バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二百七十七話

『れっでぃぃぃぃぃぃすあぁぁぁぁぁぁんじぇんとるめぇぇぇんっ!!』

 まだ空席の目立つ観客席に囲まれた円形闘技場に、風の魔法で増幅された声が響いた。調整が変なのか、何故かハウリングまでしてる。
 俺は、闘技場フィールドへの入場口付近に待機しながら、その放送を耳にしていた。
 周囲はもうやる気満々の獣人ども。中には人間もいたりする。腕試しのつもりなんだろうか。

 まぁ、そのおかげで俺もそこまで怪しまれずに済んでるんだけど。

 俺は壁に背中を預け、腕を組みながら声を聴く。

『ただいまより、闘技場最強決定戦の一次予選を行いたいと思います! ルールは単純! 五〇人で行うバトルロワイアル形式! 最後の二人に生き残れば勝ち抜けだ! さぁ、早速いきましょう!』

 生き残るのは、二人。ここがミソだな。
 俺はすぐに見抜く。要するに、共闘してでも良いから勝ち抜けってことだ。そして、何回か参加してる連中はそれを理解していて、おそらく既に手を組んでいる。
 見事な初心者殺しでもあるが、逆にそれを打ち砕くような強者を求めているんだろう。 

『それでは、第一組の選手の入場で――――――――っす!!』

 促され、俺たちは一斉に闘技場へ入る。
 俺は迷いなく、闘技場のど真ん中に陣取った。当然、奇異の視線が晒される。中には分かりやすく(でもこそこそと)話したりする連中もいた。
 当然だ。
 単独で、しかも一番狙われやすいど真ん中に陣取るなんざ、狂気の沙汰に近いものがあるだろう。

『それでは参りましょうっ! 熱く滾れ、力の限り戦え、その血の一滴が乾くまで! れでぃ、ふぁぁぁぁぁぁああああいっ!』
「《エアロ》」

 戦いの火蓋が切られると同時に、俺は魔法を解放した。
 猛烈な風が渦を巻きつつ周囲の獣人を空へ巻き上げ、さらに荒れ狂う風の拳が闘技場にいる連中を殴り倒す。

 悲鳴はほんの僅かしか起こらなかった。

 ほとんどが不意打ちで顔面を殴り飛ばし、一瞬で意識を刈り取ったのが大きい。
 あまりに呆気なく全員がぶちのめされ──いや。
 のそりと一人だけ起き上がる。リスのような耳の、子供だ。
 どうやら思いっきり屈んでたせいで、風の拳を上手いこと避けたらしい。

『え、あ……い、一次予選一組目、試合終了! 生き残ったのは、仮面の戦士、狼と赤栗鼠(レッドバンクル)族のユンです!』

 実況も呆気に取られながらも、終了宣言をした。
 拍手一つ起こらない舞台から、俺はさっさと下りる。
 唖然と畏怖の視線が向けられる。だが、その中にも僅かだが好奇な視線も混じっている。

『一気に注目を浴びたな』
「構わねぇよ」

 どこか鬱陶しそうに言うポチに味気なく返しつつ、俺は闘技場のゲートへ入った。すぐに係員がやってきて、予選通過者の待機エリアへ案内される。

「す、すげぇな、あんた!」

 声を掛けてきたのは、子供だった。確か……──予選で一緒になった子だ。
 名前は確か……──。

「あ、俺、ユンって言うんだ!」

 考えると、すぐにユンが名乗った。

「ああ、そうだ、そんな名前だったな。なんだ?」
「いや、メチャクチャ強いなって思って! あいつらぜーんぶ一撃でブッ飛ばすなんて!」

 両手を一杯に振り回しつつ、ユンは興奮して言う。ぴょんぴょん飛び跳ねるし、顔はちょっと紅いし。
 完全に無邪気な笑顔そのものだ。

「そいつはどうも。お前もやるじゃないか」
「え?」
「分かったんだろ。咄嗟に屈めば、俺の魔法から逃げられるって」

 指摘すると、ユンは驚いて目を見開いた。

「気付いてたの?」
「回避のタイミングが完璧だった」

 もし、僅かでも速かったら俺は対応していたし、僅かでも遅かったら直撃を受けていた。
 まさにギリギリを見極めたタイミングだった。偶然とは思えない。

「俺、風適性があるから。なんとなくだけど感じ取れちゃったんだ」

 なるほど、そういうことか。
 適性のある魔法だと、高い感受性を持つ者は流れが見えたり感知したりすることが出来る。ヴァーガルもそうだったし、アリアスも見えているはずだ。俺も感知は出来るしな。

 この子もそうなのだろう。

 とはいえ、それだけであのタイミングは取れない。日頃から訓練しているはずだ。
 他の能力は全然高くなさそうだけど。おそらく獣人の平均値にも届いていない。そんな子が、どうして闘技場に出ようとしているのか、いや、そもそもどうやって木札を手に入れたんだ?
 疑問が疑問を呼ぶが、何よりも気になるのが、この覚悟を決めたような目だ。

「……それで? 何が目的だ?」

 率直に問う。

「うん、さすがだね。交渉しにきたんだ。ねぇ、次の予選、僕と組んでくれないか?」
「……組む?」
「あんたは新顔だろ? だから二次予選のことを知らないと思うんだけど、次は二人一組になって戦うんだ。それも外――砂漠のフィールドで」

 親指で外を指しながら、ユンは不敵に笑う。

「……どこでそんな情報を手に入れたんだ? 嘘だったら迷いなく怒るけど」

 すでに二次予選は始まっていると思って良い。つまり、騙し合いだ。非力な者が生き残るために、強い者を罠にかけるなんてよくある話だ。
 強い警戒心で持って睨むと、ユンは両手をホールドアップした。

「嘘じゃない。誓って、だ。僕はあんたと組みたいから情報提供してるんだ。僕は、どうしても本選にまで生き残らないといけないから。あれだけ強いあんたと組めば、それが叶うと思うから」
「生き残らないといけない?」
「そうだ。全ては、姉ちゃんを取り戻すため」

 これはややこしそうな話だな。突っ込まない方が正解だと思う。
 けど、この子は明らかに俺より小さくて、弱い。絶対に生き残れない。もしそれでこの子の姉に何かが起こるのだとしたら、絶対に寝覚めが悪い。
 もしメイたちを助けたとして、あいつらは素直に褒めてくれるだろうか。感謝してくれるだろうか。

 答えは簡単だ。否である。

「一応、話くらいは訊くけど?」
「良くある話だよ。自慢じゃないけど、僕の姉ちゃんは綺麗なんだ。それを流れてきた別の種族の奴等が見て、自分たちのものにしようとしたんだ。それをなんとかするために奴等と交渉して、今回の闘技場で本選まで勝ち残れば姉ちゃんを解放してやるって約束をこぎつけたんだ。それで、死に物狂いで木札を手に入れて参加したんだ」

 本当にありがちな話だなオイ。

「それで俺と組もうってか、なりふり構わないんだな?」
「うん。俺は弱いから」

 ユンはあっさりと認めた。傷付いた表情で。

「弱いから、なんでもする。俺はまだ子供だから、大人には勝てない。でも頭を使えばなんとかなるんじゃないかってことも思ってるんだ」
「……間違いじゃあない」

 俺もそうだからな。
 ただ殴り合いが戦いじゃあない。戦略を考えて、自分の得意な間合いで有利に立ち回ることも重要だ。

「こんなの情けないって知ってる。ダサいってのも知ってる。でも、それでも、僕は姉ちゃんを助けたいんだ! だって、たった一人の家族だから……!」

 ──家族。
 脳裏に浮かんだのは、メイだ。そっか、そうだ。この子は俺と同じだ。同じ目的で、足掻いてるんだ。
 ユンは目に涙をいっぱいに溜めて訴えてくる。

「なぁ、頼むよ。僕と組んでくれ……! 姉ちゃんを、助けさせてくれ……っ!」

 落ちたのは、沈黙。
 遠くでは歓声が沸いていて、中々白熱した戦いが繰り広げられているようだ。

「分かった。協力する。よろしくな」

 その声が収まるタイミングを待って、俺は了承した。
 ちょっと微笑むと、ユンは涙を零しながら笑った。

「ありがとう、ありがとうっ……!」
「いいよ。俺も目的があって参加してるし。それより、二次予選に関しての情報、持ってるんだろ? 突破のためにもっと教えてくれないか?」

 俺が言うと、ユンは強く頷いた。

「二次予選に関する情報は色々と集めたんだ。信頼性のある情報筋だから大丈夫だと思う」
「よし。じゃあ早速作戦会議と行こうか」

 情報は何よりも武器になる。それを知っている俺は、迷いなく言った。


しおり