第二百六十五話
「ふざけやがって! この僕から、僕から加護をよくも奪ってくれたな! 返せ、返せ!」
アザミが猛りながら影から斬撃を飛ばしてくる。
だが、さっきまでとは比べ物にならない弱さだ。動きも遅いし、数も少ない!
俺はすかさず刃で迎撃しつつ、ハンドガンで撃ち落とす。
「くっ! こんなことして、こんなことしてぇ!」
バラバラと崩れ落ちる中、アザミが魔力を高める。
瞬間、俺はアザミに特攻した。ルナリーは制御で必死になっていて動けない。少しでも俺がアザミから離させないと!
幸いにして、アザミの意識は俺に向けられている。なんとかなるはずだ。
「くるなっ!」
予想通り、アザミは拒絶の意思を吐きながら大きく後ろへ下がった。《神威》か《神破》か、どちらかを警戒したのだろう。
──否。
それだけじゃあないな。
俺はアザミからどんどんと力が抜けていくのを感知した。
まさか、《反逆王の呼び声》の効果が切れていってるのか?
「バカな……どうして、どうして、こんなっ……!」
──そうか。
アザミは魂を幾つも合成させることでスキルを変化させた。だが、発動させるには神獣である《デッド》の加護が必要なのだろう。
そも、相手の加護を奪うというのはかなり常識外のスキルだからな。
だから、その加護を失った今、スキルも維持させるのが難しいのだろう。
「くそ、くそくそくそっ、返せ、返せ、返せ、返せ!」
その気持ち、本当は良く分かる。
俺もかつて、加護を奪われたことがある。その時の焦燥と絶望は今でも忘れられない。結局はしっかりと戻ってきたのだが、アザミの場合はどうか。
……──戻るはずがない。
俺とはあまりにも状況も条件も違うからだ。
「この僕が、どれだけの思いをして手にした力だと思っている! こんな醜くて愚かしいレアリティなんかに僕を貶めるな!」
アザミは泣きそうな声でがなりたててくる。
「ああ、そうかもな。きっと俺なんかじゃあ想像もしないような思いと努力で成し遂げてきたんだろうな?」
「そうだ! この僕がどれだけ地べたをはって、はって、はって、ここまで!」
「でもさ、そのためにお前はどれだけの数の命を、どれだけの人たちを犠牲にしたんだ? いや、踏みにじったんだ?」
俺は確信を切り抜く。
コイツと俺の決定的な違いだ。俺はポチに認められて加護を手に入れた。フィルニーアやハインリッヒをはじめ、色んな人に師事してスキルや力を手に入れてきた。そして仲間に支えられてきた。
だが、コイツはどうだろうか?
自業自得で力を失い、それを取り戻すために、それこそなりふり構わず自分以外の全てを犠牲にした。
「そんなもの、関係ないね。一将功なりて万骨枯るって言うだろ? 僕以外の連中がどうなろうが知ったことじゃあない。むしろこの僕の犠牲になれたんだ。誇ってほしいくらいだね」
そうか。やっぱりと思ってたけど、そうだよな。
お前はそういう奴だ。
「……俺は、知っているぞ。お前の実験で、犠牲になった人々を」
家族を守るため、仲間を守るため、犠牲になった獣人。彼を手にかけた感覚は、未だに残っている。
それだけじゃあない。
俺の知らないところでも、莫大な犠牲が出ている。
「だからどうしたって? 君だってそうだろう。君だって、その力を手にするために、色々なものを犠牲にしてきたはずだ!」
瞬間、浮かんだのはフィルニーアの顔だった。
あの時、俺を助けるために笑った、あの笑顔。
胸がチクリと痛んだ。心が揺れた。
俺だって、フィルニーアを犠牲にした。もちろん、みんなのことも巻き込んだこともある。そういう意味では……──
「そんなことない!」
怒鳴り声は、メイだった。
大剣を構えながらメイは俺の前に立つ。その気迫に、アザミは怯えて一歩引き下がった。
「ご主人さまは、いつだって守ってくれる。頑張ってくれる。誰かを、みんなを! 自分の周囲の全てを犠牲にしようとするあなたとは全然違う!」
「……メイ」
魔力を迸らせるメイの背中を見て、俺は思わず声をこぼす。
「その通りね。グラナダはこう見えてかなりお人好しなんだから。嫌だめんどくさいって言うときもあるけど、でもやることはやってくれるんだから」
「そうですねぇ。グラナダ様は仲間を大事になさいます。時には自分の身さえ犠牲にして戦ってくださるのです。今回のように」
俺の両隣に、アリアスとセリナが立つ。
「そうだな、兄貴はとても良い奴だ。ちょっと口うるさいがな。だが余は信頼しているぞ? 余がアホなことをしても、叱ってはくるが、決して見放したりはしない」
メイの隣には、ブリタブルだ。両の拳を突き合わせて戦闘態勢を整えている。
そうか、スキルから解放されて動けるようになったか。
「な、なんだ! よってたかって僕を倒すつもりか? 実に滑稽だな! 卑怯と思わないのか!」
出た。一対一が正々堂々と思ってる理論。
そんなのケースバイケースだってぇの。もちろん集団で苛めるとかなら論外なんだけど。だが今回の場合は違うだろ。
呆れていると、セリナが微笑みながら一歩前に出た。
「何をもって卑怯とおっしゃるのかが良く分かりませんが……そうですねぇ、これがグラナダ様とあなたの違いです」
「……なんだと?」
「今、あんたに、あんたのことを守ろうとしてくれる人がいるかってことよ」
アリアスがずばり射抜いた。
今、アザミは独りだ。それが、答えである。
理解したらしいアザミは、顔を憤怒に染めて歯をギリギリと鳴らした。
「自分さえ良ければ、周りがどうなっても良いとか思っちゃって、しかも実行しちゃうから、そうなるんです。ご主人さまはそんんなことしない」
メイが剣の切っ先を向けながら言った。
「ま、そういうことね。仲間を大事にできない奴はダメだってことよ」
締め括ったのは、アリアスだ。
──そっか、そうだな。
俺はみんなを守ってきたつもりだ。でも、守ってるだけじゃない。俺は、ちゃんとみんなに守られてた。
そうだよな、だって、仲間だもんな。
温もりを感じて、俺は微笑んだ。
短い沈黙。それを破ったのはアザミが地面に拳を叩きつける音だった。
「くそ、くそくそくそくそくそっ!」
「自業自得だ。アザミ」
悔しがるアザミに俺は突き付ける。
「お前はやりすぎだ。ここ最近の王都周辺のキナ臭い事件、そして今回の騒動。全部に関わってるんだろ。間違いなく死罪は免れねぇぞ」
もちろん誰も庇うことはないだろう。
言うまでもない。コイツは国際的な大罪人だ。庇う理由が存在しない。そんなことをしたら、国際的非難を受けるどころじゃあない。魔族まで絡んでいる以上、敵と見なされる。
そんなリスクをおかしてまでアザミを確保する理由はない。
「まぁ、ここ近年では最大の事件になるだろう。貴様から糸を手繰り寄せれば、闇に潜ったシンジケートさえ炙り出せる。まず公開処刑は間違いないな。今回はここまで被害を受けたんだ。私自ら陣頭指揮を執ろうか」
掩護射撃はクイーンからだった。冷たい声音からして、本気だなあれは。
「ふ、ふざけるな、僕は、僕は!」
「もう喋るな。大罪人!」
「…………っ! ふざけるな……っ」
「ふざけてんのはお前だろ。俺はさっき言ったよな? お前のせいで犠牲になった人を知ってるって」
あの時、俺は研究施設を破壊した。研究員を、みんなで手分けして全員痛い目に遭わせた。けど、それで報われるわけじゃあない。
でも、許せない。
家族と引き離され、仲間を思って、自分が自分でなくなる感覚を味わいながら、そして最期は涙しながら死を望んだ彼を思えば、絶対に。
それに今回の騒動だって、相当な被害が出てる。
俺の心が、許すなって叫んでる。ああ、そうだ。許すつもりはない。
俺は一歩、また一歩と前に出る。アザミが苛烈な目線をぶつけてくるが、俺は真正面から受け止めた。いや、むしろ睨み返す。
「アザミ、タイマンで勝負だ。今の俺は
「……!」
「ここで逃げたら、お前はクズにも程があるぞ」
安い挑発だったが、アザミはあっさりと乗った。戦意を滾らせて立ちあがり、影を出現させる。
「上等だ、かかってこい。貴様を殺してやる! 僕にとって、元凶は貴様なんだからな!」
背後で色んな人たちの殺意が芽生えるが、俺は無視して構える。ハンドガンに魔力を注ぎ込み、いつでも撃てる準備をした。
直後、アザミが動いた。
姿勢を低くさせ、俺に突っ込んでくる。その手にはどこかに隠し持っていたのか、ダガーが握られていた。
──毒塗りのダガーか!
即座に《鑑定》スキルを撃っていた俺は見抜くと、ハンドガンを撃つ。
「効くかっ!」
弾道を読んだか、アザミは身を捩らせながら左へ回避し、さらに追撃に放った風の弾丸をダガーで弾いた。耐久性もかなりのようだ。
だん、と、アザミは着地と同時に踏み込んでくる。
影から忍び込むような軌道でダガーが襲ってきた。スキルが使われてるか!
それを、俺はゆらりと左へ躱す。
驚愕に目を見開く一拍の間に俺は加速し、突きの構えで隙を晒すアザミへ真横からハンドガンを撃つ。
風の弾丸が容赦なくアザミの脇腹を抉る!
「ぐぁっ!?」
アザミは身体を反らせながら地面に片膝つくが、すぐに起き上がる。
痛みに顔を歪めているが、反射的に身を捻った上で影を展開して盾にして致命傷は避けたようだ。
俺は更にハンドガンを撃つ。
アザミは舌打ちしながら左右へ翻弄されつつ回避した。火が、氷が、風が掠めていく。
直撃と思った弾丸は、ことごとく影の盾で防がれた。
「なめるなよっ、お前なんてっ! 《影斬り》っ!」
間合いを見切ったとばかりにステップを刻んで下がり、幾つもの影の斬撃を飛ばしてくる。
ぐにゃと曲がりながら、影は不規則に、だが多角的に襲ってきた。
「《春風駘蕩の極み》」
俺はゆらり、ゆらりと左右に回避していく。
魔力探知で動きを先読みし、最小限の動きとチェンジオブペースを活用し、無理なく躱した。
すぐ傍で斬撃が地面に炸裂し、地面を抉っていくが、俺は構わずに全て捌いた。
「な。なんだその動っ――うおおっ!」
驚くアザミへ、俺は電撃的にハンドガンを撃った。ノーモーションでの狙撃に近い一撃は、あっさりとアザミの胸に炸裂した。
ガォン、と風が爆発し、アザミは真後ろに吹き飛ばされた。
背中から地面に落ち、激しくバウンド。空中で何回転かしてまた地面に落ちた。
「が、はっ……! ばか、なっ……!?」
「俺とお前じゃあ、修行してきた時間が違うんだよ」
俺はRレアとして戦っていける方法を模索しながら、戦闘技術を磨いてきた。だがアザミはそれをしてきていない。その差だ。
「ふ、ふざ、ふっざけんなぁぁぁぁぁ――――っ!!」
もう何度目か。
アザミはそう叫びながら黒い影を暴走させる。魔力を吸いつくされる勢いで影は大量に発生して、まるで無数ある触手のように飛んでくる!
黒い渦だな、これは。
判断しつつ、俺は魔力を最大にした。
「《ヴォルフ・ヤクト》っ!」
俺は刃を周囲に展開し、黒い影を迎撃させながら突っ込んでいく。処理しきれないものは回避したり、ハンドガンで撃ち落とした。
黒い渦をかきわけるようにして、俺は正面から突破する。
その姿を見て、アザミは絶望の表情を浮かべていた。
「そ、そんなっ……!?」
「《アジリティ・ブースト》」
俺は無視して魔法を発動させ、自分の敏捷力を最大限にして地面を蹴る。
とてつもない加速にアザミは追い切れない。
残像さえ残して俺はあっさりと懐に潜り込むと、ありったけの勢いを籠めて腹に拳をめりこませた。
鈍い、音。
肉がねじれ、骨が悲鳴を上げる。
だが、その一発に終わらせない。俺は怒涛の勢いで、両の拳を徹底的に叩きつける!
打撃音が重なり、一つになった。
「あっ、がっ!?」
衝撃が貫通し、アザミは身体をくの字に曲げ、身体が浮き上がった。晒されたのは、無防備な顎。
「おおおっ!」
俺はその顎にアッパーを叩き込む。ぐばん! と音を立てて顎が砕け、顔が跳ね上がる。
瞬時に俺は一歩下がり、全身を捻りながら跳躍回転。勢いを全て足に乗せ、飛び後ろ回し蹴りを顔面に叩き入れた!
悲鳴なく、アザミは顔面から地面に沈む。
明らかに顔面が砕ける音がして、血がじわりと地面に滲み出る。
「グラナダ殿。殺してくれるなよ」
「……分かってる」
クイーンの制止がかかって、俺は追撃を止めた。
そうだ。ここでコイツは殺してはならない。示しがつかないからな。