔族の長も動いてはいるが、妙にゆっくりだな)

 これからの展開を楽しみにしながら、オーガストは始まった蹂躙を眺める。人間側はどうにか降伏しようとしていたようだが、そんな余裕はなかった。
 そういった状況である。士気も低く、抵抗もそこまで強くなかった為に、今回の侵攻で最も早く陥落した。そして人間は絶滅した。
 人間の絶滅後、魔族側がその勝利を喜ぶよりも早く、砦を占領している魔族軍の前に管理者が姿を現す。
 それは穏やかな顔をした男性で、白い服で身を纏い、空から光と共に下りてきた。
 その光は昼過ぎの明るい世界に在って尚眩しく、太陽が落ちてきたのかと錯覚しそうなほどの眩しさ。

(光臨か。だが、遅すぎる。いくら世界への干渉が大変だとしても、自らが管理している人間が亡んだ後に出てくるとは、無能にもほどがあるな)

 その様子へと、オーガストはくだらなさそうに冷めた目を向けている。管理者の実力としては、短期であればこの場に居る魔族軍全てを相手取れるほどだろう。
 しかし、その魔族軍側へとゆっくりと近づいてきている魔族側の長と比べれば、二段ほど落ちる。その長も、管理者の出現と共に一気に距離を詰めてきている。

(短距離の転移か。それを連続使用。遠くを視る眼が無いならそれが最適か。しかし、世界は超えられても、そんな眼すらないのか)

 若干の失望を滲ませながら、オーガストは成り行きを見守る事にした。

(狭間の住民が近くの世界を滅ぼすまで後少し。その後は直ぐにやって来るだろうから・・・管理者と長の戦いはギリギリ決着まで間に合うかどうかといったところ。これは管理者を交代する暇はないか)

 オーガストがそう考えている内に、管理者と魔族軍との戦いは始まっていた。
 管理者は上空より大量の雷を落としていく。
 それを魔族が防ぎながらも、魔法による反撃を行う。魔物も魔法を放ってはいるが、そちらはあまり得意ではないらしい。
 魔族軍の攻撃は管理者に効いているようだが、それでも被害は魔族軍の方が大きい。ここにきて、初めて魔族にも被害が出ている。
 暫くそうしていると、魔族の長が到着する。意外と早く着いたのは、平地が多い道を通ってきていたからだろう。
 魔族の長は到着するや否や状況を瞬時に理解し、管理者へと攻撃を開始した。
 それは強大な存在同士の高度な戦い・・・のはずなのだが、オーガストにとっては児戯以下のくだらない戦い。
 しかしそれもしょうがない事で、オーガストには敵が存在していないのだからそもそも戦いが生じない。
 そうしてつまらない戦いを魔族の長と管理者が繰り広げていると、狭間の住民が世界に到着した。

(そういえば、現在はどんな壊し方をしているのだろうか?)

 オーガストは狭間の住民の到着を察知しながら、最近狭間の住民が世界を壊しているところを見ていないなと思い出す。世界を壊した数も増えてきたので、それぞれが自分に合った壊し方を見つけている事だろう。
 それを思い出し、少し楽しみに到着した狭間の住民の破壊を待つ。
 魔族の長と管理者は狭間の住民に全く気づいていないようで、未だに戦っている。それももうすぐ終わりそうな感じだ。しかし、その戦いに決着がつく事はなかった。
 到着した狭間の住民は、まずはこの世界でオーガスト以外の力を持っている者を攻撃した。それは勿論魔族の長と管理者。
 二人は戦っている最中に突如として出現した歪んだ空間にあっさりと飲み込まれて消滅する。
 急な事にどよめく魔族軍。しかしそんな魔族軍も、次の瞬間には歪んだ空間に飲み込まれてしまった。
 管理者や魔族の長、それに魔族軍が空間に飲み込まれた事でその場は静寂に包まれる。人間は既に滅ぼされているので、生き残りは居ないようだ。

「・・・・・・ほぅ」

 そんな静寂な世界で、オーガストの感心した様な声が小さく響く。
 オーガストがそう呟いたのは、目の前でオーガストを飲み込むように一際大きく空間が歪むのを察知したから。
 虚空にひびが入るように、もしくは折れるようにして一瞬のうちにオーガストの周囲へと歪んだ空間が拡がっていく。しかし。

「まぁ、この程度ではな」

 歪んだ空間は、オーガストのため息交じりの言葉と共に正常に戻る。まるで何事も無かったような静寂が周囲に流れるも、少し離れたところでは、空間の歪みに飲み込まれた砦が消滅していた。
 狭間の住民は、同じくオーガストに創造されためいとは違って、隙あらばオーガストを殺そうとしてくる者達である。それはオーガストがそう創ったからなのだが、しかしオーガストには届かない。

(それでもデスには期待しているのだが)

 狭間の住民の中でも最初に創造された存在であるデスは、他とは違いオーガストを積極的に殺そうとはしていないが、別にめいのように服従している訳ではない。
 デスの場合、オーガストを殺せると確信できるまでは動く気がないだけ。それまでは好き放題破壊をさせてくれるオーガストにつき従ってはいるが、敬意などは少ししか持ち合わせていなかった。

(あれは賢い。今はまだ届いていないのを理解しているのも評価できる。僕を超えられる可能性も植え付けているし、後はデス次第・・・なのだが、成長速度がまだ遅い。めいよりは速いが、それでも僕には追いつけないな)

 そうは思うが、それでもオーガストの知る限り最も成長速度が速いのがデスなので、それに賭けるしかない。

(制限を設けないで創造した者達ですらこの程度なのか。やはり始まりの神に期待するのが一番なのかもしれないが、それも果たしていいのかどうか)

 オーガストは世界を眺めながら、始まりの神にも期待できないかもしれないなと考える。まだまだ始まりの神には遠いのだろうが、それでも最初に比べれば大分近づいた。だというのに、手応えは何も変わらない。

(強くなってきているのは判るが、それでも大差ない。これならまだ狭間の住民と遊んでいる方が楽しめるな。始まりの神は強いのだろうが、それでも最初に逃げたぐらいだ、果たしてそれも如何ほどのものか)

 現状の世界の様子から推察する始まりの神の強さに、オーガストは残念そうに息を吐く。その間も、狭間の住民による世界の破壊は続いている。
 既にオーガストの視界内の景色は半分以上が虚無へと変貌している為に、このまま放置していても後は虚無が勝手に拡がっていく事だろう。
 しかし、狭間の住民はそこまでやっても手を緩めない。狭間の住民は世界が完全に虚無に変わるまで壊し続ける。狭間の住民はその為に存在していると言っても過言ではないので、それも当然ではあるが。

(それでも遅い。世界を壊す速度が遅いから数を増やしたのだが、学習していっても破壊速度はそこまで向上していないな)

 眼前の崩壊していっている世界を眺めながら、オーガストはもう少し狭間の住民を増やすべきだろうかと思案する。
 現状でも破壊の方が創造を上回ってはいるが、それも僅か。それに、始まりの神に近づけば近づくだけ、今度は創造の速度が上がっていく。そうなると、直ぐにでも破壊と創造の速度が逆転してしまうだろう。

(まぁ、創造して間もない世界など物の数には入らないが、それでも中身の手を抜いて強固な入れ物を創られれば、今のままでは破壊に時間が掛かり過ぎるな。そうなれば、その間に創造の速度や質を上げれば済む訳だし・・・そうしたら狭間の住民でも手に負えない存在が創造されるかもしれない。だがそうなったとしても、僕としては好都合、か? 狭間の住民より強いのであれば、多少は歯ごたえがあるかもしれない。それこそ始まりの神と戦う前の準備運動ぐらいにはなるかもしれないな)

 オーガストはそこまで考えて、今のままでも問題ないかもしれないと考え直す。結局のところ、オーガストは強者と出合えるのであれば、狭間の住民の事などどうだっていいのだ。
 そもそも狭間の住民は、オーガストが自分より強い者をと願って生み出したに過ぎないのだから、それ以上の強者に出会えるのであれば、オーガストにとっては何の不都合もない。むしろ好都合なほど。
 そういう訳で、オーガストは狭間の住民の増員を止めておく事にした。

(ああ、何処かに居るのだろうか? 僕を超える者が。世界の歪みから生まれた僕を倒して、世界を正せる者が。始まりの神よ、願わくば僕よりも強き存在であれ。この無限に拡がる世界を生み出したのだ、それぐらい容易い事だろう?)

 遠くを見つめながら、オーガストは内心で語り掛けるようにそう呟く。
 その頃には世界は虚無へと変わっていたが、結局狭間の住民はオーガストを殺すどころか、かすり傷も危機感さえも抱かせる事が出来ない。
 しかしそれについて何も思わぬまま、狭間の住民は次の世界へと旅立っていく。狭間の住民は感情が希薄な存在であった。

しおり