文化祭とクリアリーブル事件⑨
翌日 沙楽学園1年5組
椎野が入院をした翌日の学校。 学校のみんなは特に変化なく、時間は刻々と過ぎていた。
昨日結黄賊が椎野のことをあんなに心配していたのが大袈裟に思える程、椎野という少年を知らない生徒は楽しく笑顔で高校生活を送っている。
もちろん5組にも関係のないことだった。 椎野と親しい結人と藍梨、真宮を除いては。
一番衝撃を受けたのは、当然椎野のいるクラス3組。 3組では椎野はムードメーカーらしく、クラスにいないと盛り上がらない大切な存在のようだ。
そんな彼が入院したと聞いた時、みんなは一瞬で青ざめたことだろう。 椎野が入院したと予め知っている、北野を除いては。
ただでさえ、今の3組はまるでお葬式を行っているかのようにとても静かで、誰一人笑う者もいなく暗かったのだから。
だがそんな彼らのことを何も知らない時間というモノは、刻一刻と残酷に彼らを引っ張っていく。 そう――――嫌でも時間が過ぎていってしまうのだ。
だけどそのおかげで、3組に変化が起きた。 椎野がいないということに次第に慣れていき、彼らは少しずつだが笑顔を取り戻していったのだ。
椎野と同じくらいに並ぶムードメーカー役の男子が、みんなの気持ちを盛り上げてくれた。 みんなもこのままだといけないと思い、笑顔を作っていく。
そしてこの長い授業を無事に全て終え、文化祭の準備をする時間帯となった。 みんなは各クラス、自分の仕事をやりこなしていく。 3組の出し物は合唱。
だから椎野がいなくても特に支障はない。 3組も気持ちを切り替え、頑張って合唱の練習をしているようだ。 その歌声が、5組にまで届いてくる。
一方5組も、劇の練習が本格的なものになっていた。 今日の練習は、剣だ。 兵士同士が戦うシーン。 劇で一番の頑張り所だ。
「結人くん、剣さばき教えて!」
「おう、いいぜ」
剣で戦うシーンは、結人と真宮が二人で予め考えておいた。 それはもちろん、喧嘩のやり方を知っているから。 剣のシーンは簡単だ。
よく喧嘩で行われる一般的な攻撃に、ただ剣を握らせるだけ。 考える時間もそれ程かかってはいない。
真宮は鉄パイプを持っての喧嘩はできないため、主役が行う難しい剣さばきのシーンは全て結人が考えた。 そのシーンを演じるのは、櫻井になるのだが。
今でも台本と向き合っている櫻井をよそに、真宮と一緒に兵士役をする生徒たちに戦い方を教えていく。 が、その前に二人でどんな戦いをするのかをみんなに見せた。
「え、凄い! 凄いね! 凄くカッコ良い!」
「どうしてこんなに難しい技が思い付くの?」
「マジかっけぇ! なぁ、もっと他に技とかねぇの?」
「俺もやっぱり兵士がいい! 物作りから兵士に移動してもいいか? あんなもん見せられたら、大変な役者でもやってみたくなったぜ」
二人で考えた戦いのシーンは意外にも高評価で、兵士役ではない人たちも二人の周りに集まってきた。
「もっとやって! リアルで映画のシーンを見ているみたい!」
「アンコール! アンコール!」
「色折くんと真宮くん、凄くカッコ良いー!」
何故か分からないが、物作りを先程までしていたはずの女子も二人の周りに集まっている。
「いやぁ、それ程でもー」
チヤホヤされて気分のよくなった真宮は、素直にこの状況を喜んでいた。 結人も彼に便乗し、ここは軽いジョークでも言って場を盛り上げようと思ったのだが――――
―ギクリ。
その瞬間、背後から嫌な視線を感じた。 ――――藍梨だ。
―――・・はいはい、分かっているよ。
藍梨の思っていることは口から言われなくても伝わった。 彼女に隠れて一つ溜め息をつき、この場にいるみんなに向かって口を開く。
「アンコールは無し! 時間がねぇからとっとと教えるぞ。 ほら、お前らも物作りにいったいった」
この場には剣のシーンを行うメンバーだけを残し、早速結人たちは彼らに戦い方を教え込んだ。 中にはすぐに憶える者もいれば、なかなか憶えられない者もいる。
―――憶えられない奴には、今後個人的に剣さばきを教えていくかな。
そんなことを考えていると、結人に静かに近付く少年が一人。 そして彼は、小さな声で結人に声をかける。
「・・・色折、くん」
「ん? おぉ、櫻井か。 どうした?」
「お、俺にも・・・剣さばきを、教えて、ほしい・・・」
―――・・・本当は、まだ櫻井には台詞に集中してもらって、剣さばきを教えたくはなかったんだけど。
「あぁ、いいぜ」
櫻井本人からの申し出を断るわけにはいかない。 自ら声をかけてくれたのだ。
―――だったら俺も、櫻井の頑張りに協力しないとな。
ということで結人は、彼に剣さばきを教えた。 それでも難しいため今日は途中までにしようとしたが『最後まで教えてほしい』と言われたので最後まで指導する。
主役は一番難しい剣さばきをするし、彼にとってはかなりの負担がかかるだろう。 だがそれも、また放課後に残って一緒に練習をすればいい。
―――でも俺は王様役だから、剣のシーンには参加しないんだよなぁ。
真宮は相手の国の兵士役で、戦いをするシーンがある。 だったら自分も、戦いのシーンを舞台でやりたかった。 みんなの前で凄く輝けるし、注目もされる。
―――でも、俺にはそんなカッコ良いシーンはお預けか・・・。
「ユイ!」
突然クラスの外から名を呼ぶ声が聞こえた。 だがその場から動かずに、顔だけをそちらへ向ける。
「どうしたー? 俺に何か用か」
こんな大変な時に名を呼んだ、タイミングの悪い少年――――関口未来は、結人に向かって再び声を上げた。
「あぁ! 話したいことがある!」
「それ、今じゃなきゃ駄目か?」
「できれば今がいい」
―――・・・仕方ねぇな。
本当は櫻井に付きっきりでいたかったが、呼ばれたため彼を真宮に任せ、未来のもとへと足を運ぶことにした。
「今しか話せないことって何だよ。 大事なことか?」
「大事かどうかは分かんねぇけどさ。 どうせユイ、放課後は学校に残るんだろ? だったら、話す時がないから今しかないと思って」
「ん? 何だよ」
未来は結人を手招きし、教室から離れ人があまり通らない階段まで赴いた。 一応今は授業中――――だから、人が通らないのは当然だ。
廊下には物作りをする生徒たちや出し物の準備をしている生徒たちで溢れ、廊下に出ることは簡単だった。 そんな中未来は、わざわざ人がいない廊下まで案内したのだ。
「人に聞かれちゃマズいことか」
この状況に、結人はこれから未来が大事なことを話すのだと確信した。 それと同時に覚悟もして、彼に向かってそう口を開く。 すると未来は、思っていた通りの言葉を口にした。
それも周りに人がいないことを、常に確認しながら。
「・・・結黄賊が、立川に浸透してきている」
―――・・・は?
「それ、どういう意味?」
「昨日の夜、家で調べていたんだ。 クリーブル事件について。 そしたら“結黄賊”っていうワードが出てきてな。
・・・最近の立川に、結黄賊っていうカラーセクトが現れ始めたって」
「どうして・・・結黄賊が。 それは横浜の情報じゃないのか?」
横浜では結黄賊というチームは有名だった。 寧ろ学校にまでも広まっていて、知らない人なんていない程に。
中学生が作ったカラーセクトということで色々なチームから敵視されていたが、結黄賊の喧嘩の強さに怯え喧嘩を売ってくる者は少なかった。
だがそれが知られているのは横浜だけのはずだ。 そのことについては、結人でもちゃんと調査済み。
それなのに、距離が離れているこの立川に結黄賊が浸透してきたとでもいうのだろうか。
「いや、横浜の情報じゃない。 これは立川の情報だ」
「結黄賊はクリーブル事件に関係していると言っているのか」
「それはまだ分からない。 ・・・それに、どうして結黄賊という名のチームが出回ったのかも、よく分からないんだ」
―――意味が、分かんねぇ。
誰も結黄賊という名のカラーセクトがあるということは、立川の人に打ち明けてはいない。 それなのに、どうして――――
―――・・・伊達か?
―――伊達が、言いふらしたのか?
―――・・・いや、それはない。
―――アイツがそんなことをするはずがない。
いや――――そう考えたくないだけかもしれないが。 そんな中、結人は最低な考えが頭を過ってしまった。
―――結黄賊の中で、誰かが俺たちを裏切った?
―――・・・そんなわけ、ねぇよな。
「マジ、意味が分かんねぇよな。 どうして結黄賊って名前が、立川に出回ったのか・・・」
「なぁ・・・。 クリーブルは、結黄賊目当てなのか?」
「それも分からない。 だけど、今起きているクリーブル事件は結黄賊じゃない一般の人からも被害が出ているんだ。 だから俺は、結黄賊目当てじゃないと思う」
「・・・そうか」
このままだとマズい。 だが未来の話を聞いている限り、結黄賊が誰なのかはまだ広まってはいないようだ。 だったらこのまま、静かにやり過ごすしかないのだろうか。
―――みんなに、動かないようにと言っておいてよかった。
結人は今、心の底からそう思った。