文化祭とクリアリーブル事件㊽
結人はユーシのパフォーマンスを無事に終え、舞台袖に捌ける。 そして、今までの成果を出し切った満足感と共に仲間に向かって口を開いた。
「もうめっちゃ楽しかった! お前ら、マジで最高だな」
「ユイこそ、無事に戻ってきて何よりだよ」
「俺は踊りながら、地味にそわそわしていたけどね」
「歌詞も間違えていなかったし、歌も上手く歌えていたぞ」
「もう完璧なパフォーマンスだったね!」
その発言に続いて、コウ、悠斗、椎野、北野の順に自分の思いを綴っていく。 この興奮状態を保ったまま、他の仲間がいる体育館の一番後ろまで足を運んだ。
結人たちのパフォーマンスは何一つミスすることもなく、大成功で終わることができた。 思い残すことなく終えたユーシに、この際結果なんてどうでもいい。
「先輩ー! もうめっちゃカッコ良かったです!」
「歌もすげぇ上手かったです!」
「ユイ先輩ももちろん凄かったっすけど、コウ先輩はどれだけカッコ良いんすか・・・!」
仲間のもとへ近付くと、後輩らが自ら駆け寄ってきた。 結人たちと同様、興奮している彼らに向かって笑いながら言葉を返す。
「コウがカッコ良いのはいつものことだろ」
「ユイー、お前らズルいぞ」
「は? 何がズルいんだよ」
当然結人たちの出番が終わってもユーシは続いていた。 そんな体育館がざわついている中、夜月たちのチームも結人たちの会話に混ざってくる。
「コウを見て1年の女子だけじゃなく先輩らもキャーキャー言って騒いでいたし、何といってもお前らの曲の歌詞、ある意味俺たちの過去にマッチし過ぎ」
苦笑しながら答える夜月に、結人も今まで思い出した過去を思い返しながら言葉を返していく。
「な? マッチしていたろ。 あまりにも合い過ぎていて、昔のことを思い出したからユーシっていうことをすっかり忘れていたよ」
「優も歌、すげぇ上手かったぞ」
「わぁ、本当!? コウに言われるとすっごく嬉しい!」
―――敵同士でさっきまであんなにライバル心を燃やしていたのに、ダンスを終えたら普段通りに接するのかよ。
コウと優の相変わらずのやり取りを見て心の中でそう突っ込みを入れつつも、いつも聞いている会話ということもあり何処か安心する自分もいた。
そして――――ユーシは全て終わり、幕を閉じる。 午前は体育館の出し物の鑑賞で、午後からは自由行動だった。
これからの出番は先輩たちで、自分たちの出番を終えた1年生はこれからの時間を楽しむことになる。
「これからは自由時間だってー。 俺たちまとまって行動していたら目立つから、適当に分かれて行動しようぜ」
御子紫のその案にみんなは賛成し、適当にグループ決めが始まった。 今回は偏りが出てもいいものとする。
「真宮は俺んとこ来るか?」
結人は普段行動を共にしている夜月、未来、悠斗、そして藍梨を連れて未だに迷っている真宮にそう問いかける。
いつもならこのメンバーで行動しているため“真宮も入ってくるだろう”と想定し声をかけるが、彼は結人たちのメンバーを見て一瞬困った表情を見せた。
「あー・・・。 いや、今日は俺御子紫たちのところへ行くわ」
「? ・・・そうか。 分かった、んじゃまた後でな」
いつもと雰囲気が違う真宮に違和感を感じつつも、彼の意見を了承しこの場から離れた。
―――・・・真宮の奴、このメンバーの誰かと喧嘩でもしてんのかな。
そんな考えが一瞬頭を過るが、今は折角の文化祭のため悪い考えは止めようとすぐさま追い払い、別の話題を口にする。
「外へ行ってみようぜ。 腹減ったから、出店とかにでもさ」
結人の意見に了承し、みんなで外へ行くことにした。
だが外はあっという間に沙楽の生徒で覆われており、もう既にお祭り状態。 少しでもみんなと距離を空ければ、迷子になるのは間違いなしだった。
そんな混雑した状況を見て、結人は仲間に声をかける。
「おいお前ら、絶対にはぐれんなよー?」
「あ、結人! あれ食べたい!」
「あ? あ、おい! だから勝手に動くなって!」
「ま、とりあえず藍梨さんに付いて行こうぜ」
藍梨が一人で遠ざかっていくのを結人は止め、それに対し未来は笑いながらそう口を開く。
そして藍梨が食べたいと言ったたこ焼きを並んで買い、人通りが少ないところに避難した。 落ち着いた場所に来て一安心し、少しある段差にゆっくりと腰を預ける。
それに続けて、他のメンバーも結人の近くに腰をかけた。
―――こんなに人が多いと、さっきから人とぶつかって身体が痛いんだよなぁ・・・。
そんなことを思いながら、結人は自然と空を見上げた。 今日の天気はとてもよく、吹いている少し冷たい風が身体に優しく当たり心地がいい。
そして文化祭には一般の人も多く来ているようで、保護者や他校の生徒でたくさん溢れていた。
―――俺がもうちょっと、身体が動けばいいんだけど。
「大丈夫?」
行き交う人を羨ましく眺めぼんやりとしていると、悠斗の一言により我に返る。
「え? あぁ、大丈夫だよ。 ちょっと疲れちまってな」
「今日はもう既に結構動いたもんな。 今のうちに休んでおいて」
「ん、ありがと」
自分のことを優しく気遣ってくれる彼に感謝しながら辺りを見回していると、少し遠くに貼ってあるポスターに目が留まった。
「お化け屋敷・・・?」
どうやらそのポスターは、2年の教室で行うお化け屋敷の宣伝が書いてあるらしい。 “お化け屋敷なんて文化祭らしいな”と思い、何故か少しホッとする。
「んー、どした? ・・・あ、お化け屋敷? 未来、お化け屋敷だって!」
夜月は違うところを見る結人の視線に気付き、自分もその視点に合わせる。 そしてお化け屋敷のポスターに目が留まると、藍梨と楽しそうに話している未来に向かって話を振った。
その声に反応した未来はすぐさま振り返り、夜月が指を指している方向へ目を向けポスターの内容を把握する。 それと同時に、彼は声を張り上げた。
「そんなもん誰が行くか! 俺は行かねぇぞ! 行くならお前らだけで行ってこい!」
相変わらず怖いものが苦手な未来を見て笑いつつも、結人は静かに言葉を返していく。
「行きたいけど、俺は身体が動かねぇからあんま早くは歩けねぇんだよ。 だから、行くなら藍梨と未来二人で行ってこい」
未来は藍梨のことが好きだということには、とっくに気付いている。 だからわざとそう言い、彼の反応を楽しむことにした。
「え・・・。 えぇ!? い、いや待て! それでも俺は騙されないぞ! 藍梨さんと二人でも、お化け屋敷なんかには絶対に行くもんか!」
「折角ユイが言ってくれた、藍梨さんと二人きりになれるチャンスなのになー」
夜月がニヤニヤしながら未来を更に攻め立てる。
「だから行かねぇつってんだろ! もし藍梨さんと行くなら、お化け屋敷じゃないところへ行くわ」
「えー、それは駄目」
「じゃあ最初っから言うなし!」
未来の発言にすかさず結人が止めに入り、その発言を否定する。 やはり彼からは予想していた通りの反応が返ってくるため、いじりがいがあった。
「ねぇ、藍梨さんは?」
「え?」
隣にいた悠斗のその一言により、結人は慌てて藍梨のいた場所に目を移す。
―――え・・・迷子?
未来との会話に熱中していた結人は彼女がいつの間にかはぐれていたことに気付き、その場に立って必死に辺りを見渡した。
―――くそ・・・何処だよ藍梨・・・!
―――俺の身体が早く動けるなら、今すぐにでも走って捜しに行けるのに・・・!
「君たち、こんなところで何してんの?」
「え? あ、それはそのー・・・って、え!?」
「え、あの、もしかしてこの方は彼女さん・・・でした?」
「いや、別に彼女ってわけじゃないんだけど」
「本当にすいません!」
「いやだから、藍梨さんが困っていたから話に割って入っただけで・・・」
―――ん・・・藍梨?
必死に周囲を見渡し捜していると、少し遠くから“藍梨”という単語が聞こえそちらの方へ目を移す。
「ということは、彼女じゃないっていうことですか・・・?」
「まぁ、俺はそうなるけど・・・」
「じゃあこの方は・・・」
「藍梨ー!」
「え・・・。 結人?」
結人は彼らの輪の中に無理矢理入り込み、会話を強制的に止めさせる。
「藍梨、お前一人で何処へ行ってんだ! 迷子になるからはぐれんなっつったろ!」
「ごめんね? 結人。 食べ終わったから、ゴミ箱に捨ててこようと思っただけだよ」
「ったく・・・。 で、君らは何? 他校の生徒か?」
藍梨に向かって言いたいことを最小限にまとめて伝えた後、彼女の目の前にいる男4人らの方へ身体を回転させ、怒った口調でそう口にする。
どうやら彼らは藍梨にナンパをしていたようで、その場に偶然遭遇したコウと優が止めに入ってくれていたようだ。
コウたちを無視し男らに話しかけている結人を、コウたち二人は黙ってその光景を見守っている。
「や、あの、俺らは・・・」
「何だよ、ハッキリしろ!」
「・・・あれ? お前ら」
「「「?」」」
男ら4人に事情を聞き出そうと前のめりになって尋ねていると、後ろから付いてきていた3人の中の一人、未来が彼らを見て何かを思い出したかのように口を挟んできた。
そんな未来を不思議そうに結人は見ていると、遠くからは違う声が聞こえてくる。
「おいお前ら! 何藍梨にナンパしてんだよ!」
「直樹!」
―――直樹?
「え・・・。 何処から見ていたんだよ」
「校舎の2階から見えた。 藍梨を困らせんなよ」
そう言いながら、結人たちの間に自然と入ってくる伊達。 そんな彼らの会話に、結人は脇から口を出す。
「おい伊達、コイツらとは知り合いなのか?」
困惑しながら尋ねる結人に対し、伊達は男らから結人の方へ身体を向け呆れた口調で答えていった。
「あぁ。 コイツらはクリーブルの仲間でさ。 あ、別に悪い奴らじゃねぇからな? でも藍梨にナンパをしたことに関しては、俺から謝っておく」
「いや、伊達のダチならいいわ。 許してやるよ」
「・・・ありがとな。 未来は二回目だよな? 会うの」
伊達は結人から視線をずらし、結人の後ろにいる未来の方へ目をやった。
―――未来とも知り合いなのか?
「そうだな。 文化祭にも来てくれたのか、さんきゅ」
「直樹に言われたから遊びに来てやっただけさ。 それで・・・この彼女は?」
そう言って伊達の友達である一人が、再び藍梨の方へ視線を移す。 その問いに関しては伊達が答えてくれた。
「ユイの彼女だよ。 ユイってのは・・・コイツな。 とりあえず、ユイには喧嘩を売らない方がいいぞ」
「あ・・・。 分かった」
「伊達、コイツらは俺らのこと・・・」
結人は彼らの会話を遮り、伊達に小さな声で尋ねる。 すると彼もそれに合わせ、小声で返してくれた。
「・・・まぁ、前にちょっと色々あってさ。 ・・・大丈夫、ユイのことは教えていない。 ただ、未来に関しては・・・」
―――・・・未来が、結黄賊って言っちまったのか。
―――・・・だったら今更、隠しておいても仕方ねぇよな。
そう思い、結人は吹っ切れたように伊達の友達らに向かって声を張り上げた。
「俺は色折結人! ちなみに、未来と同じチームをやってまーす。 そんで、ここにいるコイツらも俺の仲間。 っていうことで、よろしくな」
「えぇ!?」
「ちょ、ユイいいのかよ!」
優とコウが止めに入ってくるが、結人は笑顔で構わずに答えていく。
「別にいいよ。 伊達の友達なら。 伊達の仲間っつーことは、それなりにいい奴らなんだろ」
―――未来が結黄賊だとバレている以上、俺たちの正体を隠していても仕方がない。
―――伊達の仲間ってなら、今後コイツらを使うことができるのかもしれねぇし。
―――だったら今のうちに自己紹介しておいて仲よくなっておけば、色々と都合がいいだろ。
そして結人は、伊達の友達ら4人に向かってこう言い渡した。 その言葉には、二つの気持ちが込められている。
一つは、今後も仲よく付き合っていきたいという素直な気持ち。 そしてもう一つは、彼らを自分のものにするために言い放った――――彼らを制したいという、裏の気持ちが。
「俺はお前らを信じているからな。 ・・・俺たちのこと、内緒にしてくれるっていうことをさ」