第二百七話
それが何なのか、最初は理解出来なかった。
だが砕けた石からはとてつもない魔力は感じられた。視覚化され、周囲の空間を捻じ曲げてしまう程の濃度だ。戦慄が駆け抜け、俺は魔力を全開にさせる。
魔力が歪み、空間から何かが出現する。
この黒い波動は――!? 瘴気!?
理解した刹那、蠢いているだけのゾンビどもがぴくりと反応を示した。
これは、何かが起こる?
嫌な予感しかしない。俺は即座に行動へ移した。
「――《真・神威》」
空気が戦慄き、切り裂かれる。
直後、轟音が響き渡り、破壊の光が亀裂のように駆け抜け、周囲の全てを炭化させていく!
残ったのは焦土と化した地面だけだ。
所々白煙が上がる中、俺は着地して息を吐く。目眩がするのを誤魔化しつつ、俺はただ唖然としているフード姿の男を睨みつけた。
「な……なぁっ!?」
フード姿の男がようやく声を放つ。
フードから覗く口元は、顎が外れそうな勢いで大きく開けられていた。あまりの威力の大きさに驚いたか?
「人が切り札使おうとしたのに、思いっきり発動前に潰してくるとかなんなの!? ちょっと空気読めないのかあんたはっ! もしくはお約束ってものを知らないの!?」
「アホか」
涙声での抗議を、俺はたった一言で切り捨てた。
「露骨に危ないものを感じて、しかもそれが未然に防げそうだったら防ぐのは当然のことだろ」
「いやそうなんだけどさ! でもほら、あるだろう!」
「ない」
俺は真顔でキッパリと言い切る。ついでに、これ以上話をするつもりもない。
状況と魔力の感じからして、こいつは
とっとと倒れて貰うに限る。
俺は息を吸いながら魔力を高める。よし、感覚も戻った!
「《エアロ》」
「どわっひゃあああ――――っ!?」
放った強風にあおられ、男はぶっ飛んで近くの木に背中を強か打って、息を強制的に吐き出す。
俺は容赦なく接近し、前のめりに倒れ掛かった男の胸倉を掴んでまた木の幹に叩きつけた。
「がはっ……!」
「チェックだ。さぁて色々と吐いて貰うぞ。まぁ村の連中に雇われたってのは状況的にバレバレだけど、言質はしっかり取っておかないとな」
「ぐぅっ……」
ギリギリと締め上げながら、俺は睨みつける。
「いつからだ。いつから、あんたは雇われていた?」
俺が気になったのはそこだ。
俺が村へ訪れて村長を締め上げ、屋敷に到着して話し込んで、ハッキリ言って数時間しか経過していない。それなのにここまでスピーディに攻撃してきたってことは、予め想定されていたからに違いない。
村長を締め上げた時、そこまで読み切れなかった俺のミスでもあるが――。
逆に、村長は最初からオルカナたちを仕留めるつもりだったってことでもある。
しかも、わざわざ
資金源も気になるが、土地だけは広いし、別に粗悪な芋を生産しているワケでもないので、恐らくそれなりにあるのだろうと俺は踏むことにしつつ、しっかり問い質すことにしていた。
「答える、義理は、ないなっ……!」
「ほう。じゃあ無駄に痛い思いをすることになるぞ。良いんだな?」
脅しついでに胸倉を締め上げるが、相手はニヤリと笑うばかりだ。
「それと、だ。お前は、ひとつ、勘違い、してる、ぜ……」
「は?」
刹那だった。
いきなり視界が反転し、ワケが分からないまま俺は空中へ投げ出されていた。
咄嗟に姿勢を取り戻そうとして、何かに絡みつかれていることに気付いた。
これは――植物のツタ!?
混乱が押し寄せてくる中、俺は魔力を高める。このままだと地面に叩きつけられる!
「《ヴォルフ・ヤクト》っ!」
空中に躍り出た刃を操り、俺はツタを切り裂く。解放された俺はすぐに姿勢を取り戻す。
さらに返す刀よろしく、反撃の魔法を撃つ!
「《エアロ》っ!」
ごう、と暴風が荒れ、男を叩き潰そうと上から襲い掛かる。
しかし僅か前に土が盛り上がって巨大な腕を形成すると、その風を受け止めた。それだけでなく、幾つもの腕が出現し、男を取り囲む。
――マジか!
信じられない思いになりつつも、俺は即座に魔力を練り上げていく。
着地と同時に、足から魔力を流し込む。
「《ベフィモナス》っ!」
大地への干渉が発動し、男の発動させた腕の全てを自壊させる。
「――なっ!? 初級魔法で、なんで!?」
「《アイシクルエッジ》!」
相手が驚く瞬間、俺は魔法を打ち込む。
周囲に展開させていた刃から氷の槍が生まれ、多角的に射出。一気に狙う。
だが、相手は魔法を唱えるでもないのに、ただ地面を踏み、また植物のツタを大量に生産し、それを盾にして防いで見せた。
どういうことだよ、本当に!
「さっきから面妖な術ばかり!」
「どっちが面妖だよ!」
まるで理解が出来ない。
魔術の基本法則を無視しまくって発動させている。ってことは魔法じゃないな、アレは。
だとするならば、スキルかアビリティか。俺は即座に《鑑定》スキルを発動させた。
だが、それらしいアビリティやスキルはない。
っていうか、コイツ
ますます謎が深まっていく中、相手が動く。
「さぁ、出てこい! アンデッド・キング!」
ぼご、と地面が盛り上がって割れ、巨大なゾンビが姿を見せる。
というか、ゾンビっていうか、フランケンシュタインだな、これは!
身長はたぶん二メートル余裕で越えてるし、筋骨隆々だ。真正面からぶつかれば絶対俺が弾き飛ばされる。悲しいかな、俺も大きくなったけど、まだ平均身長に届かない。くそ。
『グォオオオオオオオッ!』
凄まじい勢いでアンデッド・キングと名付けられた怪物は腕を振り上げ、俺に突進してくる。
けど甘い。俺はもう準備を完了している。
「《クリエイション・ブレード・フォルテシモ》」
音もなく白い大剣が地面から突き出し、アンデッド・キングを貫通する。更に小さい剣が枝分かれするように発生し、次々と貫いていく。
盛大に悲鳴が上がる。
まるで磔にされたような姿になったアンデッド・キングを見て、相手は驚愕の気配を見せた。
「んなっ……!?」
「《フレアアロー》」
そこへ俺はマグマ色の火矢を放ち、顔面と心臓、そして腹を蒸発させた。
「冗談だろ!? くそ、ふざけんな、ふざけんなっ!」
吠えながら相手はまた吠えながら、大地を動かし、植物のツタを伸ばしてくる。
原理が全く分からないだけに、これ以上暴れられると困るな。
俺はハンドガンを抜き、即座に狙いをつけて撃つ。
放たれたレーザーのような弾丸は、過たず相手の両腕を貫通した。
「うぎゃああっ!?」
あがる悲鳴。
俺は即座に接近し、蹴りを胸に叩き込んで地面に叩きつけ、さらにマウントを取る。息つく暇を与えずに刃を繰り出し、顔面のすぐ傍に突き立てた。
「動けば殺す」
最後の一押しとばかりに、俺は殺意を乗せた声を相手にぶつけ、冷徹に睨みつける。
「ひっ」
相手が怯える。
そこへ俺はハンドガンの銃口を相手の頭にぶつけた。
「少しでも何かすれば、コイツがお前の頭を貫く。そうしたらお陀仏だ。分かるな?」
「ぐっ……」
「質問に答えろ。お前、いつから雇われてたんだ?」
「……一か月くらい前から」
ってことは、村が被害に遭い始めた頃からだな。
やっぱり最初っからオルカナたちを仕留めるつもりだったんだ。おそらく、何かがあっても全部オルカナの責任になるように、色々と絵を描いてたんだろう。
「それで、今回、あの屋敷を潰せって言われたのか?」
「正確に言えば村人連中の護衛だが……まぁそう取って貰って良い」
なるほどな。まぁこんなもんで言質としては良いだろ。
後は村長始め、絡んでる上役連中をぶっ飛ばせば終わりだ。
「じゃあ次。お前の力はなんなんだ?」
「……固有アビリティだ」
「嘘つけ」
俺は即座に断ずる。何せ《鑑定》でハッキリしてるからな。まぁそれを口にするつもりはないけど。
「俺には分かるんだぞ。今すぐここで仕留めてやろうか」
「っく……! た、たまたま拾ったんだ! 賢者の石を!」
「は? 死にたいの?」
「嘘じゃない! ローブの内側を見ろ!」
喚き散らす男に従って、俺は胸元のローブをめくる。すると、コロコロと小さく赤い石が出て来た。
同時に、強い魔力を感じ取る。小石程度だが、極大魔法くらいは発動出来そうだ。
なるほど。これを利用して強引に力を操っていたのか。
出自が気になるが、おそらく、たまたま拾ったってのは本当だろう。
俺は即座に《鑑定》スキルを撃って判断していた。
【紅魔石の欠片】――賢者の石の劣化品とされる魔石。通常の魔石よりは強い魔力を宿し、様々な現象を引き起こすという。
ってことは、きっと誰かが賢者の石を求めて見つけたけど、違ったから捨てたってところか。
この辺りには確か、魔石が発掘される鉱山があったはずだからな。
「なるほど。これで悪さをしてたってことか」
「悪さじゃない! 俺はこの力で冒険者になって……それで!」
「関係ねぇよ」
俺は容赦なくハンドガンで頭を殴り、昏倒させた。
「ご主人さま!」
そのタイミングで、メイたちが駆け付けて来た。振り返ると返り血を浴びていて、どうやら魔物と戦闘になっていたらしい。
『主。ビーストマスターに襲われた。そんなに強くはなかったが……すまん、こちらは仕留めるしかなかった』
「いや、こっちで情報を手に入れたから良いんだけど、ビーストマスターまで?」
俺は思わず言葉にしてしまっていた。
ビーストマスターはそうそういない。まぁ、低級の魔物を操るレベルとなれば、そこまで高くない依頼料金で雇えるとは思うが。
問題はそこではない。どうやって雇い入れたか、だ。
『少し調べる必要があるのではないか?』
「そうだな。俺はこのまま連中の村へ向かう。ポチとメイはルナリーヴァティアを迎えにいくのと、村の様子を見て来てくれ」
これは村にも襲撃が及んでいる可能性がある。
抑止力としてクータを置いているが、内通者がいることまで分かっている以上、手が回らない可能性があるからな。
『承知した』
「はい」
背中にメイを乗せたポチが駆けだす。
残ったのは、クマのぬいぐるみとなったオルカナだ。
「あんたはいかないのか?」
「うむ。お主についていく。村の連中にお仕置きをせねばならんからな」
可愛らしいクマのぬいぐるみは、そう言ってから野蛮に目を光らせた。