第二百七十八話
陽射しが厳しい。
俺は雲一つない、真っ青な空を見上げる。ギラギラに輝く直視なんてとても出来ない太陽の自己主張がとんでもないことになっている。
受付に案内された場所は、ユンの示した通りの砂漠だった。
砂山が多く、高低差の激しいフィールドだ。後、予想以上に砂がサラサラだ。これは足が取られるな。
慣れているはずの獣人たちでさえ苦心しているようだ。慣れていない俺からすればシャレにならん。
そして何より、この二次予選は俺にとって天敵のような仕様だ。
「あれか」
円形に設置された黒い柵を俺は睨みつける。
アレは魔力の流れを阻害するものだ。特別に焔ほむらが作ったらしい。中級以上の魔法を全て無効化させる代物らしい。維持には莫大な魔力が必要だし、そもそもこの砂漠の環境でしか動作しないというポンコツさで、この予選でしか使われない代物のようだが。
「どうだ、ポチ」
『やはり予想通りだな。アレが発動すると、私の力はほとんど発動出来なくなる。アテナもアルテミスも動けなくなるな。加護もあまり期待出来ん』
「いや、問題ない」
どれだけの奴等が上がって来るか分からないけど、予選に参加してる獣人は良くて
加護がほとんどなくても、何とかなるだろう。
そうこう考えていると、ギャラリーたちもちらほらとやってきていた。数が多いのは、二次予選突破したら本選に出られるからだろう。
『みなさん、準備はよろしいですね――――っ! これより、二次予選を開催します! これからペアになっていただき、制限時間は無制限でのタッグバトルロワイアルを行います! 最後の一組になれれば、めでたく本選に参戦だぁぁぁぁ――――っ!!』
分かりやすい煽りに乗って、獣人たちが一斉に雄叫びをあげる。
それからルール説明が始まり、獣人たちはペアを組んでいく。予め情報を持っている者たちは既に組んでいて、知らない者たちは戸惑いながらもペアを組む。ここでももう戦いが始まっていて、ますますもって初めて突破してきた選手は不利だ。
――それに、この仕掛けもな。
魔法を封じる。
これは一次予選が魔法有利な状況だったから、それを鑑みてなんだろう。やはり殴り合ってこそ、って考え方もあるんだろうけど。
俺は密かに魔力を練り上げつつ、ユンを背後にして立つ。
さすがにフィールドが広い上に、二次予選は俺たちを含めても二十人くらいしかいないので、互いの距離はややある。まずは誰に仕掛けていくべきか。
『それではっ! 二次予選、スタートですっっっ!』
実況の声が響くと同時に雄叫びが上がる。
直後、周囲にいた連中が一斉に俺を向き、持っていた得物を投げつけてくる!
って、これはっ!?
『おおっとぉぉ――――っ! これは同盟か! 一次予選を圧倒的な力で突破した狼選手を集中攻撃だ!』
そういうことか。
ペアのみならず、それ以上に組んで戦うってか! やってくれるな!
俺はすかさずユンを抱え、地面を蹴る!
って、おああっわあああああっ!?
「兄ちゃんっ!?」
「大丈夫、滑ってるだけだ!」
ユンに返事をしつつ、俺はザザザと滑る地面と戦う。俺が地面を蹴ったことで砂山が崩れて雪崩を起こしたのだ。俺は今、それに乗っている。
ドスドス、と、どこかで武器が砂に着弾する音。
「今だ、やれっ!」
髭面の熊の獣人が号令を下す。すると、全員が一斉に動いた。って全員敵かよ!?
さらにナイフやら投擲型の斧や鉈が飛んでくる。
くそ、この状態じゃ魔法使うのは危険だな。
俺は素早くハンドガンを抜き構え――異変に気付く。
「――《クラフト》っ!」
本能のまま、俺は魔法を唱える。
俺をぐるりと囲うようにシールドが展開され、投擲された武器の数々を受け止めて弾く。
よし、やっぱり
っていうか、問題はハンドガンだ。うんともすんとも言わねぇ。
これはまさかアレか。
俺は舌打ちを隠さずに打ち、ハンドガンをしまう。
「どうした、ああ!?」
砂の雪崩の中を、突っ込んできたのは鮫肌の獣人だ。
ステータス値は大きな差はない。けど、砂漠に対する慣れが違いすぎる!
「兄ちゃん!」
「任せろ」
だったら、近寄らせなかったら良いんだろ!
「《エアロ》っ!」
俺は暴風を生み出し、泳ぐように近寄って来る鮫肌の獣人を吹き飛ばす。
どよめきが起こった。
明らかに、今のは上級魔法の威力だからだ。
『な、なんだ、なんだなんだなんだ今のはぁぁぁぁ――――っ! 上級魔法が発動しないエリアで、上級魔法波の威力が出たっ! 何者だ、狼ぃぃぃぃ――――っ! これは波乱の予感です!』
実況が焦りながらも声を張り上げる。良いぞ、動揺をそのまま煽れ。
「に、兄ちゃんっ……!?」
「俺は魔法使いだ。これぐらい出来て当たり前だっつうの! 《エアロ》っ!」
俺は周囲に竜巻のような風を起こし、密かに近寄ってきていた獣人たちを吹き飛ばす。
悲鳴が上がるが、致命傷ではない。
すかさず俺はクリエイション系の魔法を試すが、こっちは不発に終わる。こっちは封じられるのか!
「くそ、仕方ねぇな」
俺は背中に隠し持っていたダガーを抜く。虹色に輝く半透明の刃は、太陽の光を強く反射した。
同時に風の魔法を俺の足元に展開し、僅かに浮かせる。
「くそったれが、舐めやがって!」
獣人たちが突っ込んでくる。
今度は正面から一人と、左右から。そして、上からか。
気配を察知しつつ、俺は魔力を高めた。
「しっかり捕まってろよ!」
「へ? うわぁぁあああっ!?」
俺は言うなりホバリング走行を始める。悲鳴が上がるが気にしない。
「何っ!?」
「まず一人目」
正面からの特攻に面を喰らった獣人の首をすり抜けざまに切り裂いて仕留める。
俺は急ブレーキをかけながらクイックターンし、左右の敵を睨む。こいつらも驚いてはいたようだが、もう既にこっちへの攻撃をしようと構えてる。
合流されると厄介だ。
俺はすぐに突撃を開始する。
「なめんなっ!」
それを見て取った獣人が、迎撃の構え取るように、ボウガンを構えた。
矢が射出される瞬間、俺は左へスライドさせて回避し、更に加速する。
「速いっ!?」
一瞬で間合いを詰め、俺は懐へ潜って腹を突き刺すと同時に風の魔法を発動させ、体内へ刺さった刃から暴風を放つ。
炸裂音が響き、腹に風穴が二つ。
苦悶の断末魔を残して、獣人は崩れ落ちた。
──次っ!
俺は息を吸い込みながら、迫ってくる一人を睨み付ける。
それと……──
「危ないっ!」
気配を殺しながら背後に忍び寄っていた狼型の獣人へ俺が攻撃するより早く、俺の背中から飛び降りたユンがダガーを抜き放つ!
抜き身さえ見せない鋭い投擲は、獣人の喉笛と眉間に深々と突き刺さった。
「っがっ…………!?」
驚きに目を見開きながら、獣人は倒れた。
おお、やるじゃないか、ユン。
目線だけで褒めつつ、俺は迫って来る敵に集中する。他にもまだ俺を狙っている連中もいる。これだけ圧倒的なのに、まだ戦意を持っていることは褒めたいところだが。
俺は意識を集中させ、手を合わせる。
「《エアロ》」
圧縮した空気の壁が獣人の左右から生まれ、一気に挟む!
ぐちゃ、とスプラッタな音がして、獣人は敢え無く潰れた。
『な、なんだ今のはぁぁぁぁ――――っ!? 一瞬で選手が――――っ!?』
さすがにこれは衝撃的だったらしい。
獣人たちがその場で動きを止めた。一様に表情は驚愕し、絶望の色を見せていた。
そして。
「やめだ。こんなの勝てるワケがねぇ」
一人の獣人があっさりと両手を上げて降りると、次々と獣人たちが降参していく。
ものの一分程度で、残った全員が降参した。
『ぜ、前代未聞ですっ! 選手降参により、狼・ユンペアの勝利ですっ! 強い、強すぎる! この圧倒的さはとんでもないぞぉぉぉぉ――――っ!』
煽りまくる実況を無視して、俺はユンを見る。
「や、やった、やったよ、兄ちゃん!」
「まぁ、こんなもんだろ」
微笑みながら俺は手を挙げると、ユンがジャンプしてハイタッチしてきた。
「ありがとう、これで、これで姉ちゃんを助けられるよ!」
「ん。そうだな。でもそれって、どうやって証明するんだ?」
「二次予選を突破したら、次回から二次予選から参加できる木札がもらえるんだ。それが証明になる」
なるほどな。
「じゃあ、早速いくのか?」
「うん。姉ちゃんを助けないといけないから。この町に来てるしね」
「そっか、頑張れよ」
「うん!」
ユンは大きく頷いた。
さーて、これでやっと予選突破。次はいよいよ本選だな。