バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

短編

 ファーストキス

 それは、誰もが一度は経験すること。
 だけど、僕は、経験したことがない。

 ファーストキスの平均年齢が、17歳だってさ。
 もう、17歳とかとっくの昔に過ぎている。

 でも、そんな僕もキスができたんだ。
 僕の初めてのキスは、甘くて切なくて、ちょっぴり残酷だった。

 僕は、レックリングハウゼン病。
 小さい頃から病弱で友達と言える人なんていなかった。
 近寄るだけで、「菌がうつる!近づくな!」と言われ……
 僕が、触ったものにも“菌”が移る。
 モノも触ることすら許されなかった。


 物心つく頃には、既にこんな生活を送っていた。
 だから、女の子とキスどころか、女の子の手すら触った事がない。

 理由は、簡単。

「“菌”が、うつる。」

 それが、ずっと耳から離れない。
 小さい頃、レックリングハウゼン病が、原因でイジメられたこともある。
 レックリングハウゼン病、聞きなれない人も多いと思う。
 その病気に気づいていない人もいると思う。
 かんたんに説明すると、3000人にひとりの確率で発症する病気。
 親がこの病気にかかっているとふたりにひとりの確率で遺伝する。
 漢字で書いたら少しは、イメージが湧くかな?
 神経線維腫症I型。
 病状としては、茶褐色の斑がたくさんできる。
 そして、それが数ミリ程度の柔らかなイボのようなものができてしまう。
 これには個人差があり場合によっては、大きくなったりして手術が必要になることもある。
 またこの症状が出来るのは皮膚だけとは限らない。
 内蔵にも出来てしまうこともあるんだ。
 そして、この病気にかかってしまうと見た目に見える病気でもあり。
 また、認知度の低い病気のため理解されないことも多い。

 そして、僕の場合。
 何処にブツブツがあるのか……
 何処までブツブツがあるのか……

 それを確かめたかった人たちにひどいいじめを受けていた。

 その人にとっては、ただの好奇心だったのだろう。
 でも、僕からしたら、ただの苦痛でしかなかった。
 僕はみんなの前で服を脱がされ。
 性器を見られ、沢山の人に気持ち悪がられ……
 そして、ひどい言葉を浴びせられた。

 だから僕は、人が嫌いだ。
 好きになれる理由なんてひとつもない。

 極端な話、この世に住んでいるすべての人を殺しても足りないくらい、僕は人を恨んでいるかもしれない。


 でも、殺す勇気なんて何処にもない。
 小さいころから生きることが嫌で毎日泣いていた。

 だけど、死ぬ勇気なんてもっとない。


 1日が過ぎるたびに、生きることが辛くなる。
 1日が過ぎるたびに、死が近づくことに喜びを覚える。

 そんな毎日。

 退屈な日々……
 苦痛とも言える生きる道。


 近づいてくる人は、僕からお金を巻き上げようとしたり、惨めな僕を見下し自己満足を得る人。
 だから、距離をとった。


 近づいてくる人は、見世物のようにし、僕をののしる事で自分の存在意義を保とうとする人。
 だから、距離をとった。


 そうやって人と距離をとっていくうちに僕は気づいた。
 僕は、ひとりぼっちだと言うことに……

 別にひとりぼっちが、寂しいわけじゃない。
 ひとりの方が、気楽になれた。

 でも、気づいてしまった。
 ひとりぼっちになることは、とても怖いこと……。
 でも、いざなってみるとそうでもない。


 誰かが言った。

 好きの反対は、無関心。

 大人になるにつれ、僕のレックリンクハウゼン病に関して、無関心な人が増えてきた。
 たまに、子供に石をぶつけられるけど……
 それは、仕方がない、だって僕は、化け物だから……

 そう、小さなころ僕は、よく「化け物」と言われ石を投げられたりしていじめられていた。
 助けてくれる人なんて、誰もいなかった。

 教師からは、「いじめられる原因がある菌も悪い」と言われた。

 いじめられた原因は、僕の見た目の病気であるレックリングハウゼン病だけじゃないのかもしれない。
 もしも僕が、喧嘩が強く、短気でなおかつ暴力的な人だったなら……


 いじめられることは、無かったのかもしれない。

 そういう性格に産まれた方がよかったのかな?

 でも、僕は、石を投げられてもバットで殴られても、玩具の銃の的にされても声をあげて泣くことしかできなかった。
 声をあげて泣けば、誰かが助けてくれる。
 そう思っていた。
 だけど、誰も助けてくれないことに気付いたとき。

 僕は、声を上げて泣くのを止めた。
 僕は、殴り返さなかった。
 殴り返せば、心まで化け物になってしまう……そんな気がしたから。


 僕は、ひとり。
 僕は、ひとり。
 僕は、ひとり。


 そう思い続ける事が、僕の心を保つ唯一の方法だった。


 僕は、人を好きにならない……
 それは、相手を怖がらせるだけだから。
 僕の心には、誰もいない。
 だって、そうだろう?
 すぐにいなくなるのだから……


 孤独とは、誰かが周りにいないと感じないモノ。
 だから、僕の心には誰もいない。
 気づけばそうなっていた。
 全てに絶望し、全てに期待しなくなり、全てのことに諦めたとき。
 僕は、君と出会った。

 君は、誰にでも優しかった。
 そして、その優しさは僕の方へも向けてくれた。

 初めての優しさ。
 初めての心の温もり。

 僕は、嬉しかった。

 好きにならない努力をしたけれど……
 それは、無駄に終わった。

 僕は、努力をしたけど……
 僕は、好きになってしまったみたいだ。

 だから、距離を置こうとしたんだ。
 だってそうだろう?
 僕は、化け物。
 近づけば嫌われてしまう。
 そんな生き物だから。

 心の中に君を置いてしまう。
 そんな気がした……

 だけど距離を開ければ開けるほど。
 君は、僕との距離を縮めた。

 僕は、どうやら君のことを好きになってしまったようだった。
 もう、こうなってしまえば止まらない。

 君のことを考えれば、胸が温かくなった。
 君のことを思えば、胸が苦しくなった。
 つらいとき苦しいとき、君の声が聞こえてくるような気がした。
 僕が涙の時、君は僕の頭を撫でてくれた。

 そんな君への気持ちが次から次へと溢れ出る。
 甘く切ない気持ち。

 僕は、歩くのが遅かった。
 だけど、君は僕が歩く歩幅に合わせて歩いてくれた。

 僕は、食べるのが遅い。
 だけど、君は僕に合わせて食べてくれた。

 僕は、しゃべるのが苦手だ。
 だけど、君は一生懸命、僕の話を聞いてくれた。

 好きと言う気持ちが強くなる。
 君をぎゅっと抱きしめたい……
 そんな気持ちが強くなる。

 だけど、僕の中で僕の心の誰かが耳元でささやく。

「お前は、化け物だ」

 君のことを思うたびに、その言葉が心をえぐる。

「お前は、化け物で人間じゃないから、人を好きになったらいけない」

 小さい時から言われ続けた言葉。

 辛かった。
 苦しかった。

 誰かに助けてほしかった。

 助けを求めたけれど、誰も助けてくれない。
 だから、僕は君との距離を置くことにした。

 嫌われるのなら、早い方がいい。

 僕は化け物。
 ただの化け物じゃない。

 人に憧れる化け物。


 女の子と手を繋ぎ、色んな街へ出かけたり。
 買い物したり、ゲームしたり、遊園地に行ったり……
 そんな普通の人にとって、ありきたりな世界に憧れる化け物。

 叶ったことはない。
 叶うことは無い。

 少し切ない気持ち。


 君には、大事な人がいる。
 素敵な君だから、仕方がないこと。

 でも、僕には関係なかった。
 僕は、化け物。

 人にはなれない。

 僕の心は、小さく項垂れる。
 小さくなってうずくまる。

 誰かが、僕の頭を突いた。
 僕が顔をあげたとき、そこにいたのは君だった。
 心の世界ではない、現実の世界。

「行こう」

 君は、そう言って僕の手を引っ張ってくれた。

 憧れた現実。
 望んだ世界。

 僕は、顔を真っ赤にして街を歩いた。


 歩きながら君といろんな話をした。
 君は、彼氏さんと喧嘩した。
 彼氏とは、別れる寸前……

 僕の心の何かがぐにゃりと揺らぐ。

 歩いているとその彼氏さんと遭遇した。
 彼氏さんは、女の子と手を繋いで歩いていた。

「走って!」

 君は、一言そう言うと全速力で走った。

 僕は、君の後を追いかけた。
 追いかけるだけで精いっぱい。
 彼氏さんは、彼氏さんで僕たちのあとを追いかけた。

 走りついた場所は、マンションの入り口。

 僕は、君の腕を掴んだ。
 初めて自分から女の子に触れた。

 君の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
 彼氏さんが、心配そうにこちらを見ている。

 君は、彼氏さんの方を見た後、僕の身体を抱きしめた。

 暖かい感触に優しい香り。
 僕の胸の鼓動が、早くなる。

 君は、僕の目をじっと見た後……
 僕の唇にキスをしていた。


 初めてのキスだった。
 頭の中が、真っ白になる。
 何が起きているのかがわからない。

 君の柔らかい感触。
 そして、君の吐息。

 色んなモノが、ゆっくりと僕の中に入ってくる。
 その間も、君は、いっぱい涙を流していた。

 彼氏さんは、舌打ちをするとその場をゆっくりと去った。
 彼氏さんの姿が見えなくなるまで、君と僕はキスを続けたね……

「ごめん……」

 君は、僕に謝った。
 謝ることなんてひとつもないのに。

「うんん」

 僕の心の中は、空っぽになった。
 色んな憎しみや色んな感情が空っぽになった。

 僕を受け入れてくれる人が、現れたのかもしれない。
 僕は、勇気を出して君を抱きしめた。
 君は、僕の胸の中でいっぱい泣いた。

 僕は、人になってもいいのかな?
 僕は、人になれるのかな?

 僕は、勇気を出して告白を……

 そう思ったけれど出来なかった。
 それは、僕に勇気がなかったから……

「君は、自信をつけようね。
 きっと君を必要としてくれる人が現れるから……
 それじゃ、おやすみなさい」
 
 君は、そう言ってニッコリと微笑むと、もういちど僕の唇にキスをした。
 そして、君はマンションの中へと消えていった。


 君が、自殺したと聞いたのは、それからすぐのことだった。
 遺書には、彼氏にふられたことが理由と書かれていた。

 そして、僕宛に届いた1枚の手紙。

 そこには、「ごめん」とだけ書かれていた。


 ねぇ。
 もしも、僕があの時、勇気を出していれば君は死ななかったのかな?
 もしも、あの時……
 もしも、あの時……
 もしも、あの時……

 僕の中で色んなモノがぐるぐると回る。

 僕は、後悔した。

 君に好きだと言えなかったことを……


 僕は、空を見上げる。
 君は、この空の上にいるのかな?

 今なら言える。
 君は、今更って笑うかもしれないけれど……

 僕は、言えるよ。
 君のことが好きだよって。



しおり