執事コンテストと亀裂㉗
(私は今、結人と一緒に駅へ向かっている。 今日は凄く楽しかった。 結人と一緒に出かけることができて“よかったな”と思っている。
どの時間もとても幸せな時を過ごすことができた。 最初、結人は私に服を買ってくれたよね。 『どれも似合う』って言ってくれた。
それに『私の今日の私服はどう思う?』って聞いたら『可愛い』って答えてくれたよね。 私、とっても嬉しかったんだよ。
その時結人が、少し顔が赤くなっていたのを・・・私は知っている。 それは、いい方に捉えてもいいのかな。 そして、次はカラオケ。 結人は凄く歌が上手だった。
もっと聞いていたかったな、結人の歌声。 そして私がお手洗いに行っている時、知らない男たちに囲まれちゃったよね。
その時結人が助けに来てくれるなんて思ってもいなくて、来た時は少し驚いたけど本当は嬉しかったんだ。 『俺の女に何してくれてんすか?』
この言葉は私を助けるためだけに言ったというのは、私でも分かってる。 でもその言葉を言われた時、凄く嬉しかった。 ・・・何でだろう、嬉しいことばかりだね。
どの時間も全て嬉しくて幸せな時間だった。 その一言を結人が言ってくれた時、私思ったの。 どうして結人の彼女は私じゃなくて、七瀬さんなんだろうって。
こんなことを思っちゃうなんて、私は最低だよね。 でも・・・そのくらい、嬉しかったんだよ。 『そん時くらいは俺を頼れよ』 どうして結人は、こんなにも優しいのかな。
・・・七瀬さんにも、こんなに優しくしているんだよね)
今日の出来事を思い出していると、何だか少し寂しい気持ちになってきた。
「・・・寒い」
「そんな薄着で来るからだろ」
もう既に辺りは暗くなり、気温も大分下がっている。
「だって・・・」
―――好きな人の前ではお洒落したいの、普通でしょ。
「ったく。 ほらよ」
「え?」
突然結人が、梨咲に上着を押し付けてきた。 この上着は先程まで彼が着ていたものだ。 だがそれを、素直に受け取ることはできない。
―――でも、そこまで結人に甘えたら・・・。
「着ねぇのかよ」
そう言って軽く笑い、梨咲の肩に上着をかけてくれた。
「女の子は、身体を冷やしちゃいけないんだぞ」
結人は梨咲に、無邪気に笑いかける。
―――・・・駄目だよ、結人。
―――そんなに優しくしないで。
「つか満員電車かよー。 マジだりぃ・・・」
―――満員電車か。
―――結人とはぐれないようにしないとね。
『電車がきまーす。 黄色い線より前には出ないでくださーい』
駅のホームから流れるアナウンスの声と共に、電車が梨咲たちの前に止まった。 人が次々と流れていく。 梨咲も流れに逆らわないよう、目の前にいる結人に必死に付いていった。
―――あ、あそこが空いてる。
そこで隙間が空いている場所を見つけ、人とぶつからないようその場所まで行こうとするが――――その行為は結人によって、阻まれることとなる。
「どこへ行くんだよ」
「だって空いているから」
彼はドア付近の角にいて、梨咲の腕を掴んでいた。
―――でもここにいたら、入ってくる人の迷惑になるでしょう・・・?
「今は別にいいんだよ」
「どういうこと?」
梨咲の心を読み取ったかのように結人がそう口にすると、意味が分からず聞き返す。 その問いに対し、彼は少し視線をそらしたまま言葉を発した。
「俺が一人だったら奥まで行くけど、今は梨咲とはぐれないことの方が大事」
そう言って結人は梨咲を角まで誘導し、梨咲を守るような形をとった。
―――どうして・・・そんなに私を守ってくれるんだろう。
―――私たち、恋人でも何でもないのに。
電車は動き出し、みんなは窮屈そうにその場で耐えている。 梨咲はふと結人の顔を見たが、どういう表情をしているのかよく分からなかった。
どこか悲しそうな、どこか複雑そうな―――― そして結人から視線をそらし、再び今日の出来事を振り返る。
(カラオケの後は、プリクラを撮ったよね。 撮る時はいつもより顔が近くて凄くドキドキした。 今日撮ったプリクラは、私の宝物だよ。
そして映画へ行く前に、カメラを持った人たちに声をかけられたよね。 カップルに間違えられたけど、私は嬉しかったの。 でも恥ずかし過ぎて、顔を上げることができなかった。
そこから去る時、結人は私の手をずっと握っててくれたよね。 結人の手はとても温かくて、とても優しかった。 映画はちゃんと見ていたんだよ、眠かったけど。
頑張って起きていたの。 それは“折角映画に来たから最後まで見なきゃ損をする”と思って起きていたんじゃない。
結人と一緒にいられる時間を、もっと感じていたかったから)
『次は新宿ー、新宿ー』
再びアナウンスが流れる。 無事に乗り換えをし、再び立川へと向かった。
―――もう、結人とはさよならなんだ。
「ねぇ結人。 明日は、何をするの?」
この少しの間でも結人と繋がっていたいと思い、何気ない話を持ちかけてみる。
「明日? 明日はー・・・」
結人はそう口にして考え出すと、突然彼の様子が少し変わった。 どこか寂しそうな表情をしている。
「明日は、夜月と会う約束をしてんだ」
だがそう言って、結人は小さく笑った。
「夜月くんって、八代くん?」
「あれ、知ってんだ? クラスは結構離れてんのに」
「もちろん知っているよ。 カッコ良くて有名だもん」
「へぇ、カッコ良くて有名・・・か」
『次は立川ー、立川ー』
立川に着いても人が多い。 また必死になって結人の背中を追いかけなければならないと思うと、少し憂鬱になった。
「梨咲」
突然結人は梨咲の名を呼ぶ。
「手」
「え?」
「手、貸して」
言われるがままに手を差し出すと、結人は梨咲の手を優しく握ってきた。 そして眩しい笑顔のまま、結人は一言だけを発する。
「俺から離れんなよ? お嬢様」