再会7
それからも、見回りや討伐任務の合間に研究と彫刻を行っていく。中々思うように進みはしないが、時間が経てばそれだけ研究も彫刻も多少の進展はみられるというもの。
そんな事をしながら一月ほどが経過した。
つい先日退屈だった見回りが終わり、残りは討伐任務だけとなる。その前に、今日から学園だ。丁度シトリーの置物も彫り終えたところなので、列車の中で渡すとしよう。
そう思い、長椅子に腰掛けながらぼんやり駅舎で待っていると、誰かが近づいてくる反応を複数捉える。
「んー? この感じは・・・ペリド姫達かな?」
その覚えのある四つの反応と、前に新たに確認した二つの反応に、それがペリド姫達のパーティーだと予測する。
「さて、どうしたものか? まあ同じ列車だと思うし、どうも出来ないけれど」
長椅子に腰掛けたまま、諦めて引き続きぼんやりと景色を眺めておく。
そうしていると、駅舎の入り口が一気に賑やかになる。聞き覚えのある声なので、ペリド姫達で間違いなかったようだ。
「あら?」
駅舎に入ってくると、ペリド姫がボクを見つけてそう声を出した。声の感じからして、誰か居るのに驚いた感じだろうか。まぁ、ここに先客が居ること自体が珍しいからな。
そのまま六人がこちらへ近づいてくる気配がする。挨拶は大事だからね。
どうやらその途中で椅子に腰かけているのがボクだと気づいたようで、驚いたような喜ぶような声が聞こえた。
「オーガストさんではありませんか! お久しぶりですわ!」
流石に、近づかれて挨拶までされては無視も出来ないので、ペリド姫達の方へと顔を向けた後に立ち上がり挨拶を返すことにする。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「オーガストさんもお変わりなく」
直接見たのは四年生になって直ぐぐらいだが、会話をしたのは二年生の途中以来だったかな? そういえば、あの時に終盤の方で助けた際に少し言葉を交わしたか。
そんな事を思い出していると、ペリド姫以外も続いて挨拶をしてくれる。新顔の二人とは、ここで初めて言葉を交わした。
挨拶を終えると、それぞれ設置された長椅子に腰掛ける・・・こともなく。
「あれからどう過ごされていたのですか?」
ペリド姫の問いに、どう答えたものかと考える。任務に就いていただけではあるが、色々あった事はあったからな。
しかし、それらを正直に答える事も出来ないのと、面倒なので全てすっ飛ばして一言で済ませる。
「ずっと同じ任務続きでした」
見回りして討伐する。それは西門でも北門でも東門でも同じだったから、嘘ではない。
「そうでしたか」
それに、ペリド姫はどこか寂しげな顔をする。
「どうかされましたか?」
その表情が気になり、問い掛けた。
「いえ、私はその任務に就けなかったもので。ご一緒したかったのですが」
「ああ・・・しかし、ペリド姫達のおかげで奴隷売買の組織は潰えたのですよね?」
「いえ、まだ完全には。かなり広く深く根付いていたようでして」
「そうでしたか」
そういえば、プラタ達がそのような事を言っていたか。小箱の中身も枢機卿の側近宛だったらしいし。
「なので信頼できる方も少なく、この様に護衛が増えている次第でして」
困ったように笑みを浮かべるペリド姫。そんな姿を目にして、ふと気になり、ペリド姫達との会話と並行してプラタに話し掛ける。
『プラタ』
『如何なさいましたか? ご主人様』
『少し訊きたい事があるんだけれど、今いいかな?』
『勿論で御座います』
『知っているとは思うけれど、今ペリド姫達と会話をしていてね、それで例の奴隷売買組織がどこまで浸透しているのかが気になってしまって』
プラタが知っているとは限らないが、プラタなら知っているだろうという確信があった。
『それで、どこまでが侵されているか知っている?』
『帝国ですと、枢機卿と間接的ではありますが、皇帝までで御座います』
『・・・そこまでか』
どこまで、どころの話ではなかったな。
「どうかされましたか?」
そんな思いが顔に出ていたのか。ペリド姫に心配そうにそう問い掛けられる。
「ああいえ、少々ぼぉっとしてしまいました」
「そうですか? ご自愛くださいね?」
「ええ、ありがとうございます」
そんなペリド姫に、一瞬それを伝えるべきかと悩んだものの、やめておく。ここで伝えても証明のしようがないし、話の出所を訊かれても答えられないからな。
「それで、オーガストさんはあとどれぐらいなのですか?」
「えっと・・・」
プラタと話をしていた間の会話を思い出す。確か、任務期間の話だったか。ペリド姫達はもう進級するらしい。
「あと三ヵ月ぐらいですかね」
「そうでしたか・・・」
残念そうな顔をみせるペリド姫だが、そもそも進級した時期からして違うのだから、こればかりはしょうがない。
「そういえば、少し前に森の方から襲撃が在った際に、オーガストさんも居られませんでしたか?」
その問いに、あの日のことを思い出す。そういえば終盤に転移したのだったか。しかし土壁に阻まれていて、ペリド姫達側からこちらは見えていなかったはずだが。
さて、どう答えようかと僅かな間に考える。不自然にならないように気をつけながら。
「それは――――」
と、そこに列車が入ってくる。とてもいい時に来てくれたので、そちらに顔を向けて話を強引に打ち切る。
「皆さんもこの列車に?」
「はい。一度学園に寄る用がありますので」
「そうでしたか」
それから順番に列車に乗ると、それぞれが割り当てられている部屋へと移動した。
ボクが割り当てられている自室に入ると、そこにはプラタとシトリーが居なかった。
「・・・・・・まさか、ね」
以前にも似たような状況が在っただけに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
しかし、今回の相手はあのペリド姫達だ。いくら久しぶりの再会だとはいえ、それはないだろう。それに加えて相手は六人だ、ボクを入れても七人なので、流石にこの部屋では窮屈になる。無理すれば入れない訳ではないが。
なので、別の可能性として、プラタとシトリーは何かしらの用事で来れないか、だろう。現に以前プラタはそれで遅れてきたわけだし。・・・そういうことにしておこう。
とりあえず、いつまでも突っ立ている訳にもいかないので、長椅子の中に空の背嚢を仕舞ってから腰掛ける。
「はぁ。列車も久しぶりだな」
四年生になってから学園に戻る回数もかなり減った。それに伴い列車に乗る回数も減ったが、これは五年生で更に減っていく。六年生以降になれば、進級や卒業などの行事以外で学園に戻ることはほぼ無いといえた。
席に着きながら、出発するのを静かに待つ。その間に次の彫刻の題材であるプラタの恰好を考えていると、扉を叩く静かな音が室内にお響いた。乗客は限られているので、誰かなど考えるまでもないが、一応誰何の問いはしておく。
「はい? どなたでしょうか?」
「ペリドット・エンペル・ユランです。今、お時間よろしいでしょうか?」
発車前だが、それは問題ない。それよりも、訪ねてきたことが問題だ。扉越しに確認するに、反応は馴染みのある四人なので、流石に狭いから新顔の二人は置いてきたのだろう。
「ああ、はい。大丈夫です」
扉を開けて四人を確認すると、そう応えて中へと通す。
四人は中に入ると、ペリド姫とその両脇にスクレさんとアンジュさんが座り、その三人の向かい側に座るボクの隣にマリルさんが腰掛けた。その配置に、そこはペリド姫の側が二人じゃなくていいのかとも思ったが、本人達がそうしたのだから、ボクから言う事は何も無い。
そうして向かい合わせに座ると、改めて挨拶を交わした。
「それで、今回はどうなさいましたか?」
四人が訪ねてくるというのは珍しい。一緒にパーティーを組んでいた期間は短かったが、それでもそんな事は一度もなかった・・・はず。
「用、というほどのモノでもないのですが、こうして久しぶりにオーガストさんに会えましたので、何かお話しをしたいと思いまして」
「そうでしたか」
恥ずかしげにそう告げてくるペリド姫に、ボクは少し警戒しつつ頷く。列車が到着した時の問いにもまだ応えていなかったしな。
「それで、先程の話ですが――」
ああ、やはりそうなるよな。ペリド姫達が訪ねてきた時点で、流石にあれで有耶無耶に出来るとは思っていなかったし。
さて、どう答えたものかと思ったが、新顔の二人が居ないので、素直に話してしまってもいいような気もする。ペリド姫達はボクが転移が使える事を知っている訳だし。もしかしたら、その辺りも考慮したのかもしれないな。
「ええ。少しの間ですが、確かにあの場に居ましたね」
なので、変に嘘をつかずに素直にそう答える。
「やはりそうでしたか。お声を聞いたと思いましたが聞き違いではなかったのですね」
「ああ、なるほど」
それで何故ペリド姫達が知っていたのかが分かった。しかし、大声は出していなかったと思うが、土壁越しで判るものなのかな? とはいえ実際にこうしてバレているのだから、判別は可能なのだろう。ペリド姫達が嘘をついていなければ、だが。
「それで改めてお尋ねしたいのですが、あの時に突如現れた女性は何者なのでしょうか? それにもう一人の少女、黒衣の女神などと呼ばれている少女についてもだ」
まあそうなるよな。こればかりはしょうがないか。しかし、素直に全て話すわけにもいかないからな・・・そうだな、少しだけ伏せるとするか。
「突然現れたというあの女性は死の支配者でして、なんと説明すればよいか分かりませんが、死後の世界を管理しているらしいです」
ボクの説明に、四人は反応に困った表情を浮かべる。疑ってはいない様だが、それでも理解は出来ていないようだ。まぁ、気持ちは解るが。逆の立場ならボクも同じ反応をしただろうから。
「死んだ後はあの女性の管理下に置かれるということ・・・らしいです」
「それは、何といいますか・・・あの女性は死の神なのでしょうか?」
ペリド姫の疑問に、ボクは内心で納得する。確かにあれは死を司る神と呼ぶに相応しいだろう。というよりも、他に相応しい呼び名も無い気がしてくる。
「多分、その認識で間違っていないのでしょう」
「では、そんな死の神と対峙して言葉を交わしていた黒衣の女神とは一体?」
「ああ、それはですね・・・」
さて、これがこの一連の話で一番説明が難しいところだ。ボクの協力者とは言わないが、妖精と説明するのもいいのか悩む。人間にとっては、妖精どころか精霊ですら伝説の存在に近いのだから、素直に説明していいものか。それに、そう説明したところで関係についても訊かれる可能性も高いからな・・・これは困った。・・・うーーん、そうだな。
悩んだ時間はそんなに長くはない。なので、まだそう不自然でもないと思う。
しかし考えてみれば、つい今しがた死の神、もとい死の支配者について話したばかりだ。そんなとんでもない存在について聞かされたばかりなので、今更妖精の話を追加したところで、問題ないような気がする。
関係については曖昧にすればいいのではないだろうか? その辺りは何とかなるような気もするが・・・代わりの話を何も考えていない。その辺りはまぁ、話しながら考えるとするか。
「黒衣の女神は、妖精です」
「妖精ですか!? 妖精といえば、あの魔力を創っているとも言われている、あの妖精ですか!?」
四人ともに驚愕に目を大きくする。死の支配者という初めて聞く存在よりも、以前から話に聞いていた妖精の方が食いつきがいい。どちらもあまりにも高い位置に居る存在なんだが。
「ええ。その妖精です」
「そうなのですか。妖精も私達と姿は似ているのですね」
「いえ、あれは人形に憑依しているだけですので、本来の姿は別に在りますよ」
「そうなのですか?」
「はい。本来決まった形は持っていないのだと思います」
最初は光る小さな球体の様なモノだったし、それに精霊の上位種らしく同じように姿を消せるらしい。もしかしたら精霊のような姿もとれるのではないだろうか? とも思うのだ。確かめた訳ではないが。
「そうなんですね。妖精という存在が実在したのもまた驚きです」
存在すると言われていながら一度も確認されていない種族の一つなので、そう思うのも仕方がない。
「そうですね。外の世界には色々な種族が居ますね」
「ええ、そうですわね。いつか外の世界を旅してみたいですわ」
憧れの瞳を車窓から外に向けるペリド姫。外の世界は広く、様々な興味深いモノが在るが、それでもペリド姫達の今の実力では、森までが精々かもしれない。
「その為にも、もっと実力を付けないといけませんわね!」
ペリド姫は決意を新たにするようにこぶしを握る。本人は真剣そのものなのだが、その姿は可愛らしかった。
「オーガストさんにまた訓練をつけていただきたいのですが、それも難しいですわね」
しかし、直ぐにしぼんだ花のように俯き、力なく肩を落とすペリド姫。確かに学年も違うし、時間ももう合わないだろう。今回もペリド姫達は用事を終えれば直ぐに学園を出るようだし。
「そうですね。こうしてお会いする機会もあまりないかもしれませんね」
元々住んでいる世界が違ううえに、学年が変わって派遣される場所も変わる。一緒に東門に居た四年生の間も、一度防壁上からその姿を確認したぐらいだった。
それは五年生以上でも同じ事だろう。六年生以上ともなれば、まず会わないといってもいいぐらい。それに、ペリド姫達が今後どうするか分からない。まだ奴隷売買組織の件は終わっていないみたいだし、また駐屯地には赴かないということもあり得るだろう。
「ええ、本当に。残念ですわ。本当はずっとご指導して頂きたかったのですが」
上目遣い気味に顔を上げたペリド姫に、スクレさん達三人も同意とばかりに頷く。
強くなる為には指導者が必要な面もあるだろうが、しかし四人はユラン帝国の最強位であるシェル・シェール氏の教えを受けているんじゃなかったか? その事を訊いてみると。
「はい。その通りですが、オーガストさんのご指導も受けたいのです。シェル様とはまた違った教え方でしたので。それでいて、とても参考になるご指導でしたから」
憧れるような瞳を今度はこちらに向けたペリド姫に、つい困惑した曖昧な笑みを浮かべてしまう。
「ただ魔力の使い方について少しお伝えしただけですよ。それに、私の拙い説明でそれを修得出来たのは、皆さんの技量があってこそですよ」
実際そうなのでそう言うと、ペリド姫は首を振ってそれを否定する。しかし、ボクのこれは大半が兄さんの知識に依拠したものなので、胸を張って誇ることが出来ない。いや、それをしてはいけないだろう。
「皆さんはとても素質がありますから、私がお教えしなくとも、いずれ会得した事でしょう」
「たとえそうだったとしても、オーガストさんのおかげで早く気づくことが出来ましたわ」
そんな思いでのボクの言葉に、ペリド姫はすぐさまそう返す。その真っすぐな瞳が眩しい。その眩しさに、思わず閉口してしまう。信頼はうれしいが、これに関しては負い目がある分、重たいモノが在る。しかしこれは個人的なモノであって、ペリド姫達には関係のないことだ。なので。
「そう仰っていただけるのであれば、この身に余る光栄です」
これ以上は同じ事を言うのは止めておこう。そう思ったのだが、ボクの言葉にペリド姫はどことなく微妙な表情をみせる。それはなんというか、困ったような寂しいような、反応に困っている顔に見えた。
「そんなに改まらなくてもいいのですよ? もっと前の様に・・・いえ、前以上にもっと気さくな感じでお願いします」
前の様にと言われても、前までどんな風に接していたかなんて覚えていないし、それでも丁寧に接していたと思うが。はて、どうだったか? 相手は一国の姫なのだから、流石に平語では砕け過ぎだろうしな。
これまた難問にボクは困り、どう答えたものかという曖昧な表情を浮かべる。それを見て、ペリド姫が申し訳なさそうにした。
「・・・私には無理そうです」
なので、そう謝る。正直、この話方だから話せているのであって、ペリド姫達相手に普通には話せない・・・いや、それはほとんどの相手にか。人と喋るというのは想像以上に難しい。
「そうですか。無理を言ってしまったようで申し訳ありません」
「いえ、そんなことは」
重い空気になってしまったので、何か別の話題はないかと思考を巡らせる。しかし、これと言って思い当たる話題も無いんだよな。奴隷売買組織の話はするべきではないだろうし。そんな風に悩んでいると。
「そういえば、少し前に草原で魔物を集めていたのはオーガストさんではありませんか?」
ペリド姫の隣に腰掛けるスクレさんが、思い出したようにそう問い掛けてくる。
それに何の事だろうかと首を傾げつつ考えるも、直ぐにクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様に頼まれて平原の魔物の数を減らした時の事だと思い至る。確か、あの時ペリド姫達もあの場に居たんだったな。しかし、ここは敢えて惚けておこう。
「なんの話でしょうか?」
そう尋ねると、スクレさんは先日の平原での話を始めた。やはりクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様に頼まれて魔物討伐をした時の話であった。
「それで、もしかしたら魔物が集っていた中央部分にはオーガストさんがいらしたのではないかと思いまして」
その口調は問い掛けているようでいて、その実確信があるのが窺えるものであった。なので、変に誤魔化しても意味がないだろう。
「そうですね。それは私ですね」
「ああ、やはり」
頷いたスクレさんに驚きの色はない。それはペリド姫やアンジュさん、マリルさんも同様であった。まぁ、人間界の基準で考えれば、あんなことが出来る者は限られてくるからな。
「あれはどうやったのですか? 差し支えなければお教え願えませんでしょうか?」
「そこまで大仰な事ではないですよ。魔物は魔力に敏感なので、ただ周囲に魔力を流すことで、魔物が反応しただけです。特に平原に出ているぐらいの強さの魔物だと魔力に敏感に反応を示すので、それを利用しただけです」
「そうなんですか。しかし、あの数をどうやって倒したのですか? あの数を相手にし続けるのは、流石のオーガストさんでもかなり大変だと思いますが?」
「それは、通過した全てに攻撃を与える攻撃性の障壁を張って、その中に籠っていただけですから、まともに全てに対処していた訳ではないですよ」
そう説明すると、四人ともがきょとんとしたような表情を浮かべる。そんな反応に、ボクは何故そんな反応をするのかと首を傾げた。
しばらく間の抜けた空気が部屋に流れたあと、スクレさんが我に返ったように口を開く。
「あの数の魔物から何日も身を護れるだけの障壁、ですか?」
「ええ。そこまで難しいものではありませんよ? 魔物自体単純に突撃してくるだけでしたから、それを防げばいい訳ですし」
「ですが、魔力が足りないのでは?」
「それは周囲の魔力や、魔物自体を使えば解決しますよ」
「魔物自体を!?」
絶句、とでもいえばいいのだろうか? 言葉を失った感じの四人だが、魔物自体が魔力の塊なのだから、それを利用できないかと考えるのはおかしな考えではないと思うのだが。
「魔物は魔力の塊なうえに大量に突撃してくるのですから、それを利用しない手はないと思うのですが?」
そんな当たり前の疑問に、四人はどう答えたものかと悩むように顔を見合わせる。
「お話しは解りますが」
少しして、代表してペリド姫が口を開く。
「魔物を利用するとはどうやるのでしょうか?」
ペリド姫の四人を代表したその問いに、はてと首を傾げる。魔物の利用など大して難しいモノでもないと思うのだが。
「魔物を倒した場合、魔力となって消滅しますよね?」
「はい」
「その魔力を捕らえて使用すればいいのですよ」
「はぁ・・・?」
理解していない感じの相づちに、どう説明すればいいのかと首を捻る。そもそも、この辺りの知識も基礎は兄さんのものなので、ボクは始めからそれが出来ていたのだから。
「魔法を使用する際に、外部から魔力を取り込む事があると思うのですが、それと同じ要領で魔力を捕らえてしまえばいいのですよ」
しかし、それでも四人は理解しきれていないような表情を浮かべるので、どう説明すれば解ってもらえるのだろうかと思考を回転させていく。
外部から取り込むなんて初歩の話だと思うが、何処が解らないのだろうか? 消滅した魔物の魔力を捕らえるところだろうか? 周囲の魔力に溶ける前に捕らえるのは難しいが、それでも不可能ではない。まあもっとも、普通に外部から魔力を取り入れた方が簡単だから、普通は行わない方法ではあるか。
つまり、それをわざわざ組み込んでまで障壁を張る方が変わっているということになる。ならば、理解出来ないのも解らなくもない、のか? しかし、だからといって解りやすく説明できるという訳ではない。
「まあ・・・使う事もないでしょうから、お気になさらずに」
なので説明するのを放棄すると、そう言って四人に微笑みかけた。
「申し訳ありません」
「え!? あ、え!?」
そう言うと、いきなりペリド姫が申し訳なさそうに軽く頭を下げる。急な事態に訳が分からず変な声を出してしまった。
「私達の理解力が及ばないことが申し訳なく」
「あ、ああ・・・いえいえ、そんなことはありませんよ!」
確かにそこまで高度な事ではないとは思うが、必要ない知識でもあるので、理解する必要が無いというのもある。それ以上に、いくら私的な場とはいえ、皇族に頭を下げさせるのはかなり心臓に悪いので止めていただきたい。
そんな思いから慌てて声を掛けると、ペリド姫が小さく笑った。
「あ! すみません」
思わずといった表情を浮かべて謝るペリド姫に、ボクは慌てたまま手を振って、気にしてないと直ぐに返す。
「それでも申し訳ありません。教えを乞う身でありながら、理解することが出来ずに不甲斐ない限りです」
「いえ、本当にそんな事はありません。そもそもが少々特殊な手法なうえに、実用性の乏しい方法なのですから。本来は覚える必要もない訳ですし」
「それでも、私は様々な手法を学びたいのです!」
とても真剣に真っすぐこちらを見てくるペリド姫。その瞳には、覚悟のほどが窺える。まあしかし、考えてみれば当たり前か。覚悟が無ければ、お姫様がジーニアス魔法学園などに入学しては来ないだろう。
「・・・そうですか。それでしたら――」
ならば、少しぐらいはその覚悟に応えてみようかなと思いもする。多少であれば手助けは出来る訳だし。
そういう訳で、自分に解る事を解る範囲でかみ砕いて説明していく。途中で質問を受けても、可能な限り丁寧に答える。
「なるほど、そういうことなのですね」
四人は熱心な生徒である為に、教える側としても楽しい。なので、他の事についても実際に手本を見せたりしながら説明をしていく。
「やはりオーガストさんは凄いですわ!」
外が暗くなるまで色々と説明すると、ペリド姫が興奮したような声を出した。スクレさん達三人も感心したように頷いている。
「調べるのが好きなもので」
元が兄さんの知識だとしても、自分でも色々と調べているので、間違ってはいないだろう。
「おかげでまた知識が増えましたわ!」
そう言って喜ぶペリド姫。もう日も暮れたので、そろそろお開きだろう。そう思っていたのだが、中々自室に戻らない四人。
軽い雑談を交わしながら更に夜が更けていく。流石に心配になってきたので、四人に尋ねてみる事にした。
「あの、皆さんは部屋に戻られなくていいのですか? もう大分夜も更けてきましたが」
その問いに、スクレさん達三人はペリド姫の方へ目を向ける。それを受けてペリド姫は「うーん」 と可愛らしく考える仕草をみせる。
「もう少しオーガストさんとお話をしたいのですが、ご迷惑でしょうか?」
少し上目遣い気味に問い掛けてくるペリド姫に、困った笑みを返しつつ、「あと少しなら」 と返した。夜も更けたとはいえ、まだ日が暮れてそこまで経っていないので、まだ大丈夫だろう。しかし、新顔の護衛二人は放っておいて大丈夫なのだろうか? ちょっと心配だが、まあ同じ列車の中だし大丈夫だろう。
などと一人考えながらも、雑談を継続していく。
そんな話をしている時に、ふとペリド姫を見ていて思い出す。前に創ったそこそこ華美な首飾りの事を。あれは王侯貴族の華やかな者達には似合うだろう。魅力も上がるようにしてあるし。ただ、少しばかり重い気がするが。
しかし、長時間付けなければ問題ないだろうし、何より毒や麻痺などを防いでくれる一品だ。食事の際に毒殺の心配が要らないのはとても素晴らしい事だろう・・・衝動的に創った試作品だが。
まあでも、そんな色付き水晶を散りばめた眩いばかりの一品だが、ペリド姫の美貌の前には見劣りしそうな気もする。
とはいえ、渡す先もなく、使う予定もない品というのも虚しいモノだろう。ジャニュ姉さんに贈るという方法もあるが、それは何というか、やめておこう。
そういう訳で、折角なので贈ってみようかな? と何となく思いつく。この四人であれば贈ったところで問題ないだろうし。他の三人には・・・どうしようかな? 何か在っただろうか?
少し考え、特に何も無いことに思い至っただけであった。こんな事なら何か適当に創っておくんだったな。まぁ、今創ってもいいが、どんなのがいいのだろうか?
首飾りは昔の技術で創られているので少々手直ししてもいいが、それをすると時間が掛かるな・・・急ぐ事もないか。明日の朝にジーニアス魔法学園に着く訳でもないのだから。
そういうことにして、一旦そのことは棚上げにしておく。
とりあえず、四人が帰ったら簡単に調整しつつ、新たに何か創るとするか。
それからも五人で雑談を続ける。主にパーティーを離れてからの話であった。それは奴隷売買組織の捜査についてだが、半分以上は愚痴であった。大変なのは解るが、ボクにはそれを聞く事しか出来ない。
しかし、それで上の連中を結構粛清したようで、帝国は今大変らしい。もっとも、更に上の枢機卿や皇帝はそのままのようだが。
そういう訳で、討伐任務がてら憂さ晴らし兼修行であった四年生の討伐任務を終えて、ペリド姫達もその中に戻るらしい。それは愚痴りたくもなるか。