第二百六十四話
「……この、ふざけやがってぇぇぇぇっ!」
雄叫びをあげ、アザミが立ち上がる。魔力を弾かせ、全身に刺さっていた刃を強引に抜き捨てる。
夥しい血が飛び出るが、アザミに気にする様子はない。
否。
そればかりか、あっという間に傷口が塞がっている。異常なまでの再生能力だ。
「忘れたか? 僕の中には、レスタの細胞があるんだ。もうほとんど自分では機能できない程薄くなってしまったけどね? でも、膨大な魔力を与えてやれば、この通り」
また言葉半ばにしてアザミが消える。
本当に不意打ちが好きなヤツだな! 再生能力を見せつけることで動揺を誘って、そこを狙うってか。
戦闘においては常套手段だ。
けど、それで攻撃がワンパターンなのは頂けない。
俺は出現地点を先読みし、刃を左右から挟むように展開する。グン、と加速したと同時にアザミが姿を見せ、その刃に傷付けられた。
「っぐうっ!?」
「アホか。それぐらい想定してるっつうの」
アザミを煽りながらも、俺は冷静になっていく。
一瞬の油断が許されないのは、俺の方だ。限界いっぱいいっぱいの魔力探知で動きを先読みし、攻撃を仕掛けつつ回避する。もし間違えば終わりだ。
下手しなくても殺される可能性がある。
「ずいぶんと舐めてくれる!」
瞬間、見えたのは魔力の渦だった。
怒りに身を任せてきたな! 《影斬り》でムチャクチャに周囲を薙ぎ払うつもりか!
察知しながら俺は後方へ飛び、魔力を高める。
刹那、アザミの全身から花火でも炸裂するように黒い影が飛び散り、全てが刃となって斬撃の軌跡を作り出す!
地鳴りを響かせ、無数の軌跡が地面に突き刺さる。
「ちょこまかとっ! だったら範囲を広げるだけだ!」
そう来ると思ってたよ!
俺はすかさず地面を踏みしめて魔法を解放する。
「《フレア・ベフィモナス》!」
合成魔法で生み出したのは、地面を溶岩に変える魔法だ。
刹那にして地面が赤熱して溶け、どろどろの溶岩を生み出す。
膨大な熱に晒され、アザミは舌打ちしながら上空へ跳んだ。
「《アイシクルエッジ・エアロ》」
すかさず放ったのは、ブリザードだ。
凶悪な凍てつく風にさらされ、アザミの全身がたちまち凍っていく。だが、黒い魔力が全身から放たれ、氷が砕ける。
激怒の表情でアザミは声を荒らげた。
「無駄だっ! 僕は魔力がある限り、無限大に再生する! それはお前の魔力総量なんかよりよっぽど多いんだぞ!」
脅迫のつもりだろうか?
俺からすれば子供の負け惜しみにしか聞こえない。
「死ねぇぇぇぇ────っ!」
黒い刃が唸る。それはぐにゃぐにゃに曲がりながら四方八方へ襲っていく!
って、いきなり暴走か! まずい、みんなが!
焦燥しながら俺は地面を踏み抜く。
「《ベフィモナス》!」
爆発的に地面が盛り上がり、一瞬でメイたちの壁となる。
歪に鈍い音が響き、盾にした岩と黒い刃が砕けた。
なんとか守れた、か?
だがそれを確認する余裕はない。
次々と襲ってくる刃に俺は意識を削がれ、無茶苦茶な回避運動を強制される!
左右へ滑るように回避しつつ、時折とんでもない加速でやってくる斬撃を刃で弾いた。
ギィン、と金属音と火花が散る中、俺はさらにバックステップし、前からやってくる幾筋もの黒を半身になって躱す。
まだくる!
俺は更に下がりつつバク転で逃げ、刃で迎撃する。
まずい、俺の処理能力を、超える!?
感知する魔力反応の多さに驚愕し、俺は舌打ちした。
「《クリエイション・ダガー!》」
ぼこり、と地面が沸騰し、次々とダガーを生み出す。
この《
でも、迎撃させるだけなら!
俺の意思に呼応し、刃が閃く。
剣戟が、幾重にも重なる!
まさに刃の壁だったが、あっという間に砕け、黒が押し迫ってくる! やばい、過剰に魔力供給してやがるからか! 捌ききれない!
『主!』
「──くそっ、《真・神威》っ!」
ポチの鋭い警告に従って、俺はスキルを解放する。
視界を白に染める閃光、空気が切り裂かれる轟音。広範囲の黒が、一瞬で薙ぎ払われた。
焦げ臭い中、俺は地面に膝をつく。負荷が一気にやってきて、俺は動けなくなった。
今すぐにでも寝たい気分を押し殺して、俺は見上げる。
そこにアザミはいなかった。
背中に悪寒が駆け抜ける。無数のクモが背中を這うような感覚に突き動かされるが、身体は動かない!
「ポチっ!」
俺は即座に《
直後、大量の黒い刃が地面を穿った。
や、やばかった……!
だが安心は出来ない。
ポチが距離を取るが、アザミがすぐに追い掛けてくる。
また黒い刃が襲ってくるが、ポチは見事に先読みして回避していく。
「ちょこまかと、小賢しい!」
「そっちこそな!」
負荷が消える。
同時に俺はまたポチと同化しつつ着地、相手を睨んだ。かなり距離を取ったが、すぐに埋められた。
息つく暇も与えないってか!
俺はまた回避行動を強制させられる。
目まぐるしく動く景色の中で、俺は異変を見付けた。ルナリーだ。ルナリーだけが、動いている。
そうか、そういうことか。
ルナリーは人造人間ホムンクルスだ。よって、レアリティが存在しない。アザミの理論で言えば、ルナリーは魂としての器も作り物で、加護をそもそも受けていないのだ。
だから、アザミのスキルを受け付けていない!
俺は右に跳ねるように跳び、着地。地面を抉りながら減速、黒い刃が向けられると同時に左へ回避。
このままじゃあジリ貧なのは間違いない。
俺は大きく後ろへ逃げながら、大きく息を吸って酸素を補給して頭を回転させる。
アザミが冷静になって、ステータスでゴリ押ししてきたら俺は間違いなく負ける。それだけの差がある。下手したら魔神に届きうる数値だからな。
まだ使いこなせてないから対抗できているだけで、もし精度が増せば敗北しか見えない。つまり長期戦は不利で、だからって短期決戦で押しきる力もない。
だったら、あの化け物染みた加護をなんとかすれば。
使えるカードはルナリーとポチ。
電撃的に浮かんだ策を、思考を通じてポチに伝える。
『不可能ではないが…………その場合、主への加護が僅かになる。ステータス恩恵と神威系のスキルは諦めてもらうぞ』
「大丈夫。レアリティの差ぐらいなら、覆してみせるさ」
『……その言葉、信じたぞ』
言うと同時に、俺は目一杯距離を取る。
直後、ポチが俺から離れた。
「ははっ! 限界か!」
アザミは紅魔石を砕き、魔力を回復させながら嘲る。
向こうも魔力がヤバかったか。
だったら、尚更チャンスだな。
アザミが何個も魔石を破壊して魔力を漲らせる。
「……さっきから、お兄ちゃんにひどいこと」
声は、アザミの真後ろから。
気配を完全に殺して忍び寄っていた(ポチの加護で身体能力が超上昇してる)ルナリーだ。
弾かれるようにアザミが振り返るが、ルナリーの方が速かった。
小さい手が触れ、アザミの加護を打ち消す。
風船が破裂するような音を立てて、アザミを覆う黒いオーラが割れた。
「そのわるいもの、ぜんぶ、ぜんぶ!」
ルナリーの全身から稲妻が迸り、アザミの黒をかきけしていく。
「こわれちゃえ!」
その怒りの声が炸裂し、アザミは吹き飛ばされた。
情けない顔で、アザミは地面を転がる。
「ば、ばかな……!?」
なんとかアザミは起き上がるが、明らかにステータスを落としている。
だが、ルナリーもそのまま座り込んだ。全身から弾ける稲妻が不安定だ。
奪い取った黒い力──デッドが暴れているからだ。制御に手いっぱいなのだろう。
「くそっ、返せっ!」
慌ててアザミがルナリーへ向かうが、そんなこと俺がさせるはずがない。
全力で俺は回り込み、アザミの前に立ち塞がる。
「返さねぇよ!」
俺は一気に間合いをつめ、渾身の拳をアザミの顔面に叩き込む!
ぐしゃ、とめりこみ、アザミは大きく殴り飛ばされた。
さぁて、今度こそお仕置きといこうか!