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第百九十五話

 アテナとアルテミスが、俺のハンドガンに宿る。これでまずは攻撃力の強化だ。接近戦を挑むのはあまりに無謀だからな。
 そして、と俺は魔力を限界近くまで高める。

「《バフ・オール》」

 魔力経絡が活発になり、全部の能力が上昇した。
 けど足りない。それは、分かってる。

 落ち着け。《神撃》は効かない。《神破》は接近できないから無理だ。だったら、《神威》か《天雷》か。
 でも《天雷》はダメだ。発動までに時間がかかる。即座にカウンターねじ込まれて終わりだ。ならば、広範囲を凪ぎ払う《神威》にかけるしかない。
 その《神威》の効果範囲になんとしてでも接近しないといけない、か。だとしたら、まだ速さが足りないな。

 脳裏に浮かぶのは《アジリティ・ブースト》だ。でもあれは制御出来るかと言われると怪しい。明らかに俺の反射神経を上回るスピードだからな。
 タイミングをずらすとか、そういった細かいことは出来ない。

 だったら、反射神経を強化するか──?

 俺はじわりじわりと間合いを詰めながら、なんとか作戦を考え出そうと足掻く。ベリアルはそれを嘲笑っている。
 くそ。そうやって時間を無駄に浪費するか、とか思ってんだろうな、どうせ!

「ふふ、来ないならこちらから仕掛けるぞ」

 ベリアルが指を鳴らす。直後、また氷のドラゴンが生まれ、俺を目掛けて飛びかかってくる。
 強さは、中級魔族レベルか。
 《神撃》を使えばどうにでもなる。けど、それだけなはずがない。相手はあのベリアルだ。どこまで悪辣なのか、簡単に推し量れる。

『主、私に任せろ』

 言いながらポチが飛び出し、遠吠えで雷撃を呼び出す。凄まじい落雷が直撃し、氷のドラゴンが破壊された。
 落雷はさらにベリアルをも狙うが、不自然に電撃は婉曲し、周囲の地面に突き刺さった。

「その程度、私には届かんぞ」
『……ちっ。出力が足りないか』

 ポチが舌打ちしながらこちらへ戻って来る。
 出力、か。
 それを考えるのは無謀だ。何故なら、相手は超強力な肉体を得た魔神だ。ポチはまだ全然力を回復させられていないんだ。そもそも張り合えるレベルじゃあない。

 ――……ん?

 思考が、何かに引っかかる。
 そうだ。ベリアルは、魔神として体を乗っ取った。つまりそれって――メイに教えた魔法と同じじゃないか? あれは炎の魔法を強制的に魔力経絡に流し込むことで強化しているものだ。原理としては同じで、魂そのものを乗っ取ったんだろう。
 ってことは、ポチも俺に同じことが出来るんじゃねぇの?

「ポチ」

 俺は静かにポチを呼び寄せる。
 どの道検証している時間はない。理論上では不都合ないのだから、やるしかない。

『主?』

 俺は即座にテレパシーを送る。こういう時、概念を一気に送れるから便利だ。

『――! それは、危険すぎる! 下手したら魂が混ざるぞ!』
「既に俺とお前は混ざってるだろうが」

 ため息交じりに俺は指摘する。
 俺は《神獣の使い》だからな。

『だがそれは器の共有だ! 魂までは一緒になっていない!』
「けど、それしか方法は無いだろ」
『……下手をしたら、自我を失うぞ!』
「それぐらいは分かってるよ」

 俺は即答する。

「俺はみんなを助けたい。助けられるんならなんだってする」
『主っ……! それはエゴだ! 残された者はどうなる!』

 強い反駁と、正論。
 まぁ、そうだよな。その気持ちは分かる。フィルニーアが俺にしたからな。俺は残された側だ。
 でもだからこそ、今なら分かるんだよ。
 フィルニーアが何で俺にあそこまでしたのか。
 こういう気持ちだったんだよな。うん。守りたいんだよ、みんなを。

「あのさ。それはあくまで可能性の話だろ。俺とお前は色々な絆で繋がってる。《神獣の使い》でもそうだし、《ビーストマスター》としてもそうだろ。もう年単位で傍にもいるから、精神的な意味合いでも絆が出来てると思ってる」
『主っ……』
「だから信頼してるんだよ。お前なら、そんなことならないようにしてくれるって」

 全幅の信頼を持って、俺はポチに笑いかけた。
 大丈夫。ポチなら信じられる。
 すると、ポチはむちゃくちゃ悔しそうな表情を浮かべた。

『……っ! 卑怯だぞっ……! !そんな顔で、そんなこと言われて、やらないとは言えないだろうっ……!』

 まるで堪えるように震えながら言うポチの頭を、俺はゆっくりと撫でた。

「ははは。信じてるからさ」
『……くそっ! 時間を寄越せ』

 ポチが唸りながら、身体を光らせる。

「美談は終わりか? まったく。貴様らは常に私を蚊帳の外に追いやってくれるものだな。少しは待つ方の身になってもらいたいものだ」

 ベリアルがすかさず横やりを入れてくる。
 ポチが砕いた氷のドラゴンの破片が浮かび、一斉に襲いかかってくる。やはり、これを狙ってたか。
 俺はすかさずポチの前に出る。

「《エアロ》っ!」

 放ったのは暴風。乱雑に渦巻く風は、次々と氷の破片を払い散らす。それでも破片は次々とやってくる。

「《フレアアロー》っ!」

 俺は刃にも魔力を伝播させ、マグマ色の火矢を放つ。四方八方に放たれたそれは、迫りくる氷の破片を容赦なく溶かしながら直進していった。
 それを何度か放ちつつ、俺はそれでも迫りくる破片を刃で撃ち落とす。

「ほう、器用な真似をするものだな?」
「いつまでも調子乗ってんじゃねぇぞ」

 肩肘付きながら言うベリアルに唾を吐きながら、俺は次々と対処していく。
 防御に徹すれば、《ヴォルフ・ヤクト》はかなり堅牢なのだ。
 瞬間だった。
 ポチが吼え、電撃の嵐を放って周囲の破片を全て薙ぎ払う。静寂がやってきた。

『……行くぞ。タイミングを合わせろ、主』
「魔力経絡の同調だな。分かった」

 俺はポチの呼吸に合わせ魔力経絡をさらに活性化させる。

『どうなっても……恨むなよ』

 言葉を最後に、ポチがどろりと溶けて俺に覆いかぶさってくる。
 俺は白に包まれ、侵入を許す。途端にやってくるとてつもない異物感に、俺は強い吐き気を覚えた。
 うっ……! これは、キツいっ……!
 だが意識を失う分けにはいかない。無遠慮とも言えるポチの入り方に耐え、俺は自分を律する。今ここで意識を飛ばしたら、それこそポチに乗っ取られる。ポチが意図していなくても、だ。そうなったら、俺は精神的に死んだと同意だ。

 そんなことは、させない。

 俺は、生きる。生きて生きて生きて生きて、そして!

「あああああああああああああっ!!」

 力が、一体化した。
 強制的にステータスウィンドウがオープンされ、文字が表示される。

 固有アビリティ変化!
 《神獣の使い》から《神獣の同調者》へ変化!
 スキル獲得!
 《反射神経ブースト》

 なるほど、一歩進化したのか。力が沸く、というより、ぐっと一体感が増した感じだな。ステータスに大きな変化はないけど、力が使いやすくなったイメージだ。
 スキルは文字通り反射神経強化だ。これなら、もっと速度を出しても調整が出来る。

 ばち、と、俺の全身を白い光と稲妻が駆け巡る。
 成功だな。雷が俺の魔力経絡を激しく巡り、能力を全体的に底上げしてくれている。これなら、いける。

「《天吼狼(ヴォルフ・エルガー)》!!」

 俺は新しく名付けた技を解放し、周囲に衝撃波を放つ。性懲りもなく襲ってきた氷の破片を殲滅するためだ。
 遥かにクリアになった視界の中、俺はベリアルを睨みつけた。

「……ほう?」
「行くぞ」

 俺は地面を蹴った。
 超がつくような加速。だが、俺はしっかりと自分を操れている。
 ベリアルが人差し指を動かし、氷の結晶を大量に呼び寄せる。俺はそこへ向けてハンドガンを構えた。魔力を注ぎ込み、二丁のハンドガンから閃光を放つ。
 反動で腕が跳ね上がる。
 だが、解放した光のレーザーは視界を白に染める程で、一瞬で氷の結晶を破砕した。

「ほう、また来るか?」
「二の舞は踏まねぇよ!」

 俺は更に距離を詰める。地面が爆裂するが構わない。
 ベリアルの表情が一瞬だけ変化し、玉座の足元から何本もの巨大な腕を出現させ、俺へけしかけてくる。
 この魔力。たぶん、破壊しても再生するな。
 だったら、纏めてぶん殴る!
 俺は関係ないとばかりに間合いを詰め、魔力を高める。

「――《真・神威っ!》」

 放ったのは、周囲を薙ぎ払う電撃の嵐。

 ――ばぢばぢばぢばぢばぢばぢっ!!

 と、空気が戦慄き、焦り、死ぬ。腕が一瞬で溶解し、それに飽き足らず電撃がベリアルを呑み込もうと一斉に躍りかかる。だが、ベリアルは指を鳴らし、その電撃の全てを捻じ曲げる。
 やっぱり、この出力でもそれをやってのけるのかよ!
 驚いたけど、予想もしていたことだ。
 びし、と、全身が軋んで魔力が抜ける。だが俺は容赦なくハンドガンを何度も撃った。魔力源はアテナとアルテミスだ。これなら、撃てる。

「無駄だと知れ」

 ベリアルは少しだけ鬱陶しそうに腕を払い、ハンドガンの弾丸を全て弾いた。
 弾く、ってことは当たったらダメージがあるってことなんだけどな。なんとか貫通させてやりたいが、ちょっと考えている暇はない。

 硬直から立ち直り、俺は刃を繰り出す。
 さらにハンドガンを構える。今度は俺の魔力も注ぎ込んでの二重のレーザーだ!

「いい加減、食らえっ!」

 ドン、と大きい反動。
 だがベリアルは片手でそのレーザーを受け止め、ばぢい! と彼方へ弾いて見せた。

「食らってやる道理などな――……」
「《ベフィモナス》」
「なにっ!?」

 俺は完全に不意打ちのタイミングで、《落とし穴》を作った。
 当然、玉座の足元が崩れ、ベリアルは穴へ落ちていく!
 見たか! これぞ必殺の土魔法落とし穴!
 そこへ俺はハンドガンを何度もたたき入れ、更に刃を繰り出していく。

「やって、くれるっ……」

 鈍い音を立て、刃が弾き飛ばされてくる。
 そこには、玉座から強制的に弾きだされたベリアルがいた。ベリアルは忌々しげな表情で俺を睨みながら、一気に空中へ飛び出した。

「なるほど。確かにその力、頭脳、驚異的だ。だが――」

 ベリアルはゾッとするような表情で俺を見下ろして、バサ、と、翼を広げながら夥しい魔力を宿らせた。

「ゲームは貴様の勝ちだ。故に、ここは退こう。《ここ》はな?」

 げ。まさか。

「だが、目覚めた以上、私は魔族としての目的を完遂せねばならん」

 ベリアルの全身に、氷が集まっていく。それだけでなく、真っ黒い稲妻のようなものが駆け抜けていた。

「世界は滅ぼす。この手で。そう、すぐにでも」
「ふざけんな、約束が違うだろう!」
「貴様は阿呆か。ちゃんと守ってやるさ。ここは退く。だが、すぐに行動を起こすだけだ。私は違う場所で世界を滅ぼす行動に出る。どこがいいか。王都か?」

 ニヤニヤとベリアルは悪徳の表情を浮かべる。
 どんな子供じみた言葉遊びだよ! そんなもん! ふざけんな!!

「さぁ、終わりだ。誇れ。この私を玉座から剥ぎ取ったのだ。そして泣き喚け。己の無力さに」

 ザワザワと魔力が集っていく。果てしなく嫌な予感しかしない魔力だぞ、あれ!

『マズいな、あの黒い波動、瘴気だ。世界にばら撒かれたら、世界が腐っていくぞ』

 そういや、エキドナの時もあったな、そんなこと。
 俺は舌打ちする。今すぐにでも阻止したいが、もうベリアルは上空だ。

「ははははは! 気付いてなかったのか? 私は悪徳だぞ? 貴様との約束など、人間との約束など、露とも思っておらぬわ」
「ベリアル、てめぇええええええええっ!」
「はっはっはっはっはっはっは!! もっと叫べ、怒れ! だがそれは私には届かん! 所詮貴様は、月に吠えるしか出来ぬ狼よ!」

 盛大に嘲笑いながら、ベリアルは更に上空へ昇り――

 光に、貫通された。それは一つではなく、七つ。それぞれ色の違う光だった。
 だが分かる。その一つ一つが、とんでもない威力であることが。
 そう。あのベリアルが貫かれているのだ。

「まったく、驚いたよ。君は運命を自分で手繰り寄せる力があるんだね」

 恐ろしく頼りがいのある声は、上空からやってきた。
 くそ。来るのが遅すぎるだろ、英雄!

「大遅刻ですよ、ハインリッヒさん!」

 俺は怒りを隠さずに咎めると、姿を見せていたハインリッヒは苦笑した。

「ごめんごめん。ほら、ヒーローは遅れてやってくるって良く言うじゃない?」

 後頭部をかきながらハインリッヒは言ってから、真剣な顔に変える。

「さぁ、反撃の時間だよ」

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