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第百九十六話

「っがぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 初めて、ベリアルの悲鳴が聞こえた。
 未だ残滓の遺す七色の光に貫通され、苦しそうに空中で悶える。まるで見えない腕で首を絞められでもしているかのようだ。
 ハインリッヒは、一体何をしたんだ?
 思いながらも脳裏に浮かんできたのは、エキドナの時にも使っていた《神撃ノ舞》だ。

「半分正解、半分外れ、かな?」

 まるで俺の思考を読み取ったように、ハインリッヒが苦笑しながら着地した。

「確かに《シラカミ》の眷属の力は借りたよ。でも、アレは《七星剣》でもあるんだ。色々と概念を訊いて開発した、対魔神専用の技ってところかな? そのせいか、魔神にしか効果がない技に仕上がっちゃったみたいなんだけど」
「なんですか、そのちょっと試したら出来ちゃったみたいなノリ」
「実際、そういう感じは否めないかも」
「後で殴らせてください。っていうか殴りますね?」
「なんかヒドいこと言われた!?」

 ショックを受けたように肩を震わせるハインリッヒを俺は無視した。
 当たり前だっつうの。ンな有り得ないようなことをしれっとやってのけるとか。バケモノめ。

「頑張ったんだよ、相手から索敵されないように遠距離狙撃出来るように色々と調整して」

 ん? ちょっと待て。その言い分。
 俺は思わずハインリッヒを睨みつけた。

「それ、《神託》で魔神が出るって知ってましたね?」
「カンが良すぎるのも時には悪いコトだと思うんだけど」
「知ってたんですよね?」

 ずい、と問い詰めると、ハインリッヒは空笑いしながら数歩引いた。

「ま、まぁ、グラナダくんの頑張りに賭けてた部分はある……かな? ホントはアドバイスでも送るべきだったんだろうけど、ごめん、忙しくて、その、ね?」
「やっぱり後で蹴ります」
「なんかグレードアップしたね?」
「とにかく。それで。俺の想像通りなら、アレは魔神の核を切り離すんですよね?」

 ハインリッヒのツッコミを無視して、俺は空を見上げる。ベリアルは未だに苦しみもがいていた。

「そうだよ。核を分断する。気付かれてたら対策取られてたから何回も使えるものじゃあないけど……でも、確実に弱体化したはずだ。これでようやく戦えるレベルになったはずだけど」
「戦えるレベルって?」

 おうむ返しに訊くと、ハインリッヒは少し意地悪く笑った。

「僕が今回使った術は、核を分断するものだけど、少しだけ違うんだ。それは――」

 バチ、と、空気が弾ける音が響いて、ベリアルが分かれていく。否、ベリアルから何かが強制的に吐き出されているイメージだ。
 なんだ、まるで蛹から孵化する蝶みたいだぞ。

「魔神がとりつく方の器の縮小化なんだ」

 その言葉だけで、俺は全部を察した。
 つまり漏れ出たあれは、器として入りきらなくなったベリアルか!
 その靄とも言える黒い何かは、怨念のように人を象りながらも霧散していった。残ったのは、かなり魔力と威圧感の弱まった(それでも上級魔族を上回っているが)ベリアルだった。
 ベリアルは荒い息を付きながら、弱々しくなった翼を広げつつハインリッヒに憎悪を向ける。

「ハインリッヒ。随分と悪徳なことをしてくれるな」
「悪徳に言われるなんて、光栄だか人として終わってしまったのか、不安になるところだなぁ」

 ハインリッヒはおどけて見せつつ、手元に七つの剣を呼び寄せた。
 ハインリッヒを中心として円を描くように出てくるそれは、まさに神々しい。

「でも、これで戦える。悪いけど、僕はそんなキレイな人間じゃあないよ?」
「知っているとも」

 憎悪を露わにしながらも、ベリアルはゆっくりと魔力をたぎらせながら降りてくる。
 ここまで弱体化させられておきながら、それでもまだ戦意が衰えないし、態度も崩さない。
 俺は警戒心を露わにしつつ構えた。まだ《天吼狼(ヴォルフ・エルガー)》は健在だ。ハインリッヒがいれば、何とか倒せるかもしれない。

「だからこそ、ここで負けるわけにはいかなくなったな。さぁ、死のダンスを踊れ」

 言いながら、ベリアルは地面を蹴った。
 凄まじい冷気が放たれ、空気を凍らせながら突き進んでくる!

「くるよ! 援護をお願い!」
「了解!」

 合わせてハインリッヒが飛び出す。それを見たベリアルは、両手に大量の氷の礫を生み出し、先制攻撃とばかりに仕掛ける!
 即座にハインリッヒが反応し、赤い剣と黄色い剣を握って振るう。発動したのは、炎と稲妻だ。
 凄まじい一撃を持って破壊がなされ、氷の礫の全てが迎撃される。 

「いくよ!」

 素早く赤い剣を捨てて緑の剣を握り、風を生み出す。
 唸る程の烈風は俺にまで届く。だが、ベリアルは気にする様子もなく突っ込み、その風に向けて純粋な魔力をぶつけて散らした。

「出てこい。魔剣――アロンダイト」

 魔力と氷が収束し、半透明の剣が出現する。見るからに荘厳で繊細な造りは、夥しい魔力を宿していた。
 瞬間、ハインリッヒの表情が変わり、ベリアルは悪徳に嗤う。
 同時に俺は動いていた。

『主、あれは触れれば全てを結晶に閉じ込める魔剣だ。ハインリッヒに触れさせるな!』

 ポチの警告に従い、俺は加速する。とにかくハンドガンで狙いをつける!

「私が何も仕掛けないとでも思っていたか?」
「本当に、悪徳だね、ベリアル!」
「命を削る彫像となるがいい!」

 焦燥を滲ませながら苦笑するハインリッヒは、そのまま黄色い剣を振るって稲妻を放ち、緑の剣を手放しながら黒い剣を取った。
 俺はその背後から軽く跳躍し、ハンドガンで狙いをつけてベリアルの剣目がけて放つ!
 閃光が解放され、ベリアルの剣を大きく弾いた。

「むう!」
「させねぇよ!」

 俺はさらに弾丸を放ちながらベリアルを牽制する。
 ベリアルは表情を変えぬまま、後ろに下がる。そこへハインリッヒが黄色い剣を白い剣に持ち変える。

「《黒白(こくびゃく)の宴》《滅びの心は終わりと始まり》《其は根源へと還る》!」

 凄まじい魔力が駆け抜け、ハインリッヒは二つの剣を重ねて構えた。 
 俺はそれをサポートするようにハンドガンを放ち、ベリアルの剣をただ振り乱す。

「《ストライク・コフィン》!」

 一瞬の肉薄。刻まれたのは二つの軌跡。
 黒と白が溢れ、ベリアルの胴体に深々とバツの字を刻みつけた。

「……がっ! こんなっ……」
「甘く見たね? 僕とグラナダ君は師弟関係でもあるんだ。互いの呼吸は分かる」
「下らない結束関係だな……」

 吐血しながら、ベリアルは嘲笑ってから後ろに下がる。
 見る間に傷が回復していく。レスタの超速再生か! くそ厄介だな、アレは!
 内心で毒づきながら、俺は着地と同時に地面を爆裂させて突進する。稲妻の軌跡を残しつつ、右からの攻撃を俺は開始した。

「むっ!」

 ハンドガンを放ち、執拗に閃光で剣を狙う。ベリアルも承知しているのか、敢えてその剣で弾丸を弾いていく。同時並行して俺は刃を放ち、ベリアルも空中に無数の氷の刃を生んでけしかけてくる。

 ――ガギギギギッ!

 響いたのは砕ける音の連続。
 俺は頭が焼き切れる思いで刃を操作し、次々と氷の刃を砕きつつベリアルを狙う。
 そこへハインリッヒが左から躍りかかった。

「小賢しいな」

 ベリアルは鼻を鳴らすと、片手をハインリッヒに向ける。出現させたのは濃厚な黒――瘴気だ。

「《セイント・クロス》!」

 素早くハインリッヒが上級魔法を解放し、その黒い瘴気を破壊した。
 飛び散る呪いの魔力。そこを突っ切って、ハインリッヒは七つの剣を次々と持ち変えながら攻撃していく!
 斬撃が鮮やかに飛び交う中、俺はただ剣を釘付けにしながら刃を繰り出す。
 それはあっさりとベリアルの対処能力を超えた。

「――ぐううっ!」

 俺の刃がベリアルを切り刻み、ハインリッヒの七つの刃が深手を負わせる!
 だが、その場から再生が始まり、ベリアルは血を撒き散らしながらも余裕を殺さない。これじゃあダメだ。まずは核をなんとかしないと!
 俺はアイコンタクトでハインリッヒに合図し、同時に離脱する。

「くくくっ、逃げたところでどうにもならんぞ!」

 再生を終えたベリアルは剣を縦に構え、そのまま地面に突き刺す。
 瞬間、黒紫の光が大地に亀裂を走らせ、地鳴りを響かせながら叩き割る! 入れ替わるように突き出てきたのは、大小様々な黒い結晶だった。
 嫌な予感! これに触れたら、まずい!
 俺は本能の警鐘に従いつつ、空へ逃げた。

「これは、厄介だね……どれだけ痛めつけても回復されるのか」
「限界があるかもしれませんけど、それが魔力依存なら、俺たちに勝ち目はないです」
「その通りだね」

 俺たちは言葉を交わしながら、徐々に上昇を始めたベリアルに構える。
 おそらく《神威》を使っても無駄だな。たぶん、《天雷》でも無理。

「核か……まずはあの剣をどうにかしないといけないね」
「だったら俺がどうにかするんで、引き付けてもらっても?」
「何とかしてみよう」

 弱っているとはいえ、魔神相手にしれっと引き受けるハインリッヒは、そのまま剣を構えて特攻を始めた。俺もそれを追いかける。見かけはさっきと同じ、俺がサポートに入る態勢だ。
 ベリアルが剣を構える。
 俺は素早くサポートでハンドガンを連打し、また剣に閃光を叩きつける。

「なんの二番煎じだ?」

 ベリアルは嘲笑うように言うと、もう一本『アロンダイト』を出現させた。って、マジか!
 背中に戦慄が走るが、ハインリッヒはお構いなしだ。
 まるでそれさえ読んでいたかのような動きで錐もみ回転しながら接近していく。

「――受けてみるかい?」

 ハインリッヒが分身を生み出す。
 一瞬でそれはベリアルを取り囲んだ。ベリアルはそれを一瞥しながら双剣を構える。

「珍妙な技を使うのだな?」
「余裕だね」

 二人は不敵な笑みを交わし、異常な速度で攻撃を交わし合う。
 だが剣戟はない。互いに躱し、反撃しているのだ。俺はその中で、確実に狙いをつける。加速しながら、魔力を高めた。

「《クリエイション・ブレード》」

 俺は剣を構える。

「《真・神撃》っ!」

 そして加速する。
 ベリアルが反応するが、遅い。
 俺の剣の軌跡は、過たずベリアルの腕を剣ごと切り離した。

「おおおおおおおおっ! 《真・神撃》っ!!」

 俺は軋む身体を制御しながら、更に技を放ち、もう片方の腕も切り離す。
 ベリアルの表情が、初めて変わった。

「《エアロ》っ!」

 俺は最後に風の魔法を放ち、腕をむちゃくちゃに吹き飛ばした。
 間一髪だった。後一瞬でも遅れてたら、再生が始まって腕と剣を回収されてた!

「矮小なる小僧がっ!」
「うるせぇ、こっからが俺たちのターンだ!」
「核を壊させてもらうよ。《ライトニング・イグナイト》!」

 ハインリッヒが待っていたとばかりに剣を構え、分身たちと共に加速。ベリアルの一点に収束して連続で斬撃を放っていく。
 剣閃が重なり、ベリアルの中で、確かに何かが軋んだ。

「っかっ、はっ……!? なめ、るなっ……!」
「さすがに破壊は出来ないか……でも、大ダメージではあるはずだよね?」
「このベリアル、どこまでも悪徳なんでな」

 苦しみに顔を歪めながらも、ベリアルは全身から瘴気を放ち始める。それは禍禍しい光の球をいくつも形成し、四方八方に黒いレーザーを放つ!

「くっ!」

 俺は刃で迎撃しつつも距離を取る。くそ、乱発してるくせに、狙いが正確だな!
 唸りながら俺は錐もみ回転しつつ更に後退する。

 ある程度距離が取れたところで、ベリアルの魔力が異常に膨らみ始めた。

 まずい! アレで自爆するつもりか! あれはヤバいぞ!
 俺は即座に魔力を高め、《神威》を仕掛けようとする。だが、間に合わない。範囲外だ!
 瞬間、ハインリッヒの姿が消え――転移魔法でベリアルのすぐ傍に出現した。
 即座に瘴気がハインリッヒを襲うが、構わないとばかりにハインリッヒは意識を集中させて魔法を放つ。

「《恵みの光、純然たる世界》《美しき流れ、美しき心》《穢れなき世界でカナリアは歌う》」

 両手の先に生まれたのは、虹色に輝く、浄化の光。

「《セイクリッド・スフィア》!」

 解放された光が、ベリアルの全身を包む! 

「ちいいっ! ハインリッヒ、貴様はどこまでも英雄面をする!」
「それが僕の役割だからね。でも、今回、その役目は僕じゃあない」

 瘴気を喰らったことで、ハインリッヒの全身から血が迸った。
 あのヤロウ! 自爆覚悟で突っ込んでやがったか!

「さすがにこれじゃあ、攻撃は出来ないね。頼むよ……グラ……ナダ……くん」

 血塗れになりながらハインリッヒは俺に笑顔を向けてくる。
 ふざけやがって。後でフルボッコだ!
 怒りを吐き出しつつ、俺は意識を集中させる。

「だ、そうだ。今回だけはその大任、俺が務めさせてもらうぜ」

 《天吼狼(ヴォルフ・エルガー)》の状態で、俺は魔力を極限まで上昇させる。裏技(ミキシング)で、全てのスキルを合体させた。

「――《天雷》ッッ!」

 そして。一条の神の一撃に等しい雷撃が、ベリアルを撃った。
 空白の無音。視界を染める眩い白。
 刹那だけ遅れて、破壊の音と衝撃波がやってきた。俺はそれに翻弄されながらも、確かに見る。

 焼かれ、撃たれ、穿たれ、消えていくベリアルを。

「っがああああああああああああああああっっっ!!」

 初めて聞く、そして最後の断末魔を、耳に残した。

しおり