1ー婚約破棄、そしてコケにされましたの
ある日、私は婚約者であるライラック王子に“久しぶり”に呼び出されました。
ライラック様は、大国ライアードの第一王子。
順調にいけば次代の王として君臨することになる殿方。
呼び出された場所へと赴いてみますと、何やら不穏な雰囲気。
ライラック様の隣には、交換留学と称して首都の学園へと文化を学びに来ていた隣国ベイラルの王女様。
さらには、その後ろには陛下とお父様まで。
私を睨みつけるお父様を見て、これは……と、背筋に嫌な予感が伝います。
そして王子は言いました。
「ライラック・アイン・ライアードは、カトレア・マギ・スタンラインとの婚約を破棄することをここに宣言する!」
…………。
やはり、そういうことですの?
王子が肩に抱きかかえる隣国の王女クレア様を見て、この状況を理解しました。
どうやら私は、彼女に乗り換えられてしまったようです。
黙っていると、何を勘違いしたのかライラック(もう敬称略)がさらに言葉を続けます。
「そう落ち込むなカトレア」
全く落ち込んでないのですが……。
そもそも、どうせこうなることはなんとなくわかっていましたし。
ライラックとクレアと私は、ともに同じ学園に通っています。
あなたはこそこそと隠れて上手くクレアと逢い引きできていたと思っているようですが、人目はたくさんありますもの、噂の一つや二つはありますの。
噂の事実確認のためにこっそり後をつけてみたことがありますけれど。
あなたとクレアはすでに体の関係を結んでいましたものね。
一応、尋ねておきましょうか。
「私に……何か至らぬ点でもございましたか?」
「いや、勉学や魔術ともに成績優秀で周りの学友たちとも上手くやっていたカトレアに至らない点なんて一つもないさ……だが、私は真実の愛というものに気づいてしまったんだ」
「地位が高い者同士の婚姻は、ひとえに愛で片付けられるものでは無いと思うのですが」
政略的な意味ですの。
「無論、王子たる私は国益を見通さねばならない。クレアとの新たな婚姻を機に、ベイラルとライアードはさらに強い結びつきを得て、両国の発展へと繋がるだろう!」
「素晴らしいお考えですわ、ライラック様!」
そう言いながらクレアが私に視線を向けて嘲笑ったような笑みを浮かべていました。
この女!
「愛と政略、全てを上手くできる。それが王子たる私の資質!」
何が愛ですか。
洗脳でもされたんでしょうか。
地位が高いものは性欲の権化だと言いますが、よく学園でできたものですこと。
変態王子はこっちから願い下げですわ。
「故にすまないカトレア」
黙っている私に、ライラックはこんな言葉を投げつけました。
「とはいえ、長らく王家に支えてきた公爵家を無碍にもできない。まだどことも婚姻を結んでいない第四王子との婚約をしないか?」
「結構ですの」
思わずそんな言葉が出ていました。
やや食い気味で放った私の言葉に、周りの空気が少し凍りついてお父様は何やら顔を真っ赤にしているようでした。
それもそのはずですね。
王族との婚姻関係を、結びつきを、お父様が手放すはずがないですもの。
でも、変態王子だとわかっていましたが、それでも家のために覚悟は決めていました。
のらりくらりと変態の魔手を躱してはいましたが、いずれは、と覚悟は決めていました。
それをですの。
お前との婚約は破棄するが代わりに他の王子と婚約しろ。
まったくもってふざけていますわね。
しかも第四王子って、まだ生まれたばかりじゃないですか。
「婚約破棄の件は承りました。失礼します」
それだけ言って、私はこの場を後にします。
もうこの空間にはいたくない。
家に帰ったらお父様にかなり叱られるとは思いますが、それでもいいのです。
ここまでコケにされて、なかなか切れない私の堪忍袋の尾も切れました。
そもそもお父様。
先約があった状況でそれを一方的にブチ切られて、生まれたばかりの赤子と婚約しろと実の娘が言われているのです。
どうして、言い返さないんですか。
仮にも王族との婚約を取り付けることができた公爵です。
王族にも一応意見を述べれる立場でしょう。
そんなに王族との婚姻が重要なんでしょうか。
他の公爵たちから出し抜かれるのが嫌なんでしょうか。
ライラックからの婚約破棄よりも、私の心にはただその一点だけが引っかかっていました。