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表と裏とその奥に7

「・・・・・ん?」

 魔法道具を起動させてみるも、火が点かない。先程はちゃんと点いたというのに、おかしいな。

「なんでだろう?」

 不思議に思い鍋をどかす為に持ち上げてみる。そうすると、先程まで点いていなかった火が灯る。

「ん? 点いたな」

 原因は分からないが火が点いたようなので、持ち上げた鍋を魔法道具の上に下ろす。そうすると、点いた火が消えた。

「・・・鍋に押し潰されて火が消えているって事なのかな?」

 そう思ったものの、魔法で熾している火だ、その程度で消えるはずはない・・・はず。

「んー? どうなっているんだ?」

 不思議に思いながら鍋を上下するが、持ち上げれば直ぐに火が灯り、下ろせば火が消える。何度かそれを試した後、少し考えて魔法道具の上に置いた鍋の中に、薄く切り分けた肉を数枚投入してみる。肉と言ってもほとんど脂身の肉なので、油を引くついでだ。
 そうすると、鍋に接触した肉がジュウと甲高い音を立てて焼け始める。

「ふむ。やはり火が見えていなかっただけで、一応鍋の下では火が灯っていたという訳か。結構な火力だったはずだから、この鍋でなかったら壊れていたかもしれないな」

 強い音を立てて焼けていく肉を見ながらそう結論付けると、肉が焦げてしまわないように火を弱めていく。

「むぅ。火が見えないと火の調節も難しいな」

 鍋の下を覗いてみても火は見えない。火力を弱めてみたが、現在どれぐらいの火力なのかが判らない。頼りになるのは肉の焼ける音だけだ。
 肉から出た大量の油にまみれた肉を箸で摘まんで混ぜながら、火力を調節していく。まるで揚げ物をしている気分だ。

「これは要改善だな。少なくとも、鍋を置いた時に火が見えるようにした方がいいだろうな」

 刻まれた板の上に直に置いている鍋に目を向けながら、そう思案する。実際に使用してみると、色々と改善点が見えてくるな。
 しっかりと焼けたので、お皿を用意してそれに肉を移す。ジュウジュウと揚がった時のような音がしているが、まあ食べられればそれでいいか。
 焼けた肉をお皿に全て移した後、次の肉を投入する。その後にお皿の肉を口に入れた。
 カリっとした軽い食感を肉の表面に感じた後、肉の旨みが舌の上に広がる。調味料は掛けていないが、最近はそのままでも肉は食べられるようになってきた。勿論調味料が在った方が好みではあるのだが。
 やや油が多いが、味を楽しむように噛み締めながら肉を堪能する。程よいところで鍋の中の肉をひっくり返しつつ、先に焼き上がっていた肉を一気に食べていく。味を堪能するのもいいが、それなりの量を一気に口に入れるのも贅沢でいい。
 そうしてお皿が空になったところで、丁度鍋の中の肉がいい感じに焼けたので、火を消してお皿の上に肉を移していく。空腹だと調味料が無くても満足出来るものだな。物足りないといっても、十分美味しい。

「むぐむぐ。・・・何度経験しても、食事というものは良いものだ。こんなに楽しい事だったんだな。これを知っては、兄さんは人生を損しているのかもしれないと思えてしまうな」

 残りの肉を食べながらそう思う。兄さんの身体に居た頃は、食事が面倒を通り越して苦痛にも思えていたからな。
 しかし、今の身体では食事が楽しい。最近はもう少し食べられたらと毎回思うほどだ。
 そう思いながら食事を終えると、片付けを行う。鍋はそのまま背嚢に仕舞う。背嚢の中では熱は関係ないし、上下も関係ない。仮に背嚢を振り回したとしても、中身に影響はない。

「油は次にも使えるからな。何か油用の入れ物でも作るべきだろうか?」

 片付けをしながらそんなことを考える。料理をするなら油は大事だと最近知ったばかり。
 板状にした魔法道具を軽く拭いた後、片づける前に改良しておく。とりあえず次の時に思い出せるように痕跡は残しておこう。

「えっと、鍋を置いても下の火が見えるようにするのだから、竈みたいな感じにすればいいのかな?」

 板の上に竈の様な囲いを造る。火が見えるように片面だけ開けておく。

「・・・・・・別方向からも火が見えるようにした方がいいのかな?」

 そう思い、四方を開ける。四本の曲線の柱で鍋を支える感じになった。

「うーん・・・とりあえず今はこれでいいかな。次やる時には何がしたかったか分かるだろう。お腹が満ちたら早くお風呂に入りたいし」

 魔法道具をそのまま背嚢に仕舞う。板の上に小さな竈を造ったので厚みが出てきた。なので、持ち運びの方もまた考えないといけないな。
 お皿や箸は魔法で綺麗にして背嚢に仕舞ったので、他に出しっぱなしの物は無いのを確認した後、背嚢内から服や布地の手拭いを取り出して、今朝方プラタが要望に応えて造ってくれたお風呂場に向かう。
 お風呂場へは自室に新しく作られた扉から行けるので、楽なものだ。
 その扉は高さ二メートルほどの引き戸で、幅も同じぐらいある。見た目は木目調だが、触れた感じでは材質は金属だろう。
 軽い動作で扉を開けて中に入ると、直ぐに浴場なのではなく、ちゃんと脱衣所が併設されていた。
 ジーニアス魔法学園の寮では脱衣所なんてなかったので、プラタは浴場についてちゃんと知っていたのだなと変なところで感心しつつ、脱衣所に入る。
 脱衣所は五六人が同時に使えそうな広さをしているが、プラタの言葉通りならば、ここはボク専用なのではなかったか? 使うにしても流石にそんなに多くでは使わないと思う。
 壁に棚が埋め込まれている造りで、その棚は中が四角く区切られている。その分けられた棚にそれぞれ籠が入れられているが、全部で・・・十個あった。
 そんなに大人数で浴場を使用する予定は無いので、もしかしたら雰囲気づくりだろうか? それとも単に余ったから大きく造っただけとか?
 隣室の大きさを思い出して、それの可能性も在るなと考える。隣室は自室より少し小さいぐらいなので、浴場にするにはかなり広い。もしも部屋全てを浴室に改造したのならば、足が伸ばせるどころか泳げそうな気もするほど。

「いや、あれを浴室にしていたら、間違いなく泳げるか」

 適当な籠を選んで着替えを入れると、服を脱ぐ。以前までは情報体に変換する事で直ぐ脱げたし、構築する事で早着替えも出来たのだが、それも今や不可能だな。

「まぁ、足を伸ばして入れればそれでいいか。久しぶりの入浴だし、のんびりしよう」

 服を脱ぎ終わると、浴室に向かう。脱衣所と浴室の扉も引き戸だった。見た目も同じ木目調の金属の扉。
 あまり重さを感じさせない軽い調子で開くと、視界一杯に湯気が広がる。それと共に湿気が身体を包み込む。

「お湯、沸いていたのか」

 魔法でお湯は沸かせるので、浴槽をお湯で満たすのは難しい事ではない。なので、多少広くとも問題ないだろうと思っていたのだが、一面真っ白な世界のところを見るに、もうお湯は沸いていたようだ。
 至れり尽くせりだなと思いながらも、これはいつ沸かしたお湯なのだろうかとも考える。今朝方造ってもらった浴室だが、現在は既に夜だろう。外の様子は分からないが。
 その間に訓練部屋で世界の眼の修練をしたり食事を作ったりと、何かと時間が経ったので、時間的にもう冷えていてもおかしくはないのだが、湯気が出ているという事はまだ温かいままなのだろう。

「途中で沸かし直したとか? それか、保温出来るようになっているのだろうか?」

 どうなっているのだろうかと不思議に思いながら浴場の中に入る。少し歩くと、浴槽が目に入る。浴槽に辿り着くまで十秒ぐらい歩いたので、やはりかなり広い。
 浴槽の縁でしゃがみ込んで張られたお湯に手を入れてみると、やや熱いぐらいの湯加減だった。

「沸かし直したのかな?」

 その熱さにそう思うと、浴槽の全容を確認する為に、やけに濃い湯気を手で払いながら浴槽の縁に沿って慎重に進む。
 浴槽の縁はほとんど直線で出来ているようだが、完全な直線ではなくやや丸みを帯びているので、緩やかに円でも描いているのかもしれない。
 そう思っていると、途中で直角に曲がる。ただ、その角は丸い。そのまま曲がった後も縁に沿って進む。進む。進む・・・。

「長いな。どれだけ広いんだ?」

 中々全容が見えない浴槽にそう零す。いくらなんでも広すぎる。向かい側が濃い湯気に阻まれて見えないからなんとも言えないが、細長い訳ではないだろう。
 それに、気づけば緩やかに円を描いていた浴槽の縁が反転して、反るような線に変わってきている。

「・・・・・・ぬぅ」

 広いなーと、もう考えるのを止めていると、小さく水面を打つような音が聞こえてきた。
 そちらに顔を向けて目を凝らすも、湯気が邪魔でよく見えない。しょうがないので、確認する前にまずは身体を洗う事にした。
 脱衣所から出てすぐのところに桶が置いてあったので、それを取りに戻ろう。
 湯船に沿って移動していたが、部屋の大きさは覚えているし、魔力視を使えば大体の場所は分かる。
 湯気の影響で部屋の中はあまり視えないが、それでも自分の位置ぐらいは判るので、後は湯気の少ない脱衣所との境界近くに移動すればいいだけ。
 そうして足下に気をつけながら、魔力視を頼りに脱衣所への扉に近づく。
 脱衣所への扉近くに到着すると、積み重ねてある桶を見つける。それを一つ手に取り、浴槽の方へと向かう。

「どうせ使う事になるのだから、最初から持っておけばよかったな」

 今更な事を思う。湯気に驚いたのと、久しぶりのお風呂に興奮していて冷静ではなかったのだろう。
 普段ではこんな失敗はしないのだが、何せお風呂は五年生の時にジーニアス魔法学園に帰った時以来だ。それも足が伸ばせるほどに広いともなれば初めての経験である。興奮しない訳がないだろう。
 まあそんなに大きな失敗ではないし、労力もそんなに掛かっていないからいっか。予定も後は寝るだけだし。
 浴槽の縁に近づくと、しゃがんで手に持つ桶でお湯を掬う。少し手に掛けて熱さを確かめた後、足にも掛けてみる。やはりやや熱いが、ゆっくり掛ければ直ぐに慣れる温度だろう。
 そう判断したところで、少し離れたところでちょっとずつお湯を身体に掛けていき、最後には頭から一気にお湯を被る。久しぶりのお湯の感覚はもの凄く心地よかった。
 お湯を被った後に身体を洗おうかと思ったが、情報体として保管できないので、石鹸を持ってこなければいけなかった事に今更ながらに気がつく。探せば何処かに在るかもしれないが、この中はよく分からないからな。

「しょうがない」

 今日のところは石鹸は諦めて、魔法で身体を綺麗にしておく事にする。折角だから普通に体を洗いたかったが。
 魔法で身体を綺麗にした後、早速湯船につかる事にした。
 足先からゆっくりと浸かっていき、身体をお湯に沈めていく。縁の辺りは段差になっていて、奥へ行くほどに深くなっているようだ。

「はぁ~。ちょっと熱いけれど、いいお湯だ。何だか久しぶり過ぎて泣きそう」

 要望通りに足が伸ばせる広い浴槽で手足を伸ばすと、湯船の縁に頭を乗せて身体から力を抜く。こちらも要望通りにゆっくり出来て満足だ。

「このまま寝そうだな、気をつけないと。それにしても、夢が叶ったなー。まぁ、ちょっと広すぎる気がするが」

 湯気で浴室の全容は分からないが、それでも部屋全体を改造している様なので、かなりの広さになっているのだろう。それについて無駄ではないかとか思っていたが、こうして湯船に身を浸してゆっくりしていると、それぐらい何の問題もないように思えてくる。要はゆっくり出来ればそれでいいのだ。広さなんて大した問題ではない。
 そういう事にして頭の中を空っぽにすると、静かな時が流れる。暫くそうしていると、ふと思い出す。

「ああ、そういえば、あの水音の正体は何だったのだろうか?」

 身体を起こすと、湯船の広さを調べるついでにと水音が聞こえた方へと浴槽の中を進んでいく。その前に対岸を調べる為に少し奥へ行くと腰丈ほどの深さになったので、本当に泳げそうだ。
 そのまま進んでいくと、腰丈の深さになったところで後は浅くなっていく。どうやらそこが最も深いようだ。
 途中まで緩やかな上り坂を進み、膝丈程の深さになったところで段差になった。一段一段の高さが低いので、自然に上れる。
 反対側に辿り着くと、そこは壁だった。浴槽の縁から壁まで少し距離は在るが、こちら側は何も無いようだ。
 それを確認したところで、水音がした方へと移動していく。それなりに進んだところだったので、一瞬泳いで行ってみようかとも考えたが、止めた。考えてみれば、ボクはほとんど泳いだ事がないのだった。泳ぎの練習もした方がいいのだろうか?
 浴槽の中をお湯をかき分け進みながら、そんな事を考える。これから何が起きるか分からないのだから、それもいいだろう。せっかくこれほど広い湯船が在るのだから。

「まぁ、お湯の中を泳ぐというのも変な感じもするが、他に場所も無いからな」

 多分要望を出せばプラタが叶えてくれるのだろうけれど、広いお風呂という願いが叶っただけでも十分過ぎるので、これ以上は申し訳ない。そもそもお風呂場だって自分で造ろうかと考えていたぐらいなのに。
 それにここでも十分に泳げるのだから、我が儘はやめておこう。この浴場はボク専用らしいので、誰の迷惑になるという訳でもないし。
 とりあえず今は、水音の正体を探るとしよう。そう頭を切り替えて浴槽の中を進んでいく。
 暫くすると、離れた場所から水面を叩くような小さな水の音が聞こえてくる。その音がする方へと近づいてみると、壁から管の様な物が突き出ており、その管からお湯が浴槽に流れ込んでいた。
 管の先から湯船へと道が出来ていて、そこを伝ってお湯が湯船に流れている。水を叩く音が小さかったのは、その為だろう。

「しかし、お湯を沸かし直したわけでも保温している訳ではなく、新しいお湯を注いでいるとは。それに、このお湯は何処から?」

 もっとも、水量を考えれば魔法道具で保温もしているのだろうが。まあそれはそれとして、このお湯の出所だ。ここの周辺には何も無かったはずだが。
 記憶を探ってみるも、巨大生物の跡地にここが築かれているので、周囲一面何も無かったのはよく覚えている。であれば、このお湯は何処から? 考えてみても分からないので、この浴場を造った当人に尋ねてみる事にする。

『プラタ、今いい?』
『如何なさいましたか? ご主人様』
『今お風呂に入っているのだけれど、このお湯って何処から持ってきているの?』
『それでしたら、地下を掘っていた時に出たモノです』
『地下? って事は、これは地下水って事?』
『はい。セルパンが地下を掘った際に掘り当てました。源泉は熱かったので、程よい温度に下げて浴槽に注いでおります』
『へぇ。そうなんだ』
『はい。おそらく少し先に在ります火山で温められたものでしょう』
『ふむ。それで、ここの排水はどうしているの?』
『それでしたら、不純物などを取り除いて清潔にした後に再利用しております。ああ、飲料水などには使用しておりませんので、御安心下さい』
『そうなんだ』

 今はボクがお風呂に入っているが、少し前までお湯が垂れ流されていただけだからな。ボク以外が入浴しないのであれば、そこまで汚れる事もないだろう。正直、単なる好奇心で尋ねただけだし。
 しかし、もう何日も外に出ていないので、外の様子が判らないのだが、現在拠点はどれぐらい出来上がったのだろうか? そしてボクはいつまでここに居ればいいのだろうか? 退屈はしていないが、たまには外に出たいものだ。折角だし、そこのところちょっとプラタに尋ねてみるかな。

『それで、拠点の構築の方はどう? 順調かな?』
『はい。現在七割ほどは完成したと存じます』
『そうなんだ! やっぱりプラタ達に任せると早いね!』

 拠点の規模について把握していないのだが、それでも構想段階で既に結構な広さだったと思うので、それがそのまま実行されたとなれば、それだけでかなりの広さになっている事だろう。
 それだけの規模を短期間で構築してしまうプラタ達の手腕に驚く。どうやっているのかはよく分からないからな。一軒や二軒家を建てるのであれば簡単だが、規模が違い過ぎてボクでは無理そうだ。

『御期待に()えたのでしたら幸いです』
『十分過ぎるよ。それで、その拠点の様子を見てみたいのだけれど、まだ外に出ては駄目なの?』
『申し訳ありません。まだ拠点は完成しておりませんので、今しばらく御時間を頂けましたらと』
『・・・そうか。分かったよ』
『願いを聞き届けて頂き感謝致します』
『そんな大袈裟な・・・』

 相変わらずなプラタに苦笑しつつ、話を終える。もう暫くはこのままのようだ。

「まぁ、お風呂も出来たし、もう暫くはこのままでもいいか」

 手でお湯を掬ってそれを湯船に戻しながらそう思う。
 静かな環境で誰に邪魔されるでもなく、時間も気にせずに好きなだけ修練に明け暮れる事が出来て、足が伸ばせるお風呂まで用意されている。外に出られないとはいえ、これ程整った環境で好き放題出来るのだから窮屈ではない。
 のんびり湯に浸かりながら、ぼんやりと考えていく。それにもう七割も作業が済んでいるのであれば、完成もそう遠くはないだろう。
 ならば、今のこの時間もそう長くはないだろうから、楽しんでいかねば損だ。

「ああ、いいお湯だな」

 熱さにも慣れたが、念のために浴槽の縁の方へと移動しておく。のぼせてしまってはいけないからな。
 縁近くの段差に腰掛けて半身を外に出しながら足を伸ばす。ただこれだけで幸せな時間だ。こうするのが夢だったのだから。

「そういえば、水練もしようと思っていたんだったな」

 泳ぎの練習も必要だと思っていたところだし、ついでだからやるとしよう。とはいえ、今やると確実にのぼせるだろうから、一旦身体を冷やしてからだな。
 しかし、広いお風呂が在るからと思いついたが、長時間やるとのぼせる事を考えると、お湯で水練というのは考えものか。これだけ立派な浴場を造ってもらった後で申し訳ないが、水練の為に水を溜めるところも欲しいな。
 ・・・そこは自分でやろうかな? 浴槽は広いのだから、何処か区切ってそこだけ水に変えるとかで何とかならないだろうか?

「うーん・・・それともこのまま大人しくお湯で我慢するか。休憩をこまめにとれば大丈夫そうな気もするんだよな。それに、そこまで本格的にやるつもりもないし、長時間もしないだろう」

 上半身を外に出しながら、暫くその事について思案していく。泳ぐだけなら問題ないのだがとも思うので、のぼせる事への対策さえしっかり出来ればこのままでもいい訳で。

「・・・・・・まぁ、一度やってみて考えてみるか。程よく身体の火照りも取れてきたし」

 んーと伸びをした後に水を発現させて飲むと、一息ついて浴槽の中ほどまで進んでいく。
 腰辺りまで浴槽が深くなったところで、顔をお湯につける。水場が在るダンジョンも在った事だし、普段顔だって洗うのだから、顔をお湯につけるぐらい問題ない。
 その後に身体をお湯の中に沈めてから、全身の力を抜いていく。そうすると、うつ伏せの状態でお湯に浮いた。とはいえ、思っていたより浮かなかったので、身体の何処かに余計な力でも入っているのだろう。
 湯船の底に足をつけて立ち上がると、思いっきり息を吸った。

「・・・はああぁ。さて、もう一回挑戦するかな」

 息を吐き出したところで、もう一度先程と同じ事を行っていく。泳ぐ前に浮かねば話にならないだろう。
 ぼんやりとした知識が頼りだが、不格好でもとりあえず泳げればいい訳だし、その辺りはどうでもいいか。
 この世界には海なるものもある訳だから、泳げるに越した事はないだろう。もし無理なら、水中でも活動出来る魔法を開発しなければならない。
 水中で活動出来る魔法は存在するのだが、魔力消費量が膨大なので実用的ではない。以前代わりになる魔法でも創れないかと考えたが、結局形になる前に別の事に興味が向いたからな。

「水練と並行でそっちも考えた方がいいか。そうすれば水中を泳げるようになる訳だし、夢が広がるな!」

 何とかお湯に浮けたので、今は休憩中。流石に全身お湯に浸けて練習するのは数回が限界だ。直ぐに熱くなってくるからな。用心するに越した事はないだろう。
 半身浴から足湯に切り替えて涼みながら、今後の予定について思案していく。

「時間は結構在るからな。寝る前にでも考えてみるとしよう。とりあえず目標は、世界の眼を再習得する事と泳げるようになる事。それと水中でも活動出来る魔法の開発だな。水中とくれば次は空でも活動してみたいが、それは今は横に措いておくとしよう」

 地下に居る間の目標を定めると、今日はもう水練を止めてお風呂を上がることにする。しかしその前に、もう一度お湯に浸かって身体を適度に温め直した。





 お風呂から上がった後、身体を魔法で乾かして自室のベッドで横になる。

「はぁ。今日は結構長湯をしてしまったな」

 夢の足が伸ばせるお風呂にはしゃぎすぎて、いつもよりも長くお湯に浸かってしまった。
 お湯の温度が若干高めだったので、のぼせたというか疲れた。長湯は体力を使うらしい。はじめて知ったよ。

「今日は疲れたし、もう寝よう。明日も世界の眼の修得を目指さないといけないし、水練もしないとな。ああそうだ、水中で行動可能な魔法の開発を少しはしないと」

 眠気に身を任せようとしたところで、その事を思い出す。とりあえず考えてみるか。
 現状の水中で行動する魔法は、簡単に言えば水中で周囲に結界を張って水の侵入を防ぐ魔法だ。
 これだと身動きがとりにくいが、それ以上に結界が常に水圧に晒されているので、長くは保たない。耐えても結界の維持で魔力消費量がかなり多いので、直ぐに限界が来る。一般的な人間の魔法使いでは、一分保てれば十分優秀な部類だろう。
 ボクでもそんなには耐えられない。魔力消費量がもの凄いので、現状の身体で三分から五分といったところだろう。耐え続ける意味も無いので、無駄な魔法だ。

「あれだとろくに移動も出来ないからな。あれで移動しようとすると消費魔力量が倍以上に膨れ上がるし、水中だと周囲の魔力が集めにくいから、維持が本当に難しいんだよな」

 実際に使用したことはないが、想定は簡単に行える。それ以前に水中でも活動できるという事で、ジーニアス魔法学園で一応習った魔法だ。どう考えても実用性は皆無なのだが。
 脳内で使用を想定してみたが、そもそも何故これを考えたのか不思議でならないぐらいに出来が悪い。これは人間界の魔法道具よりも劣悪な魔法だろう。
 これを基に新しい魔法を組み立てようかと思ったが、思ったよりも質が悪いので、一から構築していく事にする。そうなるとかなりの労力が必要になるが、まあいいだろう。
 さて、そういう訳で魔法の開発を行うが、まずは水中で行動するに当たって何が必要か考えていく。

「空気は必要だろ? 呼吸をしなければいけないからな。それとも、呼吸しなくても大丈夫なようにした方がいいのかな? ・・・そうなったら、それだけで完成しそうなのだが」

 防御魔法は各自で展開してもらうとして、水中で呼吸が出来るようになれば、それで完成ではないだろうか? 水中で呼吸が出来るのであれば、移動は泳いでいけるだろう。

「水中では動き難いし、呼吸だけではなく、水中での移動ももっと楽にしたいところだ」

 どうやって完成させるかなどは二の次にして、今はどんな魔法を開発したいかを思い浮かべていく。必要な効果を発揮する魔法を構築しないといけないからね。

「海底を歩いたり走ったりしたいが、それは水中で呼吸が出来れば大丈夫か? 浅ければいいが、深いと水圧の心配もある。上昇する時の事も考えないといけないし、相手から攻撃されるのも想定しておいた方がいいだろう。色々と考える事が多いな。だが取り敢えず、水中で呼吸が出来るようにするのは必須だな」

 水中で活動する際に必要そうな事を考えながら、どんな魔法を構築しようか思案していく。何にせよ、水中で呼吸が出来るようになるのは必須だろう。それか呼吸不要にするか。
 動きやすさも考えないといけないが、やはり水練もしないといけないな。
 そうやって色々と考えていると、あっという間に時間が過ぎていく。やはりこうやって色々考えるとわくわくしてくるものだ。

「ああ、そろそろ寝ないと。決まった時間で動いている訳ではないが、それでも夜は寝た方がいいだろう」

 そういう訳で一旦考えるのを止めると、眠る事にした。





「・・・・・・・・・ああ、つまらないな」

 真っ暗な世界で、オーガストはそう零す。

「これで幾つ目だ? デス達も順調に世界を消していっているが、手応えはまるでない。知っていた事だが、やはりつまらないな」

 誰に言うでもなく紡がれるその言葉は、何処までも虚しく響く。

「始まりの神・・・もっと真剣に探さねばならないか。全ての償いをさせる為に。始めた意味を訊くために」

 いつになく暗い雰囲気で呟いたオーガストの言葉には、微かに怒りの様な感情が見え隠れする。

「逃がしはしないよ。僕を恐れているのは知っているからね・・・くふふ」

 しかし、次の瞬間にはそれは霧散する。代わりに唇を歪め、オーガストは押し殺すように笑い声を漏らす。
 見る者に深い闇を感じさせる姿でオーガストは暫し笑うと、何かが切り替わったかのように突然無表情になった。

「さて、では次を潰すか。これで幾つ目だ? まあいいか。少しずつ逃げ場を潰していけば、いずれ向こうから出てくるだろう。しかし、つまらないな」

 それだけ残すと、オーガストは姿を消す。
 しかし姿を消す直前、オーガストが一瞬だけ口の端を意味ありげに吊り上げたのは、誰の目にも留まらない。誰も居ないはずのその空間に居た何者かの目にも、残念ながらそれは留まらなかったのだった。

しおり