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文化祭とクリアリーブル事件⑧




―――どうして・・・どうして、椎野が・・・。
コウからその言葉を聞いた後、結人は走り続けた。 人にぶつかりながらも、目的地まで一度も止まらずに走り続けた。 疲れても、どんなに苦しくても走り続けた。
ひたすらひたすらひたすらひたすら。 そう――――ただただ、走り続けたのだ。

『・・・椎野が、やられた』
「は・・・?」
『・・・今みんな、病院にいる』
「どうして、椎野が・・・」
『それは分からない。 ・・・ユイも、早く病院へ来てほしい。 みんな待っているから』

椎野がやられたのは、クリアリーブル事件のせいなのだろうか。 それともただの事故なのだろうか。 いや――――事故なわけがない。
交通事故ではない限り、もし誰かにやられそうになった時、結黄賊はその気配を感じ取り避けることができる。 椎野はそれを避け切れなかったとでも言うのだろうか。

―ドスッ。

無我夢中に走っていると、スーツを着た男の人に思い切りぶつかってしまった。 
「あ、すいません!」
普段なら相手の安否を確認するところだが、今はそんなことに構ってはいられずただ走り続ける。 息が苦しかった、胸が苦しかった。
結人が懸命に走っている中、立川の人々はクリアリーブル事件などは気にしていないようで、自分の人生を謳歌しているようにも見える。 
結人たちも、先刻までは彼らと同じだった。 彼らと同じで、自分たちの青春を謳歌していた。 みんなと笑い合っていた。 だけど――――事件は、突然起きたのだ。 
誰もが望んでいない、最悪な事件が。 結人の頭には、疑問の言葉しか思い浮かばなかった。 
“どうして俺たちを狙ったんだ?” “どうして人を病院送りにするんだ?”

―――・・・どうして、よりによって椎野なんだよ!

頭の中でその疑問が何度も何度も繰り返された。 そんなことを考えているうちに、結人はやっとの思いで病院に着く。 
辺りは既に真っ暗で周りには人もいなく、不気味なくらいに静かだった。 そんな中、病院から出ている光だけが眩しい程に輝いて見える。 
この沙楽総合病院は、とても大きな病院で通っている人もとても多い。 そして病室もたくさんあり、入院している人も結構いた。 
日向も、クリアリーブル事件で被害者となった2年の先輩も、おそらくこの病院で入院し退院をしているのだろう。

「ユイ!」
病院の入り口付近まで行くと、コウが待ってくれていた。 彼は結人に向かって手を挙げ、分かりやすいよう目立ってくれる。
「コウ! 椎野は?」
「今病室にいる」
そのままコウに椎野のいる病室まで案内してもらった。 流石に病院内なので走ることはできず、小走りでそこまで向かう。
そして、椎野の病室であろう扉の目の前まで来た。 だがコウは、そのドアを開けようとしない。 
―――俺が開けろっていう意味なのか?
結人はこの状況をそう察し、意を決して病室にいる椎野に声をかけ扉を開けた。
「椎野、入るぞ」
すると、そこには見覚えのある光景が目の前に一気に広がってくる。 それは日向の時と同じ病室。 全く同じというわけではなく、この作りに見覚えがあったのだ。
病室全体はとても白かった。 色なんてものがなかった。 いや、色なんてものが存在しなかった。 そんな中、ただ一つの色、青色だけが目立っている。 
一つも汚れがなく、とても綺麗な青色が。 そう――――沙楽学園の制服だ。 みんなは今、この病室の中にいた。
「椎野・・・。 大丈夫か?」
結人は心のこもった言葉が言えなかった。 本当なら椎野のもとへすぐにでも駆け付け『大丈夫か?』と聞くはずだったのに。
だけど結人は、この異様な光景に唖然とし、ちゃんとした言葉が出なかったのだ。 

だって――――椎野はベッドの上で上半身だけを起こし、楽しそうに笑っていたのだから。

「お、ユイ! 来てくれたんだ」
椎野は笑いながらそう言い、結人に向かって軽く手を振ってきた。 彼の頭には、包帯が巻いてある。 どう見ても大丈夫そうには見えないが、念のためもう一度聞いてみた。
「椎野、本当に大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。 何かごめんな、みんなにも迷惑かけちまって」
結人はみんなのいるところまでゆっくりと足を進めた。 仲間は結人が椎野の近くへ行けるよう、自然と道を開けてくれる。 彼はいたって元気だった。 
いつもと変わらない椎野が、今目の前にいる。 本当ならここで喜ぶはずだが、未だに動揺していて素直に喜ぶことができなかった。 椎野が無事でよかった。 
元気そうでよかった。 

本当は――――心の底から、そう思っているはずなのに。

「椎野、何があったんだ? ・・・どうして、そうなったんだよ」
結人は動揺を隠し切れず、震えた声で椎野にそう尋ねかけた。 すると彼は、今日あった出来事を思い出しながらゆっくりと語り始める。
「よくは憶えていないんだけどさ。 18時に公園に集合だったろ? だから俺は、そこら辺を寄り道して時間を潰していたんだ。 一人でな。
 それで時計を見たら17時半になっていて、そろそろ行こうと公園へ向かったんだよ。 そしたら、急に背後から気配を感じて。
 でも俺がその気配に気付いて避けようとした時には、頭をガーン!って、やられていたわけ。 多分」
「もっと早くに気配を感じることはできなかったのか?」
「できなかったよ。 もっと早くに感じていたら、俺だって避けられたさ」
未来の問いに、椎野は淡々とそう答えた。 そんな椎野の発言に疑問を感じ、結人は彼に尋ねてみる。
「頭をやられたんだろ? なのにどうして椎野は今意識があって、そんなに元気なんだよ」
そう聞くと彼は再び笑顔になり、元気よく身振り手振りをしながらこう答えた。
「それがさぁ! 俺は一応ギリギリ避けたんだよ、少しだけな。 だけど相手は喧嘩素人なのか、頭の変なところを打ってきてさ。
 変なところってあれな、頭を打っても危ないところじゃないって意味な? だから、俺が少し避けたのと相手が変なところを打ってきたおかげで、軽傷で済んだんだよ」
「軽傷って・・・」
「まぁ、俺は気を失っていたみたいだけどな。 気付いたらここにいたわ」
「誰がここまで運んできたんだ?」
結人がみんなにそう尋ねると、一人の少年が申し訳なさそうに小さく手を挙げた。 ――――北野だ。
「俺が倒れている椎野を発見した。 病院まで近かったから、その場で応急処置をして病院まで運んだんだ」

北野が、第一発見者。 第一発見者は一番最初に疑う人物だが、北野と椎野は家が近いため同じ道を辿るのはおかしくない。
コウから連絡が来たことについては、彼も公園へ向かう途中、偶然その現場に出くわしたらしい。 だからそのまま結人へ連絡がいったのだ。
コウも椎野たちと割と家が近いため、二人共別に怪しいところはない。 その前に、一番最初に椎野を発見した者が北野でよかった。 手当てが、できる人で。

「椎野はいつまで入院をするの?」
優が心配そうな表情をしながら椎野にそう尋ねた。 すると彼は、悲しそうな顔をしてこう言葉を返す。
「・・・文化祭の前日には、退院できるって」
「え!?」
「俺ももっと早く退院はできると思うんだけどさ。 ・・・頭だから、様子は大目に見た方がいいだろうって」
―――文化祭の前日・・・か。 
ここは文化祭には出れるからよかったと、喜ぶべきなのだろうか。 今ここでそれに対して怒っても、何も事態は変わらない。

「・・・クリアリーブル事件」

みんなが沈黙になった状態から、御子紫の声だけがこの病室に静かに響いた。 この単語は、きっとみんなも今一度頭を過ったことだろう。
「・・・椎野がやられたのは、クリーブル事件のせいなのか」
「「「・・・」」」
その御子紫の問いに、誰も答える者はいなかった。 それも無理もない。 結人だってみんなだって、クリアリーブル事件の目的が何なのか、何も分からないのだから。
もっと言うと、どうして椎野が狙われたのかすらも分からない。 もしクリアリーブルが椎野を狙ったのが、偶然だというなら仕方がない。
だけど彼らは、椎野が“結黄賊”だと知っていて、狙ったとしたら――――
「ユイ!」
御子紫が大きな声で結人の名を呼ぶ。 だけど次に言う彼の言葉は、結人には予想ができていた。 きっと御子紫は『クリーブルについて探りたい』と言い出すのだろう。
「ユイ、このままにしておいてもいいのかよ。 もしこれがクリーブルの仕業だったらどうする! これからももっと立川の人たちから被害者が出続ける。
 もっと言うと、俺たちからもまた被害者が出るかもしれないんだ。 ・・・俺たちが、今動くべきじゃないのか」
―――・・・やっぱりか。
御子柴の言いたいことはよく分かった。 きっとここにいるみんなも、彼と同じことを考えている者が何人かいるだろう。 

―――でも、よく考えてみろ。 
今は文化祭シーズンで、沙楽の生徒は文化祭に向かって準備を頑張っている。 
―――こんな大事な時期に、俺たちが動いたらどうなる?
もし結黄賊がこの立川に名を知られたとしたら、きっとクリアリーブルも結黄賊を放ってはおかないだろう。 同じカラーセクトとして。 
―――もっとよく考えてみろ。 
―――もし結黄賊が、沙楽の生徒だってバレたらどうなる? 
もしバレたら、クリアリーブルはお構いなしに沙楽学園を攻めてくるかもしれない。 つまり文化祭どころではなくなり、文化祭自体がなくなってしまう。 
そう、今までのみんなの努力が無駄になってしまうのだ。
みんなが頑張っているダンスも、主役を最後までやり切ろうと頑張っている櫻井も、全てが無駄になってしまう。 そんなことは、絶対に許さない。

「ユイ、命令をくれよ。 俺たちはユイの言うことなら、何でも聞くからさ! このままクリーブルに好き勝手させておいていいのかよ!」
「・・・御子紫」
「?」
「・・・今は、動かないでほしい」
「・・・は?」
そして結人は御子紫の発言全てを否定するよう、その一言を冷たく呟いた。 だが当然、彼は反抗してくる。
「何でだよ! ユイはこのままでいいと思ってんのか? これ以上、被害が出ていいとでも」
「分かってる! ・・・御子紫が言いたいことは、分かってる」
彼の発言を遮り、結人は自分の意見を主張した。 この考えには、迷いがなかったのだ。 

「もし俺たちがここで動いたらどうなる? クリーブルは、俺たちを求めて攻めてくるに違いない。 でも俺たちは高校生だ。 
 ・・・もうすぐで文化祭を迎えようとしている、青春真っただ中の高校生だ」

この場を少しでも和ませるよう余計な一言を交え発言したが、この緊張感のある空気の中誰も突っ込みを入れる者はいない。 だがそんなことには構わず、続けて言葉を綴っていく。

「そんな中、クリーブルが俺たちを攻めてきたらどうする? 俺たちだけの問題じゃない。 高校にまで、迷惑がかかるんだ。
 俺たち全員、停学または退学を食らってもおかしくはない。 それに、椎野をやった犯人はクリーブルだと決まったわけでもない。 だからまだ、動かないでほしい。 
 文化祭のためにも、俺たちのためにも。 ・・・せめて、文化祭が終わるまでは」

「・・・そんなに、待っていられるかよ」

「それでも待ってほしい。 今の俺にはどうすることもできない。 つか・・・この考えしか、今の俺には思い浮かばない。 いいか? お前ら絶対に動くなよ。 
 もし動いたら、この俺が許さねぇから。 ・・・いいな」

結人の強く放たれたその言葉により、再びこの病室には重たい沈黙が訪れる。 
―――これでいいんだ。 
―――まだ物事がハッキリしていないなら、俺たちが動いても危険なことでしかない。 
―――だから・・・これで、いいんだ。
「・・・分かった」
納得がいったのか表情からはよく分からないが、御子柴はそう呟いてくれた。 彼の気持ちは痛い程分かる。
御子紫は椎野と仲がよく、そんな椎野がやられたため黙ってはいられなかったのだろう。 だけど彼は、結人の命令をちゃんと聞いてくれる少年だ。
もっと反抗したくても、そこは自分を無理矢理にでも抑えリーダーの意見に了承してくれたのだろう。 

そしてみんなはこの後ダンスの練習はせず、このまま解散することにした。 明日からしばらくは、椎野は学校に来ない。 だからみんなで彼のもとへ見舞いに行く。 
それにこれ以上、結黄賊の中から被害者が出なければいい。 いや、立川の人から被害者が出なければいい、と言った方が正解か。 本当は、結人も今すぐにでも動きたかった。 
椎野をやった犯人を捕まえて、仕返しをしてやりたかった。 だけど今の結人にはどうすることもできず、この気持ちを無理矢理自分の中へと押し込んだのだ。 
御子紫と同じ。 だがきっと、この気持ちは結人と御子紫だけではない。 

結黄賊のみんなも――――そう、思ったはずだ。


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