第二百六十三話
──パンドラ?
聞いたことがない。いや、この世界では、だ。
クイーンの反応からして、尋常ではないことが分かる。
なんだ、パンドラって。
「貴様、どこでそれを……──」
「言う必要はない。ただ、僕には必要なだけさ。パンドラがいれば、僕は
言うアザミには、自信しかなかった。
対して、クイーンはまだ動揺を殺せていない。いや、恐怖さえ感じる。
「不可能だ。貴様にパンドラを制御できるとは思えん」
「可能さ。このスキルがあればね?」
《反逆王の狼煙》のことを言っているのか。
ってことは、パンドラは人間なんだな。たぶん、かなりの高レアリティなんだろう。でもURウルトラレアはハインリッヒしかいないはずだが。
「簡単なことを言うのだな? そんなもので制御出来るなら、もうとっくに誰かがしているさ。出来ないから、存在そのものを秘匿しているのだ。その程度も分からんか」
クイーンは険しい表情で厳しく言い返す。だが、アザミに届く様子はない。
当然か。口で言う事を聞くようなヤツじゃあない。そんなヤツだったら、こんなとんでもないことしでかすはずがないしな。
「ああ、わからないね。パンドラってのは世界さえ支配できる決戦兵器だろ?」
案の定、アザミは平然と言ってのける。っていうかそれ、意味わからんぞ。
世界さえ支配できる決戦兵器って……。なんだそれ。
「違うな」
クイーンは一言で切り捨ててからアザミを睨みつける。
「アレは世界を滅ぼすものだ。決して解放してはならないものだ」
「……へぇ?」
「そもそも、良く知りもしないものを制御できる自信がどこから出てくるのか、理解しがたいな」
「フン。だったら話をしようか」
アザミは真っ向から睨み返しつつ、嘲笑う調子を崩さない。
「世界の真理について。正確に言えば、レアリティについて」
どうしてか、その言葉には耳を傾けさせる力があった。
俺は回復に専念しつつも、聞く姿勢を取る。すかさずアザミが俺を見てきた。
「グラナダ。お前は疑問に思ったことはないか? どうして、この世界にレアリティなんてものが存在しているのか、と」
「それは……」
「僕は思わなかった。最初はね? なんてったって、世界最強の器として転生したから。そういうものだったと思っていたから。でもこんな目に遭わされて、考えるようになった」
そうだ。
俺もそういう世界なんだ、で理解して、追求していなかった。レアリティそのものがゲームっぽいから、それで分かったつもりになってた。
不遇だ、と思うことは何回もあったけどな。
「色々と調べて、僕は真理を掴んだ。レアリティというシステムのね」
「それが何だと言うのだ」
「まぁ聞きなよ。この世界でレアリティが決定される要素は、たった二つなんだよね。それは、魂としての器と、魂に与えられる加護の強さ」
ピースサインのように人差し指と中指を立てながら、アザミは続ける。
「魂としての器は、磨けば大きくなる。そして、試練を乗り越えると、限界突破という形で目に見える。更に磨けば、加護の進化の試練が与えられる。乗り越えれば加護が強くなってレアリティアップするわけだ。まぁこっちは特定の条件を満たしていないと試練さえ与えられないんだけどね」
「特定の条件?」
おうむ返しに問うと、アザミは頷いた。
「そう。王族特有のスキル、王族の加護を持つか、
ってちょっと待て。
それって、王族でもない
なんかすげぇ不遇!
ちくしょう、久々だな、この感覚! こんなとこでも残念レアリティ発揮するのかよ!
「悔しいだろう? 僕もその思いをしたんだ。だから僕は、許せなかった。また元の強さを手に、いや、それ以上力を手にするために研究したのさ。少しずつ魂を合成して、器を強化した。でも、それだけじゃあ足りないんだよ。加護が無い」
一度失った加護は、戻ってはこないのだろう。
不憫なのかもしれないが、コイツの場合は自業自得だ。
「だから僕はこのスキルを手に入れた。このスキルの真髄はレアリティの加護をかすめ取って強くなることだからね。でも、存外このスキルは効率が悪いんだ。これだけの数の
ふつふつと内心で怒りが沸き上がって来る。
気に入らない。コイツの物言いが、だ。いや、内容が、か。
どこまでも独善的で、自分さえ良ければ他はどうでも良いというのが伝わってくる。
「だから僕は更なる力を求めた。行き着いた結論は、グラナダ。君と同じだ。外部からの加護を追加することで、ステータスを飛躍的に向上させる――まぁ、外付けアーマーみたいなものだね」
そう言われると、なんか癪に障るな。まるでポチが道具か何かみたいじゃねぇか。
体力回復に専念しつつ、俺はアザミを睨んだ。
「真理を言っただけなんだけどな? まぁいい。続けるよ。僕は外部からの加護を求めた。その時に出会ったのが――破壊の神獣、デッドだ」
その言葉に、ポチが敏感に反応したのが伝わってくる。
ついさっき話してたことだしな。まぁ、俺はなんとなく察しがついてたけど。コイツに力を貸してるのがデッドなんだろうな、って。
理由は一つだけでいい。デッドしか使えないはずの魔法を、コイツが使っていたからだ。
「でも、彼は意識としては存在していても、この世界にはいない。だから、加護を与えられても、その加護を発揮させるためには膨大な魔力が必要だったんだよねぇ」
だから紅魔石を消費してるのか。
俺は理解した。
SSRエスエスレアレベルでのステータスで神獣の加護を受けているのだから、まるで魔神を相手にしているような感覚だったんだ。
当然だ。元のステータスが高ければ高いほど、加護による恩恵は大きくなるからな。
俺は息を調える。
原因とカラクリさえ分かれば、対策はある。そのパンドラが何なのかは分からんけど、とにかくコイツに触れさせちゃあダメだってことだろ。
「だから僕はパンドラが欲しい。パンドラが一人いれば……」
「断る」
言葉半ばにして、クイーンは言い切った。
「その程度の私情で扱って良いものじゃあない」
「強情だね。じゃあ、無理やりにでも言うことを聞かせるしかないのかな?」
じわりとアザミから黒い魔力が強くなった。
呼応して全員が構える中、動けるようになった俺はポーションをがぶ飲みして魔力を高める。
「おやおや、まだやるんだ?」
アザミが好戦的な目付きで俺を睨んでくる。
目下、コイツにとって俺が一番厄介だからな。今のメンバーで、俺だけがコイツのスキル効果を外れるんだから。
「僕が話してる間に逃げていれば、生き残れたのかもしれないのに……蛮勇だね?」
「言ってろ」
「じゃあ──」
言い終わるより早く、アザミの姿が消える。
俺は地面を蹴りながら振り返る。ハンドガンは既に構えていて、誰もいない空間へ向けて電撃を撃っていた。
「──早速ぐっ!?」
虚空に出現したアザミに、その電撃が直撃する!
のけ反りつう、アザミは信じられない様子を見せる。俺はそこへ弾丸を立て続けに撃ち込む!
「なめた真似を!」
黒い魔力を展開させて弾丸を受け止めつつ、アザミが動く。
目的は、俺の真後ろか。
俺は刃を上空に打ち上げながらステップを刻み、ハンドガンを構えて振り返る。
アザミが俺を襲おうと姿を見せるのと同時に、上空からの刃が四本、それぞれ直線軌道を描いて両腕を刻んだ。
タイミングは完全に不意打ち。アザミに回避できる余裕はない。
ぶしゅ、と、血飛沫が舞う。
「ぐあぁっ!?」
アザミが悲鳴を上げる頃には、もうトリガーを引き絞っていた。
雷が迸り、激痛を訴えるアザミの全身を殴る!
顔面に直撃を受けて後ろに弾かれ、更に胸と腹を穿たれて吹き飛ばされる。
「おおおおっ!」
裂帛の気合いをこめて、俺は刃を左右斜め下から掬い上げるような軌道を描いてアザミを斬りつけた。
致命傷は与えられなかったか。
反射か本能か、微妙に回避行動を取っていたらしい。
焦るな、冷静に、冷静に。
息を吐きつつ、俺は魔法を撃つ。
直後、魔力を荒ぶらせながらアザミが吠え、姿を消す。
また背後、と見せかけて右横からか。
俺は左へステップし、無造作に腕をあげてハンドガンを撃つ。
放ったのは氷の弾丸だ。
「ぬがあっ!?」
肩口に直撃。一気に氷が広がり、アザミの首筋から上腕部までを氷に鎖した。
アザミは気合いでその氷を粉砕するが、相応のダメージは受けている。
「ば、ばかなっ!」
分かりやすい狼狽を口にし、アザミは俺を睨み付けてくる。
「なぜ、なぜだ! お前が僕の動きに付いてこれるはずがないだろう!!」
叫ぶと同時にアザミが突進してくる。
アホか、真正面からとか!
俺は単純に刃を前方に展開する。たったそれだけで、アザミは自分から刺さりにいった。
「ぎゃあああああああっ!?」
たちまちにあがる悲鳴。
情けなく地面を転がるアザミを見下ろし、俺は呆れる。
コイツ、やっぱり自分の能力を制御できてねぇな。
考えてみれば当然だ。コイツは常にこれだけの高ステータスを保持しているわけではない。周囲のレアリティによって大分左右される、つまり不安定なのだ。
だから、いきなりこれだけの高いステータスに振り回されているんだろうと推測したのだが、まさにその通りだったな。
戦い方の立ち回りもかなり単調だし。それに魔力が駄々洩れだから、どこにどう動こうとしているのかが丸わかりだ。動きの先読みが出来れば、何とかなる。
伊達でコイツの話を聞いていたわけじゃあない。
「さぁ、アザミ。立て」
俺は静かに怒りを燃やしながら言う。
「お前を、ぶっ飛ばす!」