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第二百五話

 洋館の中は小綺麗だった。アンデッドこそうじゃうじゃしていたが、それに目をつむれば普通のお屋敷である。
 俺たちは、二階にあるオッサンの私室に案内された。

 応接室にもなっているようで、俺たちはソファに囲まれたテーブルに座るようすすめられた。
 オッサンは指先から魔力を放ち、鼻歌なんてしながらお茶を淹れて自らも席についた。とっても魔力の無駄遣いな気がするが、フィルニーアもさんざんやっていたことだ。今更気にもならない。

「話をするには、まず自己紹介から始めねばなるまい。私はオルカナ。この屋敷の主人で、今はどうしてか吸血鬼(ヴァンパイア)をしている」

 どうしてって何だ、どうしてって。
 とはいえ、敵意はないし、挨拶したのであれば俺たちもするべきだろう。

「俺はグラナダ。冒険者だ」
「私はメイです。ご主人さまの付き人です」
『私は言うまでもあるまい?』

 オルカナは一つ頷いた。
 ふわふわと淹れたてのお茶がやってくる。ポチの分までしっかりと用意されていた。念のため《鑑定》スキルで確認だ。

「ほう、珍しい能力を持っているのだな」
「分かるのか?」
「うむ。毒鑑定などという粗悪なスキルとは全く違うからな」

 このあたりはさすがに吸血鬼ヴァンパイアってとこか。

「というか、そのようなことをせずとも毒など入れんよ。ちょっと傷付いたぞ。というか物凄く傷付いたぞ。うん、涙出てきた。泣いていい?」

 え、ちょっとキャラ崩壊するまで悲しむの?
 本気で涙を滲ませている様子のオルカナに俺は顔をひきつらせる。

「え、いや、その、冒険者としての癖というかなんというか。とにかく、その、ごめんなさい」
「これだから冒険者は……」

 ぶつぶつ愚痴りながら涙を拭くオルカナ。
 いや、フツー吸血鬼(ヴァンパイア)から何か出されたら警戒するのは当たり前だとは思うんだけど。
 とはいえ言い出したら話が進まない。俺は不満を取り合えず飲み込んで話を切り替えることにした。

「それで、だ。話を戻すんだけど」
「うむ。出来れば穏便に解決したいところだからな。答えられることは基本的に隠さず答えるぞ」
「それじゃあ、早速なんだけど。まず、あの女の子──ルナリーヴァティアのことだ。なんであんな小さい子を畑に? っていうか、ルナリーヴァティアとあんたの関係は?」

 俺はまず一番の疑問をぶつける。
 オルカナは砂糖を呼び寄せながら、ふむ、と唸ってから口を開いた。

「まずはルナリーヴァティアのことだが……彼女と私は主従関係にある。彼女が主人で、私が僕だ」

 ……………………は?

 俺は耳を疑った。吸血鬼(ヴァンパイア)が、僕?
 どういうことだ?
 疑問が顔に出ていたのだろうか、オルカナは砂糖を入れながら口を開く。

「私にも正直良く分かっていない。何故なら、私は目覚めたら吸血鬼(ヴァンパイア)になっていて、既に主従関係が結ばれていたからだ」
「ど、どういうことだ?」
「私は死淵吸血鬼(マッドヴァンパイア)だ。死体から吸血鬼(ヴァンパイア)になった種族で、純潔種とは異なる系統の種だ。故に、このようなことも起こる。特に私は生前の記憶がないからな……私の創造主(マスター)がそのように手配をかけたのは間違いないんだろうけれど」

 つまりオルカナは造られた吸血鬼(ヴァンパイア)ってことか。

「だから、私はルナリーヴァティアの身の世話はするが、基本的に逆らえないのだ。今回のこともな」
「今回のこと?」

 メイが問うと、オルカナは砂糖を追加しながら大きく頷いた。

「確かにアッシーナの連中は大量のニンニクを装備しながら私を恫喝してきた。奴等の畑をどうにかしろ、と。その時、ルナリーヴァティアも連中の話を聞いていたのだ」
「それで、ルナリーヴァティアが行くと?」
「うむ。幸せが食べられるなら、とか言ってな」

 また出てきた。幸せという言葉だ。

「とはいえ、ルナリーヴァティアそのものに戦闘能力はない。だから風の加護を付けることにしたんだ」

 それで、村人たちが手出し出来なくなったってことか。

「そして、私の契約が消えていないということは、ルナリーヴァティアは無事のようだな」
「ああ。俺たちで保護してる。お腹一杯になって寝てるよ」
「それは珍しいことだ。いつもお腹を空かせているからか、あまり寝ない子なのだがな」

 オルカナは目を大きくさせて意外そうに言った。

「食い物あげてないのか?」
「いや、ちゃんと提供している。だが足りないらしいのだ。ちゃんと人間の町で勉強してきたのだがな……」
「一応、どんなものをあげているのか訊いても?」

 おずおずとメイが訊ねる。俺も同意して頷いた。
 いや、だって提供って言ってる時点で怪しいし。

「うむ。黒パン二切れにグリーンサラダ一皿、ウインナー二本に目玉焼き一つだ」
「あら、バランスしっかり取れてますね」
「うむ。それで足りないようだから、一度好きに食べさせてみたんだが、黒パンニキロがあっさりと消えた。それでもまだ不満そうだったぞ」

 難しい表情で唸るオルカナに、俺とメイは同時に顔を引きつらせていた。
 いや、え、ニキロ? マジ? どこのフードファイター様だよ。
 ルナリーヴァティアはメイより小さい。そんな身体の一体どこにそれだけの量が入るんだ? ちょっと物理法則無視しすぎじゃね?

 本気で色々と疑っていると、オルカナはお茶に砂糖を入れながらため息を吐いた。

「どうもあの子は食べ物、ではなく、幸せを摂取して生きているようだ」
「幸せ?」
「私も詳しくは知らん。まぁ、ルナリーヴァティアは人造人間(ホムンクルス)だからなのかもしれんがな」

 しれっと言い放たれた爆弾発言に、俺は完全に硬直した。
 え、マジ? あの伝説の人造人間(ホムンクルス)だと――!?
 俺は大声を出すのを辛うじて我慢した。いや、これ出さない方がおかしい。だってあの人造人間(ホムンクルス)だぞ!?

 完全に狼狽している俺に変わって、ポチが口を開く。

『本当なのだろうな?』
「こんな時に嘘をついても仕方がないだろう。間違いなく彼女は人造人間(ホムンクルス)だ」

 はっきりと言い切られ、俺はまた絶句する。

 人造人間ホムンクルスは、文字通り人の造り出した人だ。この世界においては夢の技術である。現代におけるクローンのような存在だが、この世界で再現するのは現状不可能とまで呼ばれている。
 何せ、まず人間を人間とする材料が必要だし、その上で人間として活動できるだけの魔力を充電できる魔石、更に超高級な魔法素材たち(軽く国が国民ごと買い取れる値段になる)を一か所に集め、挙句複雑怪奇極まる魔法陣を描く必要がある。

 そして、賢者の石が必要になるのだ。

 賢者の石とは魔力を無尽蔵に生み出す半永久機関だ。手入れをし続ける必要があるそうだが、正常に動くものは現存していない。せいぜい機能不全に陥った残りカスくらいだ。もし動いているものを見つかったら世紀の英雄になれるだろう。

 そんなとんでもないものが、あの子に入ってるってことか?

「彼女の肉体の元は、彼女の近親者だな。恐らく母親ではないかと私は思っている。その肉体を元に創造して子供にしたんだろう。それならばあの完成されきった魔力経絡にも納得がいくし、その経絡が肉体と拒絶反応を一切起こしていないことも理解出来る」

 俺は目眩さえ覚えた。なんだろう、っていうか、なんだろう。
 肉体を元に肉体をコピーするって、これもまたとんでもない技術だぞ。というかオーパーツ技術だ。
 恐らく、転生者がやらかしたんだろうな。
 チートみたいな能力を駆使して、研究に没頭したんだろう。何を目的としたのかは分からないし、その転生者がどこにいるのかも全く分からないけど。その手掛かりはどうもなさそうだ。

「そ、そうか……」

 同時に、胸にもやもやしたものが無性に沸き上がって来た。
 とんでもない技術にとんでもないバケモノが関わってるっていうのに、結果がすっげぇショボい。

 要約すれば、村人にニンニクで襲われて困ってたら、主人で秘密の塊であるルナリーヴァティアがやると言い出して畑へ出陣。ただ芋を食い荒らしてるってだけだからな。
 すっげぇ無駄遣いしてる気がする。

「いや、それもそうなんだけどさ」
「なんだ?」
「あんた、さっきから砂糖をガバガバ入れてるけど、飲むつもりか?」

 俺は辟易しながら訊く。既にお茶は砂糖の入れ過ぎてトロみさえ出来てる。

「うむ。もう少し足したいくらいだが?」
「え、バカじゃない?」
「随分と酷いな!」

 迷わず真顔で言うと、オルカナはまた涙目になった。

「わざわざ話を中断するかと思えば! 良いか、こういうものは脳が蕩けるくらい甘くするのが良いのだ! これだから人間は!」
「そんなこと言われても、見てられないくらい砂糖投入するからだろ!? 糖尿になんぞ!」
「吸血鬼ヴァンパイアにそんなもんないわ! たぶん!」
「言いながら震えてんじゃねぇ!」

 思いっきりツッコミを入れたが、オルカナはそれでもお茶を口につけた。

「全く。少し甘味が足りないが、まぁ良いだろう」

 それで足りないのかよ。吸血鬼ヴァンパイアの味覚ってホントわかんねぇ。
 甘ったる過ぎて見てるこっちが胸やけしそうだ。

「それよりも、だ。ルナリーヴァティアを保護してくれた君たちに提案がある」
「提案?」

 怪訝になって訊くと、オルカナは大きく頷いた。

「そうだ。どうか、ルナリーヴァティアを預かって育てて貰えないだろうか」
「えっ、超嫌なんですけど?」

 俺は即断即決してキッパリと拒否した。

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