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第1話 街外れのパン屋さん

 ここは、とある国のとある小さな街。
 そこは冒険者ギルドや商業のギルドがそこそこ栄えている小さな街だ。
 魔物討伐もそこそこ多いが、ギルドがあるお陰で冒険者達は統率が取れていて。商業ギルドがあるお陰で街中の市場は安定している。
 時折やって来る隊商(キャラバン)達も、この街の市場のために商品を運んできては外の世界に評判を伝えてくれる。
 そんな街──アシュレインの中でも、はずれのはずれにある小さな店に、ここ数ヶ月足繁く通う男達が目立つ。
 店の看板は、扉のすぐそばに木の板で『スバルのパン屋』と書かれていた。
 目当ては、パンもだが他にも理由がある。
 男達はパンを買うのによく考えながらも、焼き立てのパンが出てくる刻限を待っていた。
 それを持って出てくる、このパン屋の店主を待っていたのだ。








 ◆◇◆






「ふーんふんふん、ふふーんふーん」

 鼻歌を歌っちゃうのも仕方ない。
 今回焼けたパン達もいい出来だったからだ。

「じゃ、持っていきまーすっ」

 もう一人作業してくれてる人はいるけど、声をかけても頷く以外返事がない。
 自分よりもパン作りの経験が浅いから、集中してるのも無理ないしね。
 とりあえず、少し粗熱を取ったパン達をトレーに乗せて表に向かった。
 そこは、見慣れてきたけど、パン屋に相応しくない戦場と化していた。

「おっ前、それ俺が取ろうとしてたんだぞ⁉︎」
「俺が先だ!」
「僕の方が先です‼︎」
「おら、そこどけ!」
「あー、それ狙ってたやつぅ⁉︎」

 狭いパン屋の売り場側には、たくさんのお客さん。
 そのほとんどが男性だ。
 開店直後のこの時間って理由もあるだろうけど、いっつも取り合いになっている。

「今クロワッサン焼き上がりましたよー」
『っ⁉︎』

 それと、売り場にパンを持っていくこちらにも注目が集まるのはいつものこと。

『……す、スーちゃん‼︎』

 自分が現れると喧騒なんてどこへやら?
 あっという間に会計机の前に押し寄せて来ました。

「お会計お願い!」
「今日もたくさん買うから!」
「え、笑顔見せて!」
「お兄ちゃんって呼んで!」

 ちゃんと並んでくれるも、向けてくる言葉のほとんどが自分への願望ばかり。
 けど、せっかく作ったパンをちゃんと買ってくれるから邪険には出来ない。
 笑顔は当然だけど、もう一つ色を添えてもいいだろう。

「今焼き立てのチョコクロワッサンの付与は、【状態異常(毒)60%回復】付きですがいかがですか?」
『買います‼︎』
「全部ちょうだい‼︎」
「ダメですよ。お一人につき一個までです」

 我がスバルのパン屋で、自分──スバルが作るパンや焼き菓子には何故か【補正効果】がついてしまう。
 それを商業ギルドに下ろしたことが口コミで広がり、街のはずれのはずれにあっても連日お客さんが押し寄せてくるのだ。
 ただ、もう一つ押し寄せてくるのは自分の容姿も関係がある。

「スーちゃん、今日も可愛いねー!」

 お客さんのほとんどが、自分会いたさにやってきてしまうのです。
 お会計をする度に猛烈にアピールされたり、お釣りを渡す手をぎゅっと握られたりとか。
 慣れてはきたものの、次のお客さんを待たせてしまうから少し困ってはいるのだ。

「おら、次俺だぞ!」

 と、口を挟んでくるお客さんがいるのもいつものこと。
 それが聞こえたら、おかえりくださいとは伝えているんだけど。

「スバルちゃん、俺と今度デートしね?」

 こう言うアピールをしてくるお兄さんには、毎回断ってもしつこくて困ってるだけで済まない。
 熱烈な告白は申し訳ないけれど、自分は応えられない理由がある。

「すみません、やはり」
「スバルが困ってんの見てわかんないのかあんた!」
「い゛⁉︎」

 お断りしながらお辞儀をしようとしたら、お兄さんが頭を殴られて負けん気の強い女の子の声が聞こえてきた。
 その相手は知ってる子だから、正直ほっと出来た。

「エリーちゃん」
「スバルももちっと強気で言いなよ! おしとやかに答えたって、こーゆーのが付け上がるだけだ!」

 そう言って、エリーちゃんは持っていたパン用のスケッパーの先をまだ痛がってるお兄さんにガンガンぶつけた。
 よくないだろうけど、このお兄さんほんとにしつこいから見ないフリをする。

「いった、いだたたた⁉︎ え、エリザ……べ、スやめ⁉︎」
「パンを買うのはいいが、うちの店長にしつこく口説くんなら出禁にさせるぞ! 他の連中も、わかったか⁉︎」
『ひゃ、ひゃい⁉︎』

 エリーちゃんの忠告に皆さんすくみ上っちゃって、それからはさっきのお兄さんも含めてさくさく会計が終わっていく。
 エリーちゃんも包装を手伝ってくれたから、出て行かれるともうすっからかん。
 開けっ放しな扉を閉じてからひと息つこうとしたけど、お客さんとは別の問題があった。

「……エリーちゃん大丈夫?」

 何故こう聞くかと言うと、彼女がさっきの勢いはどこへやらって感じにスケッパーにしがみついてガクガクに震え上がってたからだ。

「怖い怖い怖い怖い怖いぃい‼︎ 男の人怖い、何あれ、君目当てってわかってても怖いキモい‼︎」

 実は、エリーちゃんことエリザベスちゃんは重度の男性恐怖症保持者です。
 さっき大口叩いてた態度は、全部演技。
 本当は、真面目で少しだけ勝ち気な女の子。
 何故恐怖症になったのかは、本人が教えてくれた範囲じゃ小さい頃に誤って奴隷商人に捕まりかけて、とっても恐い思いを体験したからだって。
 さすがにお父さんや親戚の人は大丈夫でも、さっきのお客さん達のような冒険者さん達は、その恐怖が蘇る対象になっちゃうみたい。
 だもんで、怖がる自分を隠すのにわざと勝ち気な性格を演じたあとは大体こうなっちゃうのだ。

「怖かったよねー」
「うう……君だけ(・・・)は、大丈夫なのに」
「まあ、()はこうだしね?」

 パン作りには相応しくない、フリルたっぷりのワンピースとメイドエプロンを着た自分。
 短いけど、艶のある黒髪。
 白パンのように柔らかそうな肌。
 リップいらずの桜色の唇。
 筋肉がついてない細い手足。
 少し低いけど、可愛いらしい声。
 どう見たって、可愛過ぎる女の子に見えますが……実は、男です。
 理由あって、男の娘を演じてるれっきとした『成人男性』です!
 それと、僕自身この街どころか、『違う世界』から来た人間だ。

(もう、三ヶ月かぁ……)

 このアシュレインに来て、ロイズさんのご厚意でパン屋を開いてから早いものだ。

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