第百七十一話
目を細めながら、俺は試合を見る。
ニコラスが魔力を籠めてボールをサーブするが、あっさりと上級生は魔法を発動させながらレシーブの構えを取り、ぽん、とボールを上げる。
素早く上級生のパートナーがボールの落下地点に移動し、ふわりとボールを上げる。まさにうちごろの球だ。上級生は既に走っていて、凄まじい魔力を籠めながら跳躍。
「《エアロ・ブラスター》っ!」
そして上級魔法を解放し、一気にアタックする!
その加速はとてつもなく、辛うじてレシーブの姿勢を取っていたニコラスを一撃で吹き飛ばした。
「うわぁあっ!?」
コート外に叩きつけられたニコラスは、砂を巻き上げながら滑り、何回もバウンドする。柔らかい砂のおかげでダメージはほとんどない様子だが、衝撃で頭が揺らされたらしい。
なんとか立ち上がるも、試合続行は不可能だ。
「はははは。なんだ、もう終わりかよ。準備運動にもならねぇな」
「ホントだぜ。後輩だからもうちょっと出来るかと思ったら、だらしねぇ」
二人の嘲笑が響き、セルゲイは悔しそうに唇を噛みながら項垂れる。
……これはムカついた。
勝手に試合させといて、あっさりと倒してそれか。ほう、やることがマジで小者だな。思いっきりぶっ飛ばしてやりたい所だが、ここで飛び出しても意味がないな。あの上級生は俺が一度ぶっ飛ばしてる。だから同じことをしても無意味だ。
だったら、正々堂々、マジックビーチバレーでぶっ飛ばすしかないな。
幸いなことに、俺はバレーの経験がある。
前世でハマったスポーツなんだ。とはいえ、すぐに身体が病魔に襲われたせいで、激しい運動とかも出来なかったけど、俺の担当だった看護師さんがバレー経験者って言うのもあって、それなりに動きの指南は受けている。
今の俺はステータスが高いし、ずっと機敏に動けるはずだ。
もちろん練習も必要だし、ルールとかも覚えないといけないけど。
「なぁアリアス、セリナ。そのマジックビーチバレーってルール分かるか?」
「ええ、分かるわよ。一応運動訓練でやったりするし。瞬発力とか鍛えるのにぴったりなのよ」
「じゃあ、教えてくれねぇか?」
俺の発言にアリアスが怪訝な表情を浮かべ、セリナとメイが嬉しそうな表情を浮かべた。
「あの上級生を懲らしめるのですねぇ?」
「さすがご主人様です」
「まぁな」
「ちょっと、相手はプロも注目するプレーヤーよ? 幾ら何でも無茶よ?」
アリアスが怪訝さを強くさせて言ってくる。
もちろん相手が有利なのは分かっている。けど、そこで倒せば相手も少しは反省すると思うんだ。
「それに、もしそれで倒したら、アンタ、とんでもない注目浴びるわよ?」
「大丈夫。それにはアイデアがあるから」
俺は立ち上がって砂をはたき落とし、にやっと笑う。
「とりあえず、ニコラスとセルゲイのトコに行こうぜ」
あの二人も経験者みたいだしな。教えてもらうにはちょうど良い。
「まぁ、あんたがそう言うなら良いけど……ケガしないでよ?」
「その時は全力で看護するだけですねぇ」
「その通りですっ! メイがつきっきりで看護しますよ!」
アリアスが呆れまじりに言うが、セリナとメイは握りこぶしを作りながら宣言する。うん。絶対にケガは出来ないな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、翌々日。
マジックビーチバレー大会開催日だ。アリアスたちからしっかり指南を受けた俺とメイは、仮面をかぶってエントリーすることにした。もちろん偽名で登録である。
この大会の規模はそんなに大きくない。娯楽イベントが多いチヒタ島の催しの一つだ。
定期的に開催されていて、ほとんどがお遊びレベルでわいわいと盛り上がるらしい。
よって、ガチレベルとも言える上級生たちが出れば、まず優勝間違いなしだろう。上級生たちもそれを知っていて参加しているはずだ。どこまでも狡いことを考えるものだ。
お遊びレベルの楽しむイベントにガチで挑んでどうするんだって話だよ。そんなの弱いものイジメだ。
ということで、俺たちも上級生たちと当たるまでは楽しむことにした。もちろん勝つけど。
マジックビーチバレーは、基本的にバレーと同じルールだ。
異なるのは、
ボールに魔力、魔法を籠めることが出来る(ボールの威力が上がる)。
レシーブ、アタックの時、魔法を使うことが出来る(あくまでボールに対してのみ)。
の二点だけだ。
つまり、魔法の訓練にもなるってワケだな。
俺とメイは楽しみながら、キッチリ調整しつつ勝ちを稼ぐ。一方の上級生は一方的にいたぶる感じで突破していて、三回戦で俺たちとぶつかることになった。
朝から始まった大会もすっかり昼ぐらいになっていて、この頃にはギャラリーも出来ていた。
上級生たちのプレーには批判もあったが、爽快感も一定はあるようで、外野は賑やかである。
そんな観客たちの声援を受けて、上級生たちも鼻が高いようだ。
「ぁ? なんだ、ガキじゃねぇか」
俺とメイ(特にメイ)を見て、上級生が鼻に皺を寄せながら威圧をかけてくる。
まぁ、あんたも立派にガキですけどね?
そんなツッコミは胸にしまいこみつつ、俺はおどけて見せた。
「まぁいい。サクっと終わらせてやるよ」
そう言って、上級生はサーブ権を主張して取った。
『さぁチヒタ島ビーチバレー大会、三回戦の模様ですっ! チーム《ブレーダー》はあの
「「「おおおおおお――――っ!」」」
三回戦からは実況も付くらしい。
まぁギャラリー盛り上がるもんな。気にしないで良いだろう。
声援に応えながら、上級生はサーブの姿勢を取った。
余裕の態度だったが、さすがにサーブの瞬間は集中しているようだ。一気に魔力が集まり、ボールが高く打ち上げられる。同時に上級生は助走して高く跳躍した。
「《エアロ・ブレッド》!」
放ったのは中級魔法。手加減かよ。なめやがって!
俺は即座に動き、迫りくるボールの正面に位置取りしてレシーブの構えを取る。そして魔力を高める。
「《クラフト》」
発動させたのは盾の魔法。
風で勢いよく直進してくるボールの衝撃を柔らかく吸収し、勢いを完全に失わせたところでレシーブ。
ふわり、と、球はセッターの位置に立つメイの上へ向かう。
完璧なレシーブだ。
その衝撃は凄まじく、実況さえ沈黙させる。
空白の間に俺は魔力を高めながら地面を蹴った。メイも心得ているように構えた。
「ご主人様は全力でっ! 球はメイが運びますっ!」
力強い宣言の通り、俺の跳躍に合わせてトスがやってくる。鋭い軌道を描いてやってくる高速のデリバリーに、俺の腕振りが合致する。
「《エアロ》っ!」
俺は魔法を放ちながらアタックする。
ずがん、と、弾丸のように球が加速し、相手コートに突き刺さる。二人は油断していたのだろう、反応さえ出来なかった。
『な……なっ……!?』
ややあってから、実況の声が響いた。
『なんだぁぁぁぁ────っ!? 完璧なレシーブ! そして強烈な速攻! ボールがコートに突き刺さったぁぁぁぁ────っ!』
「「「うおおおおおおっ!」」」
煽る実況に、観客が沸き上がる。
それで二人も我に返ったらしく、硬直から立ち直っていた。
「なっ……テメェっ……!?」
「じゃあ、サーブですね」
メイはボールを受け取ってコート外に立つ。
雰囲気だけで危険を察知したのか、二人が真剣に構える。
ふわりとボールをメイはあげ、次の瞬間には砂を爆発させて助走、一気に跳躍した。ここ最近、メイは地道に筋トレを励んでいたからな。
この跳躍はそれを示すもので、メイはネットよりも軽々と高い点からボールを打った。
「《エアロ・ブレッド》っ!」
籠めたのは中級の魔法。だが、しっかりと
恐ろしい加速で持って球は隕石のように上級生へ向かう。
「《エアロバウンド》──うっぐぉぉっ!?」
真正面だったおかげだろう、上級生はレシーブの姿勢を取っていたが、凶悪な一撃の勢いを殺しきれず、情けなく尻餅をついてあらぬ方向へ球を弾いた。
慌てて仲間が走り、ボールを高くトスした。
「ってぇ……舐めやがって!」
地面を蹴り、上級生は鬼のような形相で立ち上がって助走をつけた。俺はそれに反応してブロックの準備をする。
「死ねっ!」
「バレーで言う台詞じゃないぞ、それ。《クラフト》」
魔力を籠めて(魔法を唱える余裕はなかったようだ)上級生はアタックするが、俺はそれを軽々とブロックした。魔力を籠めただけなら、恐れることはない。
衝撃の全てを殺し、俺はネット真下にボールを叩き落とした。
『おおおおお────っ! これまた強烈なサーブ! チーム《ブレーダー》も辛うじて返したが、完璧なブロックに阻まれたぁぁ────っ!』
実況の叫びに観客が沸き上がる。
「ま、まぐれだ、あんなもん! 本気で潰してやる!」
思いっきり負け犬の台詞を吐きながら、上級生は構えた。
メイがまたボールをあげ、強烈なサーブを放つ。ドギャアっ! と聞き慣れない炸裂音がやってくる。
さっきよりも威力は上昇しているが──宣言通り、上級生は乱れながらもレシーブを決めて見せた。勢いを殺しきれなかった分は、しっかりとバク転して処理して見せる。
このアクロバティックに、観客が沸いた。
まぁ確かに派手なプレーだわな。
「くらえっ! 《エアロ・ブラスター》っ!」
仲間がさすがのトスワークで球をあげ、絶好球を上級生は魔法を籠めて放ってくる。
俺はそれをレシーブする。
ぱん、と、軽い音を立てて、勢いの殺されたボールはメイのもとへ。俺はそれを見ながらダッシュした。
「ご主人様っ!」
俺の跳躍に合わせてメイがトスする。
うん、完璧だ!
「《エアロ》っ!」
俺は魔法を籠めながらフルスイングし、上級生へ向けてアタックする。その球は急加速し、一瞬で上級生の腕へ吸い込まれた。
その球はギャリギャリと音をたてながら暴れ、上級生が展開していた防御魔法を貫通、腕でバウンドして顔面に炸裂した。
ん、よし、この感覚か。
歓声をあげまくるギャラリーの声を無視して、俺は手の感触を覚え込む。
上級生は無様に砂浜を転がり、鼻血を出しながら起き上がる。失笑が沸いた。
「て、てめぇっ……!」
よっぽど恥ずかしいらしい。上級生は耳まで赤くさせながら俺を睨み付けてくる。
そんな視線を浴びつつ、メイがまたサーブを炸裂させる。だが、今度は綺麗にレシーブされた。上級生の仲間が綺麗にトスし、上級生がアタックしてくる。
さすがにプレイヤーだけあって上手い。ボールは見事のこっちのコートへ突き刺さった。
『おおおお────っ! 見事! お手本の一撃だぁ!』
確かに今のは相手を称賛だな。
「ごめんなさい、ご主人様。加減を誤りました」
「仕方ない。俺たちはまだ慣れてないからな、そういうのに」
申し訳なさそうにするメイの頭を撫でながら俺は切り替える。
「いくぞぉァァァッ!」
相手方が全力でサーブをぶちこんでくる。
確かに強烈ではあるが、俺の前じゃあ無意味だ。素早くボールを正面で捉え、《クラフト》で魔法を相殺してからレシーブを上げる。メイが綺麗にトスを上げ、俺がアタックをぶちこんであっという間に一点を捥ぎ取った。
『おおおおおっ! 負けじとこっちも華麗な連携で一点を捥ぎ取ったぁぁぁっ! これはレベルが高いぞ!』
実況がまた叫び、俺はサーブ権を手にする。
さーて、ここからが本番だ。しっかりと真正面からぶっ飛ばしてやる。
まずは、ニコラスの分から。
俺は球を上げ、地面を爆裂させる勢いで助走し、跳躍する。もちろんメイよりも高い。
「――はっ?」
その高さに、上級生が目を点にさせる。
俺はそんな上級生めがけてサーブを放った。魔力は籠めていない。ステータス任せの一撃だ。
ガォン、と、まるで大砲でも放ったような爆音が響き、球は一瞬で構えた上級生の腕に叩きつけられた。
「うげべっ!」
その球は見事にバウンドし、上級生の顔面にヒット、上級生をぶっ飛ばした!
よし、上手くいった。
実況が騒ぎ、観客が歓声を上げる。その中で、砂煙の中から上級生が出てくる。盛大に鼻血が出ていて、またもや笑われていた。
「ってぇ、テメェェェェっ!」
激烈な怒りを向けてくるが、知ったことではない。まだセルゲイの分が残ってるんだ。
俺は上級生が構えるのを待ってから、再び球を上げ、サーブを叩きつける。さっきと全く同じ軌道を描いたボールは、また上級生の腕でバウンドし、顔面を打ちあげる。
「ぎゃはははっ! まただよ!」
「顔面レシーブ大好きだな!」
口々に嘲笑われ、辛うじて起き上がった上級生は憤怒の表情に満ちていた。すっかり顔面は晴れて鼻血だらけだ。かなり滑稽である。
これで二人の仇は取った。
次は、そのプライドをへし折ってやらないとな。
俺はトスを上げ、容赦なく助走して跳躍。今度は魔力もしっかりと籠める。
「《エアロ》っ!」
ゴッ、と音を立て、球が加速し、次にはもうコートに直撃していた。
その威力は尋常ではなく、爆弾でも爆発したかのように砂を巻き上げ、上級生たちに降り注いだ。
落ちたのは、沈黙。
その中で、俺はハッキリと言ってやる。
「じゃあ次、いきましょうか?」
ほどなくして相手が降参したのは、言うまでもない。