彫刻と余興16
東門までの途中の魔物は分担して相手をするが、流石に敵ではなかった。それにしても、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様は最強位なので分かるが、オクトとノヴェルもかなり強い。こんなに強かったのか。
道中そんな驚きがあったものの、一度も足を止めなかったので、一日と掛からずに東門に到着する。しかし、移動中に三人から妙な視線を感じたが、気のせいだろう。多分。
東門に移動した後、人気のない場所に移動する。三人は駐屯地内に部屋を持っていないらしい。
時間はもうすぐ夜になる頃なので、自室にギギは居ないだろうが、ボクのところも不味いだろう。そもそも宿舎に異性を連れ込むのは原則禁止だからな。・・・まぁ、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様であればどうとでも出来そうだが。
とにかく、周囲に人の気配が無い場所まで移動すると、絨毯を取り出しクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様に渡すが、持ちにくそうだったので、一旦立てて地面に置いた。
「ありがとう」
「それをどうなされるので?」
「一度持って帰って、安全な場所で起動しようと思う」
「御一人で大丈夫ですか?」
創った絨毯は人一人が横になれる程度の大きさでしかないので、そこまで大きな物ではないのだが、身長百五十センチメートルにも満たない細腕の少女が持つには、あまりにも大きすぎる気がする。長さが身長の半分以上あるし。重さは軽減する魔法を組み込んではいるが、それも少し軽くなるぐらいでしかない。
「オクトさん、ノヴェルさん。一緒に来てくれる?」
「はい」
「畏まりましたわ」
「それなら大丈夫そうですね。それでは、私は平原に戻りますので」
「ありがとう。貴方のおかげでこの国は救われる」
「いえいえ。そんな大層なものではありませんよ」
「・・・・・・そんなことは」
三人は何か言いたそうにするが、確かに人間界の基準で考えれば結構な性能だろう。しかし、それでも現在の大結界よりは性能がいい程度でしかない。もっと上を目指そうとすれば、容易に創ることが出来る。
なので、面倒になる前に「それでは」 とお辞儀をして早々に前を辞すると、平原に移動する為に東門へと向かう。これで少しは今後の見回りが楽になるといいな。
◆
「・・・・・・なるほど」
去っていった背中を見送り、クルは一言呟いた。
それにオクトとノヴェルは目を向けると、首を傾げる。
「二人の兄というのも納得がいく。ぼくでも足下にも及ばない」
「クル様でも、ですか?」
オクトの問いに、クルは手に持つ絨毯に目を向ける。
「うん。これもだけれど、魔力の制御でもぼくの先を行っている。それでいてかなり手を抜いているのが解る」
「手を抜いているですか?」
ノヴェルの問いに、クルは苦笑いのような表情を向けた。
「あれは実力の表層だけしか、いや、それさえ見せていない。おそらくこれでさえ、かなり手を抜いて創られた品」
「それでも・・・」
クルの言葉に、オクトとノヴェルは驚きの目を絨毯に向けるが、その瞳の中には当然だという色も見受けられる。
それを目敏く見つけたクルであったが、しかし少し考え、記憶の中の少年とはやはり違うと、一瞬落胆に目を伏せた。
「これを運ぶ。一緒に持ってくれる?」
「はい」
「お任せください」
絨毯の両端と中ごろを三人で持つと、移動を始める。
「これは防汚の魔法でも組み込まれているのでしょうか?」
クルの反対の端を持つオクトが、先程まで地面に着いていたはずなのに綺麗なままの先端に目を落としながら、クルに質問する。
「組み込まれている魔法全てを視るのは、今のぼくには難しい。けれど、汚れていないのであれば、多分組み込まれているのだと思う」
「なるほど。汚れないというのはいいですね」
「そうだね」
三人は夜陰に紛れるようにしながら進み、オクトとノヴェル二人の兄から譲り受けた、規格外の性能を持つ絨毯を運んでいく。
そのまま三人が向かったのは、駐屯地の出入り口ではなく、駐屯地の一角にある小さな兵舎であった。
夜という事を除いても明らかに周囲に人気の少ないその兵舎へと、三人は入っていく。
「これは! クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様。こちらに顔を出されるとは珍しい。何か在りましたでしょうか?」
三人が中に入ると、中に居た軽鎧を身に纏った大柄の男性が、驚いたように小走りに駆け寄ってくる。
「これを宮殿に運ぶ。手伝ってほしい」
「お任せください!」
クルの要請に即答した男性に、クルは絨毯を渡す。
「それでは移動する」
そこでクルはオクトとノヴェルの方に目を向ける。
「一緒に来てくれる?」
「宜しいのですか?」
「構わない。むしろ一緒に来てくれた方が助かる」
「それでしたら、お供致します」
了承した二人にクルは感謝を込めて軽く頭を下げた。
「それで、迎えは呼ばれたのですか?」
「まだ。・・・呼んでくれる?」
「畏まりました」
少し考えたクルの言葉に男性は恭しく頭を下げると、室内に居た他の兵士の一人に目を向ける。それでその兵士は奥へと消えていく。
「これで直に迎えが来るでしょう。狭いところですが、それまでお寛ぎ下さい」
男性はクル達三人に室内に置かれていた椅子を勧める。それは椅子として最低限の機能しか持っていない、簡易的な椅子であった。
「こんな椅子しかなくて、誠に恐縮ですが」
「構わない。平原で地面に座っているよりも快適」
「そう仰っていただけますと助かります」
男性はホッとしたように顔の力を緩める。
三人は用意された椅子に腰掛けると、迎えが来るのを待つ事にした。
「最近どう?」
その唐突なクルの質問に、男性は僅かに考えるような間を空ける。
「兵士達はそろそろ限界ですね。大結界も修復が全く追い付いていません。このままでは防壁を抜かれるのも時間の問題かと」
「そう・・・なら、ギリギリ間に合うかもしれない」
「援軍が到着するのですか?」
「それもある。が、その手に持っている絨毯、それが新たな大結界の素体」
クルの言葉に、男性は手元の絨毯へと目線を落とす。
「これが、ですか? ・・・これをどこで?」
「それは言えない。だけれど、おそらく現行の大結界よりも強力な結界が展開されるはず」
「おぉ!! それでしたら、大結界の防衛に少し余裕が生まれますな!」
クルの説明を聞いた男性は、破顔して歓迎する。
「それに加えてクロック王国から近々援軍が来る予定だから、持ち直せると思う」
「大結界の問題が解決し、尚且つ増援まで望めるのでしたら、我々もかなり楽になります」
「ただし、クロック王国も魔物が流れてきているようだから、あまり過大な期待はしないように」
「心得ております」
男性が頷いたところで、他の兵士がクル達三人へと温かい飲み物を持ってくる。
「ん・・・ありがとう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
それぞれが礼を言って兵士から受け取ると、手を温める様に容器を持つ。丁度寒くなってきた季節なだけに、温かい飲み物はありがたかった。
「迎えはどれぐらいで来る?」
「先程連絡いたしましたから・・・後数十分ほどで到着するかと」
「そう。ならそろそろ駐屯地の入り口に向かうとする」
「畏まりました」
クルは手に持った容器に視線を落としただけで、結局口を付ける事無く近くの机に置くと、オクトとノヴェルに絨毯を持った男性を伴い兵舎を出る。
「少し寒くなってきましたわね」
「そうだね。温める?」
「いえ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「そう」
四人が駐屯地内を進み入り口に移動すると、丁度迎えの車が数台こちらに向かってくるところであった。
「・・・ん?」
向かってくる車を観察して眉を寄せたクルは、男性から絨毯を奪うようにして手元に引き寄せる。その反動で少し身体をよろけさせたが、隣に居たオクトがその背に手を添えて支えた。
「ありがとう」
「急にどうしました?」
その問いに答えるより早く、クルは絨毯に組み込まれていた結界を起動させる。
元々驚くほど柔軟に結界の範囲を調節できるように組み込まれていたおかげで、クル達四人だけを上手く囲む結界が起動した。
「凄い」
その柔軟性に魔力消費量の少なさ、それでいて結界の高い強度と、絨毯に組み込まれている魔法の高度さにクルは驚嘆する。
「え、きゃ!!」
クルが呟いて直ぐにオクトが悲鳴を上げた。目の前に四人に向かってきていた車が、速度を緩める事無く突っ込んできたから。
しかし、クルが起動した結界に阻まれた車が大破しただけで、クル達に怪我は無かった。
「一体何が!?」
男性は驚愕の声を上げながらも、クル達を護るように前に立つ。
到着した他の車から次々と魔法使いが降りてくる。
「・・・多分、マンナーカ連合国の奴ら」
「え!?」
クルの言葉に、オクトが驚きの声を上げた。
「あの場所にマンナーカ連合国の者が居た。ただそれだけ。珍しいことじゃない」
「そうでしたか! 私としたことが、気づかなかったとは!!」
「間者は何処にでも居る。貴方のせいではない。迂闊に口にしたぼくの責任」
車から全員が降りると、問答無用と魔法の攻撃を展開してくる。
それを迎撃しようと男性が動こうとするが。
「不要。あの程度ではこの結界は破れない」
クルの言葉通りに、その悉くが結界に防がれていく。その結果に、魔法を放った者達は苦々しそうな表情を浮かべつつも、攻撃を継続していく。
「直に騒ぎに気づいた者達がやってくる。ここで待っていればいい」
「・・・あら?」
そこでオクトとノヴェルがふらりと身体を揺らす。その異変に気付いたクルだが、絨毯を手にしていた為に反応が遅れる。しかし。
「おっと! 大丈夫ですか? お嬢さん方」
同じく異変に気がついた男性が慌てて振り返り、手を伸ばして二人を受け止めた事で事なきを得る。
「・・・あの飲み物に何か入っていたのかも」
「毒ですか!?」
「多分、眠り薬」
クルのその言葉通りに、オクトとノヴェルは穏やかな表情のまま、安らかに寝息を立てていた。
「・・・マンナーカ連合国の連中は、ここまでしますか」
男性は怒りを押し殺しているような声を出す。
「何か下に敷く物が在ればいいのですが・・・」
「それならこれがある」
そう言うと、クルは手にしている絨毯を地面に広げた。
「よ、よろしいのですか!?」
「構わない。この程度でこれが壊れることはない」
「そうでしょうが」
「敷いても結界は維持されるから問題ない」
「そうですか」
男性は、オクトとノヴェルをクルが敷いた絨毯の上にそっと寝かせる。大きさが一人分ぐらいしかないので、並べて寝かせるとかなり窮屈そうだが。
「それで、どういたしますか?」
「現状維持。二人に手を出したのは赦せないけれど、動けない二人を護りながらだと、何が起こるか分からないから」
「承知しました」
男性は口惜しそうにしながらも、承諾する。その間も、結界へと魔法攻撃が次々と放たれていた。
「それにこれだけ派手にやっていれば、駐屯地の兵士達も直ぐに気がつく」
現在地は、駐屯地入り口からほど近い場所。そんな場所で闇夜を青や赤などで派手に照らしながら音を立てているのだ、最初に車が激突した音など正しく轟音であった。それだけ派手にやっていて気がつかない方がおかしい。そう、おかしいのだ。
だというのに、クル達に攻撃している相手側には焦りの表情は無い。いや、焦れた表情をしてはいるが、それはどれだけ攻撃しても結界が壊れないせいであろう。
「・・・ああ、面倒だ」
「どうされましたか?」
「遮断障壁だよ。後は欺瞞魔法も使っているのか。どうやら、駐屯地側にもまだまだ味方が居たようだ」
「囲まれていると?」
「用意周到・・・ではないが、短時間でよくやるよ」
「・・・いかがいたしましょうか?」
「このままでいい。こいつらが一生かかってもこの結界は揺るがない。流石に朝になれば引くはず」
「それ程の結界なのですか・・・!?」
「今までの大結界よりも強力だと言った」
「はい。それはお伺いしましたが、これほどまでとは」
男性は感心しながら結界を見上げる。それは、眼前に攻撃している敵が居るとは到底思えない隙だらけの姿であった。
「・・・まぁ、これでも色々制限した起動だけれど」
「え! そうなのですか!?」
「これを起動して色々と解った。これはただ強堅なだけではない。例えばそう・・・こんな事も可能」
クルは膝を曲げて絨毯に触れてからそう呟くと、今まで結界に当たっていた魔法が全て消滅する。それは次々放たれる後続の魔法も同様であった。
「何を!!」
結界の外の者達同様に、男性も驚愕の表情を浮かべる。
「単に周囲の魔力を吸っただけ。魔法は魔力で出来ている。ならばその魔力が吸われれば消滅するのが道理」
「それは、そうですが・・・」
「そして、この結界の維持にぼくの魔力は一切必要ない」
「なんと!!」
「設置型とはいえ、正しく規格外。更に驚くべきは、これでもまだ加減しているという事」
「・・・・・・」
男性は驚きすぎて言葉を失ったのか、口を開けたまま絨毯を凝視する。
その後ろでは、放つ魔法全てを結界に消されて焦る者達。
(これで引いてくれるかしら? 早く戻りたいのですが)
しかし、クルの思いも空しく、焦りはしても結界の外に居る者達は攻撃をやめようとはしない。よくみれば、その数が増えていた。
それに辟易しつつも、まあそうだろうなと、クルは内心で考える。
(マンナーカ連合国の数少ない利点にして、それのおかげで未だに人間界の頂点に君臨出来ているのですから)
人間は同盟を結び表向きは協力しているが、その実、昔から主導権争いが裏で繰り広げられていた。
(本当に面倒ですね。クロック王国とユラン帝国の最強位があまりそういった事に感心を持たないでいてくれているから、何とか平穏を保ててはいますが・・・特にシェル・シェール殿が興味を持っていないのは本当に助かりますね)
ユラン帝国の最強位にして、在位が最長の最強位であるシェル・シェールは、政治にあまり関心が無い。主導権争いなど勝手にやってろという態度なのだが、それでも戦争に発展しないように、他国の最強位だけは抑えつけているので、現在の人間界の均衡は保たれていた。もしもその
とはいえ、新人であるクロック王国とハンバーグ公国の最強位、つまりはウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズとクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエは、そのシェル・シェールを支持し協力しているので、直ぐにどうこうなるまでにはいかないだろうが。
そんな状況である為に、マンナーカ連合国は他国に対する最大の利点である大結界の管理を他国に盗られる訳にはいかなかった。たとえどんな事をしてでも。
それ故のしつこさと手段の選ばなさなのだが、朝まで待つにしても、時間はまだある。
(ただ待っているというのも・・・)
現状をどうにか打開する術をクルが思案し始めたところで。
「御助け致しましょうか?」
そう耳元で平坦な少女の声が聞こえた。強固な結界に囲まれている中に居るというのに。
「ッ!!」
クルは臨戦態勢を取りながら、慌てて顔をそちらに向ける。
「黒衣の・・・女神? 何故ここに?」
そこに、白い肌に黒い装いをした、人形の様に整った顔立ちの少女が立っていた。
「それで? 助けは必要ですか?」
無表情のままで問われ、クルは一瞬考えるも、そもそもどう足掻いても勝てる相手ではない。クル達が手も足も出なかった相手を、単独でいとも容易く屠った存在なのだから。
それに、この結界でさえ少女の前では無力であった以上、敵対しないことこそ最良にして唯一の選択。
「・・・はい」
一瞬断ろうかと思ったものの、クルは素直にその少女の申し出に頷く。
「承りました」
少女がそう言葉を発すると同時に、世界に静寂と暗闇が帰ってきた。
「!!」
クルと男性はその意味を瞬時に理解して、周囲に目を向けた。
先程まで煌々と魔法の明かりを灯していた場所には、大小様々な何かの塊が大量に転がっている。それは夜の帳が隠している為に完全に視認は出来ないが、何か、は嫌でも理解できる。臭いがしないのは、結界のおかげだろう。
それに加えて、残っていた車も全て大破したのか、音も光も発していない。
二人はそれを行った人物へと揃って目を向ける。見えはしないが、おそらく囲んでいた全ての者が同じ運命を辿ったことだろう。
「これで静かになりましたね」
「貴女は一体・・・」
「さて。それでは、如何致しましょうか?」
少女はクルの言葉には答えず、そう問い掛けてくる。しかし、二人にはその問いの意味が理解出来なかった。
「どういう意味?」
クルの問いに、少女は何が分からなかったのかと、少し考えるような間を置く。
「御送り致しましょうか?」
「・・・どこに?」
「貴女方が向かおうとしていた場所ですよ」
「・・・・・・」
少女の言葉に、クルは警戒の色を強める。
「まあ理解は出来ますが、私は別に貴女の敵ではないのですよ?」
「助けてもらった事には感謝する。だけれど、それだけで信じろというのは無理がある」
「まあ・・・それもそうで御座いますね」
「それに、迎えは呼んでいる」
クルのその言葉に、少女は首を傾げた。
「迎えなど来てはおりませんが?」
それにクルは一度男性の方へ目を向ける。
「・・・なるほど。考えれば当たり前か」
「それでどうしますか? 御送り致しますが?」
「どうやって?」
「転移で一瞬で御座います」
「転移・・・」
クルは少女の言葉に驚きつつも、同時に納得もしていた。それぐらい出来なければ説明がつかない現れ方や去り方をしていたのだから。
「ついでにそちらの御二方の体調も戻しましょう」
「・・・何故、そこまでしてくれる?」
その質問に、少女はクルへと観察するように目を向ける。よく見れば、少女は瞬きをしていない。
「そうですね。その絨毯を創造された方から頼まれたので。では、信用して頂けませんか?」
「!」
少女の言葉に、クルは僅かに目を丸くする。
「・・・何故・・・いや、そう。それなら納得した」
「では、どういたしますか?」
「・・・お願いする」
「御任せ下さい」
そう言った少女がオクトとノヴェルの許に近づくと、張られていた結界が消滅した。
結界が消滅した事で、周囲に思わず顔を歪めてしまいそうになるほどの臭気が漂い出す。
「それで、そちらの方は如何なさいますか?」
男性の方へと目を向けた少女の問いに、成り行きを見守っていた男性は僅かに驚きながら小さく首を振る。
「・・・私はここの後始末と、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様が向かう事を先方に連絡する必要がありますので」
「そうですか。では、三人ですね」
少女はそう言い残すと、クル達三人と一緒に、絨毯ごと姿をかき消した。
◆
東の駐屯地前から姿を消した少女とクル達三人は、何処かの大きな建物から少し離れた場所に姿を現す。
「ここからでしたら、目的地まで直ぐでしょう。こちらの御二方の体調も治しておきましょう」
「ありがとう」
周囲を見渡し現在地を確認したクルは、少女に礼を告げる。
「目的地の建物内に突然現れるよりは、こちらの方がよろしいでしょう」
「ん」
「んぅ?」
少女は話しながらオクトとノヴェルを治すと、二人はゆっくりと目を開いた。
「二人共大丈夫?」
「クル様? ここは・・・」
「黒衣の・・・」
二人を覗き込むクルと傍に立つ黒衣の少女に、オクトとノヴェルは困惑の声を上げた。そんな二人にクルが説明をしていく。
「それでは、私はこの辺りで」
説明を受けたオクトとノヴェルが立ち上がったところで、少女は軽く一礼する。
「あ、あの!」
そこにノヴェルが声を掛けた。
「何で御座いましょうか?」
「お兄様に頼まれたらしいですが、どういったご関係なのでしょうか? 差し支えなければお教えください」
「・・・そうで御座いますね。ご主人様とは主従のようなものです」
「主従関係?」
「ええ。私が仕える唯一の方です。それでは」
そう言い残すと、少女の姿はかき消えた。
「・・・相変わらず二人のお兄さんは規格外」
「そう、ですね。少し外に出ただけで随分と面白い状況になっているようです」
「でも」
オクトは口を開くと、難しそうな表情を浮かべる。
「お兄様よりも、あの方の方が強そうに感じましたが」
「そうですわね」
「・・・分からない。二人共実力が上過ぎて、ぼく程度では計れない。ただ、どちらも色々隠している様ではあった。・・・特に二人のお兄さんの方は、ほとんど表には出していない感じがした」
「そうなのですか?」
「うん。外から濃霧の中を見ようとする感じに思えた」
「・・・そうですわね。お兄様は昔から色々と隠されている様でしたから。でも、これだけは言えますわ」
そこでノヴェルは薄く笑う。それは今まで見せていた上品で柔らかな、たおやかな笑みではなく、妖艶で冷たい鋭利な笑み。
「今のお兄様よりも、昔のお兄様の方が確実に強かったですわ」
「まぁ、そうですわね」
そんなノヴェルに、オクトは困ったような笑みを浮かべながら頷く。
「・・・とりあえず、そろそろ絨毯を運ぼう」
オクトとノヴェルの話を聞きながら、クルは広げていた絨毯を端から巻いていくと、それを重たげに持ちあげて二人にそう提案する。
「そうですわね」
クルの言葉にするべきことを思い出した二人は、クルの持つ絨毯に手を添える。
「それで、これはどちらに運べば?」
「あそこに見える建物へ」
「分かりましたわ」
三人は絨毯をそれぞれ支えると、近くに在る大きな建物へと運んでいく。その頃には空が白みだしていた。
◆
クル達三人が黒衣の少女と共に転移で消えた後、残された男性は静寂に包まれた周囲を見渡す。
「・・・凄惨なものだ」
血なまぐささに男性は顔を歪めながら、懐から無線機を取り出した。
「まずは連絡からするか」
男性は宮殿の方へと、クル達が直ぐにそちらへ到着することを伝える。それが終わると、周囲を見渡しながら別の場所に繋ぐ。
「邪魔が入り部隊は全滅。目的の物は宮殿へ」
連絡を終えると無線機を仕舞い、周囲に転がる塊たちに目を向ける。
「これだけの数で攻撃してヒビさえ入らないとは、あの絨毯に組み込まれている結界は性能が高いな・・・どうにかしなければならないが、そちらは宮殿内の仲間に任せるとするか」
その転がっている塊に近づくと、男性はため息をついた。
「しかし、これを片付けるのは骨が折れるな。まずは人を呼んでこなければいけない」
「では、御手伝い致しましょうか?」
「ッ!!」
背後から聞こえてきた少女の静かな声に、男性は勢いよくそちらに振り返る。
「お、おや。お戻りになられたのですか!? 何かお忘れ物でも?」
振り返った先には、黒衣を身に纏った少女が無表情のまま立っていた。
「はい」
男性の言葉に、少女は軽く頷く。
「これより残党狩りに入ろうかと」
「ざ、残党狩り、ですか?」
抑揚の無い少女の声に、男性は裏返りそうな声で訊き返す。
「ええ。あれに手を出す愚者の掃討です」
「そ、それはお疲れ様です」
「はい。本当に。まずは目の前の愚か者から処理しなければなりません」
「そ、それは・・・」
男性は慌てて周囲を見回すが、その場に居るのは男性しかいない。
「それでは執行します」
「ま、待っ――」
そこで男性は沈黙する。
「ああ、そういえば片付けを手伝うのでしたね」
少女はそう口にすると、周囲のゴミを分解していく。それでまるで何事も無かったかの様に、周囲には何も無くなった。
「まったく。有象無象が身の程も弁えずに」
塊が転がっていた辺りへと、少女は冷たい声で言い放つ。
「ご主人様以外の人間などやはり価値が無い、か。まあいいでしょう。至宝に群がる蛆虫の駆除を続行するとしますか」
そう言い残して、少女は何処かへと姿をかき消した。
◆
オクト達三人と別れた後、ボクは草原に再度出ると、そのまま東へと進む。
今回は監督役の付かない独りでの討伐なので割と好きに出来るが、目的は活発化している魔物の数を減らすこと。
このまま平原中を回ったところで、独りでは対処できる数はたかが知れている。ならばどうするかだが、それの答えは、前に敵性生物討伐任務に就いた際の出来事が参考になる。
つまりは、腕輪に組み込んである周囲の魔力濃度を意図的に下げる方法の逆で、前に監督役が魔力を垂れ流しにした事で魔物達が釣れたのを利用していく。
その為にも周囲に人気が無い場所に向かわなければならないので、現在東進している最中だが、平原を歩き回っている人数が減っているとはいえ、それでも東門からそんなに離れていない場所では、それなりに人数が居る。
速足で東進していくも、中々その地帯は抜けられない。これは最東端に築かれている砦を越えるまでは難しいか。周囲に人が居ると巻き込んでしまうからな。
そう考えると素直に東進するよりも、足の向きを北か南へと少し傾け、斜めに移動した方がいいのかもしれない。
少し考え、北東方向に進むことにする。南ではなく北を目指したのには特に意味はないが、東門から離れればそれだけ人が居なくなるので、もう少し移動速度を上げないといけないな。と、思っていると。
『ご主人様』
『ん? どうしたの?』
プラタから連絡が入る。何事だろうかと思って話を聞いていくと、どうやらボクがクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様に渡した絨毯を狙って、マンナーカ連合国の者達が動き出したようであった。
まったく、耳が早いというかなんというか。それだけ大結界には神経を尖らせているという事か。国境が在って無いような現状では、間者なんて防ぐのが難しいだろうからな。
『そうだな・・・奪おうとしている者は始末してくれる? それと、絨毯を渡した三人を護ってくれると助かる』
『畏まりました』
『よろしく・・・まぁ、念の為に三人にはフェンを送っておくよ』
『はい。では、邪魔者の排除を優先させます』
『ありがとう。よろしくね』
『はい』
プラタとの話を終えると、そのままボクの影の中に居るフェンに繋ぐ。
『フェン』
『いかがなさいましたか? 創造主』
フェンが応じたのを確認してから、ボクは今しがたプラタに受けた説明をフェンにする。
『そういう訳で、ボクが絨毯を渡した三人のところへ行って、プラタが掃除をしている間の護衛を頼める?』
『御任せ下さい』
『ありがとう。よろしく』
『はっ!』
会話を終えると、フェンがボクの影から離れていく。セルパンは現在何処かに行っているので、久しぶりに影に誰も居ない状態になった。もっとも、何処からかこちらをシトリーがみているだろうから、独りではないが。
それにしても、どうやってあの絨毯に気がついたのだろうか? 多少の隠蔽は施していたが、後でプラタに訊いてみるかな。