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執事コンテストと亀裂㉙




日曜日 朝

今日は夜月、柚乃と一緒に会う予定だ。 今日で赤眼虎についてハッキリさせようと思っている。 これ以上引っ張ったら、藍梨の身も危ないからだ。
結人は部屋着から私服へ着替え、待ち合わせ場所の正彩公園へと向かった。 二人は既に到着している。
「おはよう結人」
「何だ、やっぱりユイが最後かよ」
柚乃は笑顔で挨拶をしてくれ、夜月は苦笑しながらそう言った。 そんな夜月に対し、笑いながら返事をする。
「主役は」
「主役は遅れて登場すんのが普通、か?」
「なッ・・・」
夜月は結人の発言と同時に、その言葉を発した。 彼は今、目の前で楽しそうに笑っている。
―――・・・何だよ。
―――俺が言おうとしたこと、先に言うなよな。
そう思いながらも、夜月につれられて結人も笑った。
「今日はこれからどこへ行く?」
「んー、決めていなかったけどどうしようか」

~♪

これからどこへ行こうかと相談している時、突然この場には結人の携帯が鳴り響く。 相手を確認すると、藍梨からの電話だった。 彼女の名を見て、少し複雑な気持ちになる。
―――・・・どうしよう。 
―――今は柚乃がいるし、ここは出ないでおいた方がいいよな・・・。
―――でも折角藍梨からの電話だし、出なかったら後悔するかな・・・。
「ん? どうしたんだよ。 出てこいよ」
優柔不断な結人の背中を押すように、隣にいる夜月が優しくその言葉を口にしてくれた。  
「あぁ、ありがとう」
そんな夜月に感謝しつつ、彼らから少し離れ電話に出る。
「もしもし藍梨?」
『うん。 今、大丈夫?』
藍梨の声を聞くだけでも、緊張してしまう自分がいた。
「あぁ、少しなら」
『うん、分かった。 ありがとう。 ・・・その、結人は大丈夫?』
「え?」

―――俺は大丈夫?
―――藍梨は・・・何を言っているんだろう。

そして結人の心を読み取ったかのように、淡々とした口調で彼女は理由を述べていった。
『結人は、よく一人で考え込むでしょ』
「・・・藍梨」
『最近結人、元気がなさそうだったから。 何か悩み事でもあるの?』
「・・・」

―――・・・藍梨にも、気付かれていたのか。 
―――みんなに迷惑かけっぱなしだな、俺。

確かに最近元気なかったのは、梨咲のことや柚乃のこと。 そして赤眼虎についてなど考えなければならないことがたくさんあり、頭が混乱していたからだ。

―――でもな、藍梨。 
―――俺が元気ないのは、藍梨のせいでもあるんだぜ。
―――まぁ・・・藍梨は悪いこと、何もしていないんだけどな。

「俺は大丈夫だよ。 そんなことより、藍梨は自分のことを心配しろよ」
藍梨には自分のことで困ってほしくないと思い、自分の話題から彼女の話題へと切り替えた。
『私のことより、今は結人の話をしたいの』
「ッ・・・」
突然のその発言に、思わず言葉を詰まらせる。 だが気まずい空気を作らないために、軽いジョークでも言おうとした。
「おいおい藍梨。 そんなことを言ったりすると」
だがそこまで言いかけたところで、口を閉じる。
『・・・え、何?』
「・・・いや、やっぱり何でもねぇ」

“藍梨のことを本当に諦められなくなる”なんて――――当然、言えるはずがなかった。 

―――あんな俺を思うような発言、すんなよな。

『どうして? 言ってよ』
「言わない。 今のは聞かなかったことにしておけ」
『いーやーだー!』
藍梨が電話の向こうで怒っているのが分かる。 そんな彼女が可愛くてつい笑ってしまいそうになるが、ここは平然を貫き通した。
「そんなに可愛く言われても、俺は言わねぇよ」
『・・・』

―――・・・あれ? 

返事がない。
「藍梨?」
『あっ・・・。 じゃあ、いつかその続きを聞かせてよね』
「おう。 いつかな」
いつかまた、藍梨に自分の気持ちを伝える時が来た時に。
『ねぇ結人』
「ん?」
『昨日の電話のことなんだけどさ。 私にキャッチが入る前、何て言おうとしたの?』
「昨日の電話?」
そう言われ、昨日のことを思い出してみる。 そう――――藍梨が突然いなくなったことを心配して、彼女に電話した。
そして最後に、藍梨に言おうとしたこと―――― 

“・・・今なら、言えるかな。 藍梨のことが好きだって”

―――あぁ・・・そっか。 
―――藍梨に気持ちを、伝えようとしたんだっけ。

だが今は柚乃たちが近くにいるし覚悟ができていないため、言うことはできない。 もっと自分が素直で、強かったらよかったのに。
「あー、悪い。 それはまた今度でいいか? 今から夜月と一緒に、出かける予定があって」
『あ、そうなんだ。 分かった。 ・・・結人に聞くこと、二つもできちゃったね』
そう言って、藍梨は電話越しで笑っている。
「あぁ、そうだな」
彼女につられ、結人も笑った。
『じゃあ、またね。 結人』
「おう、またな」
そして電話を切り、夜月たちの方へ戻る。 今日も藍梨と朝から電話をすることができた。 というより、彼女から電話をかけてくれた。
本当に結人は、藍梨に期待をし過ぎているのかもしれない。 

伊達と藍梨は――――もう、付き合っているのかもしれないというのに。

「行く場所は決まったか?」
「ん、池袋のサンシャインに行きたいって。 柚乃さんが」
「え? でも」
―――室内に入ったら、ストーカーが付いてこなくなるんじゃないか?
―――そうしたら、レアタイのことは・・・。
「少しくらいいいだろ? 夕方までにはちゃんと外に出るし、たまには息抜きでもしようぜ」
夜月が結人の気持ちを見透かしたかのように、優しい表情でそう口にする。 息抜きというのは、きっと結人のことを思ってのことだろう。
そんな二人の意見に了承し、サンシャインへ向かうことにした。





同時刻 藍梨の家


―――緊張した・・・。 
―――やっぱり、朝に電話は迷惑だったかな。
この時、藍梨は家にいた。 昨日結人との通話を切ってしまったため、今回は自分から頑張って電話をかけたのだ。
―――それより結人、あの時何を言おうとしたんだろう。

“おいおい藍梨。 そんなことを言ったりすると”

―――・・・何だろう。 
―――やっぱり気になるな。 
―――いつかはちゃんと、続きを教えてもらわないと。
だが、嬉しかったこともある。 

“そんなに可愛く言われても、俺は言わねぇよ” 

結人に『可愛い』と言ってもらえた。 可愛いと言っても、容姿ではなく発言のことだと分かっていても嬉しかった。
―――嬉しくて、返事するのをつい忘れちゃったよ。 
―――・・・今日は、いい一日になりそうだな。

~♪

結人との電話を終えると、突如携帯が鳴る。
『藍梨? 今藍梨の家の前にいるんだけど、もう出てこれる?』
出ると、相手は伊達からだった。
「うん、今から行くね」
今日は伊達と一緒に遊びに行く日。 藍梨はこの日を楽しみにしていた。 鏡で自分の姿を確認し、気を引き締めてから家を出る。
「おはよ、藍梨」
「おはよう、直くん」
笑顔で挨拶をしてきた伊達に、負けじと藍梨も笑顔で返す。 藍梨は、彼の笑った顔が好きだった。

そして二人で駅の方へ向かって歩いていると、伊達は藍梨に声をかける。
「今日はどこか、行きたいところでもある?」
「あまり東京のことは知らないんだよね。 お勧めのところとかは・・・ある?」
藍梨は静岡に住んでいたため、東京にはあまり来る機会がなかった。 だから東京については、ほとんど何も知らない。
「じゃあー・・・原宿にでも行く? 女子とかには結構、人気のある場所なんだ」
彼は藍梨に合わせて場所を選んでくれた。 伊達は“人を思いやる気持ちがある人だ”ということは、既に藍梨は知っている。
「うん、行く!」
その言葉にも、藍梨は笑顔で返した。


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