第二百五十九話
なんとか間に合った。ギリギリだったけどな。アリアスたちのことだから、絶対生き残ってるし、絶対チェールタに来てるとは思ってたけど、まさかこんなところで戦ってるとまでは思わなかった。
俺は密かに安堵しつつ、ハガルを睨みつける。いやホント、あの時とうり二つだな。
魔力経絡まで同じだ。たぶん、同じ魔族を使ってるんだろうな。
判断しつつも、俺はアリアスを掴んでそのまま高く跳躍する。
「いきなり姿を見せたかと思えばっ……! 逃がさないよ!」
「はぁ? 逃がさないのはお前の方だっつーの。クータ!」
俺が名を呼ぶと同時に、上空からクータが降下してくる。
獰猛な口を開け、一気に閃光を解き放つ!
――じゅっ! と瞬間的な蒸発音を周囲に撒きながらクータのブレスが炸裂した。
近くの建物を巻き込んで爆発が起こり、ハガルを巻き込む。
断末魔はなく、ハガルを取り巻くようにして周囲を飛んでいた毛むくじゃらも消滅させた。
その間に俺はクータの背中に着地してアリアスを下ろす。そこにセリナとルナリーを回収してきたポチが飛び乗ってきた。
すかさずメイが手に持っていた筒を手渡していく。ポーションだ。
「大丈夫か、みんな」
「ええ、大丈夫ですねぇ。こうしてグラナダ様が来てくださいましたから」
声をかけると、セリナが微笑む。
「遅かったけどね」
「だから悪かったって」
口を尖らせて苦情を申し立ててくるのはアリアスだ。
予定ではもっと早く来るはずだったのだが、色々と問題が起こったのだ。いちいち説明してられないから端折るけど。
ともあれ、俺の目的はまだだ。
「ルナリー。頼みがある」
メイから貰ったポーションを飲み干したタイミングで、ルナリーに声をかける。
すると、ルナリーは一度だけ頷いてから手を翳した。
「お兄ちゃん、のろい、とる」
それだけで、俺の身体が軽くなった。
少し見上げると、黒い塊のようなものがあった。瞬間、オルカナが黒い手を伸ばしてそれを掴んで溶かした。残滓からは、濃厚な瘴気を感じ取る。
同時に、一気に力が戻って来た。ポチの加護が復活したのだ。合わせて、色々なスキルが回復し、身体が軽くなる。
――よし、これならいける!
俺は肩をぐりぐり回してからハンドガンを抜いた。索敵範囲も一気に広がって、俺は戦場を詳細に感知する。激戦が繰り広げられてるのは、東の方か。けど、南からも敵が近寄ってきてるな。
アリアスたちは疲弊してる、か。少しでも休ませてやりたいな。
ポーションで回復したとは言え、精神的な疲れは取れないからな。
「なぁ、もしかして東の方へ向かってたのか?」
確認で訊ねると、アリアスが頷いた。
「じゃあ、そこは俺とメイとポチで引き受ける。アリアスたちはクイーンを守りながら南へ向かってくれ。そっちに敵が近寄ってきてる」
「敵って……え、クイーン?」
訝んだアリアスは、思いっきり眉根を寄せた。そのタイミングで、ローブのフードを深々と被っていたクイーンが顔を見せた。
瞬間、アリアスがぎょっとする。
まぁ、そりゃそうだわな。
口をパクパクさせているアリアスに同情しつつも、それに付き合える余裕は無かった。
「積もる話は移動時間で済ませてくれ。それとブリタブル」
戦場を見て、さっきからウズウズしていた様子の獣人に、俺はしっかりと咎めの視線を送る。
「何か粗相したらしばき倒す。良いな?」
「おう! 任せろアニキ!」
うん、全然頼りにならない。
俺は頼むぞ、という意味をこめてセリナを見た。何故かぽっと顔を赤らめながら、そっと顔を逸らす。
「グラナダ様……お体を清めませんと……それに排卵日はまだですわねぇ」
「何の話だ! リアルに生々しいこと言わないでくれる!? もはや痴女の領域だぞそれ!」
「グラナダ様がそれを望まれるなら」
「望んでないから」
俺は一言で切り捨てて、盛大にため息をつく。
頼むべき相手を間違えた。思いっきり間違えた。ていうかセリナの場合、分かっててやってる節がありそうだ。
「とにかく、だ」
「私がブリタブルさんを上手く調教しつつ、王族という身分を活用しながらクイーン様を守れば良いのですねぇ」
「分かってるなら最初からそう言ってくれ!?」
思いっきりツッコミを入れると、セリナはころころと笑った。
「グラナダ様、眉間にすごく皺が寄ってらっしゃったので、和ませてみたんですねぇ」
「セリナ……」
「効果があって良かったです。後は任せてくださいねぇ。しっかり手綱は握りますので」
こう言われたら文句は出ない。
俺は諦めて息を吐く。まぁ、セリナもアリアスも信じて大丈夫だ。そこに心配なんてない。それにクータだっているしな。絶対負けない。
「じゃあ、頼んだぞ」
言い残して、俺はクータの背中から飛び降りた。
小声で呪文を唱え、飛行魔法展開する。メイを乗せたポチは着地してすぐに追いかけてきた。
魔力が潤沢にあるって幸せなことなんだな。
俺は噛みしめつつ、一気に加速した。
戦いはかなり激化しているらしい。どこかで魔法使いが爆裂呪文を展開し、どこかでは風が炸裂する。だが、それ以上に相手の勢いが強く、ところ構わず魔力が炸裂していた。
戦況は圧倒的に不利だな。
思う間に、どこからともなく黒い毛むくじゃらがやってきた。
「こいつら……!」
『反応からして魔族……か? どうやら手を加えられている様子だな』
「だろうな」
大方、使役されるための魔族、か。たぶんどこかに術者がいるな。
ハガルが倒されても動いてるってことは――。それ以上の存在がいるってことだな。
「ポチ、感知出来るか?」
『反応が大きいのは今のところないのだがな』
「とりあえず始末するか」
俺は意識を高める。久々に使うからな。気を付けて、と。
毛むくじゃらどもを前方に引き付けて、俺は着地して一気に力を解放する。
「《真・神威》っ!」
空間に無数の閃光が駆け抜け、破壊が炸裂した。
無残に引き裂かれる悲鳴が轟き、毛むくじゃらどもは空気ごと炭化し、消滅する!
残ったのは稲妻の残滓と、焦げた臭いだけ。
周囲に敵影はない。俺は息を整えながら動けるようになるのを待つ。
この一撃だけは最初に使っておかないといけないからな。
『市街地が一番激しい戦闘をしているようだな』
「じゃあそこで暴れるか。さっさと撃破して南へ向かわないといけないしな」
手筈ではクイーンがドラゴンに乗りながら名乗り、一気に戦線を掌握して組み立てることになっている。
元首が自ら指揮を執るのだから、効果は高いはずだ。実際、クイーンは指揮能力に自信あるみたいだし。
後はアリアスたちが強力な戦力として暴れてくれるはずだし。
ということで。
俺は息を吸い込みながら立ち上がる。
ぶっちゃけよう。俺はストレスがむっちゃくちゃに溜まってる。
何せ呪いで力は制御されてるし、ブリタブルのおもりで大変だったし、それ以外にも色々と。
「その上、同盟組もうとしてるトコに、ガンガン攻めてきやがって。どこの誰だか知らねぇけど」
俺はコキ、と首を一回だけ鳴らし、魔力を高める。
「《クリエイション・ブレード》」
音を立てて地面が盛り上がり、光を放ちながら剣を作り出す。俺はそれを掴んで肩に担いだ。
さーて。暴れますか。
俺はふわりと浮き上がり、上昇して狙いをつける。
市街地のど真ん中で暴れてるのは、巨大な灰色のヒトガタ。三階建ての建物より大きく、弓の雨を受けても平気で立っている。炎の魔法の直撃も受けているが、一瞬だけよろめくだけだ。
再生能力も持ってるな、あれは。
「じゃあ、斬りますか。──《真・神撃》」
世界が加速した。
刹那にして標的にした巨大なヒトガタに肉薄し、光の軌跡で切断する。
たん、と軽く家の屋上に着地すると、剣がボロボロと砕けて屑になっていく。同時に、巨大なヒトガタにも稲妻が迸り、炭化していく。
一瞬の破壊に周囲の兵士たちがざわめくが、俺は無視してフードを被る。
俺の目線は、常に敵だ。
前方に味方がいないのを確認して、俺は魔力を最大限にまで高めた。
「《エアロ・アイシクル》っ!」
風と氷を合成し、俺はブリザードを再現する。
音ごと持っていくような暴風に細かい氷が乗って、恐ろしく冷たい風となって周囲を襲う。
凍てつく風に晒され、大通りを我が物顔で進軍してきていた連中が氷像と化していく。
「おおおおおおおっ! 《ベフィモナス》っ!」
俺は勢いよく着地し、地面に巨大な魔法陣を発生させた。
凄まじい破砕音と共に地面が割れ、大小様々な礫を突き上げて氷像を次々と砕いていく!
がけ崩れのような音の中、俺は敵が全部砕けたのを見て地面を蹴り、次へ向かう。
風で、火で、氷で。俺は次々と大技を連発して敵を屠っていく。
「《エアロ・フレア》! 《ベフィモナス・フレア》っ! 《エアロ・アイシクル》っ!」
断末魔さえなく、一度の数十の単位で敵が消えていく。打ち漏らした敵はハンドガンで撃ち抜きまくって仕留めていく。俺の間断ない攻撃で、あっという間に戦局は有利に傾いた。
「な、なんかご主人さま、フィルニーアさまに似ているような……。その、暴れっぷりが」
「ん? 気のせいだ気のせい」
軽く否定しながらも、俺はぎくっとしていた。
そういえば、フィルニーアもストレスたまったら暴れてたよなぁ、と。
いやいや、俺は違うし。確かに憂さ晴らしの面もあるけど、まずはこの戦闘を終わらせることが目的だからな。……って、こんな言い訳もフィルニーアしてたような。
あかん、考えたらあかん。
俺は頭を振って意識を切り替える。
「デカブツが、三匹か」
屋上へ跳躍し、俺は視界に飛び込んで来た巨大なヒトガタを睨む。
じゃ、潰すか。
「《エアロ》」
ぐばん! と、床を強く踏み叩くような音を響かせ、巨大なヒトガタはあっさりとぺしゃんこになった。
それを繰り返して始末し、俺は散っていく魔力の流れを追いかける。
反応が次々と生まれてきているからだ。
たぶん、どこかに発生源があるはず。
おそらく強大な魔力の塊だろう。それが尽きるまで、無限に連中は出てくる。
アリアスたちは力技でその魔力が尽きるまで敵を屠っていたんだろうけど、俺はそんなことしない。
執拗なまでに隠してあったが、俺はそれを探知した。
即座に高速飛行魔法で向かう。
途中で沸いた敵を蹴散らしながら、俺は町の端に到着した。
幾つかの建物が粉砕された中、そいつは蠢いていた。
『隠蔽魔法に隠蔽魔法までかけて隠すとは、周到だな』
いつの間にか追いついてきていたポチが言う。メイはチェールタ軍に合流して防衛戦をしているようだ。次々と蹴散らしていくのが分かる。
メイだし、任せても大丈夫だな。
俺は意識を集中させ、力を解き放つ。
「――《神威》」
破壊の稲妻が迸り、周囲を巻き込みながらその黒く蠢く魔力の源をあっさりと消炭に変えていく。
ぐっと身体が重くなってその場に座り込むと、周囲からどんどんと敵の反応が消えていくのが分かった。
なるほど。動力源でもあったのか。
納得しつつ、俺はゆっくりと起き上がる。
気配が生まれたのは、その時だった。
『まったく。つくづく邪魔をしてくれるのだな、貴様という男は』
地の底から沸き上がったのは、吐血した直後のような生々しい臭いと、心臓をそのまま掴まれるような威圧のある声。
炭化して真っ黒になったはずの死の大地がぼこぼこと沸騰し、どろどろになりながら人を作り上げる。
――否。人ではない。
俺よりも遥かに大柄な体格に、コウモリを思わせる翼。そして、口には牙。
『夜の王が一人――紅蓮の名を持つ我が直々に相手をしてやろう』
姿を見せたのは――吸血鬼と言われれば誰もが思い浮かべるだろう恰好をした、バケモノだった。