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第二百五十八話

「――《エアロ・ブルーム》っ!」

 人影のない市街地。あちこちが破損していて、瓦礫が道に転がる中、私は魔法を発動させる。
 目の前に群がっているのは、灰色のヒトガタ。
 スペックそのものは、そこらの一般兵士の平均値を上回る程度だけど、感情がない上に迷いがない分厄介ね。それに、死に対する恐怖もないから遠慮もないわ。
 平気で自爆攻撃を連続で仕掛けてきた時は焦ったし。

 暴風が吹き荒れ、灰色のヒトガタがぐちゃぐちゃになりながら飛び散っていく。

 文字通り一掃したタイミングで、私はため息をついた。

「アリアスさん、大丈夫ですか?」

 ハクテイオオワシに乗りながらやってきたのは、セリナだ。
 体調は気遣ってくれてるけど、休ませるつもりはなさそうね。そもそも休んでる暇なんてないんだけど。

「大丈夫よ。まだ戦えるわ」
「それは良かったです。こちらの防衛は落ち着きつつありますねぇ」

 周囲を見渡しながら、セリナは飛来してきた魔法を水魔法で迎撃する。

「そうね。ルナリーが一頻り暴れた後っていうのもあるけど」
「じゃあ、次の戦線に行きましょうかねぇ。ルナリーちゃんも回収しましょう」

 通りを二つほど挟んだ向こうで、敵が打ち上げられているのが見えた。もちろん一匹や二匹ではない。無惨にも引きちぎられた魔物たちの残骸だ。
 飛び散る血飛沫が、崩壊の始まった家屋の壁にはりついた。

 ──チェルベータ島。

 ここは、チェールタ本島の西部に位置する、別名四聖獣の島の一つだ。
 本島を囲うように位置するからそう呼ばれていて、有事の際は本島を守護する防衛基地になるよう設計されているわ。
 今まさに、その設計が活かされているのだけれど。

「アリアス様、セリナ様!」

 走ってきたのは、一目で指揮官と分かる鎧姿の男──防衛指揮官だった。彼は各地で指揮を執りながらも、自身も前線に立って戦う勇壮な戦士。故に、全身はもうボロボロだ。

「この辺りの優勢は勝ち取りました。後は我々だけで何とか出来ますが、東町がかなりの激戦状態になっているようです」
「そのようですねぇ」
「じゃあ、そこに向かえば良いのね?」

 私の確認に、指揮官は沈痛な表情を浮かべながらも頷いた。
 申し訳ないと思う気持ちは分かる。でも、仕方がないのよ。現状、連中に対して圧倒的優位に立てるのは私達だけなんだから。

「私はここの部隊を纏めて再編し、相手を駆逐してから参ります。東町へは副官を向かわせて指揮系統の再構築から始めさせています」
「ということは、東町はほぼ壊滅状態なの?」
「情けない話、連絡網は寸断され、各部隊の指揮官に現状維持を任せている状況です。故に後手後手になっていまして……かなり不利です」
「ということは、まず敵を減らすしかないですねぇ」

 セリナは微苦笑を浮かべながら言った。

 突如としてやってきた謎の軍団は、灰色のヒトガタと魔物、そして魔族を従え、恐ろしい行軍スピードで島を蹂躙し、真っ直ぐ本島へ向かってきた。
 そのせいで各島の対応がまともに出来ず、この島はほとんど単独で敵軍と対峙することになった。当然苦戦を強いられているわ。
 そこに私たちが駆けつけ、王国の援軍の先遣として応戦することになったのだけど……状況は芳しくない。

 今はなんとかなっているけど、こちらの損耗と相手の損耗の割があってないわ。  

 せめて、グラナダたちが来てくれたら別なのにっ……!
 汗と汚れでベタつく髪をポニーテールに結び直し、私は頭を振る。
 ダメよ。ないものねだりは一番いけないこと。今できる全力をしなければ。

「移動するわよ」
「申し訳ない」
「構わないわ。悪いけど、ルナリーの食事を用意してもらえるかしら」

 頭を下げる指揮官に、私は要求を伝える。
 現状、この戦いはオルカナの高い殲滅力が主力になっている。そのためには魔力タンクでもあるルナリーの体調管理は欠かせない要素で、常にお腹をいっぱいにしてあげる必要があった。

 指揮官もそこは理解していて、何度も頷いてから手を叩いた。

 すると、輸送隊だろう軽装の兵士たちが台車を引いてやってくる。山積みの箱は、全部食料だ。
 どことなく良い匂いがするなぁと思っていると、向こうからルナリーがやってきた。

「ごはん、においする」

 わさわさと影から大量に出る黒い手を動かしながら、ルナリーは台車に近寄った。
 早速兵士たちが一つの箱を開け、更に並べていく。取り出されたのはパン。それとベーコンとチーズ。あとはサラダ菜。意外とバランス考えられてるわね。

「ん、おいしい」
「ルナリー。悪いけど移動しながら食べてね」
「わかった。だいじょうぶ。オルカナ、がんばる」
『もちろんだ』

 オルカナは黒い手を動かしながら箱を確保しつつ、ルナリーを抱えて動き出す。
 私とセリナもその後に続いた。ついでに私達も食事を済ませつつ、移動時間を使ってミーティングを開始する。この戦線に参加してから二日、もうずっとこんな調子だわ。

「さすがに慣れてきましたねぇ」

 パンを齧ってから水を飲み、セリナは笑った。セリナらしくない豪快さだけど、私も同じようなものね。
 ベーコンを直に齧りつき、引き千切る。塩気が身体に染み渡るって感じ。
 遠くで、戦いの音がする。東町の方向ね。

「そうね。お風呂にはしっかりと入りたいけど」
「水は貴重ですからねぇ」

 チェールタは群島なので、実のところ水はかなり貴重だ。
 飲み水以外は海水を濾過させて使うことで水の消費を抑えるのがしきたりで、私達もそれに従っている。でも濾過は完全じゃあないのでどこかベタついちゃうのよね。

 そもそも入浴できるだけの水を確保するのさえ大変なので、もっぱら濡れタオルで処理するしかない。

「東町には大型の入浴施設があるので、取り返せれば稼働できると思いますよ」
「え、そうなの?」
「ええ。唯一温泉が出るので」

 兵士の一人に私は思わず食いついた。
 施設が破壊されていなければ、すぐにででも稼働できるらしい。それはちょっと期待ね。

「じゃあ、さっさと取り返しますか」

 私はいつになく気合を入れた、その刹那だった。
 異常な気配が上空に生まれる。

 見上げると、そこには黒いモジャモジャがいた。まるでぐちゃぐちゃの毛玉。

 ――なに、あれ。
 瞬間、ルナリーが(正確にはオルカナが)動いた。黒い手をバネのようにして跳躍する!
 私とセリナも即座に戦闘態勢を取った。

『魔族だ! 強いぞ!』

 オルカナの警告に、私とセリナも魔力を最大限にまで高める。
 直後、毛玉から大量の触手が飛び出し、先端を尖らせながら雨のように降らせて来る!

 くっ!

 軌道を見極めつつ、私はバックステップする。
 鈍い音を立てて触手が地面に突き刺さり、舗装された道を砕いていく。
 直撃を受けたらとんでもないわね。

「《エアロ・カッター》!」

 魔法を発動させ、風の刃を飛ばす。
 不可視の刃は次々と触手に襲い掛かり、切断していく。
 どうも先端以外は脆そうね。

「オオワシちゃん、やってくださいねぇ」

 それを見たセリナが即座に指示を下し、ハクテイオオワシが翼をはためかせて風の刃を大量に放つ!
 毛玉の触手が次々と切断され、あっという間に毛玉は丸裸にされた。まるで形の整わない黒いボールね。あれが本体!

『おおおおおっ!』

 そこに黒い手が伸びて本体を掴んでホールドし、次々と黒い手が拳を叩きつけていく!
 ぴし、と、音を立ててヒビが入った。

「秘剣――《猛華(もうか)》!」

 すかさず飛び出し、私は剣を本体に突き入れる!
 風の破壊の奔流が渦を巻き、その本体を一瞬で粉微塵にする。

 散っていく、黒い粉塵。

 けど、魔力は拡散しなかった。
 ぞわり、と背筋が凍る。

「アリアスさん! ルナリーちゃん!」

 逼迫したセリナの警告の刹那、ごう、と風が吹いて私達はその粉塵から突き飛ばされる!
 一気に加速して歪んでいく景色中、粉塵は一気に収束し、また毛玉に戻る。

 バカな、コアを破壊したはずじゃ――!?

 動揺しながらも私は風に乗って着地する。
 反対側に着地したオルカナも、黒い手の動きから動揺しているようだった。
 唯一、ルナリーだけが冷静な表情のままだ。

「ほんたい、じゃない」

 そのまま、ルナリーはゆらりと振り返り、小さい手を虚空に向けた。

「そこ」

 弾けるように、私は魔法を放つ。

「《エアロ・ブルーム》っ!」
「《アクア・ウェイブ》!」
『《黒闇の波動》』

 次いでセリナが水の渦を放ち、オルカナが黒い魔力をぶつける!
 凄まじい勢いで三つの破壊の力は何もないように見える虚空に炸裂。破壊の音を撒き散らす。 

 衝撃波。

 空震の中、姿を見せたのはいくつもの毛玉と――白髪の男の子だった。
 泰然の態度で空に浮かぶその様は、明らかにおかしいわ。
 何より、あの三連撃を受けて無事でいられるだなんて……っ!

「うまく隠れてたつもりだったんだけどなぁ。まぁいいや。君たちを――殺しにきたよ」

 子供らしくない、残忍な笑み。
 呼応するように黒い手が幾つも伸びて襲う。けど。
 瞬時に毛玉から触手が伸びて迎撃、互いに衝突しあう!

『ちっ!』
「まったく。油断も隙もあったもんじゃないね。でも、もう終わりだよ。君たちがいなかったら、今頃本島で会戦しているはずだというのに」

 この口ぶり……まさか指揮官?
 有り得ない見た目だけど、でも魔族を従えているということは見た目通りの年齢なんかじゃあないわね。
 男の子は盛大にため息をついてから、指を鳴らした。

「《反逆者》」

 ………………え?
 異変は、いきなりやってきた。
 全身から力が抜ける――否、抑えつけられる。がっくりと膝をついて、あまりの虚脱感に私はその場で動けなくなった。何? 何が起こったの? 今?

「あっははははははははは! 天下のSSR(エスエスレア)もそうなったらおしまいだねぇ!」

 哄笑。
 良く分からないまま、攻撃が開始される!

 まずい、逃げないと……っ!

 虚脱の中に力をこめ、私はよろけながらも立ち上がる。でも、それより早く触手が襲い掛かる!
 しかもご丁寧に何本も、逃げ道を断つように。

「くっ!」

 それでも私は無様に地面を転がりながら回避する。すぐ傍で地面が穿たれた。
 セリナやルナリーも同じ様子だ。

「あははははははは! ダンゴムシみたいだね! っていうか驚いた? 驚いたでしょ。ボクのスキルはレアリティダウンさせるんだよ、みんなみんな、ボクより弱くなるんだ!」

 言っている意味がイマイチ掴み切れないけど、事実っぽいわね。
 身体が、全然動いてくれない! 自分じゃないみたいだわ。

『ぬう、なんだ、魔力が全然使えぬ……!?』

 しかもその効果、オルカナにまで影響してるし。

「さぁ、次は回避できるかな? まずは――そこのポニーテール。お前だ」

 嘲笑いながら男の子は、幾つもの毛玉を出現させ、触手を大量に生み出す!

 まず、これ、本気でヤバいわ!

 のろのろと動くこの身体じゃあ、躱せない!
 私はぐっと目を瞑る。衝撃に備えて身を固め――すぐ傍で音が弾けた。
 すぐにやってくるはずの痛みに身をさらに固くさせるけど、それは一向に来ない。――え?

 不思議になって目を開けると。

 そこにはオレンジ色の髪を携えた男――グラナダが立っていた。

「グラナダ……!?」
「悪い。ちょっち遅れた」

 振り返りながら、グラナダは笑った。

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