再会11
改めて兄さんとの差を意識したところで、頭を振ってその考えを振り払う。
たとえ双子でも、育った環境が違う。というか、ボクは一度死んで意識だけ蘇ったという結構特殊な環境なので、参考にはならないか。
しかし、同じ身体を共有しているというのに、こうも差が出るものなのかな? 他を知らないから何とも言えないが。
「うーん?」
思えば、そもそも使用する魔法からして違う気がする。
とはいえ、あの精神世界の中でしか知らないから、あの特殊な世界の中だけでしか使用できない可能性もあるが、それでもあれはそもそもの理が違う気がした。それこそ、天使の魔法ともまた異なった理の魔法ではないだろうかとも思うのだが、どうなんだろう?
そんな考えを抱きながら、散歩もとい討伐任務の為に大結界近くを大結界に沿うようにして歩いていく。
その周囲の光景も、南との境付近に近づくにつれ少し変わっていく。目に入る生徒は、制服に着られているような生徒から、制服がこなれた生徒に変わってきていた。
東側平原に出て三日が経った頃には、割とのんびりした歩みでも境界付近に到達していたので、そこから東へと足を向ける。
見回りが無くなり討伐任務のみになった事で、日数がかなり長くなった。以前までは十日ほどまでだった討伐任務も、いまではその倍でもいけた。それこそ、休みを返上してずっと平原に居続ける事も許可されている。
ジーニアス魔法学園に戻る必要もなくなったので、このまま進級まで平原に居てもいいな。
「それでもなぁ」
現在の暇な状態で、まだ三ヵ月以上も残っている任務従事期間を一気に充てるというのも、魅力的ではあるが退屈すぎる気もする。途中で一度ぐらい休んでもいいが、それだとその分進級が送れるからな。
「うーん」
大結界から離れたことで、魔物が襲ってくる回数が増えてきたが、まるで問題にならない。周囲の人間も結構余裕をもって対処している。
「この辺りはパーティー人数が多い?」
周囲を見渡し、ひとつのパーティー当たりの人数が多い事に気がつく。同じ制服同士も多いが、違う制服同士で組んでいる者達も多いので、未だに前回の流れのままに幾つかのパーティーが合流したままなのかもしれない。
そんな考察をしつつ、東の森の方面へと目指して進む。別に森の中に入るつもりはないが、そちらの方が人が少ないので、静かに過ごせるのだ。この辺りの魔物は相手にならないし。そういう訳で、どんどん奥へと進んでいく。
「・・・結構奥まで居るんだな」
まだ最東端の砦よりは西側ではあるが、それでも以前よりも人の数が多い気がする。それに少しげんなりとしつつ、人が増えた影響だろうと小さく嘆息する。
東門から平原に出て七日目。結構東の森に近づき、以前魔物を釣った時よりも少し東側へ進んでいた。流石にここまで来れば周囲に人は居ないようだ。森もかなり近くなり、遠くに微かに森の縁が目に映る。
とりあえず森に入るつもりはないので、この辺りで足を止めるとしよう。周囲の魔物を討伐しつつどこか腰を下ろすのに良い場所はないかと見渡す。といっても、一面平野で似たような場所ではあるが。
「まあいいか」
なので、足下に空気の層を敷いて、そこに腰掛ける。性能実験も兼ねて腕輪に込められている、周囲の魔力を薄くする魔法を起動させておく。
「ふーむ。割とうまくいっているな」
先程まで襲い掛かってきた魔物達だったが、周囲の魔物達を倒してから起動させた魔法は、思いの外上手くいっているようで、あたかもそこに壁があるかのように、魔物達はボクの周辺を避けて移動していく。しかし。
「・・・実際にやってみないと分からないものだな」
それでも、あまりに近くまで寄ってきた魔物は、魔力が薄くてもこちらに気づいて襲ってくるようだ。前に試した、どれだけ魔物に近づけるかの実験の結果通りか。
「さて、どうしたものか」
とりあえず反応した魔物は倒して、もう一度腕輪の魔法を起動させる。その内側で、どう改良するか思案していく。
「バレないようにするには完全に魔力を遮断しなければならないから・・・短期ならそれでも大丈夫だが、休憩という意味ではどうだろう?」
失った魔力を回復させる為に外部の魔力を取り込む事があるが、囲った場合は範囲内の魔力のみしかない状態になる。それに、魔力を遮断する結界は内部の魔力も消費していくので、狭い範囲だと直ぐに無くなってしまう。
「完全遮断も手だが・・・そうだな、二重で結界を張ってみるか?」
思いつきではあるが、早速試してみる事にする。同じ結界を二重に間隔を置いて張って様子を見ていく。
「・・・ふむ。気休め程度かな?」
結界に気がついた魔物は、まずは外側の結界を攻撃するも、直ぐに消滅した結界に、きょろきょろと何かを探すように周囲を見回す。
暫くそうした後、何処かへと移動していった。しかし、張り直す前に二つ目の結界を見つけた魔物が攻撃してきて、結局また見つかってしまう。
「上手くいかないものだ」
結界を張り直す前に直ぐに見つかるというのは、まさかの事態だ。運がないと言えば運が無かったが、しかしそれは、いざという時には通用しないだろう。
再度結界を張り直すと、もう一度思案し直す。さて、どうしたものか。
思案している間も、近くを通った魔物が反応する。周囲に居る魔物の数が多いというのもあるが、結界の隠蔽性能が低いのかもしれない。
以前に試した際は自身で調節しながらだったから、あの時と組み込んだ魔法では性能が違うのは当たり前ではあるが。
魔物を倒しながら、さてどうしたものかと考え、一度腕輪の魔法を弄り、完全遮断の結界を張ってみる。
「・・・うーん。これは思っていた以上だな」
遮断結界部分が周囲の魔力を消費していくが、その速度があまりに膨大で、十数分ほどで半径三メートルほどの内側は魔力切れ寸前まで陥ってしまった。
「やり方を変えなければならないな」
慌てて結界を解除して、魔法を直前のモノに組み直して発動させる。その間に襲ってきた魔物は残らず消滅させた。
「うーん。そうだな」
どうすればいいかと思案して、とりあえず完全遮断でも魔力消費量を減らす方法を考えていく。
「大結界みたいなのにすればいいのか・・・それとも、また別の方法かな?」
外の魔力だけ消費するのも手ではあるが、他に何か方法はないだろうか?
「遮断、だからな・・・ふむ。そうだな。修復とかを気にせず、ただ遮断させるだけであれば可能かもしれないな」
結界自体の周囲の魔力を吸収する機能を無くして、内と外を隔てるただの壁として機能させればいいのではないだろうか? そう思い至り、結界を一度解いて試しに組み込んでみる。
そうして組み込んだ結界を起動させてみると、周囲を透明な壁の様な結界が囲む。内外の魔力の流れを完全に遮断する壁ではあるが、魔力を消費しないので、内側の魔力が直ぐに枯渇する事はない。ただし、魔力を吸収しない分非常に脆く、傷ついても修復しないので、攻撃されたらあっという間に破壊されてしまう。
「・・・・・・どうだろう?」
それでも攻撃さえ受けなければ問題ないので、少し様子を見てみる事にする。周囲を歩く魔物に目を向けながら、動向を注視していく。
魔物達は、まるでそこに不可視の壁があるかのように避けて通るので、攻撃まではしてこないから、今のところ問題はない。
それでも、時折興味を持ったようにこちらに顔を向ける魔物が居るので、気は抜けないようだ。
「ちゃんと不可視ではあるようだが、完璧とは言い難い感じだな」
魔物の様子に、そう結論付ける。想像以上に魔物は魔力に敏感なようだな。
「ではどうするか、だが・・・これもまた難しいな」
こちらは身体の魔力を断つのとは違って、短時間であれば完全に遮断しても問題ないが、もっと恒久的に安全な結界が張れるようにしたいところ。
「まぁ、ここら辺であれば、普通に結界を張った方が安全なんだが」
以前に魔物を誘い出しては消滅させていった時の事を思い出す。あれは外側に攻撃性の結界を張っていたからなんとかなったが、ただの防御結界でも、破られはしなかっただろう。
しかし、それはそれだし、これはこれだ。今回目指している物とでは方向性が違う。あちらは殲滅が目的であったが、こちらは隠密が目的だ。
一応短期間の休憩としては問題ないが、せめて一晩ぐらいは保てる障壁が欲しいところ。
「うーん・・・これは普通に強固な障壁を組み込んだ方がいい気もするな」
魔物の数があまり多くないのであれば、今のままでも問題ないが、多くなると途端に見つかる可能性が跳ね上がるからな。
「もしくは内側に強固な障壁を張るとか? 外側から魔力を吸収して内側に流す・・・のは止めておいた方がいいな。魔力の流れが出来てしまうから、逆に見つかりやすくなりかねない。そう思えば、外側の魔力だけ消費するのも考えものか」
最東端の砦よりも内側では上手くいったのだが、森に近くなるだけで途端に難しくなるものだ。やはり数というのは脅威なのだろう。
今後の事を思えば、その数に対する方法も考えておいた方がいいかもしれない。
「対多数か、やはり派手な方がいいのだろうか?」
多数への攻撃となると、真っ先に爆発や洪水、巨石を幾つも落とすなどの色々と派手な攻撃が思い浮かぶが、それはそれで考えるとしても、そういうことではない。現在のように隠れる方法などのやり過ごす時を想定した考えだ。別に戦争をしようという訳ではないのだから。
それに、今後外の世界に出たとして、何かあった時に見つからないようにするのは大事な事だろう。それが必要なのは、何も多数相手の時ばかりではないのだから。
そう考えると、やはりこれを考えるのも大事なことだろう。無論、魔物以外も相手にする事も考えなければならない。
「汎用性の高い防御結界か・・・魔物は魔力として、他は視覚や聴覚なのかな? 匂いも隠した方がいいか。他には温度もかな? ふーむ」
様々な生態が頭に思い浮かぶも、それも完全ではない。存在している限り完璧はないか。
とりあえず、見えない聞こえない匂わないを基本方針に考えてみるかな。あとは魔物の対策で魔力の隠蔽も追加しておこう。魔物は世界一多いとも言われているからね。それでいて世界中に居るらしいから、対策は必須だろう。
そうして、あれやこれやと思案しながら試行錯誤を繰り返し、時を過ごしていく。
夜も更け朝を迎え、また夜が更けてを幾度か繰り返すと、そこそこ満足のいく出来になった。それでも近づかれたらどうしようもない。それに、魔物でなくとも判る相手には判るのだろう。
「さて、と」
その完成した結界の中で次の移動先を考える。平原での滞在期間も、向かう場所も特に決まっていないからな。強いてあげるならば、東側平原内というぐらいか。
「・・・・・・んー」
しかし、監視も居ない事だし、頭上の監視球体も騙すことは容易なのだから、平原に拘る必要もないんだよな。
少し森に興味が湧いてしまい、どうしようか悩んでしまう。話せる魔物が居そうではあるが、現在は内乱中で立て込んでいそうだし、まともに話をしてくれるかも微妙なところだ。
かといって、他にすることも無い。このまま結界内に籠って時を過ごしてもいいのだが、それはそれで退屈な気もする。
「・・・・・・ん? いや、そうか」
そういえばと、周囲を見渡して人の姿を探すが、近くには魔物は居ても人の姿は無い。流石に森にほど近く、最東端の砦からも離れた場所ではそうなるだろう。それを見越してここに居る訳だし。
「ここで研究なり彫刻なりをすればいいのか」
先程までずっと結界の改良に集中していたから、その事を失念していた。それであれば、ここでのんびり研究と彫刻をしておこう。
早速とばかりに、彫刻の為の一式を構築する。まだ陽が高い内は彫刻でもするか。
「さて、始めるとするか」
三体目の置物ではあるが、まだまだ慣れたとは言い難い。それでも最初の頃よりは手慣れた感があるだろうか。
プラタを模った置物ではあるが、本格的に細かいところまで彫り出すのは今回からだ。彫る恰好は決まっているし、プラタの姿は記憶に残っているので、まずは事前に彫る部分に傷を付けておくかな。
「・・・・・・」
周囲を警戒しつつ、黙々と作業を行っていく。集中していくと時を忘れるので、周囲が暗くなっても直ぐには気がつかなかった。暗視を用いれば夜でも普通に視えるので、それも影響しているのだろう。
天上を見上げてみると、青白い輝きで冷たくこちらを見下ろす、欠けた月が中天に輝いている。
「もうそんな時間か」
それに驚きつつ、彫刻一式を片付け、掃除も済ませる。それらを終わらせると、地面に模様を描いていく。
「えっと、共通部分は他には・・・」
手元にシトリーが模様を描いてくれた紙を何枚も取り出し、それに目を通していく。
「・・・・・・」
無言で眺めていく為に、紙が擦れる音がやけに大きく聞こえるが、それさえも気にならないほどに集中する。
両手に紙を持って見比べては、次の模様を見比べる。しかし、もう何度も見たものなので、新しい発見はほとんどない。
「何か増幅記号の代わりになりそうなモノでも見つかればよかったが」
芳しくない成果に、頭をかいて息を吐く。やはり、そうそう上手くはいかないようだ。
「でもまぁ、勉強にはなった。通常の大きさであれば自分なりに改良した模様を描けるかもしれないな」
そうは思うが、さすがにこの場では行わない。結界内でそんな危険な事は行えない。もしも行うのであれば、遮断結界ではなく防御結界に切り替えてからだろう。
しかし、目的の結果というものは中々に得られないものだな。
「んー! ちょっと休憩するかな」
伸びをした後に周囲を眺める。気がつけば丸くなってきた月が昇ってきていた。一体どれだけの日数集中していたのだろうか? そう思えば、筋肉が固まっているような気がしてきて、解すように身体を伸ばしていく。
「いくら時間が関係ないといっても、限度があるよな」
腕輪を設定せずに、ただひたすら集中した結果に、我が事ながらに呆れてしまう。
「それで、今は平原に出てから何日目なんだ?」
時間の感覚がごっそり抜け落ちていたので、経過した時間が分からない。時刻は判るが日付は一度戻らないと判らないからな。
「・・・んー・・・戻るか」
なので、諦めて一度駐屯地へと戻ることにする。ついでに、一旦休日でも取るとするかな。
そうと決まれば早く戻る為に、立ち上がって結界を解除する。
襲ってくる魔物は難なく対処していった。数は多いものの、この辺りの魔物では束になっても脅威にはなり得ないからな。
そうしてひっきりなしに襲い掛かってくる魔物も、砦が見えてくる頃になると数が減っていく。それに比して周囲に人の姿が増えてきたので、後はそちらに任せるとしよう。
東門を目指しながらそんな人達の間を進んでいく。これは別になすりつけている訳ではない。どちらにしろ魔物達はここへと向かってきていたのであって、ボクを追って来たのではない。・・・そのはずだ。
・・・それでも少し気になったので、東門へと進みながらも、視界で捉えている魔物を少し処理しておいた。数が減れば問題なく対処できるだろうから。
遠隔から魔物を処理して、問題ない事を視界に捉えて、内心少し安堵しつつ東門を目指して進んでいく。
東門との距離が縮まるにつれ、人の数が増え、魔物の数が減る。その分安全になっていくも、退屈にもなっていく。とはいえ、今回はただ戻るだけなので、それはあまり関係ない。むしろ早く戻れるのでいい事のような気もする。
そうして大結界近くまで行き、そこから東門へと移動する。森近くから急ぎ足で五日ほどかけて昼夜問わず移動すると、なんとか東門に辿り着く。
まだ薄暗い朝の冷えた空気の中、大結界の内側に入り、東門も潜り駐屯地に入る。
無事に駐屯地に到着したことで急に頭が冷えたのか、ふと誰かに訊けばよかったのではないかと思い至る。ここに来るまでにも何人もの人とすれ違ったし、砦だって幾つか目にした。なんだったら、プラタ辺りに問えば直ぐに答えが返ってきたことだろう。そんな今更な事に思い至り、思わず苦笑を零してしまう。集中して疲れていたからか、流石に頭が回って無さ過ぎたようだ。まぁ、本当に今更だが。
東門から少し離れた場所に在る責任者が居る兵舎に向かい、報告がてら現在の日付を確認する。そうしたところ、何ともう一月以上経過していた。往復の期間を考慮すると、結界の中で二十日以上は集中していたらしい。その事実に内心でかなり驚愕するも、それを表には出さずに兵舎を後にした。
とりあえず、明日から二日間を休みにしたので、気分転換に実家に本でも取りに行こう。その為に連休を設定したんだからな。その後は残りを全て平原で過ごす予定だ。今回のことで分かったが、集中すれば予想以上に時は過ぎていくようだ。
駐屯地を移動して宿舎に昼頃に到着すると、部屋にはギギの姿があった。しかし寝ていたので、部屋には入らずにそのままお風呂に向かうことにする。流石に平原に出ていたから、普段以上に身体が汚れている。道中魔法で汚れを取り除いて清潔にはしていたが、今はお湯に浸かりたい気分だったから。
背嚢を手に個室用の脱衣所に到着する。個室用と言っても、脱衣所は共用だ。それでもまだ時間的に早いので、人の姿は見られない。もしくは昼食時だったからかもしれないが。
脱衣所の中は入って直ぐに木製の小さな棚が二つほど並んでいる。その様子は横から見れば図書館の本棚に見えなくもないが、他にも壁にも似たような棚が取り付けられている。
その並ぶ棚は、縦と横の仕切りで四角く六つに区切られ、その区切られた場所一つ一つに鍵が取り付けられた小さな扉が付いているが、使っていない場所には鍵が刺さったままだ。
適当な棚の前に立って扉を開けると、一辺一メートルほどのその中に背嚢を仕舞う。そのついでに背嚢の中で構築した着替えを取り出し、脱いだ服と一緒に中に入れて扉を閉めると鍵を掛ける。誰が見ている訳でも誰が居る訳でもないが、念のためだ。
そのまま鍵を手に、奥に並ぶ扉の一つに入る。
扉の先には、足を伸ばすのは無理そうな狭い浴槽と、それ相応の狭い洗い場のみがあり、整髪剤や鏡などは何も無い。
浴室の扉を閉めるも、鍵は付いていないのでそのまま中に入る。最初に軽く掃除をしてから浴槽にお湯を張った。
それとは別にお湯を創造すると、そのお湯で身体を洗っていく。入浴道具一式は構築したものを使用するので、特に不便はない。たとえ無くとも、お湯で身体を洗うだけでも十分だ。
身体を洗い終わったら、張っておいたお湯に浸かって身体の力を抜く。これで足を伸ばせたらいいのだが、無理なものはしょうがない。
透明なお湯を、椀のように窪みを作った手で掬い、手を傾けてそのお湯を浴槽の中に零す。
「・・・・・・」
特に意味のないそんな事を繰り返し行い、それを眺めて時を過ごしていく。たまには何も考えない時間があってもいいだろう。
それに、そうしていると思考の凝りが解れていくような気がしてくるのだ。このまま続けてたら何か閃かないかな・・・。
◆
「今日はこのまま泊っていくの? どうしますか?」
体形は少し丸みを帯びてはいるものの、肌はまだ若々しいその女性は、椅子に腰かけて寛いでいる四人の女性へと優しい声で問い掛けた。
女性から声を掛けられた四人の女性の内、三人はまだ少女と呼んだ方が正しい幼い見た目をしている。しかし、その面差しはしっかりとした意志が感じられ、少女というには凛とし過ぎていた。
その三人の少女は、一度顔を見合わせて無言で頷き、もう一人の女性の方へと目を向けた。
目を向けられた女性は、赤のような黒髪をしており、見守るような大人の笑みを薄く浮かべて、承知したばかりに頷いて声を掛けた女性の方へと顔を向ける。
「迷惑でなければ」
そんな女性の言葉に、問い掛けた女性は、ふふふと小さく笑う。
「嫁いでもここはアンタの家でもあるんだから、そんな気を遣わなくてもいいわよ。クル・デーレ様も狭い家ですが、よろしければどうぞ」
女性の言葉に、クルは感謝の言葉を告げる。
「それでは、客間の用意を致しますね」
部屋を出ようとする女性の背に、クルは言葉を掛ける。
「お気遣いなく。ああ、であれば、私は二人と同じ部屋がいいです」
「しかし」
「大丈夫ですお母様。私達の部屋のベッドは大きいですから、三人でも問題ありません」
そのノヴェルの言葉通り、オクトとノヴェル二人の部屋には、三人が寝ても十分に余裕がある大きなベッドが一つ置かれていた。
しかし、それに母親は困ったような表情を浮かべるも、本人の要望でもあるので、直ぐに諦めて息を吐く。
「分かりました。では、何かご不便がありましたらお声掛けください」
「感謝します」
クルは女性に礼を述べると、オクトとノヴェルの方に顔を向けて微かに口元に笑みを浮かべた。
◆
結局、特に何か進展がみられることなく、翌朝を迎えた。
今日と明日は休みにしているが、予定としては、今日は実家に本を取りに帰り、明日はクリスタロスさんのところへ行くつもりだ。
まだ地平線に太陽が顔を覗かせ始めた時間に起きて、食堂へ移動する。
食堂では小さなパンを貰い、それを食べた後、水で流し込んで朝食を終える。
食事を終えて宿舎を出ると、そのまま駐屯地を出て実家の在る町を目指して移動していく。
目的の町までは、徒歩だと往復で半日以上掛かるので、片道でも結構時間が必要だ。転移を行えば一瞬だが、色々面倒なので今回は使用するつもりはない。
とりあえず連休を取った事だし、慌てる必要も無いので、色々と頭の中で思考しながらのんびりと歩いていく。駐屯地から実家の在る町まで整備された道で繋がっている。なんてことはない。
なので、一直線に進めば道なき道を進む事になる。整備された道を通ろうとしたら、大きな街を経由しなければならない。それでも途中で途切れるが。
なので、今回は一直線に進んでいる。道を辿れば、片道で一日ぐらいは掛かってしまうというのもあるからな。
「・・・・・・」
歩きながら空を見上げる。今日の天気は快晴だ。風はあまり吹いてはいないが、土のにおいが周囲を満たしている。
目線を下げれば、周囲にはなだらかな大地が広がっている。駐屯地から離れてすぐなので、まだ畑が広がっている事もないし、兵士や生徒以外が居る様子もない。
そんな平和な平原を、周囲を眺めながら進む。少々明かりが強いものの、視線を気持ち下げながら進めば問題ないだろう。
少し離れた場所に在る防壁近くの森を横目に、色が薄く、背丈の低い草が生えている地面の上を歩いていく。
最近は日中も気温が下がってきたものの、晴天の下で歩いていると熱くなってくる。途中で水を創造して飲みつつ、平坦ながらも整備されていない道を進む。
道中は色々と頭の中で考えながら進んでいるので苦ではないが、手元で作業が出来ないので少々もどかしい。それでもただひたすらに進んでいき、そろそろ昼も過ぎるかという頃になって、遠くに町並みが見えてくる。目的の町だ。
町壁などという立派なものは無く、胸元ほどの高さの木組みが町と平野を区切っている。一応その足場に足首程の高さの石段が在るが、ほとんど木組みを支えているだけの存在だ。
外敵らしい外敵が野生動物ぐらいなので、これで十分なのだ。野生の動物といっても、たまに畑を食い荒らす小動物が出没するぐらいなので、実質、子ども達が町から出ないようにする目安みたいなものか。
そんな町なので、門などという立派なものは無く、木組みの柵の切れ目が出入り口となる。
無論、出入りを監視しているような者も居らず、好き勝手に出入りできるが、今のところそれが問題になった事はない。平和な田舎町だ。
すっかり昼も過ぎた頃に町の中に入ると、低い建物が目に入る。高くても二階建てなので、圧迫感は少ない。それに家と家の間隔は広く取られており、人口もあまり多くはないうえに、その多くは何世代かの家族単位で一緒に暮らしているので、家一軒の広さは結構ある。
そんな懐かしい町並みを横目に、幅は広いが踏み固められただけの道を進んでいく。すれ違う人は少なく、顔見知りばかり。のはずだが、長いこと引き籠っていたボクのことはあまり認知されていないのか、探るような警戒するような視線が突き刺さって居心地が悪い。
そんな視線を極力気にしないようにしつつ、町中を実家目指して進んでいく。今日は私服だが、おかしなところは無かったはずだ。
そう思い、歩きながら視線を自分の身体に向ける。
黒の丈の長い無地の下衣に、明るい灰黄色で袖の長い横線の入った上衣。適当に在った服を着ただけなので御洒落とは言い難いが、おかしくはないと思う。
自分ではよく分からないので、そういうことにして前を向く。大分日も傾いてきたが、まだ夕方には時間がある。このまま行けば、日が暮れる前には本を取って町を出られそうだな。
そう考えながら進み、目的の家が見えてくる。二階建ての地味な色の普通の家だ。他の街で見かけた一般的な家よりは広いが、それでもこの町では普通の部類だろう。それにどれだけ広かろうと、ボクの部屋は二人寝れば窮屈になりそうな広さだ。
しかし、兄弟が多いとはいえ、他はもっと広い部屋を宛がわれていたので、今更ながらにそれを不思議に思う。末に近いからだろうか? まぁ、オクトとノヴェルは二人で一部屋ではあったが。
そんな事を思いつつ、到着した家の前で鍵を衣嚢から取り出す振りをして構築した鍵で玄関扉を開けて、勝手に中に入る。玄関には見慣れない靴と見慣れた靴が並べられていたが、特に気にせず靴を脱いで自室に向かう。
玄関からほど近い、廊下の途中のに在る鍵も付いていないその部屋に入ると、ギィィという立て付けが悪くなったような音を鳴らして扉が開く。
「うっ!」
室内は変わらず出ていったあの日のままではあったが、埃が厚く積もっていて、長いこと掃除もされていなければ、誰も立ち入ってないのが一目で判るほど。
開けた扉の風で舞い上がった埃に顔を顰めて口元を覆うと、風の魔法で埃を部屋中央の虚空に集めていく。それが済むと、布で遮られた唯一の窓を開放して、埃を外に追いやり、周囲に人のいない地面で魔法を解除した。
「ふぅ」
それに一息つき窓を閉めて再度布で覆うと、目的の本を本棚から回収する。
「うん。これだな」
題名を確認して間違いが無いのを確かめてから、それを手に部屋を出る。あとは帰るだけだ。そこに。
「オーガスト・・・?」
玄関方面から女性の声が掛けられる。それはありえないとでも言うような、現実感の乏しい儚げな声音であった。