第二百五十七話
「たまたまですよ。相手のスキルと相性が良かったのと、俺のことを見くびってたんで、そこを突いて一気に攻撃しただけです」
俺は謙遜でも何でもなく、ただ事実を告げた。
実際、回避能力はかなり高く、奥の手を使わざるを得なかったし、それにしたって幾つもの手段を講じて回避できない場面を作り出したからだ。
加えて、相手にはまだ切り札があったように思える。
出させる前に仕留めたけど。っていうか、そんなの出すの待ってやる義理なんてないしな、そもそも。
「傲りがないのは恐ろしいことだ」
「まぁ、俺は残念レアリティなんで」
転生者では初めてのレアリティ(悪い意味で)だからな。
「むう。攻撃力だけで言えば、
「瞬間火力だけですよ」
俺は苦笑して返す。
というか、その瞬間火力だって特化させている上に全魔力を絞り出す勢いで繰り出しているから実現させている。
同じ真似をした
出力の馬力が違うからな。
「とにかく助かった。礼を言う」
「いえ、同盟のためなんで」
「それもそうだ。ではさっさと話を纏めてしまおう。ハガルに居場所がバレた以上、ここに長居は出来ぬ」
「仕留めたのに?」
俺はポチへ目配せしつつ言う。
ポチは短く頭を振った。周囲に気配はないという意味だ。
つまりハガルは単独行動を取っていたわけだ。いちいち居場所が特定されているのなら別だが、そんな索敵魔法、俺でも使えないぞ。
「言ってなかったな。ハガルは一人ではない」
「……え?」
「奴は帝国が秘密裏に進めていた研究の実験体だ。これは推測だが、おそらく、本体は魂だけの存在と思われる」
……な、なんじゃそりゃ!?
「正確に言えば、魂の欠片が回収され、記憶を引き継ぐものだと推測される。それなら、おそらく可能だ」
「いやいや、そんなことしたら、ヒトとしての原型留められないのでは?」
人間の魂はそんなタフじゃない。むしろ繊細だ。
そのために防衛本能が強く、他人の魔力を即座に排出しようとするからな。
そんなことが出来るのは上位の魔物や魔族くらいのものだ。
「うむ。故に、ベースの肉体は人間のものを使っているが、中身は魔族を元にしているようだ」
「……そういうことかよ」
つまり魔族を実験台にしつつ、そのベースである肉体は島民ってわけだ。マジで吐き気がするな。
クイーンとしてもさっさと潰したいのだろうが、そう簡単じゃあない。確実に相手の本拠地だからな。
にしても、危険な研究をするもんだ。下手したら暴走して……って、だから他人の土地でやるのか。最悪だな。
「さて、同盟の話はまだだったな。移動しながら決めようか」
言いながら、クイーンは部屋の外で待機している見張りに声をかけて指示をする。「緊急事態」とか物騒な言葉を羅列しまくっていた。
それから瞬く間に情報は伝達されたようで、あちこちで気配が慌ただしくなっていった。
「これからどこへ?」
「隣の島へ移動する。それから軍船をチャーターして移動だな。そこは私の息がかかっているから、いつでも出せるように準備はしてある」
滑らかな説明に、俺は頷けなかった。
チェールタは群島だ。どうしても移動手段が船になってしまうのは当然と言える。だが、船は危険だ。
襲撃されて分かったが、船の上での戦闘では、俺たち人間はかなり不利である。もちろん軍船を借りるのだから魔物は近寄れないだろうが……──それでも魔族の襲撃は待っている。
とはいえ、空を飛ぶのは無理だ。高速飛行魔法はそもそも使い手がいないからだ。
ああ、もう、ホントにクータがいればなぁ。
いや、いくらクータでもこんな大人数を背負って移動なんて不可能だ。
「あの、分の過ぎる意見かもしれませんけど、船での大移動ともなれば、格好の的になりませんか?」
同じことを考えていたらしいメイが意見する。
「うむ。それは十分にというか、ほぼ確実に襲撃に遭うだろうな」
「次は上手く迎撃出来るか分かりませんよ?」
俺はしっかりと釘を刺す。
どこまで記憶保持されるか分からないが、俺の戦闘スタイルは奇襲が基本だ。手の内がバレればバレるほど、俺の戦闘能力は落ちていく。特に今の俺だと、不利は顕著になっていくだろう。
だからって次はすぐに負けるってワケではないけど……。
「むう……しかし、ここに留まることも許されん」
「何か抜本的な対策が必要ってことだな? だったら話は簡単だぞ!」
唸るクイーンへ向けて、ブリタブルは自信満々に胸を打ちながら言う。
ああ、なんか嫌な予感しかしねぇ。
思いながらも一応聞く態勢を取る。
「船がダメなら、走れば良い! こう、海面をバシャバシャと!」
「誰が出来るかんな芸当っ! ていうかそれ一緒だからな!? そもそも水上で襲撃を受けることが問題なんだから!」
「……なんとっ……!?」
「お前もう黙っててくれ?」
驚愕するブリタブルに冷たく言い放ち、俺は腕を組む。
「とりあえず、こっからその島へ移動したとして、船が出るまでどれくらいかかるんですか?」
「一両日中には」
「それから一気に本島へ向かうってことです?」
「そうなるな。軍港を経由するとなると、割と煩雑な経路になる。この辺りは派閥が入り乱れているからな」
俺はため息をついた。
まったくもって良くない状況だな。
「船を出したとして、本当までどれくらいかかります?」
「少なく見積もって、四日だな。ハガルは撃退後、最短で翌日にはやってきていたから、最悪の場合、四回は襲撃に遭う計算だ」
不吉だな。っていうか、そんな襲撃されまくって耐えられるのかどうかが疑問だ。
いよいよ本気でクータを召喚するか?
いや、でもチェールタ本島は人口密度が高いと聞く。クータがひっそりと着地出来る場所があるかどうかが分からないし、よしんばあったとしてもそれはクイーンが向かうべき場所からは遠いはずだ。
思考を深く潜らせていると、いきなり扉が叩き開かれた。
けたたましい音に誰もが身構えるが、入って来たのは息を切らせる軽装鎧の兵士だった。
「た、たたた大変です!」
息を整えるのさえもどかしいようで、兵士は荒い息をつきながらその場に膝をついて報告を始めた。
ただならぬ様子に、クイーンは目を細める。
「どうした?」
「謎の集団が挙兵しました! 次々と島を蹂躙しながら本島へ向かってきています! 敵の戦力は不明、謎の怪物を主力に、魔族や上級魔物も紛れ込んでいる模様!」
「なんだと!?」
一瞬にしてクイーンの表情が一変した。
「各島が応戦していますが、手に負えない状況で次々と戦線が破壊され、混乱を極めています!」
「くそっ! なんでこのタイミングでっ……!」
指を噛みながらクイーンは吠える。
いや、今だからこそのタイミングだろう。間違いなく帝国と魔族の息がかかっている。
「すぐに元首には本島へお戻りいただき、総指揮を執っていただきたく!」
「分かっている。だが、これは同時に罠だ」
クイーンは指を噛みながらも、冷徹な声を放った。
「今ここで私が焦って動けば、それこそ相手の思う壺だ。遠慮なく群れで私に襲い掛かってくるだろう」
「だろうな」
それには俺も同意する。
だが、手をこまねいている状況ではない。
いや待てよ?
むしろこれって奇貨じゃねぇか?
上手く活用すれば、逆転どころか帝国派を丸ごと追い出せるはずだ。
そのためには――やるしかないな。
俺は魔力袋をこっそり取り出しつつ、クイーンを見た。
「……相手が派手に動く時は、つけいる隙が出来る」
「それはそうだが、今回は先手を取られているぞ。今から全力で戻って、敵の襲撃を切り抜けながら本島へ辿り着いたとしても、戦況がどうなっているか……おそらく、相手はその辺りを見越して戦略を立てている可能性がある」
それはあり得る。
相手が決起したタイミングからして、数日間はクイーンが戻ってこれない場所にいると判断して動いているだろう。場所を特定出来ていなかったとしても、だ。
というか、クイーンをおびき寄せるための行動の側面もあるはずだしな。
「だったらそれを上回る速度で島に戻れば良い」
「そんなこと、可能なのか?」
訝るクイーンに向けて、俺は不敵の笑みを返した。