再会6
まあ多分後者だろう。ジャニュ姉さんが本格的に壊れるのは兄さんを前にした時だけだからな。
「まぁ、それについては誰かに話すつもりはないから安心していいわよ」
「ありがとうございます」
「それにしても、凄い物を創ったものね。クル殿にもその力をみせたの?」
「はい。と言いましても、素体を渡しただけですが」
「それで十分だと思うわよ」
「まぁ、そうですね。人間界の中では、中々破格の魔法品ですから」
「解ってて渡したのであれば、これ以上私から何か言うことは無いわ」
そう言ってジャニュ姉さんは微笑む。心配してくれたのだろう。
「心配させてしまったようで」
「いえ、気にしないでちょうだい。正直、オーガストが認められるのは嬉しいのよ。中身はジュライだけれども」
「嬉しい、ですか?」
「ええ。途中からだったけれど、私は私なりにオーガストを見てきたつもりだから」
ジャニュ姉さんはどことなく寂しそうに笑う。兄さんの記憶は希薄な為にいまいち分からないが、どんな風だったのだろうか? 不遇だったのは知っているが、それもぼんやりとしたもので、具体的な部分はほとんど覚えていないぐらいに曖昧だ。
「そうですか。しかし、喧伝するつもりはありませんよ?」
「構わないわよ。知っている人物が増えてくれればそれで」
「そうですか」
年長者といった雰囲気を醸すジャニュ姉さんは、いつもと別人のように思えた。
「まぁ、それはそれとして」
しかし、そんな大人の雰囲気も長続きはしない。
「オーガストは最近どうかしら?」
「元気だと思いますよ。何か色々やっているようですが」
「そうなの。今は話せないのかしら?」
「うーん。最近声を掛けても反応してくれないことがあるので分かりませんが・・・」
「それでもお願い」
「分かりました」
とりあえず兄さんに語り掛けてみることにする。
『兄さん。兄さん』
・・・・・・・・・・・・。
語り掛けて反応を待つも、返事は何も得られない。このまま待っていても反応は返ってこないだろうから、それをジャニュ姉さんに伝えた。
「そう。それは非常に残念ね」
ジャニュ姉さんが本気で残念がっているのが、声音からも表情からも判る。
「応答しないのであればしょうがないわ。それはまたの機会としましょう」
軽く首を振ると、ジャニュ姉さんは少し思案する仕草をみせて、小さく呟いた。
「まぁ、あの事はいいかしら」
「あの事?」
「・・・う、ううん」
その呟きが聞こえて問い掛けると、ジャニュ姉さんは言いにくそうに口ごもる。そんな珍しい反応に、少々面食らう。
「・・・・・・実はね・・・その、オクトとノヴェルとクル殿に会った時に、ついオーガストの事を少し話してしまってね」
「え?」
「口が滑ってしまったのよ・・・」
「な、何を話したので?」
「今のオーガストがオーガストではないということをね」
「ボクのことを?」
「ジュライの名前は出して・・・いないわよ? ただ、もう一つの意識が在る、ということは話してしまったわ」
心底申し訳なさそうにするジャニュ姉さんだが、それはほとんどボクのことを教えたもののような気がする。それに、何故疑問形なのか。
そのことを問うと、歯切れの悪い言葉で少し名前を出した事を白状した。
これでボクのことを知られたということになるが、さてどうしたものか。そうそう出会うものではないだろうが、それでもな。特にオクトとノヴェルに知られたのが問題だ。流石に身内に知られるのはな。ジャニュ姉さんはクロック王国に住んでいるからまだいいけれど、オクトとノヴェルはハンバーグ公国から出ていないから、戻った時に顔を合わせるかもしれない。特に、今はジャニュ姉さん同様に平原に居るようだし。
「またどうしてそんな話を?」
「あー・・・ちょっとクロック王国でオーガストに遊んでもらった時の事を思い出してね。それでつい、口が滑ってしまって」
「・・・はぁ」
その時の光景が容易に想像出来てしまうな。自分の世界に入ったジャニュ姉さんは周りが見えていないうえに、手に負えないから。
まあ過ぎた事はしょうがないとしてもだ、今後どうしようかな。会わないようにするのが賢明だろうが、先は分からないし。
「まぁ、もう言ってしまったものはしょうがないですが、兄さんにも念の為に伝えておきますね。応えてくれれば、ですが」
兄さんが表に出てくる事はほとんど無いが、それでも一応伝えておいた方がいいだろう。・・・兄さんなら知ってそうだが。
「え!?」
「ん?」
それにジャニュ姉さんが焦るような声を出した。
「オーガストに伝えるの?」
「ええ。情報の共有は必要でしょうし」
「それはそうだけれど・・・」
「なにか問題が?」
「・・・だって、嫌われたらいやじゃない?」
唇を尖らせ、上目遣い気味にちょっと可愛い子振るジャニュ姉さん。そんな仕草をしても報告はするが。
「嫌いはしないでしょうが・・・」
「そう? それならいいけれど」
そもそも兄さんにそんな感情があるのだろうか? むしろ命の危機の方が現実感があるような? その事を話してみると。
「オーガストに殺されるなら本望よ?」
と、不思議そうに返された。何を当たり前のことをと真顔で言われたような気さえして、その信念とでもいうべきものに、一瞬自分の方がおかしいのかと思ったほどだ。相変わらずジャニュ姉さんはぶっ飛んでいるな。
それからも少し話をしてからジャニュ姉さんと別れる。
ジャニュ姉さんが離れていくのを確認しつつ、ある程度距離が離れたところで、もう一度兄さんに声を掛けてみることにした。
『兄さん、兄さん、聞こえてますか?』
そうやって声を掛けてみるが、やはり反応は返ってこない。先程呼び掛けた時からも未だに反応がないし、また研究にでも没頭しているのかもしれないな。
「さて、どうしたものか・・・」
伝えなくても問題ないだろうが、兄さんにも関係している事だしな。しかし、伝える手段がない。ボクは自分の意思で内側へ入れないからな。
「うーん・・・時間を置いて、また語り掛けてみるか」
そういうことにして頭を切り換えると、ジャニュ姉さんが去ったので進路を少し東寄りに戻しておく。
東門まではまだ一日ぐらいあるので、程々に魔物を狩りながら進む。討伐規定数に達していると余裕でいいな。
ゆっくりとした移動中、討伐任務後のことを考える。討伐任務が終われば休日だ。
何をしようかと考えるが、やる事は彫刻と研究ぐらいか。彫刻はそこそこ進んでいるから、研究かな? 彫刻は見回りの休憩中にでも結構出来るようだし。
やはり新しい魔法というのは考えるだけでもわくわくしてくる。それに、そろそろシトリーが分身体を置いている研究所に何かしらの動きが在ったかもしれないからな。
頭の中に様々な模様を思い浮かべ、今までの研究結果から何かしらの模様を組み上げみる。
「ここはこうして、でもここに線を引いた方がいいかな?」
途中から空中に模様を描きながら、自分なりの模様を組み上げていく。
「とりあえず、一番研究が進んでいる火の魔法を中心に据えるか」
まだ記号については謎の部分が多いが、それでも現状で判っている記号を組み合わせ、絵と文字も大きさを決めて組み合わせていく。しかし、連鎖反応が強い並びというのがあるので、結構模様の形は決まっているものだな。
「これなら割といけるか? ・・・もしかしたら、正式な形というのは決まっているのかも?」
並びや大きさにと、最も反応する適切な形が在るということは、形というのは最初から決まっている可能性もある。それに近ければ近いほど反応が強くなるという事かもしれない。
「・・・・・・ふむ」
それならばそれを目指せばいいか、結局やる事は変わらないのだから。でも、だ。もしもこの予測が当たっており、本当に形が決まっているのだとしたら、何故決まっているのだろうか? そして、誰が決めているのだろうか? そう思えば謎は尽きないが、そういうのを探していくのも楽しいものだ。
増幅記号はどれでも似たようなものなので、この辺りは決まったモノはないのかな? 決まりが無いのだとしたら、その辺りは悩まなくていいので、完成が早まるな。創りたい魔法は多いし、付加品なども作りたいので、一つの魔法で立ち止まってもいられない。
「色々創っていきたいが・・・どうやるんだろう?」
模様が決まっていたとしても、大きさが変われば反応の強さが変わるから、単純に縮小するだけでは駄目な気もするんだよな。なので付加品を創るのであれば、その辺りの工夫も必要になってくる。
「難しいが、面白い」
考えている内に機嫌がよくなってきたが、鼻歌は歌わない。周囲には人が多いし。
よくよく観察してみれば、この周辺は兵士が、それもクロック王国の兵士が多いな。少し前にジャニュ姉さんが居たから、この辺りが管轄なのかもしれない。
クロック王国側である北側の、それも後方の比較的安全圏に配置しているのは、あまり損害が出ないようにする配慮だろう。とはいえ、クロック王国から援軍が来た時には、ボクが魔物の数を減らして大結界を張り変えた頃だったので、既に後方は安定していたが。
今はボクが魔物の数を減らしてから時間が経過しているので、魔物の数は戻っている。しかし、それでも大結界の護りに割いていた兵士を一部平原の警邏に回すことで、ある程度安定を維持出来ている。
まぁ、それでもクロック王国の兵士が居なければ、平和とは言い切れないが。少なくとも、大結界に攻撃してくる魔物は今以上に居たことだろう。しかし、平原に居るような魔物では、現在の大結界が破られる事はないので無駄な事だが。
とはいえ、クロック王国の兵士は一応平原の安定にある程度は寄与している。それはつまり、もう少しクロック王国の兵士がここに駐在するという事に他ならない。
なので、もう暫くはジャニュ姉さんもハンバーグ公国に滞在するのだろうな。もう少ししたらボクは平原に出ている期間が一気に増すので、また会う事もあるだろう。
そういう意味では、オクトとノヴェル、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様の三人とも遭遇する可能性もあるということだ。事前に魔力を捉えて避ける方法もあるが、今回のジャニュ姉さんの様に、感知範囲が異様に広い場合も在るから難しい。今以上に視野を拡げて維持していくのはかなり大変だし、時間も掛かる。
「うーん・・・ここは運否天賦といったところだろうか?」
手がない訳ではないが、それは負担が増えるということになるからな。難しいものだよ。本当に。
そんなことを色々と考えながら大結界から少し離れた場所を進みつつ、東門を目指していく。途中で進路を変えたので、到着予定時間が多少ズレてしまったな。
その辺りは移動速度を変えて調節すれば何も問題はないのだが、道を外れたので魔物との戦闘が減ってしまった。討伐数は既に達しているからいいが、本格的に散歩になってしまったな。
頭の片隅でそう考えつつも、特に気にせず休日の過ごし方について考えていく。
「・・・・・・そういえば、どこかで本も調達しないとな」
もう読む本も無いので、街にでも行って買わなければならない。家に忘れた本もどこかで回収したいところだが、家の中というのがやりにくい。家の中には母さんか父さんが居る可能性があるから、そこに転移するのはな。座標の確認は世界の眼を使えば問題ないが。
しかしそれをやるならば、世界の眼を用いて本を複製してしまった方が手っ取り早い。それでも思い入れのある本だから、複製本ではなく実際の本を回収したいところだ。
あれは兄さんの本ではあるが、あの部屋に居た時には一応ボクもあの本を読んでいたからな。でも、駐屯地からだと微妙に距離があるんだよな。それでもどこかで回収しておきたい。
難しいものだが、検討はしておこう。二人が居ない時にでも転移してもいいし。
模様の研究も頭の中で行いつつ、彫刻の事も忘れない。現在はシトリーの彫刻を彫っている最中だが、その次はプラタの姿を彫るので、どう彫るかも今から考えなければならない。ある程度は構想も固まってはいるが、まだ確定ではないし、シトリーの時同様にプラタも実際に観察した方がいいだろう。シトリーはプラタを模倣しているとはいえ、最早別物と言えるのだから。
「この二つを組み合わせてみるのも面白いかもしれないな」
置物を彫ったら保存系統の魔法を付加させるのだから、それを模様の魔法で付加したとしてもいいはずだ。もっとも、保存の魔法の模様がどんなものか分からないのだから、出来はしないが。
「・・・保存か」
耐久性を上げるには適した魔法だが、経年による耐久性を調べる為にも、やはり時間を進められるようにならないだろうか? 時を操るのは難しいが、どうにかできないものかな。
そんな風に考えていると、どんどん考えが派生していく。悪い癖だと思いつつも、こういうところから新しい考えが生まれたりするから何とも言えない。
それにしても、時間を操るか。それは中々に難しい。というか、現状では不可能だ。
「うーーーん・・・」
様々な知識を引っ張り出しては、それをこねくり回してみる。それでも何にも思いつかないのだから救いがない。
「そもそも時の流れをどう掴めばいいのか・・・時間という概念から考えなければいけないのかな?」
考えていくも、答えは出てきてくれない。
「まぁ、今はいいか。それよりも、研究の方に頭を戻すか」
付加魔法について考えるのもいいが、まずは満足に模様を描けるようにしなければいけないな。それがある程度完成した辺りから、付加魔法を視野に入れていくべきなのだろう。
単に縮小させるだけでいいのであれば簡単なんだがな。威力を考えれば、連鎖反応を強くしなければならないし・・・むぅ。
「こちらも難問だなぁ」
そう簡単に物事が進むのであれば、ここまで苦労もしないか。
最近やっと一歩進めたが、それも他人の研究を盗み見たおかげだし。自力ではまだまだ始めたばかりで、ろくに進んでいない。
それでも、また盗み見る予定なのだが。まずは基礎を固めるのが大事だからな。その後は独自に改良していきたいところだ。
「東門までまだ距離があるな」
大分進んだが、それでもまだ半日ちょっとは掛かるな。直進すれば半日を切りそうだが、現在で予定通りだからいいか。
それからの移動中も考え事をしながら進み、東門を目指して進んでいく。
◆
「・・・・・・・・・」
人間界から遥か西に在る森を眺める一人の小柄な少女が居た。
少女はこぶしを握り、森の中で行われている戦闘を、耐えるような表情で見詰めている。
「・・・・・・・・・」
その少女を、遥か遠方から眺める一つの小さな影が在った。
どこまでも黒いそれは地面すれすれを浮いており、傍から見れば、球体のような形を持った闇が宙に浮いている様にしか見えない。
「・・・・・・・・・」
そんな闇には気がつかず、少女は森の中に向かうべきか否か迷うような素振りをみせる。
暫くして少女は諦めて拳を解くと、自嘲するような笑みを浮かべた。
「・・・・・・残念」
力を抜いた少女に、影はひどく不明瞭な声でそう呟く。
「・・・これではまだ足りないか。折角見に来たというのに」
まるで脈動でもしているかのように蠢くその影は、そのまま地面まで降りていき、地面に水が吸い込まれるように消えてなくなった。
人知れずその影が消えても、少女は視線を森の方へと固定したまま動く様子はない。
「・・・これはまだ余興。それでもこれはあまりに酷い。この力の調整は、わざとかな?」
森が荒らされていく様子を目にして、少女は怒りを押し殺しているような声を上げる。
「君がぼくを邪険に思っているのは知っているし、それはぼくも同じだ。それに、君が特にこの世界を嫌悪しているのも理解しているが、それにしても、これは余興の域を超えてはいないだろうか? なぁ」
倒れていく木々と精霊達。
精霊達は消滅こそしていないものの、それでも一時的にとはいえ、確実に数を減らしていっている。
それを行っている十体もの異形の存在に少女は憎しみの目を向けるも、手を出そうとはしない。
「・・・どうせどこかで監視しているのだろう? 君の魂胆ぐらいはお見通しだよ。そして、あれでもまだ対処可能な戦力である事も承知の上さ。それでも――」
少女はただ堪えるように歯を食い縛る。侵入者はその数を減らしていっているが、それでもまだ惨劇は終わらない。
その光景を、少女は怒りと共に眺め続けた。
◆
「さて、やっと明日は休日か」
東門に到着後、討伐任務が終わり自室に戻ったボクは独り、部屋のベッドで横になる。外は暗く、すっかり夜だ。
明日からは休日なので、頭の中で予定を組んでいく。
「まずは朝早くからクリスタロスさんのところに行って研究かな。彫刻は見回り中にでもすればいいし」
とはいえ、見回りもあと数回で終わるが。残りは討伐任務ばかりなので、その時は彫刻はどこかで休憩がてらやるべきだろうか? 人目が無いところというのは、今の平原では難しいかもしれないな。
クリスタロスさんのところは朝早くても大丈夫なので、とりあえず研究に集中しよう。彫刻の事は見回り中にでも考えるとしようか。
「まぁ、それはそれとして」
部屋には独りで、周囲には誰も居ない。なので、前回同様に彫刻の作業を行うことにする。
掃除がしやすいように空気の層を敷いて、その上で小刀と置物を取り出す。
「さて、時間もそんなに無いことだし、そろそろ始めるとするか」
そうして準備が出来たところで、作業を開始する。
◆
「・・・・・・ふむ。そろそろですね」
完全なる暗闇で、女性は遠くを眺めながら小さく呟いた。
「結局あれは役には立たず、流れを変える事は困難であると」
残念そうでありながら、予想通りとでも言わんばかりの口調。そこに失望の色は僅かばかりも存在しない。
「どう誘導しようとも難しいのであれば、いっそ私自身が出るのも手ではありますが、しかしそれではあまりにも・・・」
悩むように声を出すと、女性はため息を一つ吐いた。
「やめておきましょう。それではあまりにも味気ない。それに、阻止する理由もないですからね」
遠くを眺めたまま、女性は呆れたような調子で口を開く。
「誰も彼もが予想通り、もしくはそれ以下の結果しか出せないのですかね? 少しは驚かせてほしいものです」
それは誰かに語り掛けるような口調であった。
「ふふ。しかし、そろそろ余興も一気に終わらせないといけませんね。いくら玩具箱が広いとはいえ、容量には限りがありますし」
女性が軽く手を叩くと、奥から闇に溶け込むような暗褐色で艶やかな肌を持つ女性が姿を現す。
「準備を。そろそろ残りにも顔を出しにいきます」
「畏まりました」
恭しく頭を下げた女性は、奥へと消える。
「兵は有り余っているのですから、早めに終わらせましょう。別に潰滅が目的ではありませんので、ほどほどのところで切り上げさせますか」
闇に向かって女性が小さく笑ったところで、奥から先程の女性が戻ってくる。
「準備が整いましたね。それでは、今回は貴方が指揮を執りなさい。目的と目標地点は理解していますか?」
「はい」
「よろしい。では、速やかに事を成しなさい」
「御任せ下さい」
恭しく頭を下げた女性は、そのまま連れてきた兵士を率いて奥へと消えていく。
「さてさて、どれぐらい楽しませてくれるのかしら?」
消えていった兵士達を見送った女性は考えるようにそう口にすると、思わずといった感じで苦笑めいた笑みを浮かべた。
「まあもっとも・・・旧王達が既に期待外れなのですから、他に期待するだけ無駄なのでしょうね」
そう言って再び遠くを見詰めるような瞳を闇の中へと向けた女性は、暗闇に手を伸ばす。
「しかし、折角の玩具箱も、中身はガラクタばかり、というのも悲しいものですね。うーん」
女性は思案するような声を出すと、伸ばした手のひらに小さな青白い炎を点す。
「さて、種火を用意した後は、これを素体に埋め込むとしますか」
その小さな炎は空中を漂うと、闇の中へと消えていった。
「玩具は壊しがいがある方が楽しいですからね」
微笑むようにそう口にすると、女性は次の炎を手のひらに点していく。
「さぁ、私の退屈を紛らわせて下さい。貴方方の命でもって。ふふふ」
女性は愉快そうに笑いながら、次々と種火を創造していった。
◆
「いらっしゃいませ。ジュライさん」
クリスタロスさんの許まで転移すると、いつものようにクリスタロスさんが出迎えてくれたので、それに挨拶を返す。
挨拶をし終えると、クリスタロスさんの部屋まで移動する。
クリスタロスさんの部屋では、お茶を片手に雑談を交わしていく。
「ふふふ。そうなんですね」
前回来た後の話をしていくと、クリスタロスさんは楽しそうに微笑む。
「まぁ、ジャニュ姉さんのは今に始まった事ではないのですが」
とはいえ、特筆して話すような事もなかったので、ジャニュ姉さんに捕捉されて追われた時の事を少し詳しく話す。多少は盛り上がりそうな部分がないとつまらないだろう。盛り上がるかどうかは不明だが。
それでも笑ってくれているので、問題ないか。しかしそこ以外は、ただ散歩をしただけなので、話は直ぐに終わった。
話を終えると、訓練所を借りて研究を開始する。
「その前に」
研究を始める前に、ボクはナン大公国の研究に何か進展がなかったか訊くために、シトリーへと繋ぐ。
『シトリー、今いい?』
『どったの? ジュライ様?』
シトリーの返事に、ボクは要件を告げる。
『進展ねぇ。いつも忙しなく人が出入りしてるから、何かしらしているとは思うけれど、私には進展しているのかどうか分からないからなー』
困ったように呟いたシトリーに、研究所内で起こった変わった出来事について尋ねてみた。
『そういえば、最近観察していて見かけなかった人間をみるようになったけれど、それぐらいかなぁ。他には・・・ああ、新しい模様が幾つか追加されていたよ!』
『新しい模様、か。また後で教えてくれない?』
『いいよー』
『じゃあ、今夜にでもお願い』
『はーい!』
シトリーの元気のいい返事を聞いたところで、話を終える。しかし、見知らぬ人が増えたね、何かあったのだろうか? 少し考えてみるも、答えは出てこない。
「まあいいや。今は研究しないとな」
折角クリスタロスさんのところで訓練所を借りられる時間なのだから、今はこちらに集中するとしようか。
シトリーとの会話を終えると、研究をする為に準備をしていく。
「描いてもらった紙も出してっと」
前にナン大公国の研究所にあった研究結果をシトリーに写してもらった紙を取り出して、それを確認していく。
「他の共通部分は・・・」
ペラペラと紙を捲って模様に目を通していく。直ぐに全ての確認は出来ないものの、それでも幾つかは見つけられる。
「これが増幅記号である可能性は高いが・・・さて、どうだか」
見つけた共通の記号を土に描いていく。単独で、或いは並べて。
「・・・なるほど、なるほど。ほぼ増幅記号か。しかし、幾つか違うのが混ざっているな」
反応の強さから、そう当たりをつける。
それが済めば、次は増幅記号ではない記号の正体を探っていく。
「えっと、これとこれをくっつけて・・・違うか。なら、次はこちらを・・・うーーん、火でも水でもないか。次は土と風を、っと・・・」
とりあえず基礎魔法に絞って描いていくも、中々答えが出てこない。
「反応なし。しかし、それでは二次魔法以上ということか?」
そう思い至り、試しに文字を書いていく。
「むー・・・むむむ! む? むー・・・む! なるほど」
幾つか並べて文字を書いていった結果、増幅記号以外の記号は雷と氷の記号であることが判明した。では、同じ記号が書かれている模様は雷や氷系統の魔法なのだろうか?
そう思うも、雷と氷の記号が一緒に書かれている模様も在ったからな・・・どういうことだろうか?
疑問に思ったが、考えても分からない。なので、実際に描いて試してみる事にした。
まずは準備として周囲に障壁を張る。次に自分にも同様に障壁を張り、描く模様は規模を小さくする。
「これでいいかな。それじゃあ早速」
紙に描かれている模様通りに魔力を込めた線を描いていき、対応する魔法を発現させる。
「んー・・・ん?」
発現させると、中心で雷が弾け、周囲を冷気が包む。しかし、起こったのはそれだけだ。
「・・・はて? これは何の魔法だろう?」
直ぐに消えた魔法に、思わず首を傾げる。別々の魔法を同時に発現させるのは凄い技術だと思うが、何を目的に創られたのだろうか? 目的が判らない以上、この模様が有用なのかどうか分からない。まぁ、研究の一環としてなら理解できるけれど。
「しかし、同時に発現か。これはこれで勉強になるな」
模様を創った意図は解らなくとも、異なる魔法を同時に発現させる有用性は理解できる。ならば、研究対象としては十分だろう。
その模様が描かれた紙を確認して、細部の形を確認していく。
「ここはこうで、ここがこう。これはなんだ? この辺りは増幅記号だろうし、この辺りは雷や氷か? 中心が雷で周囲が氷だろうから、その周囲はそれに関係したモノだと思うので・・・ふむ」
模様を眺めながら細かく分解していく。全体で理解するのは難しいから、小分けして分析したあと、気になったものをいくつか抽出しては試していく。
「ほぅほぅ。しかし、大きさの適正も考えないといけないから、難しいな」
組み合わせを変えたりしつつ、数個並べて小規模で反応を調べていく。
「ほぉ。これは増幅記号だけれども、氷の系統と関係ないと増幅しないのか。そういうものもあるんだ」
氷系統しか増幅しない記号は、扱いにくい代わりに増幅する幅が汎用の増幅記号よりも大きい。こういうのを見つけていけば、より優れたモノが出来上がる事だろう。
「それにしても、二次魔法がこうも簡単に扱えるとはね」
魔法の規模は大した事ないが、それでも誰でも使える可能性があるというだけで大きな成果だろう。適性の模様だとどれぐらいの威力になるのだろうか? ボクにとってはそれでも大した事ないかもしれないが、他の生徒達だと話が変わってくるかもしれない。魔法使い以外だと論ずる必要もないな。なにせ、使えなかった魔法が使えるようになるのだから、これは凄い進歩だろう。
そうなると、既存の魔法品や付加品などは値が下がるのだろうか? まぁ、下がるか。一般人に対する価値としては、自分で調整できるこちらの方が上なのだから。
「さて、折角だから、このまま二次魔法についても少し調べてみるか。それが終わったらいつも通りに火系統の魔法を中心に据えるか」
紙に描いてある二次魔法の部分を抽出しては、少しずつ試していく。反応の強さを調べつつ、並びを工夫していく。
そうやって暫く試行錯誤した後、いつもの火の系統の魔法についての研究に移行する。
「さて、いつも通りにするとして、まずは――」
文字や記号、絵の並びや大きさについて調べつつ、氷系統の増幅記号を基に、火系統の増幅記号がないか探っていく。もしかしたら雷系統の増幅記号もあの模様の中に在ったのかもしれないな。全てを調べられた訳ではないから分からないが。
「専用の増幅記号だから、どこかに対応した部分があると思うんだが・・・」
それから考えては描き、考えては描きを繰り返していると、ふと気になって時計を確認する。腕輪の設定を失念していたな。
「・・・もうこんな時間か」
日付などとうに過ぎている時間に、もはや驚きも浮かばない。などと現実逃避したくなるのを堪えて、急いで片付けを行う。
それが終わると訓練所を出て、部屋で待っていてくれたクリスタロスさんにお礼を言って、駐屯地近くに戻る。
転移して外に出ると、空が白んできていた。