第二百六話
「そんな即座に且つ真顔で断らないで良いだろう! あれか、そんなにいたいけな
「そっち方面から脅迫してきちゃった!?」
「良いのか! 泣くぞ!?」
「とっても見たくないからやめよう!?」
今にも泣き出しそうなオルカナに手を振りながら俺は制止をかけた。いやだって、オッサンの泣き顔なんて誰得だよ。
「とりあえず、何故に嫌がるのだ。ルナリーヴァティアは私が言うのもなんだがかなり可愛いぞ」
「いやまぁ、それはそう思うんだけどさ……」
表情こそ薄いが、ルナリーヴァティアは可愛い。ぱっちりしたメイとは違った可愛さだ。
だが、それとこれとでは話が違う。
ルナリーヴァティアが人造人間ホムンクルスってことは、今後、厄介なことに巻き込まれる可能性が高い。それに、俺の目的に支障を来す可能性も高い。
俺は正直に打ち明けることにした。
「悪いけど、俺には目的があるんだ。ある事情で潰れた村を復興させるって目的が。俺はそのために生きてるし、そのためだけに歩いていきたい」
「……だから、連れていくことはできない、と?」
「そうだ」
しっかりと頷くと、オルカナはふむ、と腕を組んでから少しだけ考え込む。
「ならば、その目的に巻き込んで手伝わせてやってはくれないか?」
「は?」
予想の斜め上をいく提案に、俺は思わず眉根を寄せた。
「ルナリーヴァティアは素直な子だ。主従関係でない君たちの言うことなら聞くだろう」
「いや、でも……連れていくにしても、
「それなら心配に及ばない。私もついていくからな」
青白い手を胸に当てながら、オルカナは自信ありげに答えた。っておい。
「何言ってんだ吸血鬼ヴァンパイアなんて連れていけるはずないだろ。ちょっと常識持って?」
「ちょっとさっきから私に厳しくないか!? なんかビシビシ言葉の刃が突き刺さるんだが!?」
あ、また涙目になった。なんかいじりたくなるんだよな、このオッチャン。
「ごめんごめん。っていうか、外に出て大丈夫なのかよ。日光とか」
「私は
堂々と胸を張って自慢するオルカナ。
まぁそれなら戦力的にも有能と見て良いだろう。ルナリーヴァティアのメンテナンスに加えて護衛させておけば問題ないか?
俺はちらりとメイを見る。こういう時、メイの意見は大事だ。
何せメイは俺にとって大事なパートナーだからな。
「私は構いませんけど。妹が出来たみたいですし」
「そっか。メイが言うなら、オッケーかな。ただし、本気で邪魔だと思ったらその場で離脱させるぞ」
面倒ごとが消えるワケではないのだ。俺はキッチリと釘を刺す。
すると、オルカナは心得ているのか、大きく頷いた。
「なるべくそうならないように配慮しよう。引き受けてもらって良かった」
ほっと胸を撫で下ろすオルカナ。
「俺としては、ここで大人しく住まわせてやるのも手だと思うんだけどな」
正直に言うと、オルカナは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
首を傾げたタイミングで、口を開く。
「これは私見だが、ルナリーヴァティアには人並みの生活を覚えて欲しいのだ。私も頑張っては見たが、外に連れ出してやることも出来ないし、友達一人作ってあげられない。本当はずっと寂しい思いをしているはずなのだ」
「オルカナさん……」
「だから、外に連れ出してやりたいのだよ。それに、私は村の連中に裏切られた。もうここにはいられぬ」
「そうなのか?」
「依頼の時、この場所は絶対に明かすな、と契約を結んだのだ。その契約をあっさりと破棄するような奴等の近くには住めないし、いつ何が起こるか分からん」
怒りさえ滲ませながらの言葉に、俺は同意した。
そりゃそうか。勝手に脅迫まがいで依頼しておきながら、反故にされたんだ。信用度ゼロだわな。
だったら新天地を望む、か。
どことなく放っておけない気持ちになる。
「まぁついてくるのは良いけど、その恰好はどうにかしろよ? 後、この屋敷にいるアンデッドたちはどうなるんだよ?」
「ほとんどが私の魔力を動力源にしている。供給源である私が離れれば、すぐに霧散するさ。それと、この恰好だが、――そうだな」
一瞬だけ悩む素振りを見せて、オルカナは指を鳴らした。
瞬間、ぼうん、と煙が生まれ、オッサンだったオルカナは可愛らしいクマのぬいぐるみになっていた。
「これならば問題あるまい?」
確認に、俺は顔をひきつらせた。
へ、変身魔法って……!? いや、っていうか、これは……!
俺は確認のためにオルカナをそっと抱き上げる。うん、この感触、間違いなくぬいぐるみだ。
な、なんつー能力の無駄遣いだっ……!
変身魔法、というか、変化魔法だ。
消費魔力が莫大で、且つ複雑な術式を擁する魔法で、いまや古代魔法に登録されている。人間で使い手はほぼいないだろう。それと、あっさりと使いやがった。
ホント、
「すごいですね……」
有り得ない現象にメイも若干引いていた。ポチに至っては呆れてため息をついている。
「ま、まぁそこまでして付いてきたいんなら、良いけどさ」
「うむ。それではよろしく頼むぞ。まずはルナリーヴァティアと合流を……」
――ごうんっ!
と、轟音。揺れる、屋敷。
オルカナの言葉を中断させたそれらは、一度だけではなかった。
「な、なんだっ!?」
明らかに狼狽するオルカナをメイにパスして、俺は《アクティブ・ソナー》を撃つ。
返って来たのは大量の反応で、ほとんどがアンデッドだったが、人の気配も感じ取れた。
思わず屋敷の窓に駆け寄った。すると、森へと逃げていく村人らしき影を捉える。そして、屋敷に火が放たれていることも確認した。
そういうことか。この屋敷ごと、俺たちを燃やそうって腹かよ!
村長の差し金だろうが、とことん腐った村の連中である。
俺は迷わず大きな窓ガラスを割った。
「火がつけられた! 燃えるぞ! こっから脱出だ!」
「なんだと!」
「村の連中だ。俺が捕まえてくるから、その間に逃げろ! ポチ、メイ、頼むぞ!」
それだけ言い残して、俺は窓から飛び降りて高速飛行の魔法を唱える。
風を纏いつつ、急カーブしながら加速する。
やや滑空するように高度を下げながら追いかけると、村人の一人が気付いた。
「ひ、ひぃっ! 追いかけて来たぞ!」
「そ、空を飛んでる!?」
「急げ、捕まったら終わりだぞ!」
口々に叫びながら、村人たちは加速する。だが、それでも遅い。
「《エアロ》っ!」
俺は魔法を放ち、村人たちの足元を風ですくいあげる。
たちまちに悲鳴が上がり、村人たちが転げ倒れる。そこに俺は着地し、地面に拳を叩きつける。
「《ベフィモナス》っ!」
大地に干渉する魔法が発動し、大地から植物に栄養が届けられ、過剰成長を起こす。伸びた植物のツタは容赦なく村人たちに絡みつき、がんじがらめに拘束した。
よし、これで捕縛完了。
俺はゆっくりと立ち上がり、悲鳴を上げ続ける村人たちの元へ歩み寄っていく。
一応武器を警戒しておくが、肌にさえ気をつければ、村人たちの攻撃は一切通用しない。
「おい。お前ら、アッシーナ村の連中だな?」
「ひ、ひぃっ!?」
低い声で脅しをかけると、一人が怯えて引き付けを起こしたような悲鳴を上げる。
もうそれだけで語っているようなものなんだけど。
「誰の差し金だ?」
「そ、そそそそそ、そんなことっ!」
「言わなきゃどうなるか、教えてやるよ」
強がる村人の言葉を遮り、俺は近くの大きい木を睨みつける。
「《アイシクルエッジ》」
分かりやすく大木を氷に閉じ込め、俺は幾分か冷えた空気の中でまた村人たちへ視線を移す。
「こうなりたいか?」
「「「ひいいいいいいいいっ!?」」」
揃って声を上げ、村人たちは涙目になる。ちょっと心外だが、今は仕方ない。
「さぁ、吐けよ」
確認の脅しを入れつつ、俺は構える。
その、刹那だった。
足元がいきなり隆起し、何かの手が大量に飛び出してくる!
咄嗟に俺はバックステップを刻み、更に空へ飛び上がった。
ただ見えない空を掴むだけだった手はうじゃうじゃと生えていて、やがてその身を表す。って、どんだけ出てくるんだ!?
出現したのはゾンビだ。その数は半端ではない。いったいいつからそこに潜んでいたんだ?
疑いつつも、俺は戦闘態勢を取る。
ゾンビなら火魔法で一撃だ。
「おっと、吾輩の可愛い子たちに手を出されたらたまらないな?」
「――!? 《フレアアロー》っ!」
気障ったらしいセリフと共に飛んできた氷の矢を、俺は魔法で迎撃する。
じゃり、と音を立てて姿を見せたのは、全身を真っ青なローブで包んだ誰か(声からしてたぶん男)だった。
「物騒な冒険者め。ここで命費えるが良い」
そう言って、ローブの人間は赤い水晶玉を取り出し、握り潰した。