彫刻と余興15
大結界が壊れ、雪崩れ込んでくる魔物達。
「放てー!! とにかく放てー!!」
部隊長が魔法を放ちながら声を張り上げて命令するが、魔物の数が多く、展開している範囲も広いので、魔物達が防壁に到達する方が早い。このままでは防壁も危ないかもしれないので、もう迷っている暇はないかと思った時に、天啓のように閃くものがあった。
ボクは一瞬だけ腕輪に目を向けると、防壁に到達して攻撃を開始した魔物達と防壁の間へ、そこに組み込んでいる魔法と似たような魔法を発動させる。違いは障壁があるかどうかだけだ。
ただでさえ薄い防壁内の魔力を、局所的とはいえより薄くしたことにより、魔物は攻撃を止めて僅かに後ろに下がる。
しかし、直ぐに攻撃を再開させるも、その僅かな間があれば十分だ。
自ら一気に発現させる魔法の数に制限を設けているとはいえ、他の部隊員達の攻撃もあるので、そちらも密かに補助していれば、数が多かろうと、作った時間を無駄なく活用すればギリギリ間に合う。
最後の魔物が消滅すれば、防壁は最初に僅かに攻撃を受けた程度で済んだ。防壁は今でも現役なので、多少の攻撃であれば耐えてくれる。
後は応援が来るのを待つだけだ。防壁の修繕は別の部隊の仕事なので、報告だけしておけばそれでいい。それもまた部隊長の仕事だが。
要請している部隊が来るまでの時間に、先程の結果を振り返る。
思わぬ時に実験ができたが、やはり魔物は魔力に敏感なだけに、魔力を薄くするだけで効果があるようだ。これなら、休む時にも活用できそうだな。
しかし、攻撃している魔物の目の前でだと効果は薄いようだ。一瞬の隙は作れるが、防ぐというまでではないらしい。
一回の使用だったが、思ったよりも収穫はあった。あとはこれが、大結界内部よりも魔力濃度の濃い平原でも効果があるのかどうかだな。ここ以上に濃度差が生まれる分、効果はありそうだが。
これは腕輪に組み込んでいる魔法も少し調整した方がいいかもしれないな。
などと色々考えていると、要請に応じてやってきた兵士達が大結界を修復する。それが済むと部隊長が報告して、見回りを再開する。
再開した頃にはもう昼だ。発ったばかりの詰め所が目と鼻の先なので、距離的に一度戻った方が早いが、次の詰め所へ向けて進む。昼食は次の詰め所で摂るのだろう。
そして、次の詰め所に到着した時には、もう昼過ぎであった。
途中で魔物と遭遇しなくてよかったが、部隊員達は一様に疲れた顔をして詰め所内で昼食を食べている。ゆっくりとはいえ、まだ昼食を食べられているので大丈夫だろうが、緊張のせいか疲労が中々抜けないのかもしれない。
ここでこれなのだから、平原を警邏中の兵士はもっと大変なんだろうな。
そんな部隊員達を横目に早々に昼食を食べ終えると、ボクは窓の外に目を向ける。
天気はいいが、少々眩しい。夕方も近いというのに、太陽は元気なものだな。
そう思いながら眺めていると、目にかかった前髪が気になり、軽く手で散らす。そういえば、もう長いこと髪を切っていないが、ボクは髪の伸びがかなり緩やかだ。それでもそろそろ切らないとな。宿舎に戻ったら、お風呂場ででも少し切ろう。毛先を少し切るだけでいいので、すぐ終わるだろうし。
見回りを終えた後の事に思いを馳せていると、休憩が終わり外に出る。
外で整列後に見回りを行うが、また直ぐに魔物を発見する。今回は近くに警邏中の兵士が居たので大結界が破られる前に解決したが、生徒達が平原であまり動いていない分、兵士達の負担が大きいのだろう。学園から帰ってきた後の見回りから、要請に応じて駆けつけてくるのは兵士の割合がかなり多い。
そのまま夕暮れまで見回りを続け、詰め所で休憩する。
夕食を食べた後、全員直ぐに就寝した。いつもより早く独りになったので、中断していた彫刻を再開するべく準備をしていく。
彫刻を行う前に、今日の結果を基に腕輪の調整を軽く行い、その後に腕輪の設定を終えると、作業を開始する。作業自体はもうほとんど終わっているので、最後に髪の部分の細々とした部分に、耳や首部分などを仕上げて、全体の調整を行っていく。
「・・・こんな感じかな? うーん・・・完成かな」
様々な角度から観察したが、見るからにおかしなところもなかったので、次の段階に移行するためにまずは掃除を行う。小刀も収納して、色を付けていこうと思ったのだが。
「あ・・・台座作ってないや」
置物はそのままでも辛うじて立つことが出来るが、このままでは、少しの揺れで直ぐに転倒するだろう。それを防ぐ為にも、足元に台座を取り付けなければならない。
「そうだな・・・」
串刺しウサギの角では細すぎるが、組み合わせれば何とかなるだろう。しかし、それも一苦労だし、もうそこまで時間的余裕も無い。
「台座は創るとするか」
そういう訳で、台座を創造していく。この前買った置物を参考に、石膏で創ればいいだろう。重量を増やす為に、中に鉄を芯として混ぜておくか。
厚さ一二センチほどの円形の石膏を創造し、中に鉄を芯として混入させると、それと串刺しウサギの角で作った置物をくっつける。芯に使用した鉄を台座から脚まで伸ばして、固定させた。
「こんなものか?」
グラつかないのを確認した後、机に置いて安定性も確かめる。それが終わると着色だが。
「・・・これ、固定する前に着色した方が良かったかも?」
それに気がついたが、もう固定した後なので、しょうがない。今回は魔法で手早く着色していこう。元々構想があるので、魔法だけを用いての着色なら一分と掛からないからな。
時間もそれほど残っている訳ではないので、さっさと着色を済ませると、出来栄えを確認していく。
「色が付くだけで結構印象が変わるものだな」
着色前は何処かのっぺりとした感じがあったが、色がついただけで立体感というか、置物が存在を主張し始めたような印象を抱いた。こういうのを生命を宿したとでも表現すればいいのだろうか。
それに感動していると、奥の部屋から人が起きてきたのを察知したので、急いで置物を情報体に変換して、忘れ物が無いのを確かめる。
大丈夫そうなので、みんなが食糧庫に寄っている間に一息ついて腕輪の設定を解除する。
それにしても、前日までと比べてかなり早く起きてきたな。外はまだ暗いぞ。明日からもう少し早めに腕輪の時間を設定しないとな。
腕輪の設定も解除し終えたところで、部隊長達が食糧庫から出てくるのを感じたので、座り直して窓の方に目を向ける。
そして広間に入ってきた全員と挨拶を交わして、朝食を貰ってそれを食べた。
いつもより時間が早いものの、休憩を挿んで直ぐに見回りを始める。いつも同じぐらいの時間で行動しているので、夜の間に何か連絡でもあったのかもしれない。
とりあえず、まだ空の端が白みだしたばかりの時間に見回りは始まる。境界近くの詰め所はもうすぐなので、長かった平原方面の見回りももうすぐ終わりだ。内側の見回りは平和だからね。
そんな事を考えていたからではないが、途中まで足止めもなかったのに、昼頃に境界近くの詰め所が見えてきた辺りで魔物を発見する。
とはいえ、魔物の数は少なく、報告と同時に境界近くの詰め所に駐在している兵士達が駆けつけてきて対処してくれたので、直ぐに片が付いた。
それが終わると、境界近くの詰め所に入っていく。到着したのは昼過ぎだったが、そこで昼休憩を済ませると、折り返して防壁の内側の見回りを開始する。
そこからは速足気味に進んでいき、平和な内側の見回りを行っていく。夕方には詰め所に入り一晩泊まる。皆は早めに寝たので、夜の内に色付けした置物に魔法を組み込んでいき、置物を完成させた。
出来としては悪くはないが、何分初めての作品だ、色々と拙い感じが見受けられて、少し恥ずかしい。それでも、次の休日にでもクリスタロスさんのところへ行って、贈るとしよう。その後は本を一冊読み終えてから、プラタとシトリーの置物に取り掛かるとするか。
置物に魔法を組み込むのは直ぐに終わったので、朝まで構築した本を読んでいる事にした。
久しぶりにのんびりとした時間を過ごし、翌朝早くに起きてきた全員と挨拶を交わして朝食を食べると、見回りを行っていく。今日中には東門に到着するだろう。
防壁の内側はまだ平和なので、見回りもサクサク進んでいく。これも防壁まで抜かれたら蹂躙されるのだろうが。
昼食の為に一度詰め所に寄ったが、昼過ぎには東門に到着した。
東門前で解散して宿舎に戻ると、自室の前で丁度出ていくところだったギギと会ったので、挨拶程度の会話を交わしてお風呂場に向かう。
お風呂場では毛先を少し切って長さを整えると、切った髪の毛を片付けて、身体を洗い流して湯に浸かった。
お風呂から上がると、自室に戻って本を読む。今日はこのまま夜まで読書して、睡眠を取る予定だ。明日からは平原で討伐任務だが、忙しそうだな。
◆
魔物の活性化。それは大事である。
元々東側の平原全体が人手不足だったところに、今回の出来事であるので、結果的にかなり魔物に圧され気味になっていた。それでもまだ砦が一つも落ちていないのは、奇跡ではなく、そこを護る皆が頑張っているからだろう。
大結界も日に幾度も破られ、防壁までその魔物の牙は届いている。これは国としての一大事。こういう時にこそ、最強位という存在の出番であった。
「ごめんね。付き合わせて」
クルは共に平原を歩き回るオクトとノヴェルに謝罪するも、二人は気にしていないとにこやかに返した。
「ありがとう」
ほとんど止まることなく魔物を次々と倒しながら、クルは二人に感謝する。
現在三人は東側の平原で魔物討伐の最中であった。それも期限が明確に決まっていない為に、野宿や砦に泊まりながら、もう十数日は平原を歩き回っている。
「それにしましても、どこもかしこも限界ですわね」
「クロック王国に援軍要請は出しているから、もうすぐ状況は改善すると思う」
「北の方は大丈夫ですの?」
「東側以外はあまり変わらないか、静かになったらしい」
「そうでしたか」
「原因はやはり?」
オクトの問いに、クルは頷く。
「あの日を境に魔物が活性化している。各国にも現れたらしいから、平原が静かになったのはおそらく」
「森の中が綺麗にされたと?」
「調査中らしいけれど、おそらくそう」
「そうでしたか」
「では、ここは何故なのでしょうか?」
「分からない。調査を出す余裕も、今は無い」
「そうですわね」
周囲を見渡してオクトとノヴェルは、頷いた。
「まずは援軍が来て余裕が出来てから。それでも、あの森は容易には調べられない」
「そうですわね」
東の森の難度を思い出し、ノヴェルは小さく首を振る。
「砦と防壁の方は大丈夫でしょうか?」
「砦はそこまで大きくないし、今は防衛に注力しているからなんとかなっている。だけれど、大結界は回復が間に合っていない。防壁も色々魔法がかかっているし、分厚いからそう簡単には破られないだろうけれど、空や地下から来られたら難しい」
「地下に生息している存在は確認されていないのでしたよね?」
「この辺りでは一度も確認されていない。空も低空飛行のしか確認されていない。だけれど、居ない訳じゃない」
「そうですわね」
「せめて大結界をどうにか出来ればいいけれど、あれは管轄が違う」
「マンナーカ連合国の管轄でしたわね」
「うん。そのせいでこちらからはどうにも出来ない」
そう言うと、クルは困ったというように疲れた息を吐いた。
「大結界はどうも出来ない。人手は不足している。砦はギリギリだけれど、援軍が来るまでは耐えるしかない」
「大結界の前か後ろに新しい結界を張るというのはどうなのでしょうか?」
「現在砦でそれと似たような事を行っているけれど、大結界同様に気休め程度でしかない」
「そうですか」
「それも定期的に張り直しているから、大結界の様に常設となると魔法道具が必要になってくるが、そこまでの腕の職人が存在しない」
「そもそも、あの大結界はマンナーカ連合国の何処から起動しているのですか?」
「人間界の中央だと聞いている」
「何方が御創りになったのでしょうか?」
「詳しくは分からない。でも、ずっと前から在る」
三人は会話を続けながらも、休まず魔物を討伐し続ける。
「やはり生徒の数が減っていますわね」
「対処しきれないから、砦から大きく離れられない。少数ながらも既に死者が出ているから、こちらとしてもその方が都合がいい」
「そうですわね」
「兵士達にはもう少し頑張ってもらわなければならないが」
「援軍はいつ頃到着予定なのですか?」
「それはクロック王国次第だけれど、数日中の予定」
「そうですか」
オクトとノヴェルは頷くと周囲の様子に目を向けて、数日であればなんとか間に合いそうだと頷く。
「対応が早くて助かる。ウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズ殿には後日改めて礼を述べねばならない」
「お姉様ですか。元気にしていらっしゃるのかしら?」
「お姉様?」
「ジャニュお姉様です。私達の姉なのです」
「そう。なら、東門から少し行ったところに在る町出身なの?」
「はい」
「そう。優秀な家系なんだね」
「兄も姉も優秀な方ばかりです」
「それは心強い。出来ればこの地位も譲りたいぐらい」
「最強位を、ですか?」
驚いたように問い掛けるノヴェルの声に、クルは自嘲でもするかのように肩を竦めた。そのクルにしては珍しい反応に、オクトとノヴェルは目を丸くする。
「期待は重いものだよ」
「そう、ですか」
実感の籠ったどこか遠くに語り掛けるようなクルの口調に、問うたノヴェルはそう返す事しか出来なかった。
「それに、強いというのであれば、国内でもぼくより上は居る。それを差し置いて最強など、虚しいものだよ」
クルはふっと小さく笑うも、直ぐにそれを引っ込める。
それでも、その触れれば壊れそうなクルの雰囲気に、オクトとノヴェルは口を閉ざしてしまう。
「ああ、ごめん。ただ、ぼくはまだ弱いから、そう考えてしまうんだ」
「クル様が弱いなど」
「先日の事件でも、それは嫌というほど実感したからね」
「あれは、相手が悪かっただけですわ」
「他の最強位の方々でも、あれには勝てなかったでしょう」
「・・・そうだね。多分、あれはシェル・シェール殿でも勝てない相手だ。それでも、何も出来なかったのは、ぼくの弱ささ」
次々と苦も無く魔物を消滅させながらも、それでもクルは自分の弱さを嘆く。その先に見ている背中があまりにも遠すぎて、そして人間界の外を少しだが知っているだけに。
しかし、いつまでも沈んでいる訳にもいかないので、クルは話題を変えようと、時計を確認する。
「そろそろ何処かの砦にでも向かおう」
クルの話に時刻を確認した二人は、その提案に頷く。
それから三人は記憶にある最寄りの砦に向かうと、日が暮れた後に到着する。
「今日だけで百体以上魔物を消滅させられたけれど、状況はあまり変わらない」
砦に入った三人は、用意された部屋に置かれている三つのベッドの内の一つを使い、その上で円を作って座ると、今日の成果を振り返りながら、明日の予定を決めていく。
「その分、確実に他への負担が減っているはずですわ」
「そうだね。明日も今日と同じように魔物を狩り続ける」
「了解しましたわ。明日も魔物の対処に精を出しましょう」
「道順は今日の続きから――」
クルは横に置いていた自分の背嚢から東側平原の地図を取り出し、現在地を指差す。
「当初の予定通り、平原中を回るように警邏していく」
そこから指を動かし、道順を示しながら説明していく。
「今日だけで結構進めましたわね」
「成果も上々。でも、やはり三人だけでは好転までは難しい」
「そうですわね」
地図に目を落としながら、三人は考え込む。
「もう幾つか平原を警邏する遊撃の部隊が欲しいけれど、当ては無い。兵士達は現在の管轄を護るだけで手一杯だし、学生達は砦や大結界の防衛だけで限界」
「当て・・・ですか」
クルの言葉にオクトとノヴェルは考えるも、少し前に襲撃があった際に聞いたような気がする声を思い出す。しかし、こちらの方面に居るとは限らないし、相手には相手の都合というものもある。
なので、他に当てはないかと思案すると、一組実力があるパーティーが居たことを思い出した。
「それでしたら、ペリドット・エンペル・ユラン殿下に助力を請うのはどうでしょうか? まだこちらに居れば、ですが」
その言葉に、クルは考える。
ペリド姫達であれば実力的には申し分はないものの、それでもやはり他国の姫君というのは、協力を要請するのを躊躇わせるには十分であった。それに、まだそこまで追いつめられている訳でもない。
暫く考えたクルは、その提案を申し訳なさそうにしつつも、受け入れなかった。
しかし、他に当ても無い為に、三人は話し合いを終えて休む事にした。
睡眠時間は短いが、早朝から見回りを行う為に暫し身体を休める。
それから空が白む前に起きた三人は、朝食を食べてから昼食用のお弁当を調達すると、砦を出て、手始めに周辺の魔物を一部殲滅してから平原を進む。
魔物の数も勢いも前日と何も変わらないが、やる事も変わらない。ひたすらに平原を進みながら魔物を殲滅し続ける。
「ん?」
そこでクルは少し離れた場所に見慣れた一団が居るのを目にした。
「どうし・・・ああ、ペリドット・エンペル・ユラン殿下達ですね」
クルの視線の先を追ったノヴェルは、そこに居た一団について口にする。
「そうだね」
「どういたしますか?」
「今回はいい。挨拶はもう済ませた。それに、向こうは向こうで忙しいだろうから」
クル達同様に魔物と連戦しているペリド姫達を横目に、クルはそう言って構わず先へと進んでいく。
「よろしいのですか?」
その後に続きながら、オクトが問い掛ける。
「いい。今は魔物の相手が何より優先」
「そうですわね」
クルの言葉に、オクトは納得したと頷く。
そのままペリド姫達に声を掛けることなく、三人は平原を進んでいく。ペリド姫達は魔物との戦闘に忙しいからか、そんな三人に気がつく事はなかった。
更に三人が平原を進む事暫く。昼を過ぎても尚止まることなくクル達三人は進み続ける。昼食は移動しながら済ませた。
「あれは!? ・・・いや、違うか」
進行方向とは違う場所に目を向けたクルは、一瞬大きく目を見開いたものの、直ぐに残念そうに首を左右に振る。
「「?」」
そんなクルの反応に、オクトとノヴェルは首を傾げつつ同じ方向に目を向ける。
「あ!」
「お兄様?」
視線の先に居た少年に、二人は驚きの声を上げた。
「お兄さん?」
「え! あ、はい。そうです」
「そう。それならば納得。あんな恐ろしいまでにきっちりとした戦い方、初めてみた」
「え、ええ。そうですね」
「・・・みえている世界が違いますわね」
少年は襲いくる魔物と同数の魔法を発現させると、それらを正確に魔物に命中させていき、どれだけの数で襲って来ようとも少しも近づけさせない。それでいて最も恐るべきは、全ての魔物をほとんど丁度で倒せるぐらいの出力に調節した魔法で倒していることか。それも個別に。
魔法の発現速度、命中率や威力などの魔法の扱い。どれをとっても卓越した技量があり、それは寒気がするほどに綺麗な戦い方であった。そんな姿に、三人はただただ驚くことしか出来ない。
しかし、昨夜の話を直ぐに思い出したノヴェルが、クルに提案する。
「昨夜の話ですが、お兄様にお頼みしては如何でしょうか?」
ノヴェルのその提案に、クルは僅かに考える。
「お兄さんが問題ないのであれば、頼んでみたい」
「では、声を掛けてみましょう」
「既にこちらに気づいているようですね」
オクトの言葉通り、視線の先で少年は三人を気にしている様な素振りを僅かに見せていた。近くで魔法使いの兵士が休憩し始めたので、休憩に入ったのだろう。
その様子に、クル達は少年の元へと移動を始めた。
◆
最初はまぁ、偶然だった。
何か覚えのある気配を感じるなあと思い、確かめる為にそちらへと近づいてみたところ、そこにオクトとノヴェルが居たのだから。
とりあえず、元気よく襲ってくる魔物達を片しながらどうしたものかと考えていると、向こうがこちらに気がついた感じがしたので、どうしようかと思いはしたが、とりあえず直に夜になってしまうだろうから、その前に監督役の魔法使いを休ませる意味でも、一旦休憩にする事にした。
魔力の実験が出来る感じでもなかったので、本を読み終えた後に彫る予定のプラタとシトリーの彫刻について考えながら休憩していると、オクトとノヴェル達の方から近づいてきた。
「お久しぶりです。お兄様」
そう言ってノヴェルが挨拶してくると、それに続いて二人の少女が品のあるお辞儀をする。
ノヴェルについてはいつも通りなので解るが、オクトが悪戯以外でこんなノヴェルみたいな仕草をするだろうか? 記憶を探ってみるが、そんな姿は遥か昔の微かな記憶、その朧げに残っている兄さんの記憶の中でしか存在しない。直近のオクトは、お転婆といえばいいのか、ボクに対して悪態をついているか悪戯している姿しかなかったはずだ。
なので、少しばかり胡散臭そうな目をオクトに向けたとしても、ボクに何の非もないと思う。
「・・・・・・」
ボクの反応に、オクトが密かに眼光を鋭いものに変えたのは、きっと気のせいだ・・・と思いたい。
とりあえず三人に挨拶を返す。先程から監督役の男性が妙に緊張しているのは何故だろうか?
「お兄様。折り入ってお願いがあるのですが・・・ああ、その前に紹介が先でしたわね」
ノヴェルはそう言うと、オクトとノヴェル以外にもう一人いた少女を手で示して紹介する。
「こちら、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様です」
「へ? ・・・ハンバーグ公国最強位の?」
「はい。そうです」
ボクの言葉を、笑顔でノヴェルが肯定する。名前だけしか知らなかったが、突然そんなお偉いさんを紹介されても、こちらとしては困るだけだが。しかし、道理で三人が近づいてきた途端に監督役の男性が緊張しだしたわけだよ。
かといって、紹介された以上黙っている訳にもいかないので、ボクも自己紹介する事にした。
「御初に御目にかかります。私はオーガストと申します。そちらのオクトとノヴェルの兄で御座います」
それにしても、最近自分の事をオーガストと名乗ることに少々違和感を覚えるようになってきたな。
「・・・わざわざありがとう。話は二人から少し聞いている」
「どういった話かは見当もつきませんが、良い話だといいのですが」
「・・・兄自慢だったから、良い話」
クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様のその言葉に、オクトとノヴェルはちょっと困ったような笑みを浮かべる。
「? 何か私の顔についてますでしょうか?」
それにしても、先程からクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様がボクの顔をジッと見詰めてくるのだが、どうかされたのだろうか。
「・・・なんでもない。失礼した」
しかし、尋ねてみれば、小さく首を振って謝られた。まるで人違いであったかのような反応だが、なんだったのだろうか?
「それでお兄様」
「ん?」
「お願いがあるのですが?」
「何だろう?」
ノヴェルから説明を受ける。どうやら現在魔物が活性化している影響で守勢に回らざるおえず、それでも防衛に不安があるので、平原で魔物の相手をして数を減らして欲しいという事であった。
つまりは討伐任務の延長だが、ボクは一介の学生の身。それを引き受けるには、色々と手続きをしないといけない。その事を告げると。
「問題ない。その辺りはぼくがどうにかする」
そう言って、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様がボクの後方に居る監督役の兵士に目を向けると。
「は、はい! 問題ありません!」
監督役の兵士は緊張した声で答える。後ろを見なくとも背筋が伸びているのが分かるほどに、身構えた感じの声であった。
「よろしく」
「はい!」
「そう言う事で、お願いできる?」
そう言う事ならば、何の問題もない。監督役はどうするのだろうか?
「畏まりました。それで、私一人で行えばいいのですか?」
ボクの問いの意味が伝わったようで、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様は、一瞬監督役の方に目を向けた後、頷いた。
「余計なものは付けないから、好きにやってほしい」
「それで、いつからいつまで行えば?」
「出来れば今から・・・この騒動の間中と言いたいけれど、とりあえず十日間お願い」
「畏まりました。・・・それでいいですか?」
クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様の言葉に頷きを返すと、後方に居る監督役の男性の方へと目を向ける。
「はい。私は手続きなどの為に今から東門の方へ戻りますので」
「ありがとうございます」
「それでは、お気をつけて!」
そう言い残して、監督役の男性は東門の方へと向かって走っていった。
「ぼく達もそろそろ警邏を再開する」
遠ざかっていくその兵士の背を少しの間眺めた後、三人もボクに背を向ける。そういえば、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様であれば、あれを渡してもいいような? というか適任だろう。ただ、少々荷物になるからな。・・・こちらを窺う者も居ないようだし、一応渡してみるか。
「あの」
ボクの声に、三人は振り返る。
「これなど如何でしょうか?」
背嚢を前に回すと、ボクはそこから絨毯を構築しながら取り出す。
「どうやって・・・」
どう考えても背嚢に入りそうもないそれに驚愕されるが、これを渡す以上、それは些事ということにしよう。
「これを使えば、大結界の代わりになるかと思いますが?」
「!!」
その説明だけで、三人は驚きに目を見開く。優秀だと話が早くて助かるな。
「・・・これは誰が?」
クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様はそう訊いてくるも、オクトとノヴェルを含めた三人は、確信のある目をボクに向けてくる。
「私が創りました。如何でしょうか? これが在れば、大結界への防衛面は心配なくなると思いますが」
「・・・確かに、これなら問題ない。今の大結界よりも優秀だと思う。いや、確実に性能は上だ」
「これでしたら、ハンバーグ公国からでも人間界全土に大結界が張れますので」
「!! 本当に?」
「はい。結界を張る位置の調節が可能なので、結界を張るのに中央に置く必要はございません。それに、現在の大結界よりも遥かに伸縮性が高くなっております」
「・・・すごい」
「そう遠くないうちに現在の大結界の素体が壊れるでしょうから、これは必要かと」
「・・・その話は本当!?」
「はい。あれは劣化を防ぐ魔法が施されてない上に、かなり無理な運用をされているようですから。それに、あれは元々個人用の結界ですし」
「見た事があるの?」
「いいえ。少し伝手がありまして、そこからの情報です」
「・・・そう」
「それで、どうしましょうか? 荷物になるので、後日でもいいですが」
「なら、一度東門に戻る。こういうのは早い方がいい」
「分かりました。あと」
「?」
「私の事は御内聞に願えないでしょうか?」
「・・・分かった」
「ありがとうございます」
クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様が頷いたのを確認後、絨毯を取り出した時同様に、一度背嚢に仕舞うようにみせながら情報体に変換して収納すると、ボク達四人は東門へと戻る事にした。