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表と裏とその奥に6

 魔法道具作製や様々な魔法の修練や実験。日がな一日そんなことばかりやっていると、時間はあっという間に過ぎていく。
 軽い軟禁状態で地下に封じ込められてどれだけが過ぎたのだろうか?
 現在居る場所の更に下の階層に転移装置は設置したのだが、それの完成は割と早くに済んだ。大体一日ぐらいで済んだだろうか。魔法道具の作製としては時間が掛かったが、創った物を考えれば十分速い方だろう。それに、まだまだ改善の余地がある。
 他にもかなり広範囲を護る魔法道具も作製したが、これもまた、まだまだ改善の余地があるな。
 その後は上層の自室が在る居住区でずっと修練や実験だ。プラタが要望を聞いてくれて、かなり頑丈な訓練部屋を用意してくれていた。
 そこでクリスタロスさんのところでやっていた様な事や、それ以上の危険な実験も行っていく。
 部屋の広さはクリスタロスさんのところの方が広いが、あちらは単純に広すぎた。何せ街が一つ丸々入りそうな広さをしていたのだから。
 そう思い、今居る訓練部屋に目を向ける。
 こちらもまた結構な広さが在り、集落程度であれば入れるのではないかと思えるほどに広い。端から魔法を飛ばしても、反対側に到着するには一分ほどは掛かるだろう。魔法の系統にもよるが、飛ばした火球は比較的足の速い方の魔法だったはずだ。
 その広さに軽く笑うも、まあ魔法の実験を行うのであれば、広いに越した事はないだろう。
 訓練部屋の壁や天井や床の強度は、仮宿の時の部屋並なのでかなり頑丈。仮にここでボクが全力で魔法を行使したところで、壁や床や天井は壊れないだろう。当たる場所次第ではヒビぐらいは入るかもしれないが。
 そんな広い訓練部屋だが、地下の階層全体の中では半分も広さが無い。どれだけ広い地下空間なのだろうかと思うも、気にしたらとことん気になりそうだから、気にしないようにしておく。
 頑丈で広い訓練部屋なので、もう長い事魔法の修練や実験を行っている。魔法道具の作製は仮宿で散々やったので、今は控えめだ。
 地下空間なので太陽光は入ってこないが、時間は確かめれば分かる。それでももう、長い事地下空間に居る気がするな。魔法の実験に集中するあまりに、時の流れを失念していた。

「・・・ふぁ」

 時の流れを失念していた事を思い出すと、急に眠気が襲ってくる。今はどれだけ時が経ったとか、外の様子とかはどうでもよくて、とにかく眠りたい。
 眠気が襲う頭で訓練部屋を出ると、少し先の自室に移動していく。
 ここの自室もまたかなり広い。しかしその部屋に在るのは、仮宿の時同様に寝床と箪笥ぐらい。他には創造した魔法道具を適当な場所に集めて置いてあるだけで、部屋の余白が凄い事になっている。
 この階層には他にも部屋が在るのだが、その部屋も広い。しかし、訓練部屋を除けばボクに割り当てられた部屋が最も広く、他の部屋と比べて倍以上の広さが在った。
 仮宿で広い部屋というのも少しは慣れたが、それでもやはりまだ居心地が悪い感じがある。それでもそのまま寝床まで移動して横になると、眠気のおかげで意識は直ぐに落ちていった。





 夢を見た。よく分からない黒い何かがボクを囲むおかしな夢。
 それは揺らぐ黒い炎の様なのだが、何故だか笑っている様に見えた。それも悪意のみで彩られた気味の悪い笑み。
 そんなおかしな黒い炎が周囲に灯って揺れている。それが何を意味しているのかは分からないが、とにかく気味が悪いので早く目が覚めないかと思うのだが、目が覚めるような気配はない。それどころか、何故だか目が冴えてしまって眠気も感じない。

「何がどうなっているんだ?」

 ボクが困惑していると、揺れる黒い炎が周囲を回り出す。グルグルぐるぐると。

「な、何なんだ! 一体!?」

 その異様な光景に、震える声を出してしまう。
 正直恐いのだが、座っているボクの周囲を回っているので、動くに動けない。それに、回る以外に向こうから何かしてくる気配もないようなので、下手に刺激しない方がいいかもしれない。
 周囲を回る悪意の塊のような黒い炎。一体これは何なんだと思うも、そもそもここは何処なんだ?
 そう思い至り、黒い炎ばかりに気を取られていたが、周辺にも目を向けてみる。

「・・・・・・ここは、家?」

 周囲を見回してみたところ、木で出来たまだ真新しい家であった。それは記憶に在る実家の光景に似ていて、思わずボクは首を傾げてしまった。

「でも、こんなに綺麗だったかな?」

 記憶に在る実家の光景と比べてみて、まだ真新しい様な気がする。しかし、これがこのまま古くなったら、記憶に在る実家になる気もするんだよな。

「それに、歪んでいる様にも見えるし・・・」

 記憶よりも真新しい見た目なだけではなく、部屋自体が若干歪んでいる様にも見える。まるで陽炎のようだと思いながらも、これぐらい夢だから別におかしくはないかと思い直す。
 そもそも黒い炎に囲まれている時点でおかしいのだから、部屋が若干歪んでいるくらい大した事ではないだろう。
 そう思い直して改めて周囲を見回す。
 記憶に照らし合わせて判断するならば、どうもここは居間のよう。部屋の造りや、そこに置いてある机と椅子には見覚えが在った。
 勿論どれも真新しいのだが、それでも間違いではないだろう。では、ここは実家の居間という事になるのか。
 実家の居間。それも真新しい事を考えれば、随分と昔の実家という事かな?

「それで、何でここ?」

 周囲の様子に、訝しげに眉を寄せる。仮にここが本当に昔の実家なのだとしたら、ボクの記憶に在る方がおかしい。であれば、これは兄さんの記憶の残滓という事だろうか? とはいえ、そのまま兄さんの記憶という訳ではないだろう。
 そもそもこの夢に意味が在るのだろうか? 何を表しているのか全く分からないようなこの夢に。

「この気味の悪い炎もよく分からないし、何なんだホント」

 今の状況が理解出来ずに、ただひたすらに困惑してしまう。何か状況を判断できる材料はないものか・・・。
 周囲を見渡してみるも、実家の光景と黒い炎しかない。しかし、その後に自分自身に目を向けてみると、全体的に記憶より身体が小さい気がする。

「うーん・・・」

 そこで現在座っているのが、赤ちゃん用の寝台の上である事に気がつく。
 だが、身体が少し小さくなったような気がするといっても、別に赤ちゃんになった訳ではない。身体の大きさ的には、ジーニアス魔法学園に入った時ぐらいだろうか。十分大きいので、赤ちゃん用の寝台の上というのはおかしいだろう。
 むしろ恥ずかしいぐらいなので、今すぐにでも降りたいのだが、周囲を回る黒い炎が邪魔で降りるに降りられない。
 困惑しつつも、早く夢から覚めないかと願う事しか出来ない。というか、これはどうやれば夢から覚めるのだろうか? このまま時が経てば勝手に目が覚めてくれるのかな? 何だか少し息苦しくなってきたのだが・・・。
 喉元に手を当てながら、炎の方に目を向ける。これが原因で息苦しくなっているのだろうか? 何だか空気が淀んできたような気がするな。
 先程までよりも炎が大きくなり、圧迫感が増したような感じがする。それと同時に悪意も増したようにも思え、急に心臓が潰されそうな苦しさが襲ってくる。

「な、んだ? 痛い、苦しい、フラフラする。視界がぼやける。寒気がしてくるし・・・ッ!!??!?!?!?!?」

 赤ちゃん用の寝台の上で丸まって胸元を押さえる。額には脂汗が滲むし、全身が血の気が引いたかのように冷たくなっていく。

「なんだ、これは? なんなんだ!?」

 周囲を回る炎は、合わさってひとつになっていっているのか、より大きく、より禍々しい淀んだ雰囲気をまき散らし始めた。まるで何も出来ないこちらを見下し嘲笑っている様にも思えて、口惜しい様な泣きたい様な無力感に襲われる。
 何で自分はこうも惨めなんだろうか? 何で自分はここに居るのだろうか? 何で自分がこんな思いをしなければならないのだろうか? 理不尽だ、あまりにも理不尽だ。
 悔しくて惨めで、思わず耐えるように強く目を瞑って歯を食い縛ってしまうも、まぶたの隙間から涙が滲んできただけで、何も解決しない。何で、何でこんな事になったのだろうか?
 疑問が浮かぶも答えはでないし、大声で問うたところで誰も答えてはくれないだろう。
 それにしても、ここは本当に夢の中なのだろうか? もしも本当に夢の中なのだとしたら、頼むから早く目が覚めてくれ!! 出なければ潰れてしまいそうだ。
 ああ誰か、誰か助けてくれ、ボクの心が潰れる前にどうか早く・・・・・・――――。





「ハッ!!!!」

 目が覚める。何故か汗をびっしょりと掻いていて、全身が濡れていて気持ち悪い。起きてすぐだというのに、苦しいぐらいに心臓が痛くて呼吸も荒い。
 どんな夢を見ていたのかは全く覚えていないが、悪夢だったのは自分の状況を確かめれば分かる。

「一体どんな夢だったんだ・・・?」

 これほどの汗を掻いて呼吸も荒げるような悪夢。その夢の記憶が無いのはきっと幸せな事なのだろう。それでも気になったものの、一度忘れた夢は思い出せるものではないので、諦めて着替えを始める。

「ああ、そういえば」

 着替えを終えると、そういえばと思い出す。ここにはアレはあるのだろうか? プラタに要望を出すのをすっかり忘れていたが、ここでなら念願のアレが造れるだろう。

「ここは広いからね。なんだったらこの部屋に造ってもいい訳だし・・・」

 部屋を見渡してそう思う。着替えた服と身体は魔法で綺麗にしておくが、やはりアレが、足が伸ばせる広いお風呂が欲しいな。
 足を伸ばせるお風呂は人間界に居た時からの夢だったが、結局人間界に居た頃には実現しなかった夢。でも今ならば、実現も可能!!
 実際、ここの部屋だけでもかなり広いうえに余白も多いのだから、ここで実現させる事も容易だろう。それだけではなく、他の部屋もかなり広いので、何処か一つをお風呂場にしても問題ないと思う。
 とはいえ、ここはプラタ達が設計して、それに従って造られているのだから、今は何も無くとも他の部屋も何かしらの役目が在るのかもしれない。
 拠点構築の一切合切を任せた以上、ここまできて出しゃばって勝手な真似は出来ない。なので、まずはプラタにお風呂の製作を相談してみるとしよう。造るにしても諦めるにしても、まずはそこからだろう。もしも無理だというのであれば、何処か別の場所に土地を貰って造ればいい訳だし。
 そういう訳で、早速プラタに連絡してみる事にした。

『プラタ、今いい?』
『如何なさいましたか? ご主人様』

 呼びかければ直ぐに応答してくれる。特に困った様子もないので、話をしても問題なさそうだ。

『相談が在るんだけれど』
『相談で御座いますか? 如何様なものでしょうか?』
『うん。あのね、大きなお風呂を造りたいんだけれど・・・』
『それは広い浴場という事でしょうか?』
『そう。足が伸ばせるぐらいの広さの浴槽が在ればそれでいいんだ』

 その辺りの広さもちゃんと伝えておかなければ、大きいお風呂場何て漠然と言ったらもの凄く広いお風呂場が造られそうだからな。

『場所の御希望はありますか?』
『可能なら部屋の近くがいいのだけれども、無理なら別に何処でもいいよ』

 何だったら、転移装置を浴場と部屋の近くに設置すればいい訳だし。安全面の問題も在るだろうから、その時は色々と考える部分が出てくるが。

『畏まりました。それでしたら、今から部屋の一つを浴室に改造いたします。他に御要望は御座いますか?』
『足が伸ばせる浴槽があればそれで。他はまぁ、ゆっくり出来れば何でもいいかな』
『畏まりました』

 相談を終えると、プラタとの連絡を終える。それと同時に、同じ階層にプラタが転移してきたのが判った。
 ボクが自分で造ってもよかったが、まあいいか。
 プラタがボクが居る自室の隣の部屋に入り、改造を始める。確か隣はプラタが自分達の待機場所とか言っていたから、今はまだ空き部屋であった。
 部屋の主の一人が手を加えるのだからいいのだろう。それに空き部屋はまだまだある。なんだったら、この部屋を分割してもいいし。
 というか、この部屋を分割してそこに浴場を造ればよかったのではないだろうか? そう思うも、それも今更だ。もうプラタは作業に取り掛かっているから、そう掛からずに作業を終えるだろう。

「さて、それじゃあ訓練部屋に行こうかな」

 着替えを済ませた後に魔法で綺麗にした服を背嚢に仕舞ってから、訓練部屋に向かう為に部屋を出る。
 部屋を出たところで、プラタから連絡が入った。

『ご主人様』
『・・・もう終わったの?』
『はい。ご主人様の自室の隣に浴場を設置いたしました。それで、浴場とご主人様の自室とを御繋ぎしますか?』
『んーそうだな・・・お風呂はプラタ達も使うの?』
『いえ。この浴室はご主人様専用で御座います』
『そう。それなら繋げてくれる?』
『畏まりました』

 それで接続が切れる。これで部屋に戻ったら扉でも出来ているのだろう。まぁ、それは修練を終えてからのお楽しみとして、今は訓練部屋に行くとしよう。
 自室から訓練部屋まではそんなに離れていないので、直ぐに到着する。
 とはいえ、隣ではなく少し歩く。この辺りはもしもの時の保険なのではないかと思っている。いくら頑丈な壁で囲われていようとも、修練や実験で様々な魔法や魔法道具を試すのだから、もしもが起きないとは限らない。想定外の反応とかあるだろうし、魔法や魔法道具同士が干渉しあっておかしな結果になっても不思議ではない。
 そういう訳で、やや距離が在る。まぁ、それでも階層どころか建物丸ごと堅牢な壁で築かれているので、部屋の広さも相まって、一つ先の部屋なだけなのだが。
 訓練部屋に入ると、早速修練に取り掛かる。
 現在は世界の眼の修得を目的にしているので、派手な見た目どころか大して動きも無い。
 正直これだけならば部屋の中でも出来るのだが、気分転換にたまに魔法を放ったり魔法道具の作製をしたりするので、ここに来ているのだ。魔法道具の作製はまだしも、魔法を放つのは部屋でする訳にはいかないからな。ここには的も置いてあるし。
 とりあえず訓練部屋に入って少し歩いた後、床に座って集中していく。プラタから改めて話を聞いたが、やはり世界に満ちる魔力と一体化する事が重要らしい。
 その為にも、我を無くして周囲に溶けていく感じを意識しながら、それを意識しない必要がある。よく分からないけれど、よく分かった。
 それに、最近それが掴めてきたような気にもなってきている。ここまでくればもう少しで最初の段階に辿り着けそうだ。
 ここまで順調にいくのも、やはり曖昧ながらも以前の記憶と感覚が残っているおかげかもしれない。それでも情報体については読み取る事も視る事も出来ないので、あれは兄さん固有の能力だったのかもしれないな。
 身体が周囲に溶けていくような感覚を味わいながら、意識も同時に世界に混ざっていく。
 朦朧とするような不思議な感覚を味わいながらも、より深く世界と一体になれるように自分というものを消していく。
 自分という枠組みが曖昧になり、境界がぼやけてきて身体が無くなったような錯覚に陥りそうな感覚に身を委ねていると、そのまま訓練部屋に自分が混ざった魔力が満ちていくように感じ始める。
 その感覚に身を委ねながらも、その感覚を記憶に残そうと意識を向ける。だが、その瞬間にその感覚が無くなった。少々集中し過ぎたようだ。

「でも、今の感覚は大事だな。もう一度やってみよう」

 周囲の魔力に溶ける感覚は霧散したが、それでも先程までの感覚はまだ残っているので、もう一度挑戦する。今度はもう少しあの状態を維持出来るように頑張ろう。
 まずは意識を集中させた後に、それを身体の奥深くへと埋没させるような感覚で意識を動かしていく。そのまま意識を閉じ込めるような感覚で我を薄めていくと、頭がふらふらしてくる感じがしてくる。
 それと共に意識を失いそうな感覚のままに力を抜いていくと、目を瞑っているというのに視界が開けて訓練部屋の様子が視界に映った。
 まだ鮮明とは言い切れないが、それでも訓練部屋の様子が窺えるので、訓練部屋内限定ではあるが、一応世界の眼が完成した事になる。
 もっとも、こんな狭い範囲ではまだまだなので、もっと修練しないとな。これでは初歩どころではない。
 そのまま周囲に溶けている感覚に身を委ねながら、視界を維持する。今回の目標は前回よりも長く視界を維持する事だが、今後を考えれば前回の倍は最低でも維持したいところ。

「――――――」

 目を瞑り俯いて座る自分の姿を外側から視る。まるで眠っている様だが、一応意識はまだ在るので、揺すられたりなど外部からの刺激で容易に意識を取り戻す。この辺りが世界の眼の弱点だが、もしかしたらボクだけかもしれないから断言は出来ない。
 部屋の内部の様子を認識しながらも、世界に満ちる魔力と一体になる感覚を忘れないように、その感覚を感覚だけで覚えていく。記憶しようと意識を向けると目が覚めてしまうからな。
 そうして訓練部屋の中限定で世界の眼の修練を続けると、昼もすっかり過ぎて気づけば夜。
 意識を戻して時間を確認すると、訓練部屋を後にする。時間を確認した事で急にお腹が空いてきた。
 地下なので外の様子は分からないが、とりあえず部屋に戻る。完成した浴場も楽しみだな。
 訓練部屋から自室に戻ると、反対側に新たに扉が取り付けられていた。距離が在るので細かな部分はまだ確認出来ないが、結構大きな扉だ。
 その浴場への扉と思われる大きな扉を確認する前に、お腹を満たす事にする。
 この部屋には机や椅子といった物は無いので、寝台に腰掛けて、何を食べようかと背嚢の中を探っていく。

「うーん、そうだな・・・何を食べようかな?」

 頭の中に背嚢の中身が浮かんでくるが、最近は干し肉や乾パンなどの保存性の高い食べ物ばかり食べているから、そろそろ何か新鮮な物が食べたい気もしている。
 だが、背嚢の中に在る新鮮そうな食材は生肉ぐらい。果物も僅かに在るが、一口か二口分程度の大きさの果実が数個しか残っていないので、結構貴重だ。たまにプラタが追加で持ってきてくれるのだが、最近は忙しいからか追加は無い。

「まぁ、肉だけは大量に在るから、問題ないといえば問題ないのだが」

 干し肉も結構な量が在る。大量の生肉をプラタに頼んで干し肉にしているのだから当然だろう。中には燻製した干し肉も在るが、そちらはまだ試験段階という事でそこまで多くはない。
 燻製肉の味は数種類在るので、飽きないし量産して欲しいものだが、色々と用意する必要があるのだろう。急かす事は出来ない。
 とりあえず干し肉を一つ取り出して咥えると、それを噛みながらどうするかと思案する。こんな場所で火を使うのはな。

「・・・・・・そうだな・・・うーん・・・ああ、そうだ。折角だから火を出す様な魔法道具でも創ってみるか?」

 ボクの記憶が正しければ、基本的に人間界では料理は竈に薪などの燃料を入れて焼いていたはず。中には火が出る魔法道具が在るらしいが、本で読んだだけで実物を見た事がない。単純に発火するだけの魔法道具は見た事あるのだが。

「あの火を出す魔法道具は何て名前だったっけ? 確か・・・・・・こ、こ・・・コンロン? なんか違うな」

 まあ名前なんてどうでもいいか。とにかく、調理が楽になる火が出る魔法道具とやらを、記憶を頼りに創っていく。

「えっと。確か火が出るだけではなく、火力の調節も出来るらしいから」

 完全には覚えていないし、確か全容についてはその本には書いてなかったような記憶もある。よほど貴重なのか、そもそも筆者が内部の構造を理解していなかったのかは不明だが、特徴としては手軽に火が熾せて、火力が調節出来るというやつだった。
 その魔法道具は調理に使うものだから、そこまで大きくはないはずだろう。

「ふむ。竈でも参考にすればいいのかね?」

 そう呟きながら、創る魔法道具の大きさを決める。おおよそ三十センチメートル四方もあれば大丈夫だろうか? その全てから火が出る訳ではないので、大きすぎるという事は無いと思うが。

「・・・・・・とりあえず創るだけ創ってみるか」

 創って不便だったり気に食わなければ新たに創ればいいだけだ。その辺りは今までの魔法道具作製と同じだろう。

「そうと決まれば、早速創ってみますかね」

 まずは三十センチメートル四方で、十センチメートルほどの厚みがある箱を創り出す。黒塗りで重厚な箱という感じ。材質は土魔法で創り出した鉄なので重たい。このままだと中身もぎっしり詰まっているからな。
 それを創造したら、もう少し楽に持ち運びが出来るように中を空洞にしていく。暫くそうすると、ただの黒塗りの鉄箱が完成した。

「次はこれに火が出る仕組みを組み込んでいき・・・」

 単に魔法を組み込むと燃費がいまいちよろしく無いので、鉄の箱の中を空にして軽量化を図った後、維持系の魔法や熱に強くなる魔法を組み込んでから、天井部分に模様魔法を描いていく。
 それを確認した後に早速起動させてみると、模様が淡く光って浮かび上がってから、そこに火が灯った。

「まぁ、火は点いたが、これじゃないな」

 ポッとロウソクの火のように灯った一つの小さな火を見て、そう思った。これでも調理は出来なくはないだろうが・・・火力調節もまだだしな。
 気を取り直して、手元の魔法道具を改善していく。

「まず、こんなに厚みは要らないな。軽量化するなら、そもそも薄い板状でいい訳だし、持ち運びしやすいように曲がるように出来た方がいいかもしれない」

 火の出力よりも、まずは使い勝手を考える。背嚢があるとはいえ、家の中で使用すると想定した場合、持ち運びしやすい方がいい。短距離を移動するのに、いちいち背嚢に仕舞って移動はしないだろうから。
 結局は模様を描けるだけの広さが在れば最低限機能するのだから、それで十分だろう。
 魔法を組み込むにしても、容量をそんなに使わない維持系と耐性を軽く組み込むぐらい。この二つは物質の内部で完結するので、模様に与える影響がかなり限定的なので使いやすい。これぐらいであれば、ボクも魔法と模様を共存させられる。ただし、これも規模が大きくなると不安が残るが。
 もっとも、プラタが造った壁などに組み込まれている魔法と模様の共存はまた少し違う。あれは内部にも模様を刻み込んでいるらしいので、あれで干渉しあわないというのが不思議でならない。同じ空間に閉じ込めているのにどうしてなのか。
 それについてはプラタに問えば教えてくれるだろう。いや、実際壁について尋ねてみたら教えてくれようとしたのだが、その辺りは聞かなかった。もう少し考えて分からなければ訊く事にしている。
 まあ今はそれとして、魔法道具の作製に集中する。お腹も空いているし、お風呂にも早く入りたいからな。
 まずは箱状の魔法道具を板状に変えていく。これはとても簡単。
 次に残った板状の部分に魔法を組み込んでいく。これも簡単だ。模様については最初から刻んでいるので、そのままでいいだろう。
 それでとりあえずの完成という訳だが、次は模様を変えていかなければならない。せめて松明ぐらいの火力は欲しいところ。それに火力の調節も出来るようにしたい。

「うーん・・・そうだな。通す魔力量で火の強さを変えればいけるかな?」

 その思いつきに従って模様を変えていく。
 物質に模様を刻んでいるといっても、実際に表面に傷をつけて刻んでいる訳ではなく、魔力の刻印の様な物を乗せているに過ぎない。少し物質と融合するようにしてはいるが、模様自体は魔力なので形を変えるのはそう難しくはない。
 そうして模様の形を変形させて、流す魔力量によって火の強さが変わるようにしておく。とはいえ、模様魔法は周辺の魔力を取り込むので、その辺りを阻害する仕組みが必要になってくる。

「むー・・・意外と難しいな」

 現状では、最初に模様魔法を起動する段階で流す魔力量によって火力が決まってしまう。火の強さを変えるには一度模様魔法の起動を止めなければならない。
 魔法の起動を止める為には別の模様魔法を起動させる必要があるけれど・・・。

「ああ、そうか」

 そこで閃いた事を試す為に魔法道具の模様を変えていく。そうして完成したのが。

「火を出す模様魔法単体での調節を諦めて、魔力を通せば強い炎が出るように仕様を変更。そして、もう一つの模様魔法で起動した模様魔法の魔力循環を阻害するようにして、その阻害の強さで火力を調節出来るようにしてみたが、はてさてどうだろう? この阻害の模様魔法は、魔力を外に逃がすように魔力を消耗するだけで、それによって阻害の強さを変えるという以外には何の意味も無い魔法を組み込んでみたが、上手くいくかな? これで無理なら素直に魔法を組み込むだけで創ってみるか」

 空腹もそろそろ限界なので、そうする事にする。さて、まずは試運転だ。本来であれば訓練部屋に移動して行うべきなのだろうが、何か食べるまでは動きたくない。
 そういう訳で早速試してみる。模様魔法に魔力を通すと、模様が光って板の上に火が出た。今度はちょっとした焚き火ぐらいの火力が出たので、すぐさま阻害魔法である別の模様魔法を起動させる。
 魔力を阻害する魔法が起動すると、灯った火が弱くなっていく。
 この阻害魔法は、最初に魔力を通す必要は在るが、その後は勝手に周囲の魔力を使って起動し続けるので、魔力を逃がす魔法を使って阻害の強さを変えていくようになっている。
 魔力を外に逃がす事で阻害の力を弱める魔法を止めれば直ぐに阻害する力が強くなるので、その辺りで調節してもらう予定。
 最後は魔力排出を完全に止めて阻害を最大にすると、火が完全に止まるようにしてある。
 火が完全に止まった後は、魔力排出魔法を最大にすれば、模様魔法を起動していた全ての魔力が輩出されて、阻害魔法も止まるようにしておいた。
 どちらの模様魔法も起動が止まると魔力が循環しなくなるように細工をしてあるので、起動を止めてしまえば、再度魔力を流すまでは起動しない。

「これで止めてっと」

 起動を確認した火をそうして止めると、そのまま阻害魔法の方も止める。どちらも難しくないし、使用するにあたって魔力消費量も大して多くはない。
 魔法を止めた後に確認してみたが、ちゃんと停止した後に魔力の循環を阻害する機能が働いているようで、完全に止めた模様魔法が勝手に起動する事はないようだ。
 それでとりあえず完成としたところで、調理器具を背嚢から取り出す。これも最近創った魔法道具のひとつだが、機能は単に耐久性に優れている鍋に過ぎない。まぁ、それでも十分過ぎるほどに魅力的だとは思うが。

「最初はこれ自体が熱くなるようにする予定だったんだよな・・・」

 途中で危険だからと止めた事を思い出し、鍋に目を向ける。見た目は何の変哲もない鉄製の鍋だが、耐久性は優れているので、ちょっとやそっとでは壊れない。
 その鍋を今し方創った魔法道具の上に置く。鍋を置いたところで魔法を起動させて、火を点けてみた。

しおり