第二百八話
日が傾いていく。もう黄昏時も過ぎていて、いよいよ夜だ。
襲撃にはちょうど良い。
村にもう戦力は残っていない。
ちゃんと《アクティブ・ソナー》で調べてあるし、オルカナも探知してくれた。さすがにポチほどの精度は望めないが、十分すぎるくらいだ。
っていうかフツーに俺より上だし。さすが
とはいえ、相手も警戒はしているようで、村の周囲には松明がたかれ、照明を確保しながら見張りをつけている。
ぶっちゃけ、そんなものは無意味だ。
見張りは村人だからな。その時点でプロじゃあない。
「それでは、手筈通り、良いな?」
「ああ。お仕置きタイムといこうではないか」
俺が言うと、オルカナはさっと姿を闇に紛れさせた。
同時に俺も夜の影に隠れつつ村へ接近する。村へ直接襲撃を仕掛けるつもりはない。最初はそうしようと思ったけど。
でも、痛い思いをするだけじゃあ、村長が懲りるとは思えないんだよな。
さすがに村長の命まで奪ってしまうと、色々と問題になるしな。特に俺は新人だから余計だ。
状況的に考えて殺しても無罪だろうけど、その立証はかなり大変だし、何らかの処分は避けられない。冒険者だからって殺傷沙汰は良くないのだ。
それに、俺とオルカナが襲撃を仕掛けたら村人に死人が出るかもだしな。
「──さて、と」
俺は魔力を介して指示を出し、隠蔽魔法をかけてから上空へ飛び立つ。
変わりに村へ向かうのは、森で見付けてテイムしてきたベオベアーとホワイトウルフである。どちらも魔物としての強さは低いが、村人たちにとってはかなりの脅威だ。
「グルルルルルル……」
ホワイトウルフが分かりやすく威嚇を始める。
村人たちはすぐに反応し、一瞬で怯えた。当然だ。ホワイトウルフは夜になると、魔力を介して発光する。神々しい反面、とてつもない威圧も与える。
「ひゃあああっ!?」
牙を剥かれ、村人が悲鳴をあげた。
そこを狙って、俺は魔物たちに指示を下す。ざわざわとホワイトウルフとベオベアーが姿を見せた。
恐慌が始まる。
たちまちに悲鳴があがり、見張りの村人は逃げ出す。よし、それでいいぞ。
俺は上空からほくそ笑んだ。
村人の悲鳴はたちどころに轟き、家から野次馬を飛び出させる。そこに、魔物たちが一気に侵入、唸りを上げて脅迫した。
「「「ぎゃああああああ────────っ!?」」」
魔物の襲来だ。一気に恐怖が勝り、誰もが逃げ惑う。
その混乱の中、俺は魔物たちに攻撃はさせずに、ただ脅して回るよう指示を下す。そうすると、村人たちは蜘蛛の子散らしたように逃げ惑いつつも、家へ入り出す。
中には抵抗しようと剣を持ち出してくる奴もいるが、ほとんどは威嚇の一撃に負けて逃げる。
とはいえ、それでも立ち向かう村人はいた。
それ、蛮勇って言うんだぜ。
思いながら、俺はベオベアーに指示を下し、魔力を高めた。
「《フレアアロー》」
ベオベアーが吠えると同時に魔法を放ち、村人の剣だけを蒸発させる。
得物を失えば、村人の意思はあっさりと折れるもんで、顔を青ざめさせて撤退していった。
それでいい。無駄に戦おうとするな。
俺は村人たちを傷付けるつもりはない。糸を引いている村長連中は別だけど。
それから俺は一晩中、指示を下しながら村人たちを村の中に閉じ込め続けた。とはいえ、魔力は消費し続けるので、回復も兼ねて何回か休憩したけどな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜が明ける。彼は誰時はもう過ぎていて、恐慌状態も落ち着きつつあった。家の中にいれば取り敢えず襲われないと村人たちが学習したからだ。
それでもほとんど寝れなかっただろうけどな。
俺は眠気の強い目元を擦りつつ、オルカナたちの合図を待っれいた。
「お、あがったな」
朝日に紛れて見える狼煙を見て、俺は安堵する。
よし、引き上げさせるか。
さすがに疲労の色を見せつつある魔物たちに指示を送り、俺は撤退させる。俺も移動だ。
しばらく待っていると、何人かの村人たちがおずおずと姿を見せてくる。
やがて安全を確認すると、ざわざわと村人たちが外に出てきた。よし、今だ。俺も密かに煙を立て、オルカナに合図を送る。
ざっざっざ、と音を立ててオルカナ《たち》が行進してくる。
その異音とも思える行進音に、村人たちが気付く。
「なんだ……?」
不審になりながら、村人たちが入り口へ向かい、絶句する。
朝日をバックにやってきているのは、オルカナを先頭とした、アンデッドの群れ。ゾンビ、スケルトン、レイス──多種多様なアンデッドたちである。
それを見事に統率しているのは、さすがオルカナといったところだろう。夜の王たる吸血鬼ヴァンパイアは伊達ではない。
「な、なんだありゃあっ!?」
叫ぶ村人たち。
さもありなん。もちろんアンデッドの群れが列を為してやってきている様もそうだが、何よりも彼らが持っているものだ。
「い、芋だ、あいつら、芋を持ってるぞ!!」
──そう。
連中が持っているのは、大量の、それこそ畑という畑から収穫してきたような芋たちだった。
そんなものをアンデッドの群れが持っているのだから、もう訳が分からないはずだ。
「な、なにをっ……!?」
明らかな異常事態に、村長が村人たちをかきわけて飛び出してくる。
愕然、絶句。そして起こる沈黙を利用して、俺は上空から着地した。例の仮面と、国賓の証を備え付けて。
「な、ななな、貴様はっ!」
「つい先ほどぶりだな?」
俺はニッコリと笑顔を向ける。もう敬語を使う必要さえない。
「あんたらはやり過ぎた。これより、罰を与える」
それは連中にとって、死刑宣告に等しいはずだ。