再会8
ペリド姫達は散々愚痴った後、日が変わる前に各自の部屋へと帰っていった。
「さて」
それを見届けた後、ペリド姫達と話している途中に思いついたことについて思案する為に、保管していた首飾りを再構築する。
「うーーん・・・悪くはないが、やはり技術が古く拙いな」
今であればもっと巧く創れるだけに、どうしてもそう思ってしまう。そして、やはり首輪自体が重い。
「これはもう要らないな。新しく創った方がいい」
そういう訳で、首飾りを分解して消し去る。あとはペリド姫達に贈る魔法道具だが・・・別に贈らなくてもいいような? 考え始めたところで、直ぐにそんな考えが浮かんでくる。別に約束している訳でも、口に出したわけでもないし。
「そうするかな」
面倒くさくなった訳ではないが、そういうことで自分の中でこの話を終えると、ちょうどプラタとシトリーが現れる。
二人が室内に現れたのを見計らってか、フェンとセルパンも影から出てきた。
席順はいつも通りに、ボクの隣にプラタ、ボクの膝の上にシトリー。向かいの席にフェンとセルパンという並びだ。
全員が揃ったところで、まずはシトリーに完成した置物を贈る。
「はい、シトリー」
「ん? うわぁ! 貰っていいの!? ジュライ様!!?」
目の前に差し出したそれに、シトリーは心底嬉しそうな声を出すと、ボクから置物を受け取って大切そうに包むようにして両手で持つ。
「わー! 私だよ! ジュライ様!!」
「うん。我ながらそこそこ似ているとは思うよ」
結構頑張ったので、始めて作ったクリスタロスさんの時よりは良く出来たと思う。それでも、まだまだ拙いとは思うが。
「へへー♪ 私はこんな感じなのか―♪」
高く持ち上げてみたり、逆に上から見下ろしてみたり、横から眺めてみたりと、様々な角度から置物を堪能するシトリー。
それを微笑ましく眺めた後に、プラタの方へと顔を向ける。
「次はプラタのを彫るけれど、参考にするから学園に着いたら観察させてね」
「畏まりました。ご主人様の御望みのままに」
「ありがとう」
ジーニアス魔法学園に着いたら、部屋でプラタの服装などの細部を確かめなければならない。シトリーがプラタを真似ているので、基本は同じとはいえ、二人は最早別の存在なのだから。
彫る格好については大方考えはあるが、それでもどうするかは完全には決めていない。学園に到着するまでには決めておこう。
目的の一つであった、シトリーへ完成した置物を贈るという目的は達せられたので、次はフェンとセルパンの話でも訊こうかな。もうかなり長いこと訊いていない気がする。そういう訳で、二人に話をしてもらう事にした。
話をしてもらうといっても、時刻は既に深夜なので、そんなに時間はないかもしれない。帰る際の感じからして、翌日もペリド姫達が訪ねてきそうだからな。
そういう訳で、まだ暗い外を気にしながら、二人に交互に話をしてもらう。
まずはフェンからだが、周辺の森の様子を見に行ったらしい。それによると、北は身を隠していた生き物たちが出てきたものの、それでもまだ静かなものだとか。
西のエルフ達は、集落を纏めた後にナイアードの住まう湖近くへと移動し、新たに大きな集落を作ってそこで暮らしてはじめたとか。もう今では、東の森にはその集落のみしか存在していないらしい。因みにその集落の長は、いつぞや助けたエルフの女性らしい。名前は・・・なんだったか? もう覚えていないが、そもそも聞いたっけ? まあいいや。
エルフがそんな状態なので、抑え込まれていた生き物が覇権をめぐって争い始めた。しかし、あの辺りに生息している生き物の強さ自体そこまで強くはない為に、平和と言えば平和らしい。
南は、エルフ達は破損した障壁の修復などをすでに終えて、日常の落ち着きを取り戻しているらしい。それでも少なくない犠牲の上に築かれたものではあるが、被害自体は一番軽微だ。
東側はプラタの言の通りに、魔物が活発に動いているようで、騒ぎが落ち着くまでにはまだ時間を要するみたい。
そういう訳で、南側以外は大分変化があった。東側は前回変異種が来た時と同じだが、あの時とは違い、内乱の様なモノが勃発している。おかげで人間界は忙しくなったが、それも東門だけだな。
その東門も時間が経ってから大分落ち着きを取り戻してきている。対策を立てたりしたので、慣れたとも言えるか。
まだそこまで時間が経っていないからか、森自体にはそこまで大きな変化は無かったようだ。
次にセルパンの話を聞く。時間的にはまだ大丈夫そうだな。
セルパンはその森の外縁部を見て回ったらしい。それにしても、二人が一定の距離までしか移動しないのは、出来ないのか、それとも遠出する時間がない為か。はたまた別の理由かな?
そんな事を思いつつ話を聞く。どうやらまだ南以外は全て静かなままらしい。その南である湿地も、何やら騒々しくなってきて、荒れそうだという話だった。しかし、どう荒れそうかまでは分からないようだ。
とりあえず何故かと考えてみる。
南は竜人の住処ではあるが、実質魔物の国の領地だ。そして、そこが騒がしいということは、何か起こっているということだが、自然災害的な人知を超えたモノ以外であれば、争いだろうか? 敵対しているのは魔族らしいが、魔族自体、死の支配者により痛手を負わされているので、戦線はかなり後退している。ということは、可能性としては死の支配者が今度はそちらへと攻め入ろうとしているということだろうか? それを事前に察知しているというのも不思議なものだが、いくら考えても他の可能性は思い浮かばないからな。
それを不思議に思いつつ窓の外に目を向けると、空が白んでいた。
まあそんな朝早くから来るとも思えないので、もう少しいいか。それに、誰かきたら何か言う前に四人は姿を隠すから大丈夫だろう。
そういう訳で、先程の考えを話してみると。
「確かに可能性はありますね」
「動きは何かないの?」
「はい。今のところ感知できるものは何も」
「そっか。なら、なんで湿地は騒々しいのだろうか?」
「可能性としましては、備えているのではないでしょうか?」
「備えてる?」
「はい。つい先日妖精の森が襲撃を受けました」
「え!?」
「他にも、東側の沼地の先も攻めているようです」
「そうなのか!」
「なので、どこからか情報を得て次は自分達だと予測し、備えているのではないかと」
「なるほどね。それならば納得だ」
それであれば事前に動いているのも理解できる。しかし、死の支配者は世界中を攻めているんだな。本当に何がしたいんだろうか?
「それで、どうなの? 備えとしては」
「・・・死の支配者側がどの程度の存在を派遣するかによりますが、今までの傾向から推察するに、おそらくやや弱いかと」
「そっか。まぁ、死の支配者は相手によって刺客の強さを変えているようだからね」
「はい。なので、確実な事は何も」
申し訳なさそうに頭を下げるプラタ。それに気にしないでと伝えておく。こればかりはしょうがないし、正直人間界のことではないので、直接は関係ない。
話題は魔物の国のことだが、シトリーはそこまで気にしていないのか、話には参加してこない。代わりに膝の上で贈った置物を楽しげに眺めている。
「南まで攻め終われば、世界中を攻めた事になるのかな?」
「はい」
「その後はどうするんだろう?」
「分かりません」
「だよね」
元々今行われている余興自体、目的が不明なのだから、その先など分かるはずがない。
それでも理解しようとしてはいるが、死の支配者自身が愉快犯的な思考を持っている感じがしているので、何とも難しい。
「お手上げだね。兄さんに訊いても知らないだろうし。それ以前に最近は何かやってるようで応えてくれないし」
「何をなされておいでで?」
「さぁ? よく分からないね。あまり詳しくは教えてくれないし」
「そうですか」
「うん。ただ世界の裏側をみていたとしか言ってなかったから」
「世界の裏側、ですか?」
「うん。どういう意味なんだろうね」
世界の裏側と言われてもボクには解らない。兄さんもボクが解るとは思っていなかったようだし。
「・・・私にも解りかねます。ただ、とても高度な事をなさっているぐらいしか」
確かに、世界の裏側というものがどんなものかは分からないが、その言葉の感じだけで高度な事なのは解るというものか。兄さんがみている世界とは、一体どんなものなのか。こうも差を見せつけられてしまうと、その思いはいつも抱いてしまうな。
「まあそれよりも、現状はまだ世界的に傷が癒えていないということか」
「はい。といいますより、未だに傷口が開いているところかと」
「まぁ、そうか。まだ死の支配者が攻めているところだもんね」
「はい」
「一体傷が癒えるまで、どれぐらいの時間が必要になるのか」
これから先、たとえ何も無かったとしても、減ったモノを元へと戻すのには途方もない年月が必要になるだろう。それこそ何世代もかかって再建していくぐらいの長さだ。しかし、このまま何事もなく時が過ぎていく訳はないよな。
「おそらくですが」
そんなボクの呟きに、プラタが言い難そうに言葉にする。
「もう癒えることはないかと」
「え?」
その言葉に、驚きと共にプラタの硝子の目を見詰めた。
「傷が深いというのもありますが、これから新しい時代が訪れるのではないかと愚考致します」
「新しい時代?」
「はい。死の支配者が築く新時代。もしくは、それに抗う者達が作る新時代。私にも先がどうなるかは分かりません。それでも、時代は新しい局面へと入っている事だけは確かでしょう」
「なるほど」
死の支配者という新しい存在が現れた事で、世界の流れが変わった事は理解できるが、この流れがどこへと続いているのかまでは分からない。それに、まだ何か起きそうな、そんな妙な胸騒ぎがしている。それが何かは分からないが。
「牽引しているのは間違いなく死の支配者であるあの女性だろうね」
「はい」
「それに続いているのは、おそらくボク達だろうが、このままという訳でもないのだろう」
「はい。おそらく近いうちに落とし子が現れるかと」
「落とし子か」
それは良く分からない謎の存在。しかし、確かに存在する脅威、らしい。ボクにはよく分からないが。
とにかく、まだまだ色々と騒動があるようだ。穏やかにいきたいものだな。そんな願いは贅沢なのだろうか? よく分からないが、そうなのかもしれない。
「どの辺りに現れるか分かる?」
「現時点での最有力はナン大公国かと」
「そういえば、あの女性が言っていたんだったか」
「はい」
ならば、可能性は高いのだろう。現に、謎の魔法も創り上げているようだしな。しかし、どうやって落とし子は現れるのだろうか? 謎は深まるばかりである。
そんな話をしている内に時が経ち、すっかり朝になる。そろそろ人々が本格的に動き出すような時間か。
窓から見える空は晴天というにはやや雲量が多いものの、雨が降りそうというほどではない。
「うーん、なにかこうして窓から景色を眺めるというのは、随分と久しぶりな気がするな」
今までもこうして眺める事はあったが、最近は車中でも色々あったからな。それに学園に行く回数も減ったから、そもそも列車に乗る回数自体が減っている。
それの影響か、なんだか新鮮味があった。おかげで少し列車の旅も楽しいような気がする。
「こっち方面だと特にそう思うな」
四年生になってから、まともに外の景色を見たことはあまりなかったか。
そんなことを考えながら、プラタ達四人とも会話をしつつ時間を過ごしていると、朝と昼の間ぐらいの時間にペリド姫達がこちらへ向かってくるのを察知する。その時にはプラタ達の姿は無かった。相変わらず素早いことで。
程なくして、控えめに扉が叩かれる。それに返事をして扉を開けると、そこには昨日と同じ四人が立っていたので、室内に招き入れる。
四人は昨日と同じ席に腰掛けると、改めて挨拶を行った。
「昨日は遅くまですみませんでした」
挨拶を済ませると、最初にペリド姫がそう口にする。それに気にしてないことを伝えると、ペリド姫は安堵したような笑みを浮かべた。
「それで本日はどうされましたか?」
そこにそう尋ねてみると、ペリド姫は少し考えるような仕草を見せる。それから少しして。
「用というほどのものは御座いません。ただ、オーガストさんとお話がしたく・・・ご迷惑でしたでしょうか?」
また例の上目遣いで問われたので、困ったような笑みを浮かべつつ「そんなことは」 と返した。しかし、話をするといっても、何について話をするのか。ボクは話題の提供が苦手なのだが。
「よかったです」
ボクの返答にペリド姫は笑みを浮かべると、早速とばかりに話を始める。
「オーガストさんは、学園に着いたら何をなさるのですか?」
いきなりのその質問に、どう答えたものかと頭を捻る。最近はクリスタロスさんのところで研究だし、彫刻も少しはするだろう。しかし、それを正直に話すのは、いくらペリド姫達とはいえ、抵抗がある。まぁ、彫刻ぐらいは問題ないが。
「そうですね、読書や訓練でしょうか」
とりあえず、その辺りでお茶を濁す事にしよう。決して嘘ではないし。
「そうなんですね。どの様な本をお読みになるのですか?」
「そうですね、実用本などの生活に役立つものでしょうか」
「やはり魔法関連の本ではないのですね」
「やはり、ですか?」
妙な言い回しに、首を捻る。
「はい。オーガストさんぐらいになると、手に入るような魔法書など必要ないのかと思いまして」
「ああ。しかし、そんな事はないですよ? 私もたまにはそういう本も読みますから」
「そうなのですか?」
「はい。結構参考になったりするのですよ」
実際そうなのだが、ペリド姫は半信半疑といった感じだ。
「様々な視点から得た情報というのは、思わぬところで参考になるのですよ」
まぁ、本当にたまにだが。その言葉に、ペリド姫も一応の納得はしたようだ。
「それで訓練というのは、学園の訓練所でですか?」
「たまにはですが。しかし、主に頭の中でですね」
「頭の中、ですか?」
「思考実験でどういう風に魔法が起動して、それが作用するか。効率的に魔法を発現させるにはどうすればいいのか、などを考えるのです」
「そんなことが可能なのですか?」
「これは慣れですね。あとは実際に試して誤差を修正すればいいだけです。実際にやってみると違う結果になることが、しばしばありますので」
「それでも、凄いですわ!」
本当に感心しているような感じの声に、どう表情を浮かべていいのか悩む。
「私達もそれは出来るのでしょうか?」
「どなたでも可能ですよ。慣れが必要ではありますが、魔力の感覚さえ持っていれば結構簡単ですから」
「魔力の感覚、ですか?」
「何か自分が使える魔法を発現する際の事を思い浮かべて頂ければ、感覚がつかめるようになるかと」
そう助言してみると、四人は瞑目したり遠くを見詰めたりと、思い思いのやり方で魔法を使用している時の感覚を思い出そうとする。それが一段落するのを静かに眺めて待つ。
それからどれぐらいが経っただろうか。数分か数十分か、計ってはいないので正確な時間までは分からないが、そこまで経ってはいないと思う。
「・・・難しいですわね」
ペリド姫が首を振ってそう呟く。流石にいきなりは難しいだろう。
「慣れが必要ですから、直ぐには難しいでしょう」
そう告げるも、ペリド姫は悔しそうな表情を浮かべる。スクレさん達三人を見てみても、似たような表情だ。そういえば、この四人は負けず嫌いでもあったな。能力が高いから、四人とも直ぐに身に付けられるだろうが。
「これは部屋でも出来る訓練ですから、出来るだけ早くコツを掴んでみせますわ!」
こぶしを握り気合いを入れるペリド姫。他の三人も気合十分だ。この調子であれば、次に会った時には全員修得していることだろう。
このまま四人が成長していけば、人間も強くなるかもしれない。これから魔力の濃度も上がっていくし、先駆者として頑張って欲しい。
そんな思いを抱きつつ四人を眺めていると、気合いを入れたペリド姫がこちらに目を向ける。
「他には何か新しい訓練法はあるのでしょうか?」
どこか期待に満ちた瞳ではあるが、残念ながら他に訓練法と言えるようなものもないので、申し訳ない思いを抱きつつ首を横に振った。
「そうですか。しかし、とても素晴らしい訓練法をお教え頂けましたわ!」
ボクの返しに、ペリド姫は残念そうな素振りも見せずに、そう言って笑みを浮かべる。
「皆さんのお役に立てたのであればよかったです」
これから先、ペリド姫達とはそれほど会う機会もないだろうから、助力できるのはここまでだ。これから先は自分達で頑張ってほしい。まあもっとも、四人の師はユラン帝国の最強位であるシェル・シェール氏なので、基礎部分の手ほどきが少し出来たのであれば、あとは問題ないだろう。
「ああ、ここが訓練所でしたらよかったですのに」
四人のこの先について少し思いを馳せていると、ペリド姫が残念そうに口にした。
「そうしましたら、このままこの訓練の結果を試すなり、オーガストさんにご指導を乞えましたのに」
「ええ。本当に」
ペリド姫の言葉に、隣のスクレさんが同意の言葉と共に頷きをみせる。スクレさんもまた、高みを目指している一人だ。それはアンジュさんとマリルさんも同じではあるが、スクレさんは特にだろう。
スクレさんのご実家は呪われた一族と忌み嫌われているが、それはあまり表立ったものではない。それでも、一部から距離を置かれているのは確かだ。
というのも、スクレさんの一族は代々帝国の処刑人を担ってきた一族で、罪人の首を落とすことを唯一許された一族であった。なので、数多くの人間を殺してきた血塗られた一族、または呪われた一族と陰で呼ばれていた。
しかし、処刑人というのは技術を要する役目なので、スクレさんの一族は武芸に秀でている者ばかりで、時代が下るにつれてそこから軍事全般を担うようにもなっていった。元々一部隊を任されていたらしいので、大出世である。
そんな家柄なので、スクレさん自身も武芸の鍛錬を怠っていない。それには魔法の訓練も含まれている。上を目指すのであれば、魔法使いとしての資質は必須の事柄だ。
特にスクレさんは武器に魔法を付与して戦う事を得意としているので、魔力の操作はかなり大事だろう。脳内で魔法の訓練を行うには魔力への理解が重要になってくるので、スクレさんのこれからに役立つ事だろう。
ボクの学園での過ごし方についての話が終わると、次は四人が学園でどう過ごしているのか尋ねる。といっても、二年生の途中から学園になんてろくに立ち寄っていないだろうが。
「学園で、ですか?」
だからだろう。ペリド姫は考えるように視線を動かす。
「そうですね、最近はあまり学園に立ち寄る機会が無いのですが、以前まででしたら、訓練をしたり読書をしたりと、オーガストさんと似たようなモノですね」
そう言って優雅に微笑むペリド姫だが、おそらくそれは少し違うと思う。確かに言葉にすれば同じだろうが、内容は異なるだろう。訓練はいいとしても、勝手な想像だが、読書環境はボクのように雑多で適当な感じではなく、もっと優雅で意義のあるもののような気がする。
しかし、それをわざわざ言葉にはせずに、「そうでしたか」 と、軽く驚いたような表情で返す。
「それにしても、学園に戻るのも久しぶりですわ」
「報告が済みましたら、直ぐに離れますが」
「そうですわね。まだやるべきことは残っていますから」
スクレさんの言葉に、気を引き締めて頷くペリド姫。あの事を伝えてもいいが、証拠が無ければ意味がない。特に今回は相手がかなりの権力者なので、伝えるぐらいでは駄目だし、証拠もなしにそれを口にするのは憚られた。相手が悪いとはこういうことか。まあもっとも、プラタ辺りに頼めばすぐに証拠が揃いそうだが。
しかしそれは最終手段だ。流石にプラタに頼りすぎはよろしくない。・・・こう思うのも何度目だろうか。本当に進歩の無いことだ。自分の無能さが悲しくなってくる。
「今回の討伐で大分成長できたと思いますし、外に出て少しは気分も晴れましたわ」
「それは良かったです。調査の方もしっかりと進んでいるようです」
「そう。それはよかったわ。早くこの病を根治させたいですわね」
「はい」
ペリド姫の決意の籠った言葉に、スクレさん達三人は重々しく頷く。
まあ確かに法を護るにせよ、他種族と交流するにせよ、こういうところは早めに対処した方がいい。しかし、既にエルフはその権勢を弱めているが、それはまだ知らないのだろう。それでも大事な事ではあるか。これから人間が成長して勢力を拡大していくことになった場合、他種族と交流していくことになるのだから、今の内に要らぬしこりは取り除いておいた方がいいだろう。なので、口を挿まずにその様子を見守る。四人のその想いが実を結ぶことを願いながら。
そうして話をしている内にすっかり昼も過ぎていた。それに気づいたペリド姫達は、一旦昼食を食べる為に部屋を出ていく。
先程までの華やかな賑わいが去り、代わりに静寂が訪れる。
「・・・・・・」
ボクしかいない室内だが、プラタ達が姿を現す事はなくそのまま時が過ぎ、一時間ほど経っただろうか? 独りのんびり車窓からの景色を楽しんでいると、部屋の扉が叩かれた。
それに返事をして扉を開けると、そこに居たペリド姫達を室内に通す。
「相変わらずオーガストさんはあまり昼食をお召しにならないのですわね」
昼食を食べた様子の無いボクを見て、向かい側に腰掛けたペリド姫が懐かしそうにそう口にする。
「そうですね。あまり食事はしませんね」
それについては未だに謎だが、何となく予想はついている。というか、十中八九兄さんの影響だろう。何故かは分からないが、それ以外には考えられない。
まあもっとも、これに不便を感じた事はないどころか、むしろありがたいぐらいなので気にはならないのだが。
そんな事を考えつつ頷くと、四人から不思議そうな目を向けられる。
「改めてそれを目の当たりにしますと、不思議なものですね」
頬に手を当てたアンジュさんが、心底不思議といった感じでこちらに目を向け、そう口にした。
「そうですか?」
自分でもそうだなと思いつつも、とりあえず惚けるように言葉を返す。
「ええ。だって、オーガストさんは夕食もあまりお召しにならないでしょう?」
アンジュさんの言葉によく見ているなと思いつつも、一緒に野営した事もあるからおかしな事でもないかと思い直す。
「そうですね。基本的に朝食ぐらいしか食べませんね」
それもかなり少量ではあるし、客観的にみておかしいだろう。数日食べなくても問題ないのは、明らかに小食の域を逸脱しているし。
「それで大丈夫なんですか?」
「ええ。それで十分ですね」
隣に座るマリルさんの問いに、笑みを浮かべて頷く。
「そ、そうなんですか。凄いんですね」
マリルさんは若干顔を赤らめて、驚いたような感じで頷いた。よほど驚いたのか、少し興奮したような感じだ。
「不思議なものですね」
繁々とこちらを観察するスクレさんに、苦笑気味に困った笑みを浮かべる。
それを受けてペリド姫がスクレさんを窘めると、窘められたスクレさんは我に返ったような表情をして慌てて謝罪してきたので、気にしていないと返しておいた。
そんなちょっとした事がありつつも、五人で雑談を交わしながら日が暮れていく。
「そういえば、あの新しい方々は放っておいてもよろしいのですか?」
時間も遅くなってきたので、不意にそんな事が気になって問い掛ける。
「ええ。列車内でしたら問題ありませんわ。それに、スクレ達も居ますから」
「まぁ、そうですね」
ペリド姫自身も魔法の腕は相当立つが、スクレさん・アンジュさん・マリルさんの三人も同様に人間界ではかなり上位に近い。それこそ、この三人相手にまともに戦えそうなのは、最強位やそれに近い実力者だけだろう。
そんな三人が護衛として付いているのだから、安全といえば安全か。
「それに、ここにはオーガストさんも居ますから」
とても楽しげにそう言うペリド姫。まあ正直、人間界においては、ボクに敵はほぼ居ないだろう。しかし、それは真正面から挑んでくれる相手に対しては、でしかない。裏でこそこそ動かれると対処が難しい。ボクに関してであれば、プラタ辺りが何かしらの警告というか助言をしてくれるが、それ以外だとあまり興味が無いようで、こちらから尋ねなければ教えてはくれない。それでも訊けば教えてはくれるのだが。
「信頼はありがたいですが、私も見過ごすことがありますから」
むしろ見過ごす事の方が多い気もするが、まあそこはいいだろう。
「ふふ。大丈夫ですよ。スクレ達もちゃんと目を光らせておりますから」
ペリド姫の言葉に、スクレさん達三人は勿論とばかりに頷く。その力強い頷きはとても頼もしい。
分かりやすい攻撃以外に関しては、三人の方が詳しいだろうから、頼りになる。出来れば全員今すぐ自室に戻ってほしいが。
「それならば安心ですね」
しかし、それを面と向かっては言えないので、とりあえずそう返しておく。どんなに力があろうとも、ボクは小市民なのだからしょうがない。兄さんのようにはなれそうもない。
「そもそもスクレ達が居るのですから、新しい護衛など必要ないのですわ」
不機嫌そうなペリド姫に、どう返していいのか困り、曖昧な表情を浮かべる。
「現状、信頼できる存在は多いに越したことはありません」
そんなペリド姫に、スクレさんが横から言葉を挿む。
「それはそうですが」
しかし、なおもペリド姫は不満げだ。まぁ、周囲に人が増えるというのは鬱陶しいものな。
でも、現状は確かに周囲を固めた方がいいのだろう。なにせ、奴隷売買の奥には皇帝や枢機卿という国の頂点が居るのだから。流石にペリド姫には簡単に手出し出来ないだろうが。それでも用心するに越した事はない。毒なんかでの暗殺の可能性も在るからな。
「・・・・・・」
そんなやり取りを眺めながら、やはり毒ぐらいは防げる物を渡した方がいいのだろうかと考える。それぐらいなら非常に簡単だ。それこそ指輪ぐらいの大きさでも容易に組み込める。
とはいえ、今ここで創る訳にもいかないので、結局何もできはしないが。