バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二百七十九話

 予選突破の報告を闘技場の受付に済ませると、今夜からのスケジュールを言い渡された。
 前夜祭として、夜に食事会を行うらしい。毎年、選手たちの英気を養うために豪華な食事が出るのだとか。つまり、明日が本選になる。

 俺としては参加する意味なんてないのだが、ルナリーがお腹空いていたのと、ギラが顔を出すと聞いたので行くことにした。
 だがその前に、やることがある。

 俺は夜の帳の落ち始める町を見下ろしながら、空からユンを追いかけていた。
 闘技場の町外れ、オアシスからそこそこ離れているせいか、寂れたイメージのあるエリアだ。ほとんど廃屋になっていて、人の気配はほとんどない、というか風化しつつある。

 そんな町並みの一番大きい通りに、ユンと、いかにも柄の悪そうな獣人が三人。そして、両手を縛られた女の獣人が向かい合っていた。ユンと同じような耳をしているから、間違いなく彼女がユンのお姉さんなんだろう。
 俺は隠蔽魔法に加えて気配を殺して近くの屋根に降りる。
 会話はもう始まっていた。

「へぇ、まさか本気で手に入れてくるとはな、見上げたぞ」
「けっけっけ、悪運だけは強いみたいだなぁ」
「これは金になるぜぇ」

 既に木札は渡されているらしい。
 獣人たちは口々に言いながら、ユンをなめるように見る。うわ気持ち悪い。

「さぁ、渡すものは渡しただろう! 姉ちゃんを返せ!」

 ユンは険しい表情で訴える。
 獣人たちは互いに顔を見合せ、ユンのお姉さんを解放する、というか、突き飛ばしてユンへやった。

「姉ちゃん!」
「ユン!」

 つまずいてコケそうになったお姉さんをユンはキャッチし、そのまま抱擁する。
 ──……まぁ、これでこのまま終わるはずがない。

「よし、これで解放したな」
「ということで、もう一回お前の姉ちゃんを拉致らせてもらうぜ」
「……なっ!?」

 当然のように言い放った獣人へ、ユンは驚愕して怒りの目線を送る。だが、獣人たちに怯む様子はない。
 闘技場大会の二次予選を突破した奴を相手に余裕だなと思ったが、そもそもユンをなめていることが勝るんだろう。

「はぁ? 何を驚いてんだ? 俺たちは返してやるっつったけど、もう手は出さないとは言ってねぇだろ?」
「そんなっ…………!」

 ユンは怒りのあまりか、絶句した。抱き締めているお姉さんの顔はどんどんと青ざめていく。

「ということだ。姉ちゃんを守りたいなら好きにすれば良いけど、もちろん痛い目に遭ってもらうぜ?」

 分かりやすく拳を鳴らして威嚇し、獣人たちが近寄っていく。
 凄まじい形相でユンは相手を睨むが、動けない。お姉さんが疲弊してまともに走れないことを悟ったのか。
 とにかく、まぁ。

「そういうの、屁理屈って言うんだぜ」

 俺は屋根から身を乗り出しながら言ってやる。

「あぁ? ぶぎゃりゅっ。」

 不機嫌に俺を見上げた獣人の顔面に俺は着地する。ぐき、って音がしたけど気にしない。
 情けなく倒れる獣人に巻き込まれないよう、俺は顔面を蹴飛ばして地面に着地。ユンたちを庇う位置に立った。

「に、兄ちゃんっ……!?」
「いよ。悪いな、どうせこうなるだろうなって思ってつけてたんだ」
『いたく外聞の悪い言い方だな』
「うるせぇ」

 ぼそっとツッコミを入れてくるポチに反撃しつつ、俺は獣人たちと対峙する。

「んだテメェ!」
「通りすがりのお人好しだよ」

 言いつつ、俺は魔力を解放して威圧を与える。
 それだけで獣人たちの顔色が変わった。だがそれも一瞬で、すぐに武器を抜いた。
 斧が一人に、剣が二人。接近戦を挑んでくる、か。

「俺らの邪魔したらただじゃ済まねぇぞ!」
「今すぐ死にたくなかったら、そこをどけ!」
「今なら見逃してやるかもしれねぇぞ?」

 いや、それって見逃すつもりないってことじゃねぇか。まぁいいけどさ。

「嫌だ」

 俺はそれだけ告げて、魔力を高める。

「《ベフィモナス》」

 とん、と地面を踏むと、植物のツタが生まれて獣人たちを一斉に絡めとる。
 オアシスから離れてるから発動するかどうかちょっと怪しかったけど、大丈夫だったみたいだ。

「くっ、なんだこれ、動けねっ……!?」
「ていうか、どんどん絡めっ……」
「ぐ、てめ、何をしやがった!?」

 口々に文句を言ってくる獣人。
 まだまだ元気があるようだ。俺はそのまま魔力を籠める。

「《エアロ》」
「「「ひょっほおおおおおおっ!?」」」

 地面から生える植物のツタを切り裂きつつ、俺は獣人たちを上空へ打ち上げる。
 情けない声を上げる獣人たちを追って、俺も空へ飛ぶ。

「な、ななな、なにしゃああがるっ!!」

 ツタによって簀巻きにされた獣人が叫ぶが、俺は無視する。

「クータ」
「きゅあ」

 呼びかけに応じてやってきたのは、上空で遊んでいたクータだ。
 俺の魔力を受けて、クータはそのままドラゴンへ姿を戻る。 

「「「ぎゃあああああ――――っ!」」」

 揃って悲鳴を上げる獣人三人組。さすがの獣人もドラゴンは怖いか。まぁ上級魔族も手を出すか躊躇うレベルのバケモノだしな。
 俺はそんなクータの顎を撫でながら、指示を出す。

「クータ。こいつらが二度と悪さを出来ないって思う程度に遊んできてくれ」
「グォォォ!」

 快く鳴くと、クータは一度羽ばたいてから獣人たちを咥え、どこかへ飛び去った。残ったのは悲鳴だけだ。
 俺は見送ってからユンたちの近くに着地した。

「兄ちゃんっ!」
「おっと」

 勢いよく飛び込んで来たユンをキャッチする。感極まっているのか、ユンは俺にしがみついてきた。

「ありがとう、ありがとうっ……! 本当にありがとうっ!」
「おいおい、ユン」
「兄ちゃんがいなかったら、ホントどうなってたか……!」
「あの、私からもお礼を言わせてください。危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございます」

 ユンに続いて、お姉さんも丁寧にお辞儀をしてきた。
 本当に恩義に篤いというか、しっかりしてるなぁ。ちゃんとお礼を言える人って。

「気にしないでくれ。俺自身が勝手にやったことだしさ」

 俺はなんとかユンを引き剥がして言う。
 すると、お姉さんが懐から何かを取り出しつつ俺に歩み寄って来る。

「それでも助けていただいたことには変わり有りません。なんてお礼を言ったら良いか……なので、せめてものお礼です」
「え?」

 お姉さんは俺の手をそっと取ると、そのまま手のひらに固いものを忍び込ませてきた。こっそり見ると、深みのある赤い宝石だった。
 なんだこれ、すごい魔力が籠ってるぞ!?
 驚いて目を見開くと、お姉さんは人さし指を口に当てて俺を制してくる。

「私たち、実は深紅宝石獣(レッドカーバンクル)の一族なんです」
「か、カーバンクルって……!」

 確か、額に超高級の宝石を宿す獣だったはず。その生息数は少なく、まさに伝説級。
 この二人がその伝説のカーバンクルってか!

「この石は私の涙で出来ていますから、魔力的にも効果があります。色々と用途があると思いますから、お役立てください」
「良いのか? しかもこんなに」

 手のひらの赤い宝石は幾つもある。これだけでかなりの財産だ。

「はい。弟もお世話になりましたし」
「うん! 兄ちゃんなら、良いと思う!」

 まぁそこまで言ってくれるなら、有り難く頂戴しよう。
 村を復興させる時に重要な財源になってくれるだろうしな。 

「わかった。ありがとう」
「じゃあ、俺たちはそろそろ本当に行くよ。お姉ちゃんも無事に助けられたし、ここにいる理由はないし」
「ん、じゃあこれ持って行けよ」

 俺は密かに回収していた木札をユンに渡す。

「これは……」
「売れば結構な金になるんだろ? 当分の生活資金にもなるだろうし、そもそもそれはユンが勝ち取ったものだからな」
「兄ちゃんっ……!」

 ユンは目をウルウルさせながら言ってきた。また抱き着いてきそうな勢いだ。
 ここはさっさと移動するに限る。

「じゃあ、俺も行くわ。ほら、集まりがあるからさ」
「そっか。兄ちゃんは本選も頑張るんだっけ」
「ああ、優勝するつもりだからな」
「兄ちゃんなら大丈夫だよ。きっと!」

 そうだと良いけどな。
 思いながら、俺は頷く。

「じゃあ、またな」
「うん。どこかで会おうね」

 そう言って、二人は手を振りながら歩き出して、俺はそれを少しだけ見送ってから空を飛んだ。
 高速で町を移動し、俺は集合場所でもある闘技場前の広場についた。

『少し遅れたようだな』
「だな」

 俺は闘技場の受付を済ませ、中に入る。
 案内されたのはちょっとしたホールで、そこでビュッフェ形式の食事会が行われていた。
 どうやら今回の闘技場の参加者だけでなく、過去に参加した連中もいるようで、かなりの人数だった。
 俺は隠蔽魔法を駆使し、その中にしれっと混ざる。
 テーブルには所狭しと料理が並んでいて、どれも美味しそうだ。プロのコックが作ったんだろう。

「って、なんでこんなトコにいるんだ、ルナリー」

 そんな料理を片っ端から掃除機のように吸い込んでいるルナリーを見て、俺は迷わずツッコミを入れた。

「……ブリタブルにつれてきてもらった」
「ブリタブルに?」
「うむ。余は闘技場の大会に何度か参加しているからな。ゲストとして参加する権利がある。それを活用してルナリーも連れて来たのだ」

 ブリタブルは自信満々に言う。
 っていつからいた、いつから!
 俺は背後を振り返りつつも、ため息をつく。まぁブリタブルの性格やら何やらを考えれば、別段おかしくはない、か。

「良いけど、大人しくしとけよ」

 言い聞かせたタイミングで、気配は生まれた。
 周囲とは別格の魔力の気配。濃厚なそれは、触れれば火傷しそうなくらいだ。

 会場の奥、壇上にそれは収束し、炎を撒き散らしながら姿を見せた。

 ざわめく中、そいつは炎を纏いながらゆっくりと笑む。どこか焔ほむらとそっくりだ。

「我が名はギラ。闘技場の主催にして支配者である。ようこそ、戦士たちよ」

 バリトンボイスを響かせ、ギラはそう自己紹介した。

しおり