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第二百六十二話

 アザミ。
 かつて帝国に生まれた、ハインリッヒを超える逸材とまで謳われた転生者だ。
 だが、その実、魔神であるベリアルに侵されていて、最終的には身体を乗っ取られた。

 あの時の絶望感は今でも忘れられない。

 本気で歯が立たなかったからな。
 それでもハインリッヒの助力があって辛うじて撃退に成功したが、代償としてアザミはレアリティダウンというペナルティを受ける。その後、どこかへ姿をくらませたと聞いていた。
 てっきり帝国がこっそり始末したと思っていたが、そうではなかったらしい。

「ちょっと。勝手に話を進めないでよね」

 前に出てきたのは、アリアスだ。全身に敵意が漲っている。

「この破壊があんたの仕業? なんでそんなことしたのよ。この町には、敵――あんたからすれば味方も大勢いたはずでしょうが」
「何を言い出すかと思えば。奴らは所詮低級の魔族に魔物。僕からすれば下僕以下なんだけど」

 ギラリと野蛮に目を光らせ、アザミはアリアスを見据える。

「なんてったって、町一つ陥落させられないクズどもだからね。苦しまずに最期を与えてやったんだから、むしろ感謝されるぐらいだ。吸血鬼ヴァンパイアの方だって、苦労してベリアルの振りをして屈服させてさ。大軍まで与えてけしかけさせたのに、全然役に立たなかったし」
「……わかんないわ。あんたの言ってること、全っ然わかんないわ」
「簡単に言うと、僕の目的の助けにならないような連中は、みんな死んでしまえってことなんだよ」

 アリアスは虫酸が走ったように顔をひきつらせた。
 まぁ、コイツ、以前もこんな感じだったけど、更に拍車がかかってる感じだな。
 自信もプライドも、全部打ち砕いたはずなんだけど、どうやって復活させたんだ?

「あんたねぇっ……!」
「お仕置きが必要ですかねぇ……」

 アリアスに続き、セリナも戦意を昂らせる。
 だが、アザミは余裕を一切崩さない。

「コバエがうるさいな。ちょっと黙っててくれる?」

 嘲りながら手を掲げ――

「《反逆王の狼煙》」

 スキルを発動させた。
 直後、俺は《鑑定》スキルを撃つ。

 《反逆王の狼煙》
 己より上のレアリティを持つすべてを己よりもワンランク低くし、束縛する。また、束縛したレアリティや数によって己のレアリティを上昇させる。

 ――は!?
 なんだそれ!

 驚愕したのも束の間、一瞬にしてみんなが膝を折り、そしてアザミの魔力とステータスが膨れ上がる。
 それはSSR(エスエスレア)相当だ。
 アザミは例の事件でR(レア)にまでレアリティを落としている。それが元々のレアリティにまで復活させているのだから、とんでもないスキルである。そもそもコイツの固有スキルは《帝王の呼び声》だったはずだろう?

 色々と意味が分からねぇぞ!

 状況を整理しようにも、分からないことだらけで何も出来ない。
 けど、それに足を引っ張られてたら、出来ることも出来ない。今は、コイツを倒すことだけだ。

「さて、この僕をバカにしてくれた罪、まさに償ってもらおうか。と言いたい所だけど」

 アザミが俺を睨んでくる。

「やはり君は君のままなんだな?」
「相変わらず残念レアリティなものでね」
「ははは。誰よりも厄介なくせに! 今もこうして僕の前に立ちはだかるんだから、たまったもんじゃない」

 距離が、少しずつ詰まっていく。お互いの間合いを図るためだ。
 だがそれも終わる。
 見えない一線が――今、超えた。

 だんっ!

 と地面を爆裂させる音が重なる。

「《天吼狼(ヴォルフ・エルガー)》っ!」
「《黒闇撒(ラスター・ナハト)》」

 俺がポチと同化させて稲妻を迸らせると、アザミは全身に更なる闇を纏う。
 感じ取ったのは、異常に膨れ上がったステータス。

 ――は?

 空虚はほんの僅か。
 アザミが、消える。

 探す暇はない。俺は咄嗟に左へ跳んでいた。刹那、黒い炎が周囲を焼き払う。

 いつの間に後ろへ回り込んでやがった!?
 熱風を浴びながら、俺は反射的にハンドガンを構えて撃つ。光が放たれるが、それはアザミの残像を貫いただけだ。

「おいおい、どうしたんだ」

 声は、また真後ろから。
 弾かれるように俺は前へ飛び出し、振り返りながら空中に展開していた刃を向ける。

 だが、その刃は同じようにアザミの周囲に生まれていた黒い塊によって防がれ、そして俺は地面に叩きつけられていた。
 がつんと衝撃が背中から全身を貫通して、空気が強制的に肺から吐き出される。

「ぐっ!」

 何が起こった、と疑問が起こるより早く攻撃がやってきた。
 俺は地面をバウンドした反動を活かして立ち上がり、強引にその場から離れた。

 だが、すぐにアザミが追いついてくる。

 速い! あまりにも、速い!
 俺は《反射神経ブースト》を最大限発揮させるが、それでも間に合わない。目で追うことも、気配を追うことも出来ない。
 余裕の笑みを浮かべながら、アザミは掌に黒い墨を生み出す。それは剣の軌跡を描きながら枝分かれして襲ってきた!
 まずい! 回避は不可能!

「――《クラフト》っ!」

 俺は全身を折り畳みつつ腕をクロスさせ、防御魔法を展開する。
 だが、光の盾は薄氷が砕けるようにあっさりと割れ、黒い軌跡は俺の全身を切り刻んだ。

 走る、激痛に、飛ぶ血。

 痛みに呻きながら俺は地面を勢いよく転がる。
 血の跡が残るのも気にせず、勢いを利用して起き上がって反撃のためにハンドガンを──。
 目の前に、アザミの顔がいた。……え?

「弱いな、お前」

 衝撃。流転。流れる、景色。
 なくなる上下感覚。
 俺は次々と叩き込まれる攻撃に吹き飛ばされていて、地面に倒れていた。軋む痛みに身体が動くのを拒否してくる。
 冗談じゃねぇ、なんだ、この力!? 以前よりも全然強い!
 この強さ、圧倒感。まるで、まるで――魔神を相手にしているようだ。

「ご主人さまっ!」

 メイの悲痛な声が届いてきて、俺は我に返った。
 咄嗟に右へ転がる。

 すぐ耳の傍で、ガツン、と金属の音がした。
 見やると、黒い墨の剣が何本も地面に突き刺さっていた。
 ヤバかったな、今――

「あーあー、情けないなァ」

 呆れたような声と、腹への衝撃は同時。
 蹴り飛ばされたのだと分かったのは、アザミの足が上がっていたからだ。
 何十メートルと蹴り飛ばされ、俺はなんとか受け身を取った。内臓がひっくり返るようなダメージに呻き、俺は血を吐き出す。

「一方的じゃないか。そんなに弱かったっけ?」
「がはっ……! いってろ……! 《クリエイション・ブレード》」

 咳き込みながらも俺はなんとか立つ。
 地面から生やした剣を無造作に取って。

「《真・神撃》」

 反撃の一撃を叩き込む。
 瞬間の加速と一筋の閃光。それは間違いなくアザミを斬ったはずだった。
 だが、炭化して消えたのは黒い影。しまった、これは!

「《影の身代わり》さ。忘れたか?」

 ボロボロと砕ける剣が散っていく中、距離を取っていたアザミは鼻で嗤った。
 うるせぇ。たった今思い出したよ。回避の切札だろ。墨みたいなやつを出現させ、自分を押し退けさせることで身代わりとする。
 しれっと使いやがって。
 ぬるりと生ぬるく頬を伝うのは、血だ。だが、拭う余裕はない。

「まったく、困るなァ。いつの間にそんな弱くなっちゃったのさ。いや、違うか。僕が強くなり過ぎたんだ。そう、強くなり過ぎたのさ」

 言いながらアザミが懐から何かを取り出す。赤い石――紅魔石だ。
 かなりの硬度を持つはずのそれを、簡単に握りつぶす。
 瞬間、魔力が迸ってアザミに吸収された。

「でもまぁこれは大分燃費が悪いんだね。おかげで逐一補給してやらないといけないんだよ」

 アザミは言いながらまた一つ、魔石を砕いた。

「君たちのせいでレアリティを失った僕は、地獄を見続けたよ。何回死にかけたか分からない」

 魔力が吸収されていくのを見て、俺は違和感を覚えた。
 どういうことだ? こいつ、魂が一つ、じゃない?
 俺は肩で荒く息をしながら分析していると、アザミはまた全身に魔力を迸らせる。

 それだけで衝撃が生まれ、俺は後ろに追いやられる。

 まずい、このままだとヤバい。 

「帝国も密かに僕を殺そうと何度も刺客を送り込んでくるし。おかげで僕はどんどんとアンダーグラウンドは世界に逃げ込むしかなくてさァ。でもおかげで、色々と情報が手に入ったんだ」
「情報……?」

 俺は打開策を必死に考えつつ、続きを促す。

「そう。僕のレアリティを復活させるための方法さ」

 黒い笑顔が、そこにあった。

「僕は君たちのせいでレアリティを失った。僕は魂としての器を失っていて、その補填が必要だった」
「無理だろ……人間は魂が混じりあったら、生きていけない」
「そう。常識ではそうだよね。でも、一つ認識を誤っていないかい?」

 アザミは空中に黒い刃を生み出しながら語る。

「僕たちは転生者だ。そもそも魂としての器の質が異なる。だから、多少魂が混ざったところで自我を失うことはない。とはいえ、自分にとって相性の良い魂でないと拒絶反応を起こしてしまうんだけどね」

 この時点で、俺には違和感があった。
 ちょっとまて。なんだ、何かが引っかかる。魂の、合成? 紅魔石? なんだ、まさか?

「だから色々と組織を作らせて、研究させたのさ」

 ――まさか。

「紅魔石の精度向上。そして魂の研究。魔族を利用した魂のコピー研究。研究費用を捻出させるためにドラッグにも手を出したかなァ? 他にもホーンラビットを巨大化させる組織に技術力を売ったり? まぁその結果、僕の欲しいものは手に入ったんだけどね」

 俺は瞬間的に頭が沸騰しそうになった。
 ルナリーがいた村での騒動で紅魔石を使った敵がいたのも、ホーンラビットの件や、組織のことも、獣人を使った
 全部、全部か。
 ここ最近王都や周辺で蔓延っていた不穏な空気。組織。全部がコイツせいかよ!

「僕は魂としての器を戻した。器だけを見れば、以前と変わりがないレベルにまでね。そして、その過程で新しいスキルを手にしたのさ」

 それが――《反逆王の狼煙》か。

「それを知った帝国は、手のひらを返して僕に協力を求めて来た。まぁ、帝国のバックに魔族がいることも手伝ったんだろうけどね。僕には利用価値があると考え直したってことだ」
「……お前、今とんでもないこと言ってるぞ」
「構わないさ。どうせこれを聞いた奴らは全員死ぬんだから。ともあれ、僕は帝国の思惑に乗ったつもりでここまで出向いてきたのさ」

 ぺろり、と、アザミは舌で唇を濡らす。

「さて、クイーン。君に話がある」

 大きなクマを作った、どこか濁った眼でアザミはクイーンを見据えた。
 思わず身構えるクイーン。

「教えてもらおうか。――パンドラの居場所を」

 その発言に、クイーンは大きく目を見張った。

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