2ー親子喧嘩、それが親の言うことですの?
「どうして王子を繋ぎ止めておかなかった!」
家に戻ってから少しして、帰ってきたお父様に私は呼び出され、開口一番にそう言われました。
「仕方ありませんわ。私との婚約が決まってからの10年間よりも、新しく学園で出会った子との時間の方がライラック様は大事らしいですから」
そういうと、
「仕方ないだと!」
お父様はペンと握りつぶしていました。
クレアと私の違いは、王子の思うがままに行動するかしないかでもあります。
仮にも次期王の正妻。
それはただ横に寄り添う伴侶ではなく、影響力を考えれば務めるものになります。
思うがままでいては、もし王が方向を見誤った時、横から叱咤激励も手を差し伸べることもできない。
そうなれば国が危うしです。
私なりに考えていたわけなのですが……お父様はもうそれどころじゃないようですね。
「せっかく王子が言ってくれた第四王子との婚姻話も無碍にしおって!」
「それにつきましては、申し訳ございません」
「ですが、王子の一存でその話が決定づけられるわけではありませんよ?」
決定権は王にありますし。
第四王子が婚姻関係を結べる年齢になることには、私は三十を超えていわゆる生き遅れ状態です。
そして第四王子は青春を謳歌する年頃。
また同じようなことが起こる懸念がありますわね。
いや、確定事項ですの。
「うるさい! 口答えするな!」
まるで話が通じません。
「お前はスタンライン家の恥さらしだ!」
「ではお父様」
恥さらしと言われてしまえば、私も言い返さざるを得ません。
親子喧嘩、上等ですの。
「なぜあの場で言い返してくださらなかったのですか?」
「なんだと!」
「前から決まっていた婚約を解消して、ぽっと出の王女との婚姻を勝手に決めた王子に、そしてそれを認める陛下に、なぜ言い返してくださらなかったのですか」
「相手が悪い! ベイラルの王女だぞ! それに陛下も満更でもなかった! 私が何を言い返すというのだ!」
「公爵家当主としての立場ではなく、父としての立場で悔しくなかったんですか!」
「ッ……!!」
私の訴えに、お父様は言葉を飲む。
だが、すぐに。
「口答えするな!」
そう叫んでいた。
「すべてはお前がしっかり王子を繋ぎ止めておけば丸く収まったんだ! 私の公爵家の立場もさらに盤石になる予定だったんだ! 台無しだ! どうしてくれる!」
さらに、信じられない言葉が飛び出す。
「体を使ってでも繋ぎ止めておく、それがお前にできることだろう!」
「──ッ」
それを、それを実の父が言うんですか。
父親が、実の娘に言い放つ言葉ですか。
「そもそもライラックに色目を使って体を売ったのはあの隣国の王女です!」
「だったらお前も同じ手を使え!」
もう無理です。
顔も見たくない。
大きく揺れ動いた感情を制御できなかった私は、そのままお父様の前から立ち去った。
確かに、色目を使ってでも繋がりを持つ。
そういう世界だということは知っていました。
ですが王の正妻となる立場がそれでいいのでしょうか。
それこそ品格を疑われるのではないでしょうか。
貴族とは、そう言うものなのでしょうか?
親と子の関係よりも、貴族としての矜持を優先するのでしょうか?
だったら私は貴族になんて産まれたくありません。
心の底からそう思いました。
そして次の日。
「貴族としての誇りもなく職務も全うしない恥さらしは家に置けん」
そう言われて、私はスタンライン家を追い出されることになりました。
どうやら、お父様の中で私は政略の道具にはなり得ないという結論に至ったようです。
「とはいえ、追い出したのは世間体に関わる。辺境領をくれてやるから好きにしろ」
私を放逐して平民にすると、公爵家としての体裁に関わるらしく。
公爵領の端っこにある首都からも最も遠い場所で過ごせ、とのこと。
「さっさと馬車を出せ!」
取り付く暇も、言い返す島もなく馬車に入れられました。
もちろん荷物は何も持っていません。
馬車を動かす従者に持たせているのでしょう。
……これが実の父親のすることですか。
走り出した馬車の中で揺られながら思います。
清々した気分ですの。
あのままあの屋敷に居ては私の心も腐ってしまう。
そんな気がしました。
ライラック、クレア、そしてお父様。
私が今胸に秘めているこの気持ち、絶対に忘れませんから。