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第二百六十六話

 ――ハインリッヒ――


 地面を、蹴る。
 空中で踊る七つに光る剣を次々に持ち変えては斬撃を放ち、僕は目の前にいる敵を切り刻む。
 血の代わりに飛び散るのは、瘴気だ。

『ぐぬぅっ……!?』

 七色の軌跡に魔力と生命力を抉られ、水色の髪を携える青年――魔神・ベリアルは呻いた。
 とはいえ、彼は全力ではない。
 何せ、魔神の片腕分くらいの力しかないからね。
 上級魔族よりかは遥かに手強いけれど、魔神として見るにはあまりに弱すぎる。

 僕は軽やかにステップを刻み、左から斬りつけて右から斬り上げる。さらに上段に配置していた剣を掴んでそのまま斬り下ろし、着地の反動を活かして背後に回り込み、突きを放って背中から胸を貫いた。
 また擦り減る瘴気。

「《セイクリッド・スフィア》っ!」

 そこで魔法を炸裂させ、僕はベリアルを白い光で弾き飛ばした。
 紙切れのように吹き飛ばされるベリアル。
 けど、それは半分以上わざとだ。手足を無造作に広げながらくるくると舞うベリアルは、一瞬で姿勢を制御し、両手に黒い闇を携える。

『吹き飛べ』

 闇から放たれたのは、無数のレーザー!
 咄嗟に大きく回避するけど、レーザーは地面を抉りながら迫って来る! 継続放出型か!

「《聖者の理、聖骸の願い、我を守り給え》」

 僕は即座に魔法を唱え、結界を展開する。直前で発動が間に合い、レーザーからの脅威を弾く。
 乾いた音を立てて、レーザーと結界が相互干渉を起こして砕ける。
 キラキラと破片が光を反射する中、僕は練り上げた魔力を解放する。
 両手を重ねて掲げ、稲妻を走らせる。

「《神の鉄槌、裁きの象徴、穿つ刹那の閃光》」

 小さな町なら一撃で火の海に出来る稲妻がベリアルに襲い掛かる。反動で地面が抉れ、余波で稲妻が周囲の地面を舐めて弾けさせるが、元から焦土なので問題はない。
 圧倒的な破壊は、しかしベリアルの生み出した膨大な闇の壁に阻まれて消えた。

 さすがに直撃さえ許さないか。

 思わず苦笑していると、ベリアルも苦笑を浮かべていた。

『さすが世界最強だな。実に厄介な魔法をぽんぽんと使ってくれる。転生者とは実に目障りだ』
「それはどうも」

 軽口を返し、僕は魔力を高める。
 今回のチェールタ騒動。ベリアルはさりげなく糸を引いていた。表に出る黒幕はクロイロハ・アザミだろうけど、間違いなく暗躍していたのはコイツだ。
 彼をなんとかすることは重要案件だった。
 好き放題させていたら、それこそチェールタは全土が焦土と化すか、傀儡にされてしまう。

『貴様がいなければ、もっと面白い花火があがっていたはずなのだがな? 見たいとは思わないのか?』
「残念だけど、思わないね」
『理解に苦しむな。人間はそれほど綺麗なものではないぞ? むしろ滅ぼした方が良い』
「それに関しては、相容れないというコンセンサスが取れてるはずなんだけど?」

 話をそれ以上聞くつもりはない。そう意思表示を示すと、ベリアルは肩を竦めた。

『それもそうか。ならば戦おうか』
「そうだね。時間が惜しい」

 互いの視線がぶつかりあい、僕等は地面を蹴った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――グラナダ――

 そして、事態は収拾がついた。
 クイーンが見事な手腕を見せつけて混乱を鎮めて見せたのだ。
 アザミが自陣営さえ壊滅させる一撃を放ったおかげで敵がいなかったのもあるけど。とはいえ、チェールタの蹂躙はここで終わりを告げ、主犯であるアザミは捕えられた。

 ここからは早かった。

 ブリタブルが音頭を取って獣人の国から労働力や物資の支援を行い、あっという間に友好関係を築いた。 それでチェールタの受けた甚大な被害がすぐに回復するわけではないが、同盟を組む材料としては最適だった。実際、国民たちの獣人たちへの感情は明らかに変化した。
 そして俺たちは、チェールタ防衛に尽力したと表彰されつつも、王国からの支援の手として縦横無尽に働かされることになった。王国からの支援が到着するまで、少し時間が掛かるからな。

 事情は分かるけど、少しくらい休みは欲しかったけど……。

 被害の把握に、修復作業、物資の配布。今回、被害の範囲が広すぎたせいで支援物資が末端まで届くのに時間が掛かった。そのせいで俺はマジックボックスにため込んでいた物資類を全部吐き出すことになった。

 こんな未曽有とも言える状況で、クイーンは目の回るような忙しさの合間を縫って議会を纏め上げ、ただの一票の反対もなく同盟に関する条項を改めて承認させた。
 僅か一週間でやってのけたのだから、とんでもない手腕だよな、ホント。

 それからも復興に何日か尽力して、俺たちはやっとこの日を迎えた。
 チェールタ本島の中央宮にて同盟締結の発表を行うのだ。

「こ、この恰好、変じゃないか?」

 王族らしく着飾ったブリタブルは、どこか不満そうに言う。
 まぁ、王族っていうのは威厳を示すために多少派手な格好をする必要があるからな。普段の動きやすさを最重視した服装とは着心地からして違うんだろう。
 まぁ、かくいう俺も礼服を身に着けてて、ぶっちゃけイヤなんだけど。
 さすがにアリアスやセリナは慣れてるからさすがの着こなしだけど。俺はまだ着られてる感じなんだよなー。メイは褒めてくれたけど。

「まぁ仕方ない。諦めろ。これも必要なことだ」

 自分のことはさておいて、俺は言い聞かせる。
 ブリタブルはまだ不満そうだったが、しぶしぶ諦めた様子だ。
 そのタイミングで、待合室のドアがノックがされた。返事をすると、クイーンが入って来る。

 その恰好は、クイーンに相応しい荘厳な格好だ。青をイメージしているのは、チェールタが群島だからだろうか。化粧もばっちり施されていて、いかにも指導者らしい。

「待たせたな。行こうか」

 クイーンに促され、俺たちは部屋を後にした。
 赤い絨毯の広い廊下を進むと、白拵えのドアがあった。先は三階のベランダのような場所になっている。既にこれでもかって感じの数の聴衆たちがずっと声を上げていた。

「それじゃあ頼むぞ」

 一声かけられて、ドアが開かれた。
 わぁ、っと声が風となってやってきた。うお、声で圧迫されるってこういうことか。

 驚きながらも、クイーンとブリタブルを先頭に、俺たちは外に出る。

 中央宮はチェールタの中枢だけあってかなり広い広場がある。だが、そこは今、人で埋め尽くされていた。島の住民が全員集まったんじゃねぇかって言うぐらいの熱狂ぷりだ。
 ビリビリと痺れる歓声の中、クイーンは優雅に手を振ってから、聴衆を落ち着かせる。

「皆よ、この度の騒乱、多数の犠牲者が出たこと、心より痛く思う」

 風の魔法で増幅された声が、しんと広がる。
 女性にしては渋い声色が、あっという間に聴衆に耳を傾けさせる態勢を取らせた。

「敵は夜の王と言われる吸血鬼ヴァンパイアに加え、魔物や魔族に至り、更にかつて大罪を犯したものが地下の巨大犯罪組織を率いてやってくるという、かつてない脅威だった。まさに未曽有といえよう」

 短い言葉で、クイーンは状況を説明していく。
 騒乱が表に出る前から妨害にあっていたこと、そのせいで初動が遅れたことなどを詫びてから、その妨害に携わった連中の処分も発表した。

「このように、周到且つ大胆に行われた行動だったが、我らは打ち克った。だが、決して我らの力だけではない。今回、海を挟んだ隣国である獣人の国から、王子が直々に来訪され、惜しみない支援の手を下さった。また、ご自身も騒乱の戦いに参加し、多くの敵を打倒してくださった。ブリタブル王子である!」

 紹介され、ブリタブルはどぎまぎしながらも手を挙げた。
 瞬間、大人しかった聴衆が一気に沸騰し、とんでもない喝采が音の壁となってやってきた。

「「「うおおおおおおおおおおお――――――――っ!!」」」
「ブリタブル! ブリタブル!」
「さすがだ――――っ!」
「ありがとう――――っ!」

 口々に放たれるのは、感謝の言葉たちだ。

「今回のことを受け、我らチェールタは獣人の国を盟友とし、共に手をつなぎ、恒久的な友好を手にしていきたいと思うが、いかがだろうか!」

 すかさずクイーンが同意を求めると、聴衆は勢いに乗って賛成のコールを送って来た。
 これで同盟は円満に成立、だな。
 俺は脇に控えながら安堵して胸をなでおろす。

「さらに! 今回、古くからの盟友である王国からもいち早い支援の手がやってきた! それが彼らだ!」

 ……へ?
 思いっきり虚を突かれ、俺の目は点になった。
 いやちょっと待てそれ超予定外じゃないですか? やだー打ち合わせではそんなこと言うって微塵の微塵も出ませんでしたよね!? 俺たちはあくまで護衛という立場でここにいるんですよね!?
 内心で思いっきり抗議しつつも、口には出来ない。
 そんなことしたらどうなるか、ぐらいは頭が回る。だがそれで混乱が収まるはずがない。
 すると、フォローするようにセリナとアリアスが前に出て声を一身に受けた。さすが王族と貴族。

「ご、ご主人さま、私達もいかないといけないんでしょうか……」
「たぶん」

 気付けばポチは姿を消している。逃げたな。後で覚えておけよ……。

『……くぅーん』

 どっかからテレパシー飛んでくるし。
 しれっとセリナとアリアスが俺に目線を向けてくる。促されてる、これ、促されてる! 超嫌なんだけど!
 逃げ出したい衝動にかられながらも、俺はひきつった笑顔(そう言えば前もこんなことあったな)を浮かべながら前に出て手を振った。

 こうして聴衆の前での演説は終わったが、これでおしまいではない。

 そう。アザミの処分がまだ終わっていないのだ。

しおり