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執事コンテストと亀裂㉘




梨咲たちは立川に戻ってきた。 人が多い駅から出て、人通りの少ないところまで二人は歩く。 そして今から――――梨咲は、今日結人を誘った本当の理由を口にすることになる。 
「じゃあ、これからどうする? どこか適当に店でも入って、飯食いに行くか?」

―――あのね、結人。 
―――私は結人と今日一緒に過ごせて、幸せだったよ。

「ううん」
「ん? じゃあ、もう帰るか?」

―――七瀬さんと、幸せになってね。

「あのね、結人」
「・・・何だよ」
急に梨咲がその場に立ち止まり結人を呼び止めたせいか、先刻まで明るい表情だった彼が一瞬にして真剣なものへと変わった。 
そして笑顔を作り、結人に向かって今の気持ちを素直に伝える。
「結人。 大好きだよ」
「・・・は?」
梨咲の目からはたくさんの涙がこぼれていた。 今までこんなに泣いたことがないと思うくらいの、たくさんの涙が。

―――結人は、七瀬さんのものなんだもんね。

「・・・振って」
「は? いや・・・何を言って」
「お願い、振ってよ」
声が震えていた。 こんな姿、結人にだけは見せたくなかったのに。 

―――でも・・・ごめんね。 
―――我慢できないの。
―――結人は、七瀬さんのことが一番なんだもんね。 

これ以上、結人が好きでもなく何とも思っていない自分と、無理に付き合わせたくなかった。

―――七瀬さんにとっても結人にとっても、迷惑だったよね。 
―――・・・ごめんね。

結人は何も言えずに黙ったままでいる。 彼が今きちんと振ってくれたら、もう本当に諦めようと思っていた。 そのために、梨咲は今日結人を誘ったのだ。

―――お願い・・・結人。 
―――私を、振ってよ。

そして結人は――――たくさんの時間をかけて、やっとの思いで口を開いた。 そして、自分の本当の気持ちを梨咲に伝える。
「・・・ごめん。 俺には、好きな人がいるから」
「ッ・・・」
その言葉を聞いた瞬間、梨咲は全身の力が抜けてその場に崩れ落ちた。 こうなる結果は分かっていたのに、どうして――――どうしてこんなにも、悲しいのだろうか。
涙が――――止まらない。 梨咲は最初、結人をコンテストに誘った時少しは期待していた。 もしかしたら結人は、藍梨よりも自分を好きになってくれるのではないか、と。
だけど――――何度結人にアタックしても、彼は梨咲に振り向いてはくれなかった。

―――もう、それが答えなんだよね。

「・・・ごめんな」
そう小さく呟いて結人はその場にしゃがみ込み、梨咲の背中を優しくさすってくれた。 背中からは、彼の手の温かさが伝わってくる。
梨咲が振られたのは――――結人が初めてだった。 今まで相手から告白をされて付き合ったとしても、全て梨咲から振っていた。
その反対に自分から好きな人に告白して付き合ったとしても、全て梨咲から振っていた。 だから、梨咲を振ったのは結人が初めてだったのだ。

―――失恋って・・・こんなに、苦しいものだったんだ。
―――ありがとう、結人。 
―――私を・・・振ってくれて。

「梨咲、ありがとな? こんな俺を、好きになってくれて」
結人は今もなお梨咲の背中を優しくさすりながら、そう声をかける。

―――何を言っているの、結人。
―――結人は凄くいい人だよ。 
―――だから『こんな俺』だなんて・・・言わないで?

梨咲は止まらない涙を流しながら、顔を上げて結人のことを見た。

―――ねぇ、結人。
―――いつもみたいに、笑ってよ。 
―――調子に乗った、軽い言葉を・・・言ってよ。 
―――それが、結人でしょ?

「笑って」
「え?」
「結人、笑って」
そう言って梨咲は、彼よりも先に自分の笑顔を見せた。

―――今泣いている顔で笑っているから、きっと酷い顔になっているんだろうな。
―――でも本当に、結人は笑っている顔が一番だよ。

「・・・梨咲。 楽しい時間を、本当にありがとな」
そう言って結人は、梨咲に向かって優しい笑顔を見せてくれた。 そんな彼の笑顔を見て、梨咲はより笑顔になる。

―――こちらこそ、楽しい時間をありがとう。 
―――結人を好きになれて、よかったよ。





あの後は、梨咲が泣き止むまで結人はずっと隣にいてくれた。 泣き止んでからは『どこかへ寄るか?』と聞かれたが、その誘いは断った。
これ以上、結人を好きにならないように。 これ以上彼を好きになってしまうと、どうしようもなくなってしまいそうだったから。 結人は梨咲を家まで送ってくれた。 
梨咲は礼を言い、上着を彼に返す。 そして、梨咲たちが別れる前にある一言を結人は言ってくれた。 この時梨咲は“結人は卑怯だな”と思った。 
どこまでもカッコ良くて、優しくて、とても温かくて。 でもどこか、少しか弱く思えてしまう結人。
―――私は、結人に出会えて本当によかったよ。
そして――――最後に彼が梨咲に向かって放った一言は、これだった。

“梨咲みたいな人が俺のことを好きになってくれて、嬉しいよ”





結人は梨咲と別れ、自分の家へ向かう。 今日は梨咲と一緒に過ごすことができてよかった。
最後に告白されて『振って』と言われた時は驚いたが、何も言えずにいた自分としては、彼女からそのような言葉を言ってくれて助かったと思っていた。 
―――梨咲、こんなことを思ってごめんな。
梨咲との関係をどうやって切ろうかと迷っていたから、彼女から話を切り出してくれて助かったのだ。

―――情けないよな・・・俺。 
―――でも、ありがとな。 
―――俺は梨咲のこと、絶対に忘れないよ。


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