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第二百六十一話

 滅びの唄。
 喜びの唄。
 嘆きの唄。

 そして、消される唄。

 決して開けてはならないもの、解放させてはならないもの。
 そのものになにものも見せてはいけない。
 そのものになにものも聞かせてはいけない。

 この禁、破ってはならぬ。

「――それが、彼女の名」

 今にも朽ちてしまいそうな紙に、薄く刻まれたインクの文字。
 僕はそれを見つけてしまった。

 それから、僕の復讐は始まった。

 そう、復讐なんだ。――この世界への。

 そもそもがおかしいんだ。
 僕はこの世界で唯一無二の英雄だ。それなのに、それなのに。

「どうしてこんなところにいるんだ……」

 思うようにいかない世界なんて、要らないんだ。

「……滅ぼしてやる。全てを、全部を……っ!」

 怨嗟を口にして、僕は魔力を集める。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――グラナダ――

 景色が走っていく。
 俺とメイはポチの背中に乗って、島の南へ急いでいた。

「ご主人さま、大丈夫ですか?」

 心配そうに背中をさすってくれるのはメイだ。
 ポーションも飲んだし、魔力水も飲んだ。だからステータスには問題がない。とはいえ、疲労感はあるんだけど。

 本来対単体スキルである《神撃》を強引に同時に多発展開したのだ、消耗はかなりのものだ。

 そもそも俺のレアリティの領分を超えているスキルだ。身体に強い負荷がかかるので、精神的疲労は強い。
 こればっかりはどうしようもなくて、気力で誤魔化すしかない。

「大丈夫だよ」

 それでも俺は空元気に笑ってメイの頭を撫でた。
 大群のボスは倒したので、島全体から見ればかなりの優勢だ。だが、南から迫ってきている軍勢はそれを覆す可能性があった。

 アリアスたちだけじゃあ心配だ。あいつらもポーションで回復したとはいえ、疲れてるからな。

 それに、何か嫌な予感がするんだよな。
 早く駆けつけないといけない、何か。

 とはいえ、作戦は成功しているはずだった。
 魔法袋を使ってクータを召喚し(魔法袋に手紙を送り、指定時間に倉庫へクータを誘導するようにお願いしておけば呼び出せる)、クイーンを連れてクータに乗り、この島にやってきた。
 もちろんクイーンは船で動いていると思わせるために罠も仕掛けた。
 こうすることで時間を稼ぎ、俺たちは敵の目を欺いて現れたってわけだ。

 今頃クイーンはいきなり現れたことによる混乱を鎮めつつ、指揮を執っているはずだ。

 感知ではもう戦闘は始まっていて、ポチからすると優勢で推移しているようだ。
 このまま押し切ることが出来れば――……!


『──っ! 主、メイ、伏せろ!』

 鋭くポチが警告を告げた直後、俺も全身で感知した。
 とんでもない魔力がやってきているのを。
 俺は慌ててメイを抱きしめながら姿勢を低くし、ポチは吠えながら前面に魔力のシールドを展開した。

 刹那。

 ドンッ! ――と空気の壁がぶつかったような衝撃がやってきて、世界が真っ白になる。
 否。
 真っ黒に染まった。
 やがて音さえ置いてけぼりにされるような破壊が駆け抜け、黒が消える頃には周囲の景色が一変していた。だが、まだ破壊は終わっていない。

 ――なんだ、何が起こった!?

 ただただ爆風がひっきりなしに叩きつけてきて、俺はポチのシールドを強化するように《クラフト》を展開し続けるしかない。
 だからこそ伝わってくる。
 この破壊は尋常じゃない。それに禍々しい気配。まるで瘴気のようだ。

『ぬぅっ……この力は……!』

 ポチが唸り声を上げながら、苦しそうに声を放つ。

『もはや滅びたはずの禁忌魔法だ!』
「滅びた……?」
『かつて、我ら神獣の中で、魔族に身を落とした愚か者がいる。破壊の化身――デッド。世界のバランスが傾きかねない事態に、我らは全力で持ってデッドを倒した。この魔法は、その奴が得意としていたものだ』

 な、なんだその物騒なの。

「それが復活したってのか?」
『この反応は間違いない。ただ破壊するという意思を凝縮させた槍――《ブリューナク》だ』

 まさに破壊の槍、か。
 ようやく風が収まる。爆心地からかなり距離があるはずだが、周囲にあった木々はなぎ倒されていた。

「な、なんですか、あれ……」

 そして。
 視界の先は――巨大なクレーターになっていて、町は綺麗に消し飛んでいた。

「みんなはっ……!?」
『反応はある。弱々しいがな。おそらく、クータとオルカナが全力で結界を展開したのだろう。それでも生きているのがやっとの状況だがな』

 ――急がなければ。
 俺がそう言う前に、ポチは地面を猛烈な勢いで蹴って加速していた。
 呼吸さえ出来ないような速度だ。俺は《エアロ》を展開して風の結界にして空気を確保する。

「ポチ、そのデッドってヤツは復活したのか?」
『不可能だ。ヤツは今後この世界に顕現することは出来ない。そうなるまで魂を砕いた。別次元に逃げ込んむことで滅びることは避けたようだが……』

 ということは、残留思念的な何かでは存在してるってことか。もし、誰かがそいつとコンタクトが取れたとしたら? 決して不可能な話ではない。天文学的数値の可能性だけど。
 だが、現実に起きている以上、否定ができない。
 いったい、誰が──?

『その術者は実にクレイジーのようだ。己の味方が戦っていたはずなのに、関係ないと言わんばかりに巻き込むとは……』

 ポチがスピードを緩めていく。
 一応気を使ってくれたらしいが、それでも荒々しい。
 視界に半透明な結界が見えた。魔力からして、オルカナとクータのものだ。
 ポチの予想通り、みんなひとかたまりになっている。
 ただし、倒れているが。

「みんな、大丈夫か!」

 ポチから飛び出し、俺は駆け付ける。ポーションを手にしたメイもすぐにやってきた。
 なんとか起き上がろうとしているセリナに俺は肩を貸す。

「セリナ!」
「こ……これは……グラナダ様……お見苦しいところ、見せちゃいましたねぇ……うっ……」
「無理すんな」

 声をかけながら、俺はセリナを支える。立つのも無理だろ。そっとそのまま寝かせた。
 すぐにメイがやってきて、ポーションを飲ませる。

 その様子を見守りつつ、俺は《ソウル・ソナー》でみんなの状態を確かめた。一番ダメージがひどいのは……クータか。
 俺は魔法袋から魔力水を取り出して駆け寄った。
 黒い鱗だからこそ目立ってないが、全身傷だらけだ。かなりの耐久力があるはずなのに、ここまでズタボロになるなんて……。

 それに魔力涸渇を起こしてる。

 改めて威力の高さを思い知りつつ、俺は魔力水をクータに飲ませる。メイが特別にブレンドしてくれたものだ。何年もかけて改良してくれたので、味もかなり良くなっている。
 ──とりあえず、飲める程度には。
 口を開けるのもやっとな状態なので、半ば強引に飲ませる。

『うぎゅっ。』
「我慢しろ。魔力回復するから」

 露骨に嫌そうな声を出すクータに言い聞かせる。
 しぶしぶといった様子でクータは従う。すると全身が淡い光で包まれた。傷口が見る間に塞がっていく。

 ドラゴンは治癒能力が高く、魔力さえあれば即死レベルの致命傷でもない限り復活する。

 とはいえ、さすがに動けないだろうけどな、すぐには。
 見るだけで分かる。クータは文字通り身を呈してみんなを庇ったのだ。

『ぬう……吾が輩とドラゴンの全力を持ってしても防ぎきれぬとは……』

 振り返ると、元の姿に戻っているオルカナがいた。くまのぬいぐるみに変身している力も残っていないのか。
 こっちも手酷い様子だ。俺は魔力水を手渡す。

『回復効率が悪いが……ないよりかはマシか……』

 アンデッドのくせに綺麗な魔力求めるからなこいつは。というか、そもそもアンデッドは魔力の回復速度が遅い。

「お兄ちゃん、まってた」

 とてとてと小走りでやってきたのはルナリーだ。メイのポーションで回復したようだが、全身ボロボロだ。

『おのれ、ルナリーをこんな目に遭わせるとは……何奴だ』
「分からねぇけど、かーなりヤバそうだぜ」
「そのようね。町が一つまるごと消し飛ぶなんて……」

 髪をまとめ直しながら近付いてきたのはアリアスだ。隣にはクイーンもいる。
 瓦礫さえ残さない殺風景を見渡して、クイーンは顔を歪める。かなり悲しそうだ。当然だろう。みんなはなんとか生き残れたが、兵士たちは全滅だ。
 いったい、どれだけの被害が出たのか。
 考えるだけでぞっとした。

「くそ、どうしたら、こんな破壊……」


「どうしたら、だって?」


 声は、すぐ傍からやってきた。 
 ――って!? 今、気配も何も感じなかったぞ!?
 俺は突き動かされるように全身に魔力を昂らせ、さっと前に出る。左にはすぐにメイが、右にはポチが立った。今、まともに戦えるのは俺たち三人だけだ。

 ささくれたようにも見える剥き出しの大地に灰が舞う中、そいつは姿を見せた。

 退廃と言っても差し支えがない髪は、綺麗に切りそろえられていて、顔半分を隠している。
 背丈は俺と同じくらいか? ひょろっと痩せてて、身なりもフツーの町民って感じだ。

 だが、纏う雰囲気は明らかに異質だった。
 あらゆる負の意識を凝縮したかのような、異質。

 同時に俺は引っかかっていた。脳を指先で記憶がカリカリと削られるような感覚。思い出せそうで思い出せない。
 知って、――いる? 俺は? こいつを? 誰だ。

「こう、手に黒い力を集めてさ」

 そいつは身振り手振りを交えて語る。

「それで空高く、ぱーんって打ち上げるんだ。そうしたら、超高高度からの直落下弾道を描いて地面に炸裂するんだ。音速を遥かに超える運動エネルギーも相まって破壊の魔力が爆裂するから、町一つくらい、簡単に吹き飛ばせるんだよ?」

 ゆっくりと、けど、残忍に。
 そいつは嗤いながら両手を広げて見せつける。何もないこの一帯を。

「貴様っ……! なにものだ!」
「いやあ、ラッキーだった。まさかクイーンがこの場で指揮を執っているなんて思いもしなかったからね。ハガルからの報告じゃあ船で出立したってことだったし、もっと時間をかけてくると思ってたからね?」

 クイーンの問いかけを無視して、そいつは語る。

「生き残ってくれてよかった。こればっかりは君たちの運の良さに助けられたね。ま、ボクの運もようやく向いてきたってことなのかもしれないけどさ」

 ず、と、引きずるような音を立てて、広げた両手に墨のような黒い力が集まる。

 ――墨のような、黒い、力?

 ほとんど覚醒的に、俺は記憶を掘り起こす。
 ――髪の色も、雰囲気も変わってるからまるで気付けなかった。でも間違いない。コイツは!

「アザミ……クロイロハ—―アザミ!」

 名を叫ぶように呼ぶと、アザミはニタァと笑みを深くさせた。

「やっと思い出したか。グラナダ。いやぁ、忘れられていたなんて、とんでもない侮辱だな」

 黒い力が、得体の知れない何かと混ざって、アザミの全身に纏わりつく。

「本来の目的とは違うのだけれど……まぁ良いか。余興だ。あの時の戦いの続きでもしようか?」

 粘っこい声で、アザミはそう告げて来た。

しおり