バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

表と裏とその奥に5

 その網目状の魔力での補強は初めて視る補強方法だったので興味深いのだが、しかしそれだけで現状の壁の強度は実現しないだろう。ボクが同様の手法で壁を創ったとしても、精々がドラゴンの攻撃を一回防げるかどうか程度だと思う。
 しかし、ここの壁は籠城可能な強度を誇りそうなほどであるのだから不思議なものだ。もう少し観察を続けてみるか。
 石の箱を床に置いたまま、壁に近づき観察していく。床や天井も同じようなモノだが、壁の方が視やすいからな。
 壁に手を触れてみると、スベスベした手触りで気持ちがいい。軽く叩くと硬質な音がする。見た目は本当に普通の壁だな。それも材質がむき出しではなく、ちゃんと壁紙が張られている。
 仮宿ではあるが、立派な部屋だ。広すぎるが、それを除けばこれで十分なのではないだろうか? もうここを拠点に住めばいいと思うのだが。外壁の強度や迎撃態勢は万全な訳だし、死の支配者側の者達以外では脅威はないと思うのだが・・・まぁ、プラタ達はこれで満足はしないだろうが。
 今も外ではプラタ達が拠点構築の為の作業をしているはず。こんな家を一夜で築くような者達が時間を掛けて構築している拠点・・・考えないようにしたいが、そうもいかないだろう。一体どんな規模になるのか不安になってくる。
 だが任せた以上、大人しく待つとする。仮に広かったとしても、迷宮都市が在った範囲までだと思うし。

「・・・・・・その場合、もはや国だな」

 小さく笑いを零した後、ため息を吐く。もしもそうなった場合、プラタ達は確実にボクを国主にするだろう。たとえ形式上であったとしても、他の者に従うとも思えないしな。

「まぁ、住民の居ない場所だから、そうやる事もないだろうが・・・・・・何処からか連れてきそうだからな。国主の仕事とかしたことないし、知らないぞ、ボクは」

 頭が痛くなってきたような錯覚に、額を押さえて壁に頭を付けて寄りかかる。せっかく自由になったというのに、より面倒事に発展しそうだな。

「うーん・・・そうなったら、誰かに押しつければいいか」

 自分に出来ない事は、出来る者に任せればいい。そう結論付けてその事を頭から追い出す。
 思考を戻して頭を壁から離すと、観察を再開する。
 壁に施されているその網目状の魔力がやはり一番目立つ。他にはともう少し集中して観察してみると、組み込まれた魔法の量も驚愕するものであった。
 この網目状の魔力は容量を上げるのにも役立っているのか、いくら大きな壁とはいえ、推定できる容量よりも組み込まれている魔法の容量の方が多いだろう。

「それとも、見た目通りの材質ではないとか?」

 壁紙が張られているとはいえ、見た感じは石の壁だと思う。しかし、強度を考えれば材質からして予想とは違うのかもしれない。
 もう一度触れると、硬質な感触が手のひらに伝わってくる。そのまま撫でてみると手触りは良い。これは壁紙のおかげかもしれないが。

「・・・・・・ん?」

 そうして壁を撫でていると、僅かに凸凹していることに気がつく。最初は中の石がざらざらしているのかと思ったが、何度も同じ場所を撫でていると、どうもそうではないような気がしてくる。というのも、何となく規則性が在るというか、何かを描いている様な気がしてきたのだ。

「この感じは・・・なんだろう?」

 何処となく記憶に在るような気がしてくるが、そうでもないような気もしてくる。壁を撫でながら、見つけた凹凸を指でなぞっていく。

「・・・・・・これ、多分模様魔法だな」

 壁の凹凸をなぞった指が描き出した線を眺めて、そう結論付ける。判明したのは一部ではあるが、何度も調べたモノなので、それだけでも十分だ。

「なるほど。魔法を組み込むだけではなくて模様魔法も併用しているのか。確かにその方法もあるが、すっかり忘れていたな」

 以前に模様魔法の研究をしていた時に考えていた方法だが、ある程度形になったところでそのままだったな。実証実験の最中だったし・・・そんな事をしている間に、もうプラタが完成させていたのか。

「・・・・・・」

 こういうのは能力差というよりも才能の差というものなのだろうか? 何にせよ、簡単に追い越されて口惜しいのだが、何処か当然だという思いも在って、微妙な気分だ。
 それでも上手くいくのが判ったからいいか。隠蔽が上手くてあまりはっきりとは視えないのは残念だが、はっきりと視えないのは逆に良かったのかもしれないな。

「何処かでクリスタロスさんのところに転移しないとな」

 今すぐにでも実証実験中の罠の様子を確認したくなったが、現在は移動手段が無い。もうここは腹をくくって目の前の魔法と模様が共存している魔法道具を調べて、それを活かすとするか。

「・・・まぁ、他人の研究成果を参考にするなんて今更なんだがね」

 それでも知り合いの研究成果となると初めての事で、なんだか申し訳なく思えてくるな。最早プラタは知り合いというか身内だし。
 でも、きっとプラタに訊けば嫌がることなく全て教えてくれることだろうから、ボクが気にし過ぎなだけだと思う。別にこれを参考に得た情報を何処かに流すとかする訳ではないし。
 という訳で、変な罪悪感は捨てて、引き続き壁の観察を行うとするか。





 拠点造り。規模にも依るが砦を築くと考えれば、それは立派な国家事業だろう。
 ジュライとしては、転移装置を置ける程度の大きさの小さな家を作る程度でいいと考えていたのだが、ジュライに仕える者達はそうは思わなかったようで、ジュライに仕える四人で行われた話し合いの結果、当初のシトリーの発言に沿って国を興す事に決まった。
 とはいえ、まずは主のジュライが住む場所である拠点造りから。
 拠点を造るうえで最も大切なのが堅牢である事。主が心穏やかに眠る事が出来る場所を構築するのは、拠点造りに於いて当然の要素だろう。それが満たせない拠点に存在している価値など無い。
 どうやっても未だに勝てない相手は存在しているが、それを気にしていては何も造れないだろう。それに、その相手はろくに姿を見せない相手なので、今は考慮に入れる必要はなかった。
 堅牢である事の次は、防備の面だ。ただ堅牢では、軍相手や単純に強い者相手には有効かもしれないが、侵入してくるような相手には効果が薄い。この辺りは魔法道具で補強する予定だが、やはり見張りは居た方がいいだろう。
 そういう訳で、国を興すに当たって必要になる国民を集めるついでに、警備を担う者を見繕う予定。
 プラタとシトリーには国民にする当てもあるので、その辺りは問題ない。その途中で幾つかの国や地域が亡んだとしても、何の問題もないだろう。少なくとも、四人が主へと恨みが向くようなヘマをする事はない。
 拠点造りは主にフェンとセルパンの担当。魔法道具や人員の召集は主にプラタとシトリーが行うが、別に他の者の担当を手伝っても問題はなかった。
 フェンとセルパンは、最初に決めた拠点の範囲の土を喰らう。
 そうして容易く巨大な地下空間を造りながら、同時にその地下空間を魔法で補強していく。
 その時にプラタが壁に模様を描き、掛けられた魔法を補助する。というよりも、こちらが主体かもしれない。模様魔法であれば、消されたりしない限りは半永久的に効果を発揮するのだから。
 地下を造った後は、その時に喰らった土を外に出して上部の建物を築いていく。フェンやセルパンは魔物であるので、喰らったとしても普通の生物の食事とは異なる。
 魔物の身体は魔力で構築されているので、食事は魔力。そもそも魔物は余程周囲の魔力が薄くない限りは食事を必要としない。食事も対象の魔力を吸い取れさえすればいいだけなので、本来口にする必要さえない。
 ただ例外として、下級の魔物は魔力の吸収効率が酷く悪いので、他の生き物と同じような食事をする。もっとも、この場合も魔力を吸収し終えればそのままの状態で体外に排出されるのだが。まあその場合は、喰われて時間が経っているので、大抵が腐敗している。
 フェンやセルパンの様な上位の魔物でも疑似的な食事は可能だが、それでも消化できる訳ではないので、最終的にはそのまま体外に吐き捨ててしまうか、魔法で消滅させてしまう。
 例外中の例外は、最上位の魔物であるシトリー。
 シトリーの場合、溶かした対象の全てを吸収出来てしまう。
 それは消化の過程に似ているが、吸収効率や消化速度は他の生物よりもシトリーの方がずっと上。フェンやセルパンでも対象を溶かす事は出来ても、それを栄養として吸収する事までは不可能。まして能力ごと奪い取るなどありえない事であった。
 類似の事が成せる魔物に、シトリーと同じスライムと呼ばれる魔物が居るが、こちらは消化速度も吸収効率もシトリーとは比べ物にならないほどに遅く悪い。食事で得られる相手の能力も精々が一割、いや良くて一分程度だろう。
 逸れてしまった話を戻すが、フェンとセルパンが喰らった土を基に地上に拠点となる建物を築いていく。フェンとセルパンは土から魔力を吸ってはいないので、そのまま加工出来る。
 造る建物は、プラタがジュライに説明したように五階建ての建物。説明と少々異なるのは、一階部分が罠だらけなところか。もっとも、その他の階も罠だらけなのだが。
 とはいえ、建造途中は大して罠は張られていないので、そこまで気を遣うことは無い。ただ、それでもほとんどであるので、既に罠が混入されているというのは恐ろしい部分ではあるが。
 建築しているのは、それだけで砦のように大きな五階建ての建物なので、かなりの規模になるのだが、それが傍から見ていて判るほどの速度で建っていく。あまりの速度に、建物が地面から生えてきているようにも思えてくる。
 その様子を、邪魔にならないようにやや離れた場所から観察していたプラタは、出来た端から建物に模様を刻んでいく。遠隔操作でもかなり精密な線を描いていく。それもかなりの数を同時進行で行っているので、それだけでプラタの技量の高さが窺えた。
 それに加えて、模様を順番通りに描くのではなく、完成図を下から同時に描いていくというのもかなりの技術が必要だが、それを平然と行うプラタは、既に模様魔法をジュライ以上に扱えていた。元よりジュライ以上の実力者なのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
 しかしそれでも、模様魔法に対する理解の深さでは、まだジュライにやや分がある。
 そうして建設と模様魔法による強化を同時進行で行うこと半日ほど。百人以上が同時に住めて仕事が行える巨大な建物が完成した。
 建物が完成した後は、プラタがその建物全体へと魔法を組み込んで更に堅牢にしていく。それで既に難攻不落の要塞と化していた。
 そんな難攻不落の建造物だが、それでも死の支配者に対しては無力だ。かつて最強の一角であったドラゴンの王ですら傷をつけられないほどの堅固な建物だろうとも、迷宮都市を巨大生物ごと一撃で葬った魔法が相手では分が悪い。それでも一撃で消滅はさせられないだろうが。
 国の中心となるジュライの邸宅が完成したところで、フェンやセルパンは予め決めていた範囲の開拓を進めていく。
 巨大生物を消し飛ばした魔法跡も、あれから更に調査して調べつくしたので、埋め立てて穴を塞いで整地する予定だ。
 疲れる事のない身体というのは便利なもので、拠点の構築を始めて一日以上が経過しても、フェンやセルパンが止まることはない。
 現在プラタとシトリーは別行動だが、フェンとセルパンが土地を開拓しない事には住民を移す事が出来ないので、それを待っている状態だ。
 無論、だからといって何もしていない訳ではなく、連れてくる住民の選定や、整地が終わり建物がある程度建ち次第直ぐにでも住民が移住できるように調整をしていたりする。
 国の規模は、人間界とほぼ同等。巨大生物が居座っていた範囲よりはやや狭いが、個人の所有する土地としては広すぎるだろう。ジュライにはそのつもりはないが、プラタ達はそのつもりで動いている。広さも管理するのなら最初はそれぐらいからだろうとの判断から。
 かなり広大な範囲をフェンとセルパンが整地している間、ジュライは完成した邸宅に移り、地下で魔法訓練や魔法道具の作製を行っていた。
 拠点の構築は完全にプラタ達に任せっきりだが、それはプラタ達が望んだこと。むしろジュライが手伝おうとするならば、全力で止めにかかるだろう。このような雑用は王の仕事ではない。役割によって行うべき仕事というのは決まっているものだ。
 それを理解しているのかどうかは分からないが、ジュライは大人しく地下の自室に籠っている。
 そうして国造りが進む中、一応それの発案者になるシトリーは、早々に住民移転の準備を済ませて空を見上げていた。

「・・・・・・何だか疲れたな」

 空を見上げる顔は退屈そうで、面倒くさそうだった。

「プラタはいいよな、楽しそうで・・・・・・いやまぁ、私も楽しいは楽しいのだが、何だか以前よりもやる気がなー」

 ため息を一つ零すと、シトリーは離れた場所にある集落に目を向ける。そこに住まう者達は、既に移住が決まっている者達。
 彼らは高位の魔物で知性も高いが、その代り数が多くはない。自然界に於いて高い知性を持つ高位の魔物はそう簡単には生まれないのだから、それは必然であろう。
 魔物が同胞である魔物を創造する。それは魔物にとっては通常の増え方だが、それで高位の魔物が創造される可能性はかなり低い。
 魔物を創造出来るのは中位の一部の魔物からで、高位の魔物になればほぼ必ず行える。それはつまり、フェンやセルパンは勿論の事、シトリーも行えるという事。
 しかし、シトリーはそれを行わない。過去に魔物創造を行った事はあるが、現在のシトリーがそれを行うと、洒落にならない強さの魔物が生まれてしまう可能性がかなり高かった。
 もう少し具体的に言えば、フェンやセルパンよりも強い魔物が生まれる可能性が高い。
 現状の世界に於いて強さの順は死の支配者を頂点とした場合、その下に死の支配者の側近達が入るのだが、シトリーはその側近の末席に名を連ねる事が出来るかもしれないほどに成長していた。
 それは現在でも続いており、そう遠くない内に死の支配者の側近と並ぶぐらいに育つ事は確実なほど。
 その強さは既にプラタを越えている。プラタも着実に成長しているのだが、シトリーの成長速度が速すぎるのだ。

「当分は国の強化が中心になりそうだな。プラタが色々と仕掛けを施しているようだし・・・ジュライ様、世界を見て歩ける日が訪れるのだろうか?」

 いくら国を強化しても、その外に出れば関係ない。現在はジュライの安全の為に国を強化している段階だが、ジュライの望みは世界を見て回る事。つまりは国の外に出る事なので、そちらの安全を考慮する日が訪れなければ、それは叶わないだろうとシトリーは考える。
 それにはある程度国の基礎を固める必要が在り、いくらプラタでもそんな事が一日二日で済むはずがない。
 そうなると、ジュライは当分地下に籠って自分を研鑽する日々を送る事になる。それはそれで有意義だろうが、ジュライにとっては不本意な事だろう。
 その事をシトリーは案するものの、国造りをするのだからしょうがないかと頭を切り替える。

「それにしても・・・・・・うーん」

 シトリーは可愛らしく首を傾げて、不思議そうに思案する。

「・・・・・・私って、ジュライ様と契約している・・・よね?」

 今更ながらにその疑問を抱く。シトリーが契約した時、ジュライはオーガストの身体に入っていた。そして、シトリーが魔力をジュライから貰っていた時、おそらくオーガストの魔力も混ざっていた気がしたから。

「名は貰ったし、魔力も多分貰った・・・いや、確かに魔力は貰ったか。という事は、契約した事になるが・・・うーん、私はどちらの魔力に惹かれたのだろうか? なんて考えるまでも無いのだが・・・うーん」

 シトリーは困ったように思案する。
 確かにジュライと契約しているのだが、シトリーにはプラタ達他の三人程の忠誠心は無い。ただ、それは他の三人の忠誠心が高すぎるだけなので、人並み以上には忠誠心はあった。
 少なくとも敵対する気は全く無いし、役に立とうという気持ちぐらいはある。なので、一般的にはそれで十分なはずであった。
 そうは思うも、現在のシトリーにはジュライに仕えるというのにやや違和感を覚えていた。

「うーん・・・問題はないと思うのだけれど、このままでは駄目な気もしているんだよな。ジュライ様に対して思うところがある訳ではないのだけれど、何となく仕えるには値しない様な、何処か気の乗らない感じがするんだよな」

 シトリーがそんな事を考えながら時間を過ごしていると、住民を受け入れる態勢が整った事の連絡が入る。それに返事をしたシトリーは、驚いた声を上げながら集落の方に目を向けた。

「あや、もうそんなに経っていたのか」

 ほぼ丸一日思考していた事に驚きながら、シトリーは集落に移動する。そこに居る魔物の数はそこまで多くはないので、早めに移住の番が来たのだろう。
 それから少しして、ジュライの国に魔物の集団が住民として入植した。数こそ少ないが、ほぼ全員が高位の魔物の集団。
 それを見届けたシトリーは、移した住民が住まう区画で先に待機していたプラタに後を託して、次の住民候補を連れてくるために転移する。

「えっと、次は竜人でいいか。あそこも数が少ないから、なんとかなりそうだし・・・水場は自分達でどうにかしてもらうにしても、何処かに小規模でも沼地を造ったほうがいいのかな?」

 そう考えるも、迷宮都市が在った場所は砂漠という訳ではないが、それでも雨量はそこまで多くはない。周辺の国よりはやや多い傾向が在るも、それでも大して差は無い。
 沼地を造るのは簡単だが、それを維持するには人為的に工夫するか、魔法を使用しなければならないだろう。
 その事に頭を悩ませながらも、シトリーは移住させる竜人達を集めて一時的な集落を築かせていた場所に入り、住民を移住させていく。移住先での説明は事前に済ませているが、沼地については検討するとしか伝えていなかった。竜人は別に沼地でなくても生きてはいける。
 住民を居住区画に移した後、同じようにプラタに託す。その際に沼地について相談すると。

「それでしたら、フェンやセルパンに要請して竜人の居住予定地を沼地にしておきました。沼地の維持に土を少々弄りましたが、仮に乾いてきても沼地はそこまで広くは無いので、竜人達がどうにかするでしょう。彼らも魔法は使える訳ですから、維持ぐらいは自分達でもどうにか出来るでしょうし」

 直ぐにそんな答えが返ってくる。
 シトリーが竜人の移住について事前にプラタに伝えていたとはいえ、沼地については報告を忘れていた。

「相変わらず優秀だね。助かったよ」

 沼地の維持も含めて既に解決済みという事態に、シトリーは僅かに呆れたように感心する。
 他の移住に関しても、報告だけしていれば細々とした部分はプラタがやってくれるだろうと考え、シトリーはそれ以上深くは考えない事にする。長い事一人で居たシトリーは、そういった他者を気遣った細々とした事を苦手としていた。
 それとは逆に、プラタは精霊を管理したり世界を眺めていた影響で、そういった部分でもある程度は対処可能であった。
 住民を転移で移した後、それをプラタに託したシトリーは、次の場所に向かう。
 移住に関しては、次の受け入れ態勢が整うまではまた少しの間待機だが、新たな勧誘は問題ない。
 現状、プラタと共有している情報通りであれば、国土に対して住民がまだまだ不足していて空きは十分にあった。
 かといって、それは誰でもいい訳ではない。プラタ達はジュライを護る為に国造りをしているので、国民にするには最低限の強さを求めていた。もしくは役立つ能力を有していなければ、国民にはなれない。
 例外は、そんな強者や有用な者を勧誘して国に繋ぎ止めるのに役立つならば、弱くとも居住が認められる。例えば強者や有用な者の伴侶や子どもといったように。
 そういった事を踏まえて、さてどうしようかと思案しながら、シトリーは海の中に入っていく。
 海の中は広大なので、地上以上に多種多様な存在が住んでいる。

(しかし、あそこに海って造れるのだろうか?)

 シトリーは海に赴く前にその事をプラタに話をしていたのだが、特に何も言われなかった。それを肯定と捉えたが、造れても湖が限界だろう。
 巨大生物が居座っていた場所は大分内陸に位置しているので、海まで道を通すには、然しものフェンやセルパンでもかなりの労力を要するであろう。であるからして、成分だけ似せた疑似的な海が限界だろうとシトリーは予想している。

(それでも十分過ぎるのだけれど)

 海の底を歩きながら世界の基準を思い浮かべてそう判断するシトリー。しかし、その基準がいつの間にか上がっている事に気づいていない。強くなりすぎるというのは色々と感覚が狂ってしまうらしかった。

(・・・・・・それにしても、自分で集めといてなんだが、ジュライ様の国の住民は美味しそうな者ばかりなんだよな)

 僅かに危険な光を瞳に宿したシトリーは、その考えを追い出すように頭を振る。

(いや、あの国に入った者をそういう目で見ては駄目だろう。それは断った相手だけで我慢しよう)

 視線を先へと向けたシトリーは、頭の片隅で勧誘を断ってくれないだろうかと考える。
 勿論、一度や二度断られたぐらいでは捕食しないが、固辞するぐらいであればシトリーの糧にした方が有用だろう。放っておいても死の支配者の攻撃に晒されて犬死にするだけなのだから。





 シトリーの勧誘で移住してきた住民への住居の手配や案内などを請け負ったプラタは、先立って移住させておいた精霊達を指揮してそれを行っていく。
 移住者の数はそこそこ居るが、それでもある程度まとまった集団である為に、案内は然程難しくはない。
 精霊達も高位の精霊ばかりなので姿が視えないという事はないし、喋れないという事もない。案内される側も大人しく精霊達の案内に従ってくれるので、滞りなく案内は進んでいく。
 それを確認したプラタは、このまま精霊達に任せても問題ないだろうと判断してその場を離れる。精霊達には事前に必要な事項の説明は行っているので、任せても問題はないだろう。
 案内を精霊達に任せたプラタは、シトリーから相談を受けていた海の住民の移住を叶える為に、環境を整えるべく準備を進めていく。

(こうなるのでしたら、魔法跡を残しておけばよかったかもしれませんね)

 魔法跡は海というにはあまりにも浅かったが、それは掘り進めれば問題ない。

(まあいいでしょう。造るのはフェンかセルパンに頼むとしまして、まずは場所の選定ですね)

 複数の集落が収まるぐらいに大きな水たまりを造る必要がある為に、場所は選ばなければならない。街のど真ん中というのも個性的ではあるが、現在の構想段階では国の規模がそこまで広くはないので、防衛に関しても考える必要があった。

(誰かの居住地を堀として使う訳にもいかないでしょうし、かといって防壁の傍も考えもの。現状の街近くを水棲の住民を集めた居住区とした方が管理も楽ですかね? 住民同士の交流も行いやすいでしょうし)

 プラタは頭の中に国の見取り図を思い浮かべながら思案していく。
 そうして場所の選定をすると、丁度近くで整地をしていたセルパンに選定した場所と規模などの要望を伝えて、後を任せる。シトリーも今すぐ住民を連れてくる訳ではないので、そこまで急ぎという事ではない。
 その伝達を済ませると、プラタは海を造る為の準備に取り掛かる。

(それにしても)

 海を造る構想を脳内で練っていると、プラタはふと少し前に言葉を交わしたシトリーについて思い出す。

(シトリーはより警戒しておいた方がいいでしょうね。敵対まではしないでしょうが、あの様子から離反はありえるでしょう。もしもの為にも更に強くなる速度を上げなければいけませんね・・・・・・ご主人様に、ジュライ様に牙を剥くというのであれば、誰であろうと赦すつもりはないのだから)

 一瞬、人形に憑依したばかりの頃の様な硬質な瞳で先を見据えたプラタだが、しかし直ぐに怜悧な光を宿した瞳に戻る。

(その為には少々無理をする必要が在りそうですね。まあその前に、海を造る魔法道具が先ですが)

 逸れた思考をすぐさま切り替えたプラタは、これからの予定を頭の中で組み立てながら、海を造る為の方法を考えていく。
 暫く考えたプラタは、二つの方法を思いついた。

(一つは海と同質の水を生成し続ける魔法道具。これであれば取り付けるだけですが、水量を自動で調整する機能が無ければ溢れてしまいますね。それに、ただ水を出して止めるだけでは水の流れが滞ってしまいますから、生き物が生活する環境としては適さないかもしれません。二つ目が、転移の魔法道具を使用して、海と人造の海を繋げる方法。これは流す量を決めて双方向に道を創れば、人造の海にも流れは生まれますし、海その物の水なので、そこに於いては住民に不満も無いでしょう。転移出来るモノも海水のみに指定すれば余計なモノの往来は防げるでしょうし・・・食料の供給もこれで担うのであれば、そちらの往来は許可した方がいいのでしょうか? しかしそうなると、細かな指定をしなければいけないので、作製に時間が掛かってしまいますね。それに、連れてくる住民によっては主食が異なるでしょうから、そこを考えるのも大変ですね。かといって大雑把に設定してしまっては余計なモノが入り込む可能性も在りますし・・・とりあえず、海水だけはそれでいいでしょう。食料に関してはまた別の方法を考えなくてはなりませんね。設置する魔法道具も双方向ではなく一方向にして、色々な場所に複数設置する事で水の流れを生む方がいいでしょう)

 まだ水を溜める場所も出来ていないのだが、プラタは直ぐに行動出来るように考えておく。

(魔法道具の作製と設置は問題ないのですが、後は規模ですね。フェンとセルパンに任せてはいますが、シトリーがどれだけ連れてくるかは不明。それでも海の民なのですから、広い場所の方がいいでしょう。これは国土について見直した方がいいのでしょうか? ・・・水溜まりで広さを大きく取るのならば、その分国土を拡げた方がいいのかもしれません。迷宮都市が在った範囲はまだ広いので、敵らしい敵も居ませんし)

 そう考えたプラタは、整地を行っているフェンとセルパンに魔力を繋いで相談する。
 二人に国土を拡げる事を相談したところ、直ぐに了承の返事が貰える。今更多少整地する範囲が拡がったところで、当人たちにとっては大して変わらないのだろう。
 その後にどれぐらいの規模で領土を拡げていくかや、小規模な海を何処に造るかなどを改めて話し合いを行い決定する。
 二人との話し合いを終えると、プラタは魔法道具の作製に取り掛かった。

(私の方の移住者も、もうすぐ連れて来る事が出来そうですね)

 精霊以外の移住者の受け入れ場所が大分出来てきているのを確認しながら、プラタはそう思うのだった。

しおり