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第2話 裏口から異世界へ







 ◆◇◆







 アシュレインにやってきたのは、約三ケ月前。
 製菓学校の製パンコースを卒業した僕は、おじいちゃんが営む老舗パン屋の三代目になるべく、毎日下積みを頑張っていました。
 その日もいつものように、夜明け前に目覚めて制服に着替えてから隣にあるお店に向かう。僕も正式に従業員になったので鍵は任されていたんだ。
 だから、一番乗りに鍵を開けるのは学校を卒業してからいつものことだった。
 それを疑うことなく裏口を開けたら……中が空っぽ。
 空っぽ、と言うかパン屋の厨房どころか設備とかが消え去っていた。
 おまけに振り返っても、扉まで変わっていて金属製じゃない木の扉だったから驚き。

「……これって、まさか?」

 おじいちゃんやお父さんに、『パン作り以外はぽややんとしてる』って口すっぱく言われててもわかるよ。
 本屋なんかでちらほら見かける派手な本とかにある『異世界転移』。
 もしや、あれ?と思いつつも、今いる建物を探検することにした。
 だって、まだうちのパン屋って可能性捨てきれないからさ?

「……電気のスイッチとかもないし、コンクリもタイプが古いなぁ」

 うちのパン屋を改装した時とかに、左官工事とかは一通り見させてもらったからわかる。
 常連の大工さんだったから、邪魔しなきゃ大丈夫だったのとおじいちゃんに言われてパンの差し入れを持って行ってたので。
 その仕事も少しだけお手伝いさせてもらえたから、現代で使われてるコンクリと触っただけでも違うのがわかったんだ。
 口にも出したように、電気のスイッチも見当たらないどころか電化製品の設備すら見当たらない。
 別のドアを開けても、それに加えてこの建物が空き家なのがわかった。

「……全部じゃないけど、ほとんど木製の建物って今じゃ考えられないよね」

 多少ガラスはあっても、扉につけてるの以外窓にあるくらい。
 その窓を囲ってるのもほぼ木製。
 タイムスリップしたか、異世界に転移したかはこれだけじゃまだわからない。
 とりあえず、外に出ようと思ったら奥から人の声が聞こえてきた。

(やった、人だ!)

 僕は嬉しくなって、いそいそとその声がする方に向かった。

「この空き家かぁ……」

 日本語?だろうけど、今開けようとした扉の前で耳をすますことにした。

「元は商業ギルドの管轄だったにしろ、こんな街の外れじゃな……」

 おじさん?の声に、やっぱり僕は異世界転移しちゃったと納得。
 ギルドって言葉、普通はゲームとかしか使わない。
 パン屋でも商会とか公式協会に所属するのが普通だからだ。

(……見つかっちゃうよね?)

 いずれこの部屋にも来るだろうし、裏口から出たっておじさんが言う街に出ても何も出来やしない。
 なら、いっそ自分から名乗り出るかと扉を開けようとしたら向こうから開いてしまった。

「……なんだ、お前?」
「ど、ども」

 おじさんは、なかなかにダンディな無精髭の目立つおじさんでした。
 それからおじさんは空き家散策を中断し、裏口から僕を引っ張ってあれよあれよと言う間にレンガ造りが立派な建物に連れて行った。
 その最上階らしいお部屋に入らされ、応接スペースらしい黒革のソファに座れと押された。

「……で、お前誰なんだ?」
「えと……(すばる)です」

 名字を言うと余計怪しまれると思って名前だけにした。

「すばる? 聞いたことない響きだが、お前くらいべっぴんな嬢ちゃんにしては変な名前だな?」

 首を傾げたおじさん、やっぱり僕を女だと勘違いしてる⁉︎
 無理もないと言うか、恰幅のいいおじいちゃんやお父さんに一切似ずに、売り子で今も人気のお母さん似な僕。
 一応男なのと、パン作りをするのにキャップは被ってても髪クズが入るなんてご法度!
 だから、ショートヘアにしててもおじさんには意味なかったようだ。
 男らしく角刈りしようとしても、おばあちゃん達に全力で止められたから、これでも男にしちゃ長めなんだけどね。

「……すみません。僕、男です」
「嘘だぁ?」
「ほんとですよ‼︎ あそこは触らないでもらいたいですが、胸とかないでしょう⁉︎」
「まあ全然ねぇようだが、その変な服で潰れてんじゃね?」
「潰れる以前にありません!」

 顔もだけど、声も変声期過ぎてもちょこっとしか低くならなかったから余計にダメか。
 だけど、それを自覚した時にいいこと思いついちゃった。

「僕が男だって証拠、他で見せてあげます」
「ほーぅ? 面白れぇ」

 仕掛けていいようなので、僕は向かいに座っているおじさんの横に立つ。
 そして、もともと高くない身長を少しかがんで、おじさんの耳元に口を近づける。あとは、喉と腹筋に少しチカラを入れた。

『この僕の声を聞いて、男と思わない?』
「っ⁉︎」

 必殺、小悪魔ボイス!
 わざと意識してテノールまで低くした男性の声で、相手に吹き込むのだ。
 これにはおじさんも肩を跳ね上がらせ、声を吹き込んだ方の耳を押さえながらソファの端に下がっていく。

「そ、そんな声女じゃ出せねぇな!」

 わかってくださって何より。
 けど、これ使い過ぎると変な男性ファンが増えるって幼馴染みが言ってたから、本当に奥の手だ。
 おじさんは顔の赤みが引いてから、ソファに戻った僕に向かい合ってくれた。

「まさか、『時の渡航者』だけでなく男だったとはなぁ?」
「ときのとこうしゃ?」
「簡単に言や、異なる世界を渡ってきた奴のことだ。スバルのその恰好……材質もだが意匠がこっちじゃ全く使われてないもんだしな」
「あー……」

 この世界じゃ、コックさんとか調理師が使う制服は需要がないってことかな?

「その服は私用のもんじゃねぇな?」
「ええ、実家のパン屋で見習い中でした」
「職人見習いか? しかも、パン屋……」

 全然見えないでしょうが、これでも毎日トン越えの粉袋とか抱えたり計量の時に盛り上げたりするのが日課です。
 筋肉つきにくいのか、ちょっと二の腕太い女の子にしか見えないのがコンプレックス。

「んで、あそこにいたのは?」
「僕がいた世界じゃ夜明け前だったんですけど、掃除と仕込みのために裏口から入っただけです」

 今は、外出た時にわかったけどお昼くらいに明るい。

「ゲート同士のリンクの可能性が高いな……おっと、俺はロイズ=マッグワイヤー。この建物、商業ギルドの一応ギルドマスターってもんだ」

 おじさんは、ロイズさん。
 うん、横文字もだけどギルマスだなんて響きはやっぱり異世界でしかないだろう。

「よろしくお願いします、ロイズさん」
「さて、どーすっか? 職人見習いなら、うちに来れたのは運が良い。市場の管理や衣食住関連の店との取引とかはうちの管轄なんだ」
「と言いますと?」
「多少力はあっても、職人なら戦闘系を求められる冒険者ギルドに所属するのは不利だ。どーも、お前は戦闘経験あるように見えないからなぁ?」
「おっしゃる通りです」

 部活も、家庭科部以外に所属したことがないくらい非力だ。
 ゲーセンであった古いパンチングマシーンで頑張っても、いい結果なんて出たことがない。

「だから、お前が入ってきたあの空き家。あそこでなんならパン屋を開いていい。資金については元々建て替えるかなんかするつもりだったからうち持ちだ」
「えぇ?」
「なんだ、不満か?」
「そ、そうじゃないんですが」

 住宅街じゃないにしても、あんな街のはずれにあるパン屋なんて需要があるのだろうか。
 費用をかけて改装したって、口コミだけでお客さんが来るなんて思えない。

「安心しな。と言うのも、あそこは元々パン屋だったんだ。持ち主が死んでから随分と空き家になってたのを改装しようかどうすっか決めかねてたんだよ」
「あそこが、パン屋?」
「事情は置いとくが、異世界のパンとなれば物珍しさに人が集まるはずだ。もちろん、そこは伏せておくぜ? それと」
「それと?」
「今お前を少し『鑑定』したんだが、男なのも納得出来たが他に面白い適性が見えた」
「かんてい?」

 まさか、この世界には俗に言うチートスキルとやらもあるのか?

技能(スキル)も異世界じゃないみてぇだな? 俺はスキル『鑑定眼』を持ってる。さっき使わなかったのは、お前の出方を見るためだ。あと、鑑定されっと多少しびれさせるからな?」

 言われてみれば、顔が少しヒリヒリする気がした。
 ロイズさんが言うには、すぐ消えるから後遺症は残らないらしい。

「その中に、面白い職業(ジョブ)があった。スバルはパン職人以外に『錬金師』の資格があるみてぇだ」
「どんな職業ですか?」
「そーだなぁ? 例えば、鍛治師の奴なら製造した武器なりアイテムになんらかの補正を付けさせることが出来る。これと同じ考えなら、スバルの作るパンはポーションのように薬効とか他の補正がつく可能性があるな?」
「うわぁぉ」

 主食がポーション化するなんて、チートでしかない。

「ま、物は試しだ。店どーのこーのはすぐに出来ねぇから、一度下の厨房で作ってくれよ。それが本当に可能かも確かめたいしな?」
「はい」

 いきなりやって来た僕もだけど、受け入れてくださったロイズさんもなんだかんだ優しい。
 ロイズさんの部屋を出てから、とりあえず厨房に向かうことになりました。

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